『香港物語・X'mas』

※注意
この話は香港物語の番外編です。
上の香港物語の少し後のお話になります。



「・・・?」

部屋の灯りをつけた時、小狼はかすかな違和感を感じた。
部屋がいつもより少し明るいように感じられたのだ。
明るいというより、少しきらびやかといった雰囲気が漂っている。
書庫といくつかの実用品しか置いていない無骨なこの部屋にそぐわぬ雰囲気。

その出所はすぐに判明した。
部屋の柱やカーテン、本棚のところどころに色とりどりの小さな星が飾られていたのだ。
そして机の上には小さなクリスマスツリー。
目立ちすぎず、控えめに、しかしハッキリとその存在を感じさせる飾りたち。
華やかさよりも暖かさを感じさせる化粧。
まるで・・・あの少女のように。

そう思ったときには小狼の指はメイドの呼び鈴を鳴らしていた。

「お呼びでしょうか、小狼様」
「さくら。この飾りはお前がやったのか?」
「はい。あの・・・お気に障りましたか?」
「いや、そんなことはないが。でも、こんな飾りどこから持ってきた?こんな飾りがうちにあったのか」

小狼が不思議がるのも無理はない。
李家では季節の風習は古の時代に大陸から伝わったものだけに限られている。
とりたてて西洋文化に排他的というほどではないが、これまでクリスマスを祝う習慣は李家にはなかった。なのでクリスマス用の飾りなどあるわけがない。

「いえ。これはわたしのお給料で買ってきました」
「またか?なんでそこまでするんだ。お前の給料だってそんなに多いわけじゃないだろう」

実際のところ、さくらの給料は決して安いものではない。さくらの年を考えればかなりの高給といっていい額だ。
だが、さくらには重病に伏せる兄、桃矢がいる。
そのため、さくら自身が使えるお金はごくわずかだ。
小狼もさくらが自分自身を着飾るためにお金を使っているのは見たことがない。
さくらも年頃の女の子。
綺麗なお洋服やアクセサリに興味がないわけがない。
なのに、さくらはわずかに自由になるお金を自分のためには使わず、小狼のために使ってしまうことが間々ある。
それが小狼にはどうしても疑問だった。

「その・・・最近、小狼様はすごく忙しそうでしたので。せっかくクリスマスなのに全然楽しめていただけてないんじゃないかと思いまして・・・。それで、せめてお部屋の中だけでも明るくしてみようかと」
「気づかいは嬉しいけど、お前も楽じゃないだろう。あんまりオレのために無理をする必要はないぞ」
「違います!無理をしてるわけじゃありません!わたし・・・その・・・」
「その、なんだ?」
「小狼様に・・・小狼様に喜んでいただきたいんです!小狼様が喜んでくださるとわたし・・・すごく嬉しくなるんです!」
「オレが喜ぶと、か?」
「はい!」

お前は本当にいつも・・・それに比べてオレは・・・

さくらの答えを聞いて一瞬、小狼の心の中に苦いものが走った。
さくらは小狼に喜んでもらうために精一杯頑張ってくれている。
さくらがいなかったら自分の生活がどれほど無味乾燥なものになってしまうのか。
どんなに感謝しても足りないくらいだ。

なのに、今の自分はさくらの頑張りに報いてやることができない。
次期当主とはいってもまだ学生の身。何の権限も与えられていない。
さくらの給料一つ上げてやることさえもできない。
ご大層な肩書きとはうらはらになんとも中途半端な立場。それが恨めしい。

そんな自分がさくらにしてやれることは

「ありがとう、さくら。さくらの気遣いがオレも嬉しいよ」

無力な微笑を返すことくらいしかない・・・

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「I wish you a merry christmas ・・・ I wish you a merry christmas ・・・ and a happy new year ・・・」

さくらを返した後、部屋の中で小狼は一人でクリスマスの歌を口ずさんでいた。
今の自分は無力だ。
愛する少女と共にクリスマスの夜を過ごすことなど許されない。
さくらに自分の想いを告げることすら叶わぬ身だ。

「I wish you a merry christmas ・・・だけど・・・いつかは・・・さくら。いつかはお前と一緒に・・・」

いつの日か一緒に。
必ず・・・
それを想って、さくらの飾ってくれたクリスマスツリーへと歌を捧げる小狼だった。

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一方のさくら。

「はぅ〜〜〜。小狼様、あんなに優しい顔をされるなんて・・・反則だよ〜〜〜あんなの・・・」

こちらは去り際に小狼から贈られた笑顔を思い出して悶えていた
さっきの小狼の笑顔。
いつものキビシイ小狼とはまるで別人のように優しい笑顔。
これまで小狼がさくらに、いや、他の誰に対してもあんな優しい顔を向けたのは見たことがない。
小狼様がわたしのために特別の微笑を見せてくれた、そんな気もしてしまう。

「あれが、小狼様の本当のお顔なのかな。小狼様がわたしに本当のお顔を見せてくださったのは・・・・・・!?な、何を考えてるの、わたし!小狼様がわたしを想ってくださるわけなんてないのに・・・」

小狼様は香港一の名家、李一族の当主。
それに対して自分は何の身分もないただのメイド。
小狼様がわたしを気に留めてくれることなどあるわけがない。
なんて思い上がったことを考えてたの、わたし・・・

あまりにも大きな身分の違いにさくらは現実に引き戻されてしまう。
無力な少女にはどうすることもできない隔たり。

それでも。

「でも・・・いつかは小狼様と一緒にクリスマスを過ごしてみたい・・・。それくらいは許されてもいいよね、神様・・・」

そんなささやかな願いをさくらは神様に祈る。
ささやかでつつましい願いを。
愛する人と同じ願いを・・・

――――――――――――――――――――――――――――――

主従以上、恋人未満の距離をなかなか縮めることのできぬもどかしい二人。
それでもこのクリスマスの夜。聖なる夜。
二人の距離はほんの少しだけ縮まったのかもしれません。

END


クリスマスの話を全く考えていなかったので、香港物語にあわせてクリスマスの話を追加。
う〜ん、ちょっと余裕がなかったですね。

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