『香港物語・バレンタイン(邪ッ!)』



2月14日。バレンタイン当日。

「それでは始めましょうか」

やる気満々の知世ちゃん。
それに比べて

「う〜〜ん??」

さくらの方は少々、納得のいかない顔をしていますね。
いったい、どうしたのでしょうか

「あら、さくらちゃん。どうなさいました? なにか気になることでもおありですの?」
「あのね、知世ちゃん。一つ聞いていいかな」
「なんでしょう」
「これからチョコを作るってちょっと遅くないかな」

それはとても自然な問いかけでした。
さくらならずとも疑問に思うところでしょう。
バレンタインのチョコといったら手作り・買う、いずれにしても前日までに用意しておくのがセオリー。
特に手作りの場合、失敗することもありえますので、できるだけ早く用意しておくのがベターです。
それなのに、時刻はもうバレンタイン当日の夕方。
今日は平日で学校があったためしかたがないのですが、それにしても少し遅すぎるような気がします。
そんなさくらの疑問に対する知世ちゃんの答えは

「しょうがないことですわ。素材の鮮度を落としたくありませんので」

というものでした。

「鮮度? 生ものを使うの?」
「はい。とってもイキのいい素材ですわ」
「イキがいい?」

頭の上に?マークを浮かべるさくら。
イキのいい素材?
バレンタインのチョコに?
そんなのこれまで聞いたことがありません。
これまた、さくらならずとも疑問に思ってしまうところです。

?マークを乱舞させるさくらを楽しげに見つめる知世ちゃん。
細められた瞳の奥にはすでに妖しげな光が灯りつつあります。

「ではよろしいでしょうか。そろそろ始めたいと思いますが」
「あっ、知世ちゃん。その前にもう一つだけ聞いていいかな」

さらなる質問を発するさくら。
実は、さくらには時間のことよりももっと気にかかっていることがあるのです。
それは・・・・・・

「後ろのお姉さん達はなんなの?」

というものでした。
これまた、実に自然な問いかけでしょう。
なぜなら、知世ちゃんの後ろにはいつものボディーガードのお姉さん達がズラッとお並びになっているからです。
しかも、そのいでたちはいつもの黒スーツの上から白いエプロンを羽織ったという、かなり異様なお姿。
さくらならずとも、というか、これが気にならない人はまずいません。

「おほほほ。この方達は今回のお手伝いのためにお呼びいたしましたの」
「でも〜〜。こんなにいっぱいお姉さん達がいたら、わたしなんか必要ないんじゃないかな」
「その点はご心配なく。この方達のお仕事は素材を抑えつけてお皿に盛り付けるところまでですから」
「素材を抑えつける〜〜?」
「その通りですわ。先ほども申した通り、とてもイキのいい素材ですので。少し暴れるかもしれません。そのための用心ですわ」
「は、あはは・・・・・・」

この時点で、さくらの?マークは大粒の冷や汗マークに変わっています。
ここまできて、ポヤヤンなさくらもようやく自分がヤバイことに巻き込まれつつあることに気がついたようです。
かなり手遅れな感じですけど。



北○の拳とかジ○ジ○の奇妙な冒険とかでおなじみの擬音を背景に、じりじりとにじり寄る知世ちゃん&お姉さん’s。
ずりずりと後ずさるさくら。

「うふふ。もうよろしいですか、さくらちゃん」
「ま、待って! 最後にもう一つ! もう一つだけ質問させて!」
「なんなりと」
「さっきから知世ちゃんが言ってる『素材』って一体、なんなの〜〜?」
「お聞きになりたいですか?(ニヤリ)」
「こく、こくっ」
「おほほほほほ。それはもちろん・・・・・・さくらちゃん! あなたのことですわ! では、みなさん。よろしくお願いします!」
「はっ! お嬢様!」
「え? え? えぇっ?? ほ、ほぇぇぇぇ〜〜〜〜っっ!?」

ダダダダダっ!

知世ちゃんの号令一下、さくらに殺到して服を毟りとっていく黒服お姉さん’s。
その様はまさしく、哀れな子ウサギを取り囲む餓えた狼の群れ。
まあ、そこはさすがに大道寺家の家令。
毟りとると言っても服を破いたりするような無体な真似はなさいません。
キチンとボタンを外して一枚一枚、丁寧に脱がしていきます。
やけに手馴れているあたりに少々、犯罪っぽい匂いを感じないでもありませんが。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

こうして、可哀想なさくらはものの数分と経たないうちに素っ裸に剥かれて机の上に縛り付けられてしまいました。
不運な生贄の子羊に、チョコをベッタリと塗りたくった刷毛を片手に近寄る知世ちゃん。

「あぁぁぁ〜〜。さくらちゃんのお肌を拝見するのは林間学校以来のことですけど、本当に素敵ですわ〜〜。あんな男にくれてやるのはちょっともったいない気もしますね」
「知世ちゃ〜〜ん。なに〜〜? なんなの、これ〜〜??」
「もちろんバレンタインのチョコですわ」
「どこが〜〜??」
「名づけてバレンタインチョコケーキ・トモヨスペシャル! チョコは本場マカオから取り寄せた一級の生チョコ。そしてこのケーキの生地は・・・・・・さくらちゃん! あなたのお肌!! うふっ、これなら李さんも大満足間違いなし! ですわ〜〜」
「だ、ダメ〜〜! そんなのダメ〜〜!!」
「あらぁ〜〜? さくらちゃん、知世のチョコ作りを手伝ってくださると約束してくださいましたよねぇ〜〜?」
「や、約束したけど〜〜。でも、こんなのは!!」
「あぁ・・・・・・。知世は悲しいですわ。さくらちゃんが知世との約束をそんなに軽く考えていらしたなんて。さくらちゃんにとってわたしの存在なんてその程度のものなのですね・・・・・・」
「そんなことないよ! わたし、知世ちゃんのこと、とっても大事なお友達って思ってるよ!」
「あら。ではよろしいですわね?」
「う・・・・・・」
「よ・ろ・し・い・で・す・わ・ね?」
「う、うん・・・・・・」
「あぁ、知世、感激! では、さっそく・・・・・・えいっ!」

ぺちょ

「ほ、ほぇぇ!?」
「えい! えいっ!」

ぺちょ
ぺちょぺちょ

「ほえええぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜!!」

ぺたぺた
ぬりぬり
ぺとぺと
ぬちゃぬちゃ
ぺたぺた
ぬりぬり・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・

―――――――――――――――――――――――――――――――――

それからさらに1時間後。

「できましたわ!」

バレンタインチョコケーキ・トモヨスペシャルは見事に完成いたしました。
バレンタインに裸チョコと聞くと下品なシロモノを想像しがちですが、そこはさすがに知世ちゃん。
チョコをむやみに塗りたくるような芸の無い真似はしません。
真っ白いさくらの肌と褐色のチョコの絶妙なコントラスト。
隠すところは隠し、露出させるところは露出させる。
素材の美しさと相まって、実に見事な仕上がりです。
まあ、「それ、なんてエロゲ?」な感じの仕上がりとも言えないこともありませんけど。

「はぅぅぅ〜〜〜〜」
「さてと。後は最後の仕上げですわ」
「仕上げ〜〜? まだなにかあるの〜〜??」
「ふふふ。さくらちゃん、ちょっと大人しくしていてくださいね」
「知世ちゃん!? な、なにを・・・・・・うむっ!? ふ、ふぐぅぅっ!?」
「お電話の邪魔をされると困りますので。しばらくそれでも銜えててください」

ピッピッピッ
プルルルルルルルゥゥゥゥゥゥ〜〜〜〜

『はい、李です』
「李さん。知世ですわ」
『あぁ、知世嬢。いかがなさいました』
「この間お話していたバレンタインチョコのことですわ。たった今、完成したのでこれから送らせていただこうと思うのですが」
『それはそれは。楽しみですね』
「つきましては李さんに一つお願いしたいことがあるのですが」
『なんでしょう』
「李さんは甘いものが苦手と伺っています。ですが、わたしもさくらちゃんも殿方にチョコをお贈りするのはこれが始めて。せっかく贈ったのに召し上がっていただけないと悲しくなります」
『・・・・・・? 知世嬢、今、“さくら”とおっしゃいましたか?』
「はい。実は今回のチョコはわたしとさくらちゃんの二人で作りましたの。わたしとさくらちゃん、二人から李さんへお贈りしたいと思いまして」
『な、なるほど! そういうことでしたか』
「いかがでしょう。お苦手かもしれませんが、わたしたち二人からのチョコ、なんとしても召し上がっていただきたいのですが」
『もちろん、いただきますよ! さくらから、いや、知世嬢からのチョコ、ありがたく食べさせていただきます!』
「本当に?」
『本当です!』
「ひとかけらも残さずに?」
ひとかけらも残さずにです! 責任をもって全部食べさせていただきます!』
「それを聞いて安心いたしました。では、贈らせていただきます」
『お待ちしています!』

―――プツッ―――

「お聞きになりましたか、さくらちゃん。李さん、わたしたちからのチョコ、ひとかけらも残さずに召し上がってくださるとのことでしたわ」
「んぐ〜〜、ふぐぐぐ〜〜!!(小狼様〜〜だまされてるよ〜〜)」
「李さん、さくらちゃんからのチョコと聞いたらあんなに嬉しそうな声をあげて。いつもながらチョロイお方ですこと。さてと。それでは、みなさん。送付の方をお願いいたしますね」
「はい。お嬢様」

ガチャガチャ
ゴソゴソ
ガチャガチャ
ゴソゴソ

テキパキと手際よくさくらを梱包していくお姉さん’s。
机と見えたのはどうやらディスプレイ用の台だったようで、脚を取り外して簡単に箱に詰められるようになっていました。
異様にバカでかいプレゼントボックスの中に梱包されるさくら。

(はぅぅぅぅぅぅ〜〜〜。わたし、どうなっちゃうの〜〜〜〜??)

どうなるもこうなるも、こうなってしまっては、なるようにしかなりませんね。

「それではお嬢様。行って参ります」
「お願いいたしますわ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・

―――――――――――――――――――――――――――――――――

「ふぅっ」

運び出されるさくら(入りのプレゼントボックス)を見送る知世ちゃん。
根を詰めて作業をしたせいか、さすがの知世ちゃんも少しお疲れのようです。
しかし、そのお顔には何とも言えない充実感が満ち溢れています。

「あぁぁ。良いことをした後は気持ちがいいですわ〜〜」

一つの仕事をやり遂げた“いい笑顔”で額の汗を拭う知世様。

「まったくでございます。お嬢様」

知世様の善行を讃えるお姉さん’s。

そうなのです。
知世様の御心には邪な心など欠片ほどもございません。
知世様にあるのは100%ピュアな善意、ただそれだけなのです。
ただ、その善意のベクトルが常の人とは大きく異なっている、それだけが問題なのです。
そして、大道寺家のみなさんの誰一人そのことに気がついていない、それが大きな問題なのです・・・・・・

―――――――――――――――――――――――――――――――――

その夜。
李家のお邸でなにやら大変な騒ぎが起きたようですが、当人達のプライバシーに配慮いたしましてこのお話はここまでとさせていただきます。

えんど


つっこむんじゃない!
感じるんだ!

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