『イメージ・知世様編』

※いつも通り知世様ファンは閲覧禁止。



よく晴れた昼下がりの午後。

「ふん、ふふん、ふふぅ〜〜ん♪」

一人の少女が広いお部屋の真ん中で机に向かってなにやら一心不乱にペンを動かしていました。
かなり広いお部屋で調度品もよくわかりませんが高級そうなものばかりです。
少女のお洋服もシンプルではありますが高級そうな布地のものでかなり、いや、そうとうに裕福な家庭環境にあると思われます。
そして同じ部屋に置かれたこれも高級そうなソファーの上ではなにやら妙な生き物がこれも一心不乱にパクパクとお菓子を食べています。

「いや〜〜、知世いつも悪いなあ。こんな美味いもんごちそうになって。いや、ほんま知世には感謝しとるわ〜〜」

この生き物、黙っていればけっこう可愛いマスコットキャラになりそうな気がしますが、どこか怪しい大阪弁のせいで雰囲気が台無しです。

「いえいえ、ケロちゃん。わたしこそケロちゃんの協力にはいつも感謝していますわ。ケロちゃんの協力なしではあんなに素晴らしいさくらちゃんの姿をビデオに収めることはできませんから」
「ほうか、ほうか。ま、世の中そんなもんやな。ギブアンドテイクちゅうやつや。んぐんぐ」

もう説明はいらないでしょう。
少女の名は大道寺知世。
さくらの小学校時代からの親友。
そして妙な生き物の名はケルベロス。
さくらの持つ魔法のカード、クロウカードの守護者です。
場所は友枝町の真ん中にある大道寺家の豪邸の一室。
知世ちゃんの部屋です。

知世ちゃんが何をやっているかと言うとこれはもういつも通り。
すなわち、さくらの衣装の作成です。
机に広げられたキャンバスには次なる衣装のデザインラフらしきものが描かれています。
いつもこうやって衣装のデザインを構想しているのでしょう。
一方のケルベロスが何をやっているのかと言えばこれもある意味いつも通り。
すなわち、知世ちゃんにもらったお菓子をパクついているところです。
この生き物の頭の中には食べる以外の単語は入っていないのでしょうか。

それにしても先ほどの二人の会話はよくよく考えるとちょっと聞き捨てならないものがあったような気がします。

「ケロちゃんの協力なしではあんなに素晴らしいさくらちゃんの姿をビデオに収めることはできない」
「世の中ギブアンドテイク」

ここからはさくらと同居しているケルベロスがその立場を悪用してこっそり撮ったさくらのビデオを知世ちゃんに横流ししてその対価にお菓子をもらっている、そんな関係が見えてきてしまいます。
しかも、世の中ギブアンドテイクと言い切るケルベロスの態度からはそれがごく日常的に行われていることが想像できてしまいます。
この少女が求める「あんなに素晴らしいさくらちゃんの姿」が如何なるものか、ケルベロスの立場を悪用したらどんな盗撮が可能か、それを想像したらちょっとすごいことになってしまいました。
追求するとやばいことになりそうなのでお話を先に進めましょうか。

「しかし、知世もよくやるの〜〜。小学校のころからもう何着作ってきたんや? ほんまによく続けられるわ」
「ふふっ、それはしかたありませんわ。だって、さくらちゃんがあまりにも可愛すぎるんですもの。あんなに魅力的なさくらちゃんを見ていると……あぁっ、もう何着作っても制作意欲が止まりませんわ〜〜」
「ほうか、ほうか。んぐんぐ」

知らない人が見たらドン引き間違いなしの知世ちゃんの熱すぎる情熱もケルベロスには慣れたもの。
適当にあいづちを打って次なるお菓子に手を伸ばします。
この生き物、本当に食べる以外のことは考えていませんね。

ですが、そんなケルベロスにも実はちょっとだけ不思議に思っていることがあるのでした。
それはここ最近になってから気がついたことです。
広い部屋の壁の一面全てを使ったとても大きなクローゼット。
そこにはこれまで知世ちゃんが作ってきたさくらの衣装の数々が飾られています。
クロウカードを集めていた小学生時代のバトルコスチュームから、中学生になった最近のものまで実に多くの衣装が飾られています。
少しずつ大きくなっていくそれらの衣装からさくらの成長が読み取れるかのようでなんとも微笑ましいかぎりです。
そこにはむろん、何の問題ありません。
ケルベロスも疑問に思うところはありません。
ケルベロスが気にしているのは『その先』にあるものです。
クッキーの箱を空にして一息ついたケルベロスはちょうどいい機会と思ったのか、その疑問を知世ちゃんにぶつけてみるのでした。

「しかしなあ、知世。ここにあるのはこれまで作ってきたさくら用のバトルコスチュームやよな」
「そうですわ。それがなにか」
「いや、知世いつもさくらの身体を採寸してピッタリのコスチューム作ってきよったよなあ」
「当然ですわ。さくらちゃんも成長期ですから。常に採寸して最新のサイズをおさえておく必要がありますから」
「なら……あそこら辺にあるやつはなんなんや?」

ケルベロスが寸詰まりの手で指す先にあるもの。
それもやはりさくら用とおぼしきバトルコスチュームです。
いろいろと奇抜なデザインをしたものもありますが、これまでのコスチュームと比べれば特に目立った差異もなく、そこはケルベロスも気にしていません。
ケルベロスが気にしていること。
それは。

「あれもさくら用のコスチュームか?」
「もちろんそうですわ」
「それにしては少し大きすぎんか? さくらがあれを着たらかなり寸が余るような気がするんやが」

そうなのです。
ケルベロスが気にしているのは最近になってクローゼットの一角を占めだした明らかに今のさくらとはサイズが合わない衣装群なのでした。
衣装のデザインからそれもさくら用の衣装であることは読み取れます。
しかし、そのサイズはどう見ても今のさくらには大きすぎです。
あれもさくら用の衣装だとしたらあと何年か先のためのものということになります。
ですが、先ほども言ったとおり、これまで知世ちゃんは常に採寸してさくらのサイズを測り、その時点のさくらの身体に合わせた衣装を作成してきました。
その精度はミリ単位にまで及ぶというこだわりようです。
そこまでこだわる知世ちゃんが採寸もしないで想像だけで未来のさくらの衣装を作成するもんか?
それがケルベロスの疑問なのでした。

至極もっともなケルベロスの疑問に知世ちゃんは妖しい微笑を浮かべながら答えます。

「そんなことはありませんわ。ちゃんと採寸してますから」
「採寸してってそんなわけあるか。どう見ても今のさくらとサイズが合っとらんやないか」
「いいえ。ピッタリですわ」
「ピッタリって。どこの誰とや」
「もちろんさくらちゃんですわ」
「はぁ? さっきからお前はなにをゆうとるんや。あれのどこがさくらにピッタリ合うっちゅうんや」
「うふふ。どうやらケロちゃんには少し説明が必要なようですわね」

頭の上で???マークを点滅させるケルベロスに向かって、知世ちゃんは肩に垂らした髪をかき上げて白いうなじを晒します。
雪のように真っ白い肌。
さくらの健康的な肌とはまた対照的な妖しいまでに白い肌です。
まだ?マークのケルベロスが見つめる中で1秒、2秒と時が過ぎ、5秒ほども過ぎたころでしょうか。
何の前触れもなくそれは起こりました。

真っ白い知世ちゃんの首筋の一点にふっ、と赤い色が染み出してきたのです。
それはまるで白い紙に一滴の赤いインクを垂らしたかのように円状に広がり、10円玉ほどの大きさにまでなりました。
首筋に浮かんだ紅い染みと言ったら想像するものは一つしかありません。

「これは……キスマーク、か?」
「そうですわ」
「そ、それはそやけど、どうゆうこっちゃ? なんでいきなりキスマークがついたりするんや?」
「ではもう一つ」

?マークが増える一方のケルベロスの前で、意識を集中するかのように目を細める知世ちゃん。
その首筋にまた一つ、新しいキスマークが浮かび上がります。

「な……? 知世、いったいこれはなんなんや。何かの手品か?」
「いいえ。手品なんかじゃありませんわ。これは思い込みの威力(ちから)」
「思い込み……?」
「そう。思い込みの威力。ケロちゃん、こんな話をご存知ですか。赤ちゃんはある日を境に火箸が熱いことを知ります。そこでふざけた大人が熱くない火箸を赤ちゃんに触れさせると」
「触れさせると?」
「火傷をしたとカン違いした赤ちゃんはリアルに痛みを感じるそうですわ。極端な例では赤ちゃんの手に火ぶくれが生じた記録さえありますの」
「た、たしかに似たような話を聞いたことはあるが……」
「これが思い込みの威力(ちから)ですわ。人がリアルに思い描くことは実現します」
「…………」
「今のは熱いキスを首筋に強烈にイメージいたしました。リアルにイメージする、ただそれだけで存在しないはずの人をそこに創り出すことが可能になるのです」
「イメージする、ただそれだけでか? そんなことが……」
「ふふっ、ケロちゃんにそれができないのは当然です。イメージが実現することなど頭から否定して不可能であると言う思い込みの方がはるかに強いのですから」
「そ、そやけど」
「ダイエットを一例にとっても理想とする体型をイメージするのとしないのとでは、結果に圧倒的差が出ることは実験データで明らかになっていますわ」
「そ、そうか。それはわかった。しかし、それとあの衣装になんの関係が……」

そこまで言いかけてケルベロスははっとあることに思い当たりました。
イメージする、ただそれだけでその場に存在しないはずの人を創り出すことが可能になる。
身体にキスの跡を残すほどに強烈な実在感を持った存在として。
そこまではよしとしましょう。
問題は知世ちゃんがイメージしているのは誰か、というところです。
知世ちゃんがそれほどまでにリアルにイメージできる人。
知世ちゃんが熱いキスを望む相手。
もう言うまでもありませんね。
そんなの一人しかいません。
さくらにきまってるじゃないですか。
キスを感じ取るほどの実在感があるのならば、そのイメージに触れることさえもあるいは可能でしょう。
つまり。
自分の生み出したイメージのさくらを相手に採寸することさえもあるいは。

まさか? いや、こいつなら。しかし、そんなことが。
自分の想像に混乱するケルベロスの前で知世ちゃんの微笑みはさらに深く、さらに妖しいものへと進化していきます。
そして。

「このイメージのトレーニングを繰り返しさらに極めていくと……こういうことが可能になりますわッ」

クァッ!

「アホな…………ッッ」

なにが起こったぁっ! コーディネーター知世ォォッ!!

突如、知世が謎のエア採寸を開始!

測っているッ!
計っているッ!
量っているぞ、知世ッッ!

しかしッ!
しかしケルベロスにはッッ!
ケルベロスの目に見えているのは―――

知世一人!!

知世一人が測っている!

「ウ……ッ ウソやろ!?」

しかし一人のはずの知世のその動き―――
その表情を見ていると
見えないモデルが
生き生きとまるで―――
本当にそこに存在しているかのようにッッッ!

右の裾!
知世が採寸!
ジャストフィットが見えるッッ!
仕上げるぞ知世ッッ
モデルの背後に
知世が廻りこむッッ
フィィィィィット〜〜〜〜!
仕上がったぁぁぁ〜〜〜ッッ!

知世の妖しい手さぐりに
謎のモデルが頬を赤らめてうずくまる姿が
確かに見えた〜〜〜〜ッッ!!

いつの間にか手にしたメモを手に知世が語る!

「年のころ15〜16、身長145〜150センチ、砂漠の国のお姫様のさくらちゃん―――のお身体はだいたいこんな寸法でしょうか」
「さ、砂漠の国のお姫様のさくら? なんや、それは」
「柊沢くんに聞いたことがあります。世界は一つではないと。世界は無数に存在する。そしてそれらの世界にもわたしやさくらちゃんがいる。同じ魂を持った別の存在が」
「その話ならわいもクロウから聞いとる。し、しかし」
「ならばそんなさくらちゃんがいる世界もあるでしょう。実は今のさくらちゃんは以前に夢で見たさくらちゃんですの。ひょっとしたらあれは別の世界のさくらちゃんだったのかもしれませんわね」
「そ、そんなことがあったんか」
「ええ。いつ、別の世界のさくらちゃんと出会うか……ひょっとしたら明日にでも出会うかもしれません。その時のために用意をしておきませんと」

圧倒的説得力をもって迫る知世ちゃんの説明にケルベロスはもはやぐうの音も出ません。
ようようにして絞り出した声には疲労にも似た陰が色濃く漂っています。

「独闘……」
「ボクシングにおけるシャドーボクシングに代表される格闘技の独り稽古……」
「およそ全ての格闘技に取り入れられている稽古法ではあるが」
「これほど高いレベルで行われるのは初めて目撃した」
「しかも、現実に寸法を感じ取りながらとは………………ッッ!」

「クロウ・カード集めからこれまでのさくらちゃんの闘いぶり―――ビデオを何百回と見直して目に焼き付けました」
「そこからさくらちゃんに有り得る可能性、有り得ない可能性を分析する」
「そしてエア採寸―――測った……」

「その結果があれか」

こいつならあるいは―――
クローゼットに並ぶ今のさくらとはサイズのあわない衣装。
それも今の奇跡があれば作ることも可能か。
本当に採寸した寸法を基に……。
思い込みの威力(ちから)、その凄さにただただ感嘆するしかないケルベロスなのでした。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

……が。

「いや、やっぱりおかしいやろ、それ!」
「ど、どうしたのケロちゃん。急に大声出して」
「あ、いやなんでもないんや。ちょっとな」
「?」

家に帰ってからよ〜〜く考えなおした結果、ケルベロスの考えは結局こういう結果に辿りついてしまうのでありました。

いや、それおかしいやろ!

……と。
エア採寸ってなんやエア採寸って!
ようはただの妄想やないか!
そりゃあ、毎日さくらのビデオ見てあ〜〜んな妄想やこ〜〜んな妄想しとるお前のことや。
どんな妄想もお手のもんやろなあ。
そんなん採寸して、意味あるか〜〜!
それにわいは見逃さなかったで〜〜。
お前、採寸にかこつけてさくらの胸やお尻に触りまくっとったやろ。
セクハラやないか!
まさに妄想や!
そんなんに意味なんかあるかい!
……と。

ま、そりゃあそうでしょうね。
知世ちゃんがやってたのは世間一般的には妄想としかいわないものですから。
ケルベロスがそう思ってしまうのも当然でしょう。
実際、某有名格闘マンガでも

「どんな凄い想像をしようと想像は想像。実物の仔犬にも劣る代物!」

と一言で切り捨てられてますし。

しかし!
それではすまないのがCLAMPワールドの凄いところ。
ケルベロスはすぐに思い知ることとなります。
思い込みの威力(ちから)、その凄さを。
思いは全てを変える。
次元の壁さえ越えて……

―――――――――――――――――――――――――――――――――

時は少し遡り、知世ちゃんがエア採寸を実演していたまさにその時。
大道寺邸の庭の一角。
なにもないその地点の空間が不意につ〜〜っと歪んでいきました。
まるで水滴が垂れるかのように歪み、やがてパチッと弾けてそこから現れたのは。

「次の世界に到着〜〜ぷぅっ!」
「ここが次の世界か」
「見たところ、穏やかそうな雰囲気ですね」
「そうだね。でも文化はかなり進んでるみたいだよ。あそこにあるの電灯じゃないかな。ピッフルワールドにあったのに似てるよ」
「姫はまだ目を覚まさねえのか」

4人の男女と白いおまんじゅうのような謎の生き物の一団。
目つきの悪い剣呑な雰囲気のある男。
美麗ではあるもののどこかへにゃっとした金髪の男。
優しい瞳をした少年。
そして、姫と呼ばれた少女のその姿は……さくら!

「まだみたいですね」
「う〜〜ん、もう少しかかるのかなあ。羽を取り込んだのは前の世界を出る直前だったからね」
「う……ん……」
「姫!」
「と……もよ……ちゃん、そんなところまで測るの?」
「姫?」
「あはっ、サクラちゃん、ピッフルワールドの夢を見てるみたいだね〜〜」
「けっ。よりによってあの女の夢かよ」
「あ……だ、だめだよ知世ちゃん。そんなところ触っちゃ。あ、あっ、だめぇ〜〜」
「ひ、姫?」
「や〜〜れやれ。あの女、なにやってやがんだかな。小僧、その姫、お前より先にあの女に食われちまってんじゃねえのか?」
「そ、そんなことないですよ。ね、姫?」
「あ、あっ、だめ〜〜。そんなとこ触っちゃダメなの〜〜。知世ちゃ〜〜ん」

………………………………
……………………
…………

思いは全てを変える!
時を超え、空間を超え、次元の壁さえも超えて!
知世の妄想が呼び寄せた謎の一行!
その正体は!
彼らの求めるものとはなにか!
そして、『二人のさくら』と知世が出会うその時、何が起きる!?

新たなる物語が今、始まる!

……続かない


知世ちゃんお誕生日おめでとう!(棒読み)。
実はイメージで最初に思いついたのがこのネタだったのですが、これをそのまま載せるとドン引きされること間違いなしだったので、さくらと小狼編を作って先に載せておきました。
知世様ならばリアルシャドーくらいは楽勝です。
いかなる世界のさくらをもリアルに再現してみせることでしょう。
そう、まるで本当にそこに存在しているかのようにッッ!

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