『はじめて』

※別名義で発表した作品の再掲になります。



――ねぇ、小狼くん。初めて会った時のこと、覚えてる?
――もちろん覚えてるよ。
――ふふっ、あの時の小狼くん、怖かったなあ〜〜。「クロウカードをよこせ!」とか言って
――う・・・・・・。しょうがないだろ。あの時はオレも必死だったんだから。
――そうだったの?
――あぁ。なにしろ母上からは「クロウカードを手にするまでは、李家の敷居をまたぐことは許しません!」なんて言われてたからな。
――ほえええ〜〜。小狼くんのお母さん、厳しいんだね〜〜。
――いや。あれは多分、オレに喝を入れるためだったんだな。現に、さくらがクロウカードの主になった時には特に何も言わなかった。
――ふ〜〜ん。そんなことがあったんだ。でも、あの時の小狼くん、やっぱりとっても怖かったよ。
――そんなに怖かったか?
――うん。だってあの時の小狼くん・・・・・・

さくらは思い出していた。小狼と初めて会った日のことを。

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「李小狼くん。香港から来たんだ。みんな仲良くな」

そう言って紹介された男の子はなぜか、自分のことをすごい目つきで見つめていた。いや、それはもう、睨んでいるとしか言いようの無い目つきだった。

(わたし、この子と今日始めて会ったのに。なんで・・・・・・なんで〜〜??)

その疑問はすぐに解決した。

「ちょっと」

放課後呼び出された校舎裏で明かされた彼の正体。それは、さくらの持つクロウカードを手に入れるためにクロウリードの実家、李家からやって来た魔道士の卵だったのだ。

「出せ!!」
「な・・・・・・なにを・・・・・・?」
「クロウカード!」
「だめ! だってケロちゃんと約束したんだもん。カード全部集めるって!」

それから起きた騒動のこともハッキリと覚えてる。
小狼はさくらからカードを力ずくで奪おうとし、そこに桃矢の邪魔が入り、さらには雪兎と知世まであらわれて・・・・・・とにかくあの時は大変だった。

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――ホントに怖かったんだから。わたし、男の子にあんな乱暴なことされたの初めてだったんだよ。怖かったな〜〜。あ、でもその後、雪兎さんに会って真っ赤になっちゃったのは可愛かったかも。
――そ、その話はもうよせ。でも、なんだな。こうして思い出してみるとオレたちの出会いって、トンでもない出会いだったんだな。
――そうだね。あの時は小狼くんとこんなことになるなんて、思ってもいなかったよ。初めて小狼くんを見た時は・・・・・・ん? あれれ?
――どうした
――ひょっとするとわたし、小狼くんに初めて会ったのはあの時じゃないのかも。
――そんなことはないだろ。オレはあの時まで日本に来たことはなかったぞ。お前に会ってるはずはない。
――う〜〜ん、なんて言うか『会った』のはあの時が初めてなんだけどね。小狼くんを初めて『見た』のはあれよりも前だったかも。
――どういうことだ?
――あのね。小狼くんに会った日の前の夜にね。夢の中で男の子を見たの。小狼くんと同じ式服を着た男の子。顔はよく見えなかったけど、あれは絶対に小狼くんだったよ。だから、わたしが小狼くんを初めて見たのはあの夜になるのかな。
――そういえばそんなことを言っていたな。・・・・・・でも、それってちょっとずるくないか?
――なにが?
――普通、出会いっていうのはお互い同じ時のはずだろ。なのにさくらの方だけオレのことを先に知ってたっていうのはずるいぞ。
――そんなこと言われても〜〜。それにそんなこと言ったら、わたしのことを『好き』になってくれたのは小狼くんの方が先だったでしょ? わたしが知らないうちにわたしのこと好きになっちゃう方がずるいよ。
――そうかな。
――そうだよ。・・・・・・ねぇ、小狼くん。前から小狼くんに聞きたいことがあったんだけど、いいかな。
――ん? なんだ。
――小狼くんがわたしのこと『好き』になってくれたのは何時のことだったの?
――好きになった時? そんなのハッキリ覚えてないな。
――気がついたら好きになっていたっていうやつ?
――そんなところだ。まあ、しいて言うならばあの時かもしれないけどな。
――あの時? あの時っていつのこと?
――『戻』のカードを捕まえた時のことだ。

小狼は思い出していた。『戻』のカードを捕まえた日のことを。自分が初めて『木之本 桜』という女の子の存在を認識した時のことを。

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「お、おまえ・・・・・・や、やっぱりあの人のこと・・・・・・好きなのか?」
「り、李くんも・・・・・・あの雪兎さんのこと・・・・・・好きなの?」
「い、いつから?」
「雪兎さんがお兄ちゃんの学校に転校してきてから・・・・・・転校してきた日に仲良くなってうちに遊びに来たのひ、ひとめぼれっていうのかもしれない・・・・・・李くんは?」
「転校してきた日に・・・・・・」
「や、やっぱりひとめぼれ?」
「うん・・・・・・」
「わたしも李くんも雪兎さんよりずっと年下だけど・・・・・・しょうがないよね。好きなんだもん」
「あ・・・・・・」

それは、『戻』を探し疲れて桜の木の枝で休んでいた時のこと。
ふいに向けられた笑顔になぜか頬が赤くなるのを感じた。
今までクロウカードを奪い合うライバルとしか認識していなかった相手が、唐突に『一人の女の子』に変わった瞬間だった。
その笑顔のまぶしさに耐えられずに木を飛び降りた時、『戻』が発動してさくらは過去に送られてしまった。

「どうすればいい! どうすればあいつを呼び戻せる!」
「『時』や! 『時』をつこて一旦、時間の流れを停止させるんや。それしか『戻』を封印する方法は無い!」
「『時』だな! わかった! 玉帝有勅神硯四方・・・・・・『時(タイム)』!」

あの時は必死だった。なぜこんなに必死になっているのか、その時はわからなかった。ただ、クロウカードも魔法も関係なく、『あいつを助ける』それだけのために頑張った。
それは、あの時にはもう自分の中の何かが目の前の女の子をとても大事なもの、と感じる予兆のようなものがあったからだろうか。
その後、戻ってきたさくらに抱きつかれて真っ赤ッ赤になってしまったのは誰にも言えない一人だけの秘密だ。

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――多分、あの時だな。オレ、あの時初めてお前のことを「あぁ、こいつも女の子だったんだな」って思ったんだ。
――なにそれ〜〜。それって、それまではわたしのこと、女の子と思っててくれなかったっていうこと??
――思ってなかったな。それまではお前のことは、クロウカードのことでも月城さんのことでも邪魔するお邪魔虫としか思ってなかったよ。
――ひど〜〜い。
――だから、しょうがなかったって言ってるだろ。あの時のオレはいろいろ気を張りすぎて周りのことを見ている余裕がなかったんだ。
――だからって、お邪魔虫はないでしょ?
――今はちゃんと『女の子』扱いしてるんだから許してくれよ。それよりも、さくら。オレの方も一つ聞いていいか。
――なに?
――さくらは一体、いつからオレのことを『好き』になってくれたんだ?
――わたしが小狼くんを好きになった時?
――あぁ。今だから言うけどオレ、お前に告白した時はすごく不安だったんだ。オレがお前を好きでも、お前のほうはオレのことなんか何とも思ってないんじゃないかって。だって、お前、あの時まで全然オレのことを気にしてる素振りなんかなかったからな。
――そう言われてみると〜〜。え〜〜っと〜〜。気がついたら好きになっていたっていうのじゃダメかな?
――おいおい。オレはちゃんと答えたのに、それはないんじゃないか。
――でも、改めて言われると〜〜。う〜〜ん。あ! あの時かも。
――あの時? あの時っていつだ。
――ほら! エリオル君たちと一緒にテディペア展に行った時だよ!
――・・・・・・あの時か。

そしてさくらは思い出した。
あの日、テディペア展を見に行った日のことを。
自分が初めて小狼のことを『特別な相手』と認識した時のことを。
小狼が初めて自分のことを「さくら」と呼んでくれた日のことを・・・・・・

―――――――――――――――――――――――――――――――――

「さくらぁぁーー!!」

闇の中にその声が響いた時、一瞬、さくらにはそれが誰の声であるのかわからなかった。
正確には、誰が誰を呼んでいるのかがわからなかった。
声そのものは聞き慣れている。李くんの声だ。
その声が呼んでいる名前も聞きなれたもの。自分の名前だ。
だけど、咄嗟にはその二つが自分の中で組み合わさらなかった。
それは当然だろう。それまで小狼が自分を呼ぶ時は「お前」とか「木之本」とかぶっきらぼうな呼び方しかしてくれなかったからだ。
名前で呼んでくれることなんか一度もなかったからだ。
それに声の響きも全然違う。

(今の声・・・・・・李くん? 李くんがわたしのこと呼んでくれたの? さくらって・・・・・・)

あの李くんが自分のことを名前で、それもこんなに熱い声で呼んでくれている――
それを理解した時、わけもなく胸の鼓動が高まった。

「『浮』のカード使っちゃった」

そう言いながら笑ったのは照れ隠しでもあった。
そんなさくらを小狼は

「ほえ!?」
「よかった・・・・・・」

抱きしめて迎えてくれた。

(李くん・・・・・・なんだろ・・・・・・とっても暖かい。李くんにぎゅってされてると・・・・・・とってもいい気持ち・・・・・・不思議・・・・・・)

その夕方、さくらは小狼に電話を入れた。

『わたしね。李くんがエレベーターの中で“さくら”って呼んでくれた時、すごくうれしかったよ。なんか李くんととっても仲良しになれた気がしたから・・・・・・』
『わたしも李くんのこと“小狼くん”って呼んでいいかな?』
『え・・・・・・す、好きにしろ』
『うん! “小狼くん”! それじゃあ、また明日学校でね』


小狼を名前で呼ぶことを許されたあの時の喜び。今でもハッキリ覚えている。
本当は少し不安だった。あの硬そうな李くんのこと。ダメだ、の一言で拒絶されたらどうしようと思っていた。
小狼に電話をかけるのを30分も悩み続けたのはケルベロスと自分だけの秘密だ。

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――小狼くんも覚えててくれた?
――当たり前だろ。忘れるわけがない。さくらが初めてオレの名前を呼んでくれた日なんだから。
――小狼くんが初めてわたしのことを名前で呼んでてくれた日でもあるよ。あの時、とっても嬉しかったよ。あの時はなんでこんなに嬉しいのかわからなかったけど・・・・・・今はわかるよ。わたし、あの時にはもう、小狼くんのことが好きだったんだよ・・・・・・
――そうだったのか? とてもそうは見えなかったけどな。
――そうなの! ううん、違う・・・・・・わたし、もっと、もっとずっと前から小狼くんのことが好きだったんだよ!
――それはさすがに、遡りすぎじゃないか?
――好きだったの! 本当だよ! だってあの時、とっても悲しかったもん!
――あの時っていつだよ。
――エリオルくんが転校してきた日! あの日、小狼くんが香港に帰るって聞いた時、すっごく悲しかったんだから! まだ当分いる、って言ってくれた時はとっても安心したよ。あれはあの時にはもう、小狼くんのことが好きだったからなの!
――それはそれで複雑な気分だな。
――なんでよ。
――さっきも言ったろ。お前に告白した時、すごく不安だったって。お前に拒否されたらどうしよう? ってそれだけが頭の中をグルグルしてたよ。そんなに前からオレのことを想っててくれてたんなら、もっと早く告白すればよかったってことじゃないか。あの時の悩みはなんだったんだ? って思っちゃうぞ。
――そんなこと言われても〜〜
――それにお前、あの時なかなか返事をくれなかったからな。
――あれは・・・・・・わたしもわからなかったの。小狼くんのことをずっと前から好きだったっていうのは本当だよ。でも、わたし・・・・・・あの時までそれに気づけなかったの。なんでかな。本当なの! 好きだったの! でも、それに自分で気づけなかったの! 本当に・・・・・・
――わかってるよ。自分の気持ちにはなかなか気づけないさ。オレもそうだった。ユエが導いてくれなかったら自分の気持ちに気づけなかったかもしれない。
――ユエさん? ユエさんが教えてくれたの?
――ユエがくれたのはきっかけだけだったけどな。でも、何かのきっかけがないと人は自分の気持ちに気づけない。
――きっかけかぁ。わたしにきっかけをくれたのはやっぱりカードさんたちかなぁ。
――『希望』のカードのことか?
――うん。でも『希望』さんだけじゃないの。あの時・・・・・・小狼くんが『無』さんに取り込まれた時ね。カードのみんなが励ましてくれたの。
大丈夫だよって。みんなが助けてくらなかったらわたし―――あの時、小狼くんに自分の気持ちを告げられなかったと思う・・・・・・

そこで二人は思い出した。
あの日―――封印されていた最後のクロウカードと戦った日のことを。
崩れ落ちた遊園地の中で―――二人が初めてお互いの気持ちを通じ合わせた時のことを―――

―――――――――――――――――――――――――――――――――

さくらは絶望の眼差しで立ち上がる小狼を見つめていた。
虚ろなその瞳にはもう自分は映っていない―――そう思うだけで心が折れてしまいそうだった。
それを支えてくれたのはカードたちの声だ。

大丈夫だから―――

この声がなかったらさくらは最後の一歩を踏み出すことができなかったかもしれない。

「小狼くん・・・・・・小狼くんがわたしのことなんとも思ってなくてもいい。わたしは小狼くんが好き。わたしの一番は・・・・・・小狼くんだよ」

ようやく辿り着いた自分の本当の気持ち。

「オレもだ」

それに応えてくれた彼の声。自分に向けられた微笑。
そして飛び込んだ彼の腕の中でさくらは泣いた。もちろん、悲しくて泣いたのではない。嬉しくて涙が出てきたのだ。
嬉しくて泣く―――これも初めての経験だった。

「おい、泣くな」
「ダメ・・・・・・我慢できないよ。だってこんなに嬉しいんだもん! 小狼くん、いつも泣いちゃダメだって言ってるけど今日だけは泣かせて・・・・・・ いいでしょ?」
「今日だけだぞ」
「うん!」

―――――――――――――――――――――――――――――――――

―――思えばいろいろな初めてがあった。
出会い、争い、協力して―――
笑って、泣いて、喜んで、悲しんで―――
二人でいろいろな「初めて」を体験してきた。
そして―――今日も―――

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「さくら・・・・・・。後悔してないか」
「なんで? なんでわたしが後悔するの?」
「いや、その・・・・・・。オレとこんなことになって―――後悔はないのか」
「後悔なんかしないよ! ううん、わたし嬉しいよ! わたしの“初めて”が小狼くんで本当に嬉しいよ! 今までで一番うれしいよ!」

さくらの叫びに小狼はただ黙って肩を引き寄せることで応えた。
生まれたままの姿のさくらの肩を。これも生まれたままの姿の自分へと。

そう。今日も二人にとって『初めて』の日。
二人が本当に一つになった初めての夜―――

「くすっ。今日が二人の“初めての日”だね」
「あらたまってそう言われると恥ずかしいな」
「今までもいっぱい、“初めて”があったけど、今日の“初めて”が一番うれしいよ」
「オレもだよ、さくら。今、本当に幸せだ」
「だけど、きっとこれからもいっぱい、“初めて”があるよね」
「そうだろうな」
「ね、小狼くん。この先、今日よりも嬉しくなれる“初めて”ってあるのかな」
「それはわからない。だけど・・・・・・」
「だけど?」
「さくらと二人ならあると思う」
「小狼くん・・・・・・。そうだね。わたしもそう思うよ。小狼くんと二人なら・・・・・・」

そうだ。
この先もまだまだ“初めて”のことはたくさんあるはずだ。その中には辛いこと、苦しいこともあるかもしれない。
でも、二人なら乗り越えていける。
それに二人なら―――今日よりも幸せな“初めて”もきっとある。
きっと―――

さくらはその日を想いながら小狼の肩へと頬をすりつけるのだった。

END


この作品はひがしとは別名で発表した作品の再掲です。
すでに読まれていた方はすいません。

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