『クリスマス・キス』


今年ももう12月。
クリスマスはもうすぐだ。
街はさまざまなイルミネーションで飾り付けられている。
街を行く人々もクリスマスに浮かれ楽しそうだ。

それはさくらも同じだ。
季節のイベントが大好きなさくらは毎年クリスマスを楽しみにしている。
それに、今年のクリスマスには今までとは違う特別な意味がある。

李 小狼

さくらの『一番好きな』人。
その小狼が日本に戻ってきてから初めてのクリスマスなのだ。
そして、お互いの想いを伝えあってから初めて二人で過ごすクリスマスでもある。
6年生の夏、『無』のカードをめぐる事件を通して二人は互いの想いを伝えあった。
だが、小狼はその直後に香港に帰ってしまい、翌年の春まで日本に来ることはできなかった。
そのため、昨年のクリスマスは一緒にいることができなかったのだ。

一番大切な人と過ごせないクリスマス。
それがどんなに辛かったか。
街も人もクリスマスに浮かれ輝いている。
なのに、さくらの心には何も感じるものが無い。
クリスマスツリーもケーキも聖歌も、いつもであれば心を浮き立たせるものたちを見ても何も感じない。
むしろ、悲しくなってしまう。
クリスマスに浮き立つ街や人、特に楽しそうなカップルたちを見ると『小狼が側にいない』ことを強く感じてしまうのだ。

そんなさくらを心配して知世をはじめとする仲間たちがクリスマスパーティを開いてくれた。
パーティの会場ではさくらも友達と楽しい時間を過ごすことができた。
だが、パーティが終わり自分の部屋に戻ったら涙が出てきた。
一人になるとどうしても思い出してしまうのだ。
『小狼がいない』ことを。
その夜、さくらは声を抑えて泣いた。
今までで一番辛いクリスマスだった。

だが、今年は違う。
小狼がいる。
ただそれだけで、全てがいつも以上に輝いて見える。
去年とは違う。
今年のクリスマスはとっても素敵なクリスマスになる!

・・・はずなのだが?
???
どうもその小狼の様子がおかしい?

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「さくらちゃん、なにか心配事でもあるのですか?」

学校からの帰宅途中、ふいに知世から問いかけられた。

「え?なんで?」
「今日はずっと、李君の方を見ながらむずかしいお顔をされてましたわ」

さすがは知世だ。鋭い観察眼である。

「う〜ん、ちょっとね」
「李君のことですの?もしや、今年もクリスマスには日本にいられないとか・・・」
「ううん、そんなのじゃないの。そんなのじゃないんだけどね」

小狼のクリスマスの予定は確認済みだ。
さすがに新年は香港に帰らなければならないがクリスマスまでは日本にいる。
今年こそ一緒にクリスマスを過ごせる。
それは間違いない。
ただ・・・

「そのクリスマスなんだけどね。なんか小狼くん、ここのところ『クリスマス』っていう言葉にもの凄く敏感なの」
「『クリスマス』にですか?」
「うん。お話してる時とかね、クリスマスの話題になるとすごく緊張しちゃうみたいなの」
「???」

ここ2、3日、あきらかに小狼の様子はおかしい。
普段はなんともないのだが、『クリスマス』の話題が出ると途端にギクシャクし始める。
そして、なんとかしてクリスマスから話題を変えようとする。
さくらははじめ、ひょっとして今年のクリスマスも一緒にいられないのか?という不安を感じたのだが、そういう訳でもないらしい。
小狼の緊張はそういう暗い不安を感じさせる緊張ではない。
どちらかというと・・・

「なんていうか、ものすごい照れてるみたいなの」
「照れる?李君がですか?」
「うん。『クリスマス』って聞くとまっ赤になっちゃうの」

照れる?李君が?
知世にしてみれば何をいまさら、である。
小学生時代、さくらを見つめていつもまっ赤になっていた小狼を見ている。
お互いの想いを通じ合った今、何を照れているのか。

「まっ赤になるのは李君らしいですが・・・」
「そうかな?」
「まあ、それもクリスマスのパーティでわかるかもしれませんわ」
「そうだね!パーティ、楽しみだな〜〜〜」

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そして24日。
クリスマスイブ。
大道寺邸で盛大なクリスマスパーティが始まった。

「メリー・クリスマス!」
「メリー・クリスマス!」

集まったのはさくら、小狼、利佳、奈緒子、千春、山崎と小学生時代からのメンバーだ。
資産家の大道寺家らしく、部屋の飾りつけも料理も一般家庭ではお目にかかれないようなものばかりである。

「ほえ〜〜〜。知世ちゃんちのクリスマス、すごいね〜〜〜。こんなおっきなケーキ初めて見たよ〜〜〜」
「おほほほ。それほどでもありませんわ。それに・・・」
「それに?」
「飾りつけも料理も去年とほとんど同じですわ」
「え?あれ?そ、そうだっけ。あははは・・・」

知世に言われてさくらは赤面した。
そういえば去年も同じものを見た気がする。

「(さくらちゃん・・・。やっぱり去年は楽しんでおられなかったのですね・・・)」

やはり去年のパーティは心ここにあらず、といった状態だったのだろう。
だが、料理や飾り付けに素直に感心できる今年は心から楽しめているようだ。
それを確認して知世もほっとする。

「(あとは李君がさくらちゃんをエスコートしてくれれば・・・)」

と思っているのだが。

「ほら、小狼くん!あのクリスマスツリーすっごいよね!」
「ん?あぁ。そうだな」
「もう、小狼くん!ちゃんと見てるの?」
「あぁ、ちゃんと見てるよ」

どうにも肝心の小狼の動きが鈍い。
去年のさくら同様、心ここにあらずといった感じだ。
さっきからしきりに何かを気にしている。
一体、さくら以外の何を気にしているのか。
しばらく小狼を観察していた知世はその「何か」に気がついた。

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「クリスマスっていうのはね〜〜〜」
「ハイハイ!」

山崎だ。
あいかわらずウソを絶好調でしゃべりまくっている。
小狼が気にしているのはその山崎、というか山崎と千春のコンビを気にしているらしい。

どうして山崎くんを?と思ったところで知世はピンときた。
おそらく、また山崎になにかウソを吹き込まれたのだ。
その「なにか」が気になってパーティを楽しめていないのだろう。

「(まったく!山崎くんも本当に困った方ですのね!)」

これではさくらちゃんが可哀想、と思ってさくらを見ると意外にも楽しそうだ。
反応の悪い小狼に腹を立てたのか、今は奈緒子と楽しそうに話している。
去年とは全く違う。
これも「小狼が側にいる」という安心感があるからだろう。
さくらちゃんが楽しいのなら、と知世もこれ以上の詮索はしないことにした。

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「もう山崎くん!いいかげんにしなさい!」

子供用のシャンペンによっぱらったのか、いつも以上にウソを連発する山崎にさすがの千春もキレた。

「あははは〜〜〜千春ちゃんこわ〜い」
「誰のせいよ!」
「そんなに怖いと千春ちゃんのこと嫌いになっちゃうよ〜〜〜?」
「嫌いになっちゃうって、じゃあ今はどうなのよ!」
「今?今はもちろん大好きだよ〜〜〜?」

千春の方も少しアルコールがまわっているらしい。
二人の夫婦漫才のキレはいつも以上だ。
そんな二人をさくらはうらやましそうに見ていた。
幼稚園時代から一緒の二人はさくらと小狼よりももっと前からお互いの気持ちを通じ合っている。
このように人前でもごく自然に『好き』という言葉を口に出せる。
シャイな小狼はめったに『好き』とは口にしてくれない。
それどころか、月峰神社で初めて『好きだ』と告白されてから数えるほどしか言ってもらえていない。
それに不満があるわけではないが、あんなにハッキリと好きと言ってもらえる千春がうらやましくもあるのだ。

「本当に?山崎くんの『好き』は信用できないのよね〜〜〜」
「ひどいな〜〜〜千春ちゃん。じゃあ、証拠を見せてあげる」
「証拠?証拠ってなに・・・んんっ!」

・・・・・・・・・

「(ほええええ〜〜〜〜〜〜!)」

さくらは心の中で素っ頓狂な声をあげた。
なんと山崎はその場で千春にキスをしたのだ。
それも「ほっぺに」などという可愛いものではない。
「唇を奪う」という表現が似合う深いキスだ。

「どう?これで信じてくれた?」
「もう・・・バカ・・・」

さすがの千春もまっ赤になって沈黙。
だが、顔は少しうれしそうだ。

「(山崎くん、すご〜〜〜い。でも千春ちゃん、ちょっとうれしそう。小狼くんはあんなことしてくれないよね・・・)」

つい、小狼を目で追ってしまう。
小狼は人前であんなことをする男ではない。それはよくわかっている。
それでもいつかは・・・と期待してしまうのも無理ないことだ。

「(でも、いつかは小狼くんもあんなふうにキスしてくれるかな?ね、小狼くん。あれ?小狼くん?)」

気がついたらいつのまにか小狼が目の前に来ていた。
なぜか、いつになく真剣な顔をしている。
真剣、というより何かを決心したという顔だ。

「小狼くん?」

さくらが呼びかけても黙ってさくらを見つめている。
何かを言い出そうとして戸惑っている、そんな感じだ。
数瞬そのままだったが、ついに踏ん切りがついたのか口を開いた。

「さくら・・・」
「なに?小狼くん」
「オレ、さくらが・・・さくらのことが『好き』だ!」
「!小狼くん!?」

一瞬、周りは静かになった。
さくらもそうだが、他の皆も小狼がこの場でそんなことを言い出すとは思わなかったのだ。
ただ一人、山崎だけがグッジョブ!とでも言いたげな顔をしている。

「(しゃ、小狼くん!?今、『さくらが好きだ』って言ってくれたの?え?えぇっ!?)」

あまりの事にさくらの頭はパニック状態だ。
そんなさくらにかまわず小狼は続ける。

「オレはさくらが好きだ。だから・・・さくら」
「え?小狼く・・・んんっ!」

・・・・・・・・・

先ほどの山崎と同じ、唇へのキス。
さすがに山崎ほど深いキスではないが、間違いなく唇への「恋人同士」のキス。

「メリー・クリスマス・・・さくら」
「小狼くん・・・ありがとう。メリー・クリスマス」

パーン!パーン!パーン!

いつの間に用意していたのか?
山崎が盛大にクラッカーを鳴らして二人を祝福した。

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「さっきはビックリしたよ。いきなりキスするんだもん」

知世の家からの帰り道さくらは小狼に話しかけていた。
あの後は大変だった。
みんなにはひやかされるし、知世は例によってあぁ、さくらちゃんクリスマスにキスのシーンを撮り逃しましたわ!ビデオを用意してきますからもう一度!と再現をねだるしとさんざんな目に会った。

「ごめん。その、嫌だったか?」
「ううん!すごくうれしかったよ」

さんざんな目に会いはしたが、小狼のキスでとても幸せな気持ちになれた。
だが、どうにも腑に落ちないところもある。
どう考えてもさっきの行動は小狼らしくない。
それにパーティ前、なぜあれほどクリスマスに過剰に反応していたのか。

「でもやっぱり驚いたよ。あんなところでキスするなんて」
「え?クリスマスの時はみんなそうするんじゃないのか?」
「ほえ?それ何の話?」
「山崎に聞いたんだ。恋人同士になったらクリスマスの日には人前で愛を告白してキスしないといけないんだって」
「え〜〜〜???」
「その、オレまた騙されてるのか?と思ったんだけど街中でみんなキスしてるし、山崎も三原にキスするし、やっぱりキスしないといけないのか・・・って思って」

それでわかった。
これまで『クリスマス』に過剰に反応していたわけが。
パーティ中、ずっと山崎に注目していたのは本当に千春にキスするのかを確認していたのだろう。

「(山崎く〜〜〜ん、またトンデモないウソを〜〜〜。でも・・・ちょっと感謝、かな)」

「やっぱりオレ、だまされてるのか?さくらにヒドイことしちゃったのか?」
「ウソじゃないよ。クリスマスにはキスしないといけないんだよ」
「本当か?」
「うん。でもね、クリスマスの日はそれだけじゃないの」
「他にもまだあるのか?」
「クリスマスの日にはね。二人っきりの時にもキスしないといけないの」
「え・・・?」

さくらには何となく山崎の意図が理解できた。
あまりにシャイすぎて、時にさくらに寂しい思いをさせる小狼の背をちょっと押してあげたつもりなのだろう。
あるいは二人へのクリスマスプレゼントのつもりなのかもしれない。

「(クリスマスだもん。これくらいのウソはいいよね)」

「さくら、それ本当なのか?」
「本当だよ」
「二人っきりって・・・その・・・」
「今、わたしと小狼くんしかいないよ?」
「さくら・・・」

一瞬のためらいの後、二つの影は重なった。

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今夜はクリスマス・イブ。
恋人達の夜。
メリー・クリスマス!

END


クリスマスらしい話が無かったので急遽追加しました。
タイトルは他のサイト様のクリスマス記念フリーイラストと同じですが、内容はイラストにあっていません。
最初はイラストにあわせた話にしたかったのですが、うまくまとめられませんでした。
急造なのでイマイチですが、楽しんでいただければ幸いです。

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