『だ〜く・ぷりずん・阿呆編』



それはある日の昼下がりの午後のこと。

小狼くんは自分の部屋のソファに横たわって本を読んでいました。
ふと、目を部屋の隅の方に向けると、そこには熱心にテレビに見入るさくらちゃんの姿が見えます。
心の狭い男の子だったら、オレをほおっておいてテレビに夢中かよ!と怒るところかもしれませんが、小狼くんはそんな子ではありません。
さくらちゃんと同じ空間にいる、ただそれだけのことで幸せになれる小狼くんです。
まあ、もしもさくらちゃんが見てるのが芸能番組とかだったら小狼くんも少し不満を持ってしまうかもしれませんが、さくらちゃんが今見ているのはN○K教育の『世界の遺跡の時間』。
世界の遺跡や遺物を紹介するという番組で、さくらちゃんのお父さんの藤隆さんがゲスト出演している番組なのです。
これでは小狼くんも文句を言うわけにはいきません。
それに、小狼くんも遺跡には大変興味があります。李家の跡継ぎという立場がなかったら考古学者の道を選んでいたと公言している小狼くんです。
なので、さくらちゃんが自分の趣味にあう番組を熱心に見ていてくれるというのは、小狼くんにとっても大変に喜ばしいことです。
穏やかに過ぎていく恋人達のまどろみの一時・・・

しかしっ!
世の人は言います。

「人は過去から逃れることはできない!
過去というやつはけっして消し去ることができない!
どれほど注意深く消去したつもりでも・・・気がつくと過去に絡みつかれている!!
まるで雑草のように・・・徹底的に刈り取って根絶したつもりでも・・・いつのまにか絡みつかれている!」

〜〜 ジ○ジ○の奇妙な冒険 第五部 「黄金の風」より 〜〜

人は絶対に過去から逃げることはできません。
過去に犯した過ちからは。
小狼くんはこれからそれを思い知ることになります・・・

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(さて。そろそろいいかな)

ソファからゆっくりと身を起こした小狼くん、本を机の上に置いてさくらちゃんの方へと歩き出しました。
実は小狼くん、さっきから本など読んでいません。
本を読むふりをしながら、さくらちゃんに話しかけるタイミングを見計らっていたのです。
テレビの中の藤隆さんの話も一段落したようなので、そろそろいいかな、と思った次第です。
ここでさくらちゃんと遺跡の話、それに藤隆さんのお仕事の話などをして二人の世界観をさらに親密なものにしたい! という下心が見えないこともありませんが、それくらいは大目に見てあげましょう。
さくらちゃんの肩へと指を伸ばす小狼くん。

ですが。

小狼くん、指先があと少しでさくらちゃんの肩に触れるというところであわてて手を引き戻しました。
伸ばした指先に何かピリピリとした電気のようなものが感じられたからです。

(? なんだ?)

怪訝そうな顔で指とさくらちゃんの肩を見比べる小狼くん。
最初、小狼くんはそれが何だかわかりませんでした。
それがさくらちゃんの身体から立ち上るオーラのようなものであることに気がついたのは、しばらくたってからのことです。
さくらちゃんの全身から尋常ならざる何かを感じます。
それも、どちらかというと好ましくないもののようです。
どうやら、さくらちゃんの心の中で何か強い感情が渦巻いているようですね。
一体、何があったのでしょうか。

(なんで? オレ、さくらを怒らせるようなこと何かしたっけ?)

さくらちゃんの怒りの原因がわからずに途方にくれる小狼くん。
小狼くんにその『何か』の正体を教えてくれたのはテレビから聞こえてきた藤隆さんの声でした。

『このXX遺跡の調査には木之本教授も参加されていたのでしたね』
『ええ』
『そういえば、たしか第一次調査の時は崩落事故で大変な目に会われたと聞いていますが』
『そうですね。あの時は本当に大変でしたよ』

XX遺跡?
崩落事故?
どこかで聞いたような気が・・・?
・・・・・・・・・・・・?

あ・・・あぁぁっっ!!

そう、中華人民共和国 XX省XX郡 XX遺跡。
かつて事故に巻き込まれた藤隆さんと桃矢くんを、小狼くんが李家の力を使って助け出したという二人にとって忘れられない事件のあったあの遺跡・・・

と言えば聞こえはいいのですが、実際にはそれをネタにさくらちゃんにあ〜〜んなことこ〜〜んなことをしようとした挙句、見事に失敗してきつ〜〜い一撃を喰らったという小狼くんにとっては違う意味で忘れられない思い出のある遺跡です。
どうやら、さくらちゃんはあの日のことを思い出しているみたいですね。
それも、このピリピリ感からしてかなりお怒りのご様子です。

(ッッッ! ま、まずい!!)

逃れえぬ過去の呪縛に捕まってしまったことに気づいて愕然となる小狼くん。
あれは小狼くんにとって人生最大の過ちの日でした。
エッチなことをしようとしたのもいけなかったのですが、それよりもまずかったのはエッチをやりとげられなかったことです。
世の中、何がいけないといって中途半端ほど悪いものはありません。

「途中まで成功した作戦は、最初から失敗した作戦に劣る」

とは高名な戦略家の台詞です。
もしもあの時、黙ってさくらちゃんを助けていれば、小狼くんの好感度は鰻上り間違いなしのイベントでした。
また、無理やりにでもエッチを完遂していればそれはそれで後々、大きなアドバンテージをとることができたことでしょう。
何事も中途半端はよくありません。

(あ、あれはもう時効だろ! 3年も前のことじゃないか。そ、そうだよな? もう怒ってないよな? なあ、さくら・・・)

咄嗟に浮んだ見苦しい言い訳。
しかし、小狼くんはそれを口にすることが出来ませんでした。



小狼くんの耳に格闘漫画でおなじみのあの音が聞こえてきたからです。
幻聴などではありません。
北○の拳でケン○ロウや拳○様の背後に書かれているあの擬音がハッキリと聞こえます。
みなさまの中にはあれが漫画的表現と思われている方もおられるかもしれませんが、それは大きな間違いです。
極限状態に陥った人の耳にはあの音がハッキリと聞こえてしまうのです。
しかも、それだけではありません。

ゆらぁ・・・

揺らいでいます。
さくらちゃんの周りがまるで蜃気楼のように揺らいで見えます。
これは近年の格闘漫画で多用される、強者の昂ぶりを表現する手法です。
さくらちゃんの怒りがどれほどのものか、物言わぬ赤子にすら理解できるでしょう。
これはもう、下手な言い訳は通じない・・・小狼くんもそう覚悟を決めざるを得ませんでした。

「しゃ・お・ら・ん・く〜〜ん」
「な、なんだ」

くるりと振り返ったさくらちゃんのお顔はいつも通りの可愛さです。
でも、いつもとは明らかに違いますね。
いつものさくらちゃんは、こんなにキツイお目目はしていません。
口元もびみょ〜〜に歪んでいます。
眉もピクピクしてますし。
やはり、相当にご立腹のようです。
それに対して小狼くんは悲しいくらいに目が泳いでしまっています。
声も上ずりまくりです。
いつもの彼を知る人が見たら別人かと思ってしまうところです。

「ね、小狼くん。XX遺跡って憶えてる?」
「も、もちろん知ってるさ。中国の有名な遺跡だな。たしかXX時代の遺跡だったはずだ」
「それだけ? 前にお父さんが発掘に行ったんだけど憶えてない?」
「そ、そうだったかな」
「そしたら事故に巻き込まれちゃって。本当に心配だったな〜〜。あ、でもあの時は小狼くんが助けてくれたんだよね」
「き、気にしなくていいぞ。大したことじゃなかったから」
「でも〜〜。やっぱり気になるよ。だって〜〜」
「だってなんだ?(どきどきどきどき・・・)」
「だって、あの時の小狼くん、すっごく怖かったんだもん。抵抗するなとか言っちゃって」
「う・・・・・・(やはりそうきたか・・・)」
「ホントに怖かったな〜〜。お父さんたちを助けたかったら大人しくしてろ、とかも言ってたよね〜〜」

う〜〜ん、さくらちゃんエグイ! エグすぎます。
ストレートに小狼くんを非難したりしません。
じわじわネチネチと真綿で首を絞めるように小狼くんを攻め立てます。
さくらちゃんらしからぬ所業ですが、それほどにお怒りということなのでしょう。
まあ、無理もありません。
何しろ、ファーストキッスもまだだというのに、おっぱいをふにふにされた挙句、危うい一線を突き破られそうになったというトンでもないイベントでしたから。
ムードを大切にする女の子にとっては許し難い暴挙です。
小狼くんももう少し段取りというものを踏んでからエッチに持ち込むべきでした。
(段取りを踏んでも犯罪行為であることに変わりありませんが・・・)

「わたし、男の子にあんな乱暴なことされたの初めてだったんだよ」
「わ、悪かったと思ってるよ」
「ね、小狼く〜〜ん。あの時、オレの言っている意味はわかるなとか言ってたけど、どういう意味だったの?」
「どういう意味って、その・・・」
「わたし、わかんなかったな〜〜。抵抗しないで大人しくしてたらどうなっちゃったのかな〜〜。ねぇ、小狼くん?」
「う・・・。そ、それは・・・その・・・」
「小狼くん、どうするつもりだったのかな〜〜」
「そ、その・・・」
「しゃ・お・ら・ん・く〜〜ん。どうするつもりだったの〜〜?」

猫がネズミをいたぶるように小狼くんを攻めるさくらちゃん。
どうやら、小狼くんを攻めるのがちょっと楽しくなってきてしまったようですね。
日頃、キリッとしている小狼くんがしどろもどろになっちゃってるのが面白いのでしょう。
でも、さくらちゃん。
あんまり調子に乗らないほうがいいですよ?
あんまり調子に乗っていると・・・・・・

がばぁっ!!

「きゃぁっ! しゃ、小狼くん? 何するの?」

ほ〜〜ら。
小狼くん、さくらちゃんを強引に押し倒してしまいました。
そのままさくらちゃんの胸を荒々しく揉みしだきます。
どうやら、受けに回っていては勝てない! 攻めだ! 攻めるしかない! と判断したようです。
追い詰められた男の子の最後の手段、
『強引にエッチに持ち込んでうやむやにする』
ですね。
一応断っておきますが、小狼くんとさくらちゃんくらい心が通い合っていないと刑事訴訟に発展する恐れがありますので、よい子のみんなは真似しないでください。

「何って。どうするつもりだったか知りたいんだろ。教えてやるよ」
「小狼くん!? だ、ダメ! わたし、そんなつもりじゃ・・・」
「じゃあ、どういうつもりだったんだよ」
「小狼くん・・・だめ・・・あ・・・んぁ・・・」
「たっぷりと教えてやるよ、さくら。お前の体になぁ」
「あ・・・いやぁ・・・あぁぁ・・・」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・

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小狼くんの荒々しい愛撫に顔を歪ませるさくらちゃん。
ですが、よ〜〜く観察するとその頬にかすかな笑みが浮んでいるのがわかります。
それは、いたずらっ気と淫靡さが微妙に入り混じった―――知世ちゃんのそれによく似た笑みなのでありました。

END


だ〜く・ぷりずん番外編。
ちょっと言い訳なのですが、この話は当初、ダークプリズンの番外編A1(after)、A2(another)と一緒に発表するつもりで、A1、A2の方はかなり前に完成していました。
ただ、ダークプリズンは内容に震災を連想させるものがあったことと暗い内容の話であったため、今の状態ではふさわしくないと判断して掲載を見送りました。
本当はA1、A2、阿と続けて読めるようにしたかったのですが残念です。
いつかもう少し落ち着いたらA1、A2も掲載したいと思います。

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