『Kissゲーム』



さくらの唇がつぅーっと近づいてくる。
だけど、この軌道はちょっと高いな。どこを狙ってる?

ちゅっ

おっと、おでこか。ま、定番だな。
次は・・・

ぺろっ

うわっ、鼻の頭かよ。
って今のはキスって言わないだろ。
お次はどこにくる?
おでこ、鼻ときたら次は耳あたりか?
横に回ったな。
やっぱり耳か。
それともほっぺたか。
目を閉じたさくらの唇がまた寄って来る。
今度は軌道からは判断できないな。
耳か?
頬か?

うぅっ、それにしてもこれは何というかこう。
やっぱり恥ずかしいな・・・

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オレたちが今やってるのは「Kissゲーム」というお遊びだ。
最近、これが女の子の間で流行ってる。
二人でペアになって、いろいろなところにキスをしていくという遊びだ。
よくわからないけど、人気のあるドラマの中でやってたのを真似しているらしい。
もちろん、ドラマの中では男女のカップルがやってたそうだけど、何故かうちの学校では女の子同士でやることになっている。

最初、オレはこれを気にしていなかった。
オレには関係ないことだと思ってたからだ。
オレが気にしてるのはさくらだけだ。
さくら以外の女の子がどこで誰とキスをしようと知ったことではない。
そして、さくらはオレ以外のヤツとそんなことは絶対にしない、という自信があったからだ。
だけど、その自信は山崎の一言であっさりと揺らいでしまった。

「木之本さんを狙ってる女の子、いっぱいいるらしいよ。木之本さん、女の子にも人気あるからね」
「それがどうした。さくらがオレ以外のヤツとそんなことするはずがないだろ」
「それはどうかな〜〜。木之本さん、押しに弱いからね〜〜。唇にはしないから、とか言われたら雰囲気に流されちゃうんじゃないかな〜〜」

情けないことだが、オレはそれに反論できなかった。
たしかにさくらは押しに弱い。
強引に頼み込まれると断れないタイプなのだ。
オレはこれまでそんな場面を何度も見てきている。
まさかさくらが・・・でもさくらは押しに弱いし・・・いやいや! でもひょっとして・・・

冷静に考えてみれば、こんなアホなことで悩むことなんかない。
男が相手だっていうならともかく、「Kissゲーム」は女の子同士でやると決まっている。
女の子同士の軽いコミュニケーションの延長、ただそれだけのお遊びだ。
笑って許して男の度量をみせてやればいい。

・・・はずなのだけど、オレにはそれができない。
さくらが誰かにキスをする、キスをされる、それがどうしても我慢できない。
たとえ、相手が女の子であってもだ。
ここら辺は、大道寺に悪い影響を受けているのは自分でも自覚してるのだけど。
とにかくオレは我慢できないのだ。
自分でも子供じみた独占欲だと思うのだけど、我慢ならないのだ。

そして。
なんとも情けないことに、オレはさくらに確認してしまったのだ。

「Kissゲームを誰かとやったことがあるか」

と。
まったく、我ながら情けない。
何を聞いてるんだ、オレは。
オレはお前を疑ってる、そう言ってるのと同じじゃないか。
なんて失礼な質問だ。
彼女を信じることができないなんて、彼氏失格だ。
そんなオレの情けない問いに対するさくらの答えは、

「わたしはやったことないよ。みんなはよくやってるみたいだけど。なんていうのかな、キスって遊びでするものじゃないと思うの」

というものだった。
いや、もう本当に。
穴があったら入りたいっていう諺はこういう時に使うんだろうな。
少しでもさくらを疑った自分が恥ずかしい。
さくらならば絶対にそう言ってくれる、それはわかっていたはずなのに。
わかっていたのに聞いてしまった。
情けない。
情けなさすぎる。

このさくらの答えに続けてオレがこう言ったのは深い意味があってのことじゃない。
ただ、恥ずかしさをごまかしたかっただけだ。

「じゃあ、オレとならばどうだ」
「え? 小狼くんと?」
「やっぱり遊びのキスはいやか」
「小狼くんとKissゲーム・・・?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・

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そんなわけで今、オレたちは「Kissゲーム」をやっている。
なんてアホな経緯だ。
さすがに人目につくところでは恥ずかしいので、オレのマンションでやってるのだけど・・・やっぱり恥ずかしい。
女子はよくこんなのが人前でできるな。
女の子同士だと恥ずかしくないのかな。

ちゅっ

うっ。
考え事をしてるあいだに3回目のキスをもらってしまった。
今度は耳か。
さすがにほっぺたは恥ずかしかったのか。
さて、次はどうする、さくら。
おでこ、鼻、耳ときたら次はどこだ。
正面に回って。

ん?
おい、さくら!?
どこを狙ってる?
正面から真っ直ぐって・・・この軌道はどう考えても・・・

唇?

ダ、ダメだ!
そこは、そこだけは・・・!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・

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「小狼くん?」

両手で顔を抑えられたさくらが不満そうな瞳をオレに向ける。
キスを中断されたのが不服らしい。
うぅ、そんな目でオレを見ないでくれ。
お前とのキスがイヤだってことじゃないんだ。
ただ・・・

「く、唇はダメだ、さくら! それはもうお遊びの範囲を超えてる!」
「あ・・・。うん、そっか。そうだね」
「さくらの番はここまで! 今度はオレの番だ!」

かなり強引な理論でさくらから主導権を奪う。
ふう。
危ない。
危うく「初めてのキス」をさくらに奪われてしまうところだった。
それだけはダメだ。
「初めてのキス」はオレからするって決めてるんだ。
「初めてのキス」が女の子からなんて男の沽券にかかわる!
そんなの絶対ダメだ!
古い考え方かもしれないけど、これだけは絶対に譲れない!

さて。
今度はオレの番か。
どこにしようかな。
さくらと同じところじゃ芸がないし。
そうだな。
まずは・・・

ちゅっ

最初はさくらの髪にキス。
あぁ、さくらの髪、いい匂いがする。
どんなリンスを使ってるんだろう。
それとも、これがさくらの匂いなのかな。
本当にいい匂いだ。

お次は・・・

ちゅっ

左のまぶたの上にキス。
お、さくら少し驚いてるな。
自分がしたように額にキスされると思ってたのかな。
そんな顔されるともう少し驚かせたくなる。
そうだな、次は・・・

ちゅっ

手首にキス。
ふふっ。
さくら、ビックリしてる。
キスは顔だけにするものだと思ってたみたいだな。
そんな風に考えるのはお子様だけだぞ。
キスするところは顔だけじゃないんだ。
女の子の体には、もっといっぱいキスするところはあるんだ。

それにしても。
何かヤバイな。
ちょっと変な気分になってきた。

さくら、可愛すぎる・・・。

キスされる度に、ビクッって震えるのがとってもカワイイ。
ほんのり紅く染まった頬の可愛さといったら、もう食べちゃいたいくらいだ。
そんなさくらに、うっとりした目で見つめられたらこれはもう。

・・・我慢できない。

マズイ。
本当に我慢できない。
手が勝手に動いてさくらを捕まえてる。
肩をつかんで、背中に手を回して、抱き寄せて・・・って、何をやってるんだ、オレは!
この体勢は、『唇へのキス』への準備体勢じゃないか! ダメだダメだ!
さっき、自分で言ったじゃないか。
唇へのキスはお遊びでしちゃいけないって。
こんなお遊びでさくらの「初めてのキス」を奪うなんて絶対ダメだ!
さくら、抵抗しろ!
お遊びで唇へキスするのは反則だって抵抗しろ!

・・・?
おい、さくら?
なんで抵抗しない?
なんでそこで目を閉じる?
なんでそんな顔をする?
そんなキスを待ってるみたいな顔を・・・
そんな顔されたら、オレはもう自分を抑えられないじゃないか。
いいのか、さくら。
いいんだな。

さくら、震えてる。
多分、オレも震えてるんだろうな。
さくらの唇がゆっくりと近づく。
なんか、ちょっとムードが足りなかったような気もするけど。
これがオレたちのファースト・キ・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・

――――――――――――――――――――――――――――――

『プルルルルルルルル〜〜〜〜〜〜』

さくらの携帯が鳴り出したのは、唇が触れるか触れないかという、まさにその瞬間だった。
円熟したカップルだったら、そんなのほっといてキスを続けられるんだろうけど、残念ながらオレたちはそこまで到達していない。
我に返ったさくらは、あわててオレを突き放して携帯を取り出す。

「もしもし、さくらです」

ふぅ。

いやはやまったく。
お約束な展開だ。
まるで台本でもあるのか、と言いたくなるくらいにお約束な展開だ。
これで電話の相手がアイツだったら完璧だ。

「あ、お兄ちゃん? うん。うん。それで?」

・・・完璧だ。
やっぱり桃矢のヤツか。
アイツは本当に。
たしか、魔力はユエに全部譲ったんだよな。
なのに、どうしてこう毎回毎回、いいタイミングで邪魔ができるんだ。
いったい、どんな魔法を使ってるんだ。
教えて欲しいもんだ。

「うん、わかったよ。じゃあ、切るよ」

プツン

携帯を切ったさくらの申し訳なさそうな顔を見た時、オレは今日の「Kissゲーム」が終わったことを悟った。

「小狼くんゴメンね。急にお父さんの知り合いが家に来ることになったんだって。それでこれからその準備をしなきゃならなくなっちゃったの」
「そうか。そういうことならしょうがないな」
「本当にゴメンね」
「いや、いいさ。今日はオレが無理に誘ったようなものだったからな」

――――――――――――――――――――――――――――――

さくらが帰った後、オレはしばらく部屋の中で呆けていた。
惜しかった。
あともう少しでさくらの唇を奪えたのに。
こんなチャンスが次にいつ来るかわからないのに。
それをアイツは!
くそっ!

でも、よく考えてみると、これはこれで良かったような気もする。
あんなお遊びの中でさくらのファースト・キスを奪うなんて、さくらに失礼じゃないか。
女の子は「初めて」をとても大切にするって聞いてる。
そうだ。
さくらとの「初めて」はもっとキチンとしてあげないといけない。
あんな遊びの中でやっちゃダメだ。
そう考えると、今日は桃矢のヤツに助けられたって気もしてくるな。
アイツに助けられたのか。
なんか複雑な気分だな。

まあ、いいか。
さくらも最後に言ってくれたし。

「小狼くん、次はちゃんとしたのをやろうね!」

『ちゃんとしたの』の意味はちゃんとしたKissってことでいいんだよな、さくら?
そうとも。
次こそはちゃんとしたのをしてやるさ。
遊びでもゲームでもない、ちゃんとしたKissを・・・!

でも、次って。
次の機会はいつ来るのかな・・・。

END


このお話はpixivで見たちょこ様の 「お誕生日で4kiss」「小狼×さくらで4kiss」というイラストをもとにしています。
「お誕生日で4kiss」の方もストレートにキスしていてすごい素敵なイラストだったのですが、自分的には桃矢に邪魔される「小狼×さくらで4kiss」がツボでした。
どちらも素敵なイラストですので、皆様も是非ご覧になってください。
ちょこ様、勝手にお話を作ってゴメンなさい。

※追記:ちょこ様に正式に掲載の許可を頂きました。ちょこ様、ありがとうございました!

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