『堀鍔小話』



私立堀鍔学園。
さる人物が出費し幼等部から大学部まで一貫した教育を実現した私立学園。
そこに通う学生、勤務する職員、その他をあわせて1万人以上にもなるという1つの都市ともいえる巨大学園である。

とはいえ今日は1月1日。元旦。
学生さんは冬休みです。
さすがの堀鍔学園にも人通りは少なく、静かな正月風景を見せています。

ごく一部を除いて、ではありますが・・・


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「あ〜〜〜れ〜〜〜理事長おたわむれを〜〜〜」
「よいでわないか、よいでわないか。ほれほれ!」

ここは堀鍔学園理事長室。
元旦の朝早くだというのに実ににぎやかですね。
集まっている顔ぶれも豪勢です。

理事長の侑子先生をはじめ、体育の黒鋼先生、科学のファイ先生、ユゥイ先生と学園でも人気の先生が勢ぞろいです。
生徒の方も高等部の四月一日くん、百目鬼くん、ひまわりちゃん、桜ちゃん、それに留学生の小狼くん・小龍くん兄弟、謎の白モコナ・黒モコナ兄弟?とこれも学園中で話題にされることの多いメンバーが集まっています。

それにしても、元旦の朝も早くから生徒の前で酒盛り・・・このご時世において実に大胆な行動ですね。
PTAにバレたら懲戒免職ものです。
まあ、このメンバーにそんなケチをつけられる人はいないでしょうけど。

酒もいい感じに回ってきたのか侑子先生とファイ先生は今時、
水戸黄門にも出てこないのではないかという遊び?に興じています。
この場に外国の人がいたら日本の文化について大きな誤解を招くことになりはしないかと心配です。
いや、ファイ先生は外国の方でしたっけ。
なんでこんなに日本の伝統芸能に詳しいんでしょうか。
そもそもファイ先生はいったいどこの国の出身なんでしょう。
以前、疑問に思った生徒が黒鋼先生に尋ねたところ、黒鋼先生は黙って遠く北の空を見つめるだけだった、という学園伝説もあります。
謎の多い人物です。

「てめえら!いい加減にしねえか!」
「わぁ〜〜〜黒ぴー先生が怒った〜〜〜」
「黒鋼先生。正月から短気ね。カルシウムが足りないんじゃないの?」
「誰のせいだ、誰の!」

さすがにブチ切れた黒鋼先生ですが、そんなものに動じる二人ではありません。
軽くいなされてしまいます。
がっくしと肩を落とす黒鋼先生を慰めているのはユゥイ先生です。
ファイ先生と双子で外見はそっくりなのですが、性格の方は正反対のマジメ人間です
いったい、どういう環境で育ったらこういう兄弟になるのでしょうか。
本当に謎です。


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さてさて、そんなドンチャン騒ぎの中でなにやらほんわかした雰囲気を醸し出している二人がいます。
桜ちゃんと小狼くんです。
桜ちゃんはひまわりちゃん、モコナ(白)ちゃんと、小狼くんは四月一日くん、百目鬼くん、モコナ(黒)くんとそれぞれ女の子、男の子グループと分かれて座っているのですが、時々視線が合うと

(小狼くん・・・日本の着物もすごく似合っててかっこいいな・・・)
(桜さん・・・いつも奇麗だけど今日は一段と奇麗だ)

と二人だけに通じるアイコンタクトを交わし合っています。
初々しくていいですね。
ちなみに、小狼くんの隣では四月一日くんがひまわりちゃんに熱い視線を送っているのですが、こっちはあっさりとスルーされています。


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「小狼。楽しんでるか」
「あ、兄さん」

と、そこへ小狼くんのお兄さんの小龍くんがやってきました。
この兄弟もファイ先生・ユゥイ先生とは違う意味で性格が違います。
どちらもマジメなのは同じなのですが、天真爛漫といった感じの小狼くんに比べると、小龍くんの方はどこか近寄りがたい陰のある雰囲気があります。
その辺のクールさが女生徒の間では人気を呼んでいるようです。

「うん、とっても楽しいよ。オレ日本の正月は初めてだけどこんなに楽しいんだね」
「日本だからじゃなくて、ここ(堀鍔学園)だからかもしれないけどな」
「ふ〜ん、そうなのかな?でも日本の着物って初めて着たけどこれもなかなかカッコいいよ」
「あぁ、そうだな。よく似合ってるぞ。それに・・・」
「それに?」
「桜さんの着物姿も可愛いよな」
「!?そ、そうだね。ほんとうに可愛いよね」

おっと小狼くん、桜ちゃんの話題をふられて少しあわててしまいました。
ひょっとしてさっきのアイコンタクトに気付かれていたのか?と思うと顔が赤くなってきます。
恥ずかしくなってしまった小狼くん、なんとか桜ちゃんから話題を逸らそうと別の話題を持ち出してきました。

「き、着物っていえばファイ先生の着物は兄さんが着付けたんだよね」
「あれか。ファイ先生に頼まれてな。女性の着物は着付けが難しいからな。結構大変だったぞ」
「ふ〜ん」

ここで小狼くんには、
なんでファイ先生に女物の着物なんだ?とツッコミを入れてほしいところですが、それを言っているとキリがありません。
先に行きましょう。

「襟を合せたり帯を締めたりいろいろあるからな。それにしてもファイ先生、ああ見えてもけっこう体を鍛えてるみたいだな」
「へぇ〜〜〜」
「すごく引き締まった身体でスタイル抜群だったよ。ファイ先生、あれなら先生よりもモデルでもやってた方がいいんじゃないかな?」
「そうなんだ。たしかにファイ先生、女の子たちにすごく人気あるしね」

適当に返事を返しながら
(ほっ。桜さんから話題から逸れた)
と安心する小狼くん。
でも、小龍兄さんはそんなに甘い相手ではありませんよ?

「ファイ先生、肌も白くてとっても奇麗だったよ。で、小狼」
「ん?なに?」
「桜さんの肌はどうだったんだ?やっぱり白くて奇麗だったか?」
「!?×??※△〒?!!!?」

桜ちゃんから話題が逸れてホッとしていた小狼くん、この不意打ちに思わずむせてしまいました。

「に、兄さん、な、何を?」
「何って、桜さんの着付けはお前が手伝ったんだろう?どうだった?奇麗だったか?」
「ち、違うよ!桜さんの着付けは九軒さんがやったんだよ!オレ、兄さんと違って着物の着付けなんかできないし・・・」
「そうなのか。でも桜さんの肌、一度くらいは見たことあるんだろう?」
「そ、そんなのないよ!」
「一度も?」
「一度もないよ!」
「そうか。(ふん・・・まだまだ「お子様」レベルのお付き合いってところらしいな・・・)」

おやおや。
どうやら小龍くん、小狼くんを気にして話しかけてきたわけではなかったみたいですね。
小狼くんと桜ちゃんの仲の進展具合を確認するのが目的だったみたいです。
二人の仲が「お子様」レベルだと確認した小龍くん、口元に不敵な笑みを浮かべています。
小狼くんの笑みを「にこっ」と表現するならば、小龍くんのこの笑みは「にやり」でしょうか。
本当にこの二人、双子の兄弟なのにどうしてこんなに違うのでしょう。
おまけに小龍くん、なにやらよからぬことを考えているみたいです。

「ま、その話はもういいや。それより小狼、知ってるか?」
「なにをだい、兄さん」
「女性の着物は着せる時も大変だけど脱がす時はもっと大変なんだ。いろいろと決められた作法があってな」
「着物を脱がす作法?そんなのもあるんだ」
「お前もその辺を少し知っておいた方がいいと思うぞ」
「え、なんで?」
「おいおい、もしも桜さんに『着物を脱ぐのを手伝ってほしい』って言われたらどうする気だ?」
「!そ、そうだね。兄さんは知ってるの?知ってるなら教えてよ」
「あぁ。いろいろあるけど一番簡単なのはアレだ」
「アレ?」

小龍くんの指さす「アレ」の先にいるのは・・・ファイ先生と侑子先生。
例の「あ〜れ〜ごむたいな〜」をまだやってます。
よっぽど気にいったんでしょうか。

「あれは『姫回し』って言ってな。女性の着物を脱がす作法の中でもっとも簡単なやつなんだ。もしも桜さんにお願いされたらやってみるといいぞ」
「ふ〜ん、そうなんだ。ありがとう兄さん!」
「ま、頑張れよ(・・・怪我させない程度にな・・・くくっ)」

がんばれって・・・
あの「あ〜れ〜」はやる方もやられる方もわかってるから成り立つ芸であって・・・
何も知らない女の子にいきなりやったらどうなるか・・・
やっぱり小龍兄さん、小狼くんと桜ちゃんの仲を素直に応援する気はないみたいですね・・・


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「はい、小龍くん。お屠蘇をどうぞ」
「あ、ユゥイ先生。ありがとうございます」

男の子たちグループから離れた場所で一人料理をつまんでいた小龍はユゥイから話しかけられた。
誰とでもすぐに打ち解けられる小狼と違い、小龍はこういう場では一人になりがちだ。
ユゥイもファイと違ってあまりにぎやかな場所は苦手らしい。
そのためかこの二人、自然と一緒になる時が多い。
それとも「自分と同じ姿をした、しかし全く別で自分よりも輝かしい存在」を持つ者同士、気が合うところがあるのだろうか。

「ところで小龍くん」
「なんでしょう」
「さっきの小狼くんとの話、聞かせてもらったよ」
「・・・!?盗み聞きですか?ユゥイ先生らしくありませんね」
「聞くつもりはなかったんだけど、たまたま聞こえちゃってね。で、どういうつもりなの?」
「どういうつもりとは?」
「前にも1回聞いたよね。桜ちゃんのこと、どう思ってるのかって?」
「とても可愛い娘だなって思ってますよ。小狼にとってもお似合いだって」
「それだけ?」
「それだけですよ」
「そう・・・」

ユゥイは一瞬何かを言いかけたが、口には出さなかった。
小龍の真意が読み取れなかったためだ。

小龍が本気で桜を奪いたいと思っているのか。

それとも・・・『小狼』を自分以外の誰かに渡したくないと思っているのか。

その判断がつかなかったからだ。

(いろいろと大変だよね・・・双子ってやつは・・・)

誰にともなくユゥイは呟く。
それが頭を下げて立ち去る小龍に向けた言葉だったのか、それとも自分自身に向けた言葉だったのか・・・呟いたユゥイ本人にもわからなかった。

END


Cherry a la Mode2と同時発行のAnother World刊行決定記念の堀鍔話です。
元ネタはマガジンドラゴン新春号の堀鍔です。
1月に読んだ時に考えたのですが結局書けず、Another World刊行が決定した時に記念に書こうと思って結局書けてなかった話がようやく書けました。
全然、小狼×桜な話になっていませんが・・・。
むしろ小狼×小龍、小龍×ユゥイ・・・。

それはともかく、マガジンドラゴンの感想は、
「去年のクリスマス話の時、あれだけ思わせぶりに出した小狼×桜×小龍の三角関係はどこへ行った!」
でした。あのままスルーは勘弁してもらいたいところです。
まあ、あの3人で泥沼な三角関係をやられるのも何だとは思いますが。

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