『ダークプリズン・Another』




「・・・さ・・・くら・・・」

う・・・ん・・・
誰?
わたしを呼んでるのは。

「さく・・・ら・・・さくら・・・」

うるさいなぁ。
お願いだからもう少し寝かせてよ。
もう、わたしには寝てる時くらいしか自由がないんだから。
魔力も、カードも、魂も、全て奪われてしまったわたしにはなんの自由もないんだから。
せめて、夢くらい自由に見させてよ・・・

さくらっっ! え〜かげんに起きんか!!」
「ほ、ほぇ? ケロちゃん??」
「ケロちゃんやない! いつまで寝とるつもりや! お父はんたち、もう出発してまうで!」
「出発って、お父さんどっか行くんだっけ?」
「ま〜〜だ寝ぼけとんのか! お父はんと兄ちゃん、今日から中国へ行くんやろが!」
「中国? 何しに?」
「ほんまにもう・・・遺跡の発掘調査やろが! 二人ともしばらく帰ってこれんから見送りするんやなかったのか!」

中国?
遺跡の発掘調査?
それはもう、終わったはずだよね。
遺跡で事故があって。
お父さんもお兄ちゃんも巻き込まれちゃって。
カードと魔力を対価にして李くんに助けてもらって。
全部終わったことだよね。
なのに、なんでまた中国に行くの?
なんかヘンだな。

「お父さんたち、また中国に行くの? あんな事故にあったのに」
「はぁ? なに言っとんのや。お父はん、中国へ行くのは初めてや言うとったやないか」
「初めて? ケロちゃんこそ何言ってるの。お父さん、中国であんなヒドイ怪我したじゃない。もう忘れちゃったの?」
「なにわけのわからんこと言うてんのや。行ったことのない中国でどうして怪我ができるんや! アホなこと言っとらんではよ起きんかい!」

え?
中国に行ったことがない?
じゃあ、あの事故は?

「さくら、ボケッとしとる場合か! ほんまに、今日はどうしたんや。なんぞ、悪い夢でも見たんか?」

夢?
え? あれ?
え〜〜っと。今日は・・・○月×日。
お父さんが中国に出発する日・・・だよね。
お兄ちゃんも一緒に行くって言ってて。
そうそう。
それで、昨日はお父さんたちのために頑張ってお弁当作ったんだっけ。
思い出したよ。
お父さんたち、これから中国へ行くんだ。

そっか〜〜。
夢か〜〜。
わたしが見てたのはみんな夢だったんだ〜〜。
なんかすっごくリアルな夢だったな〜〜。
そういえば前にもあんな風に夢を見たことあったっけ。

カードさんたちに会った時とか。
李くんが転校してきた時とか。
美月先生と会った時とか。
最後の審判の時とか・・・

・・・・・・・・・。

「ダメ! 行っちゃダメ!」
「さくら?」
「ダメ! 中国に行っちゃダメなの!」
「さくら、どないしたんや。おい、さくら・・・」

ちがう! あれはただの夢じゃない!!
今まで見てきた夢と同じだ!
あれは予知夢だ!
お父さんたち、中国に行ったら事故に巻き込まれちゃうんだ!
行っちゃいけない!

「お父さん! お兄ちゃん!」
「さくらさん。お早うございます」
「遅よう。怪獣」
「行っちゃダメ!」
「はぁ?」
「お父さん、中国に行っちゃダメ! お兄ちゃんも!」
「おい、なに言ってんだ怪獣。今さらそんなこと、できるわけねぇだろ」
「ダメ! 行っちゃダメなの!」
「さくらさん?」
「ダメなの! 行ったらお父さんもお兄ちゃんも大怪我しちゃうの! 行ったらダメなの」

叫びながら、わたしは手の中の星の鍵を握り直した。
子供がこんなことを言ったところで、大人が聞いてくれないのはわかってる。
だから、魔法を使って二人を止めるつもりだった。
けれど、予想に反してお父さんもお兄ちゃんも真面目な顔でわたしの話を聞いてくれた。

「さくら。俺たちが怪我をするってどういうことだ」
「中国で地震が起きるの! それで遺跡が崩れて、お父さんもお兄ちゃんも怪我しちゃうの!」
「どうしてお前にそれがわかる?」
「夢を見たの! 夢の中でお父さんもお兄ちゃんも怪我してたの!」
「夢、ですか」
「ただの夢じゃないの! 本当に起きることなの! ホントなの!」
「父さん・・・」
「わかりました、さくらさん。今回の調査は中止にしましょう」
「ホント? ホントに行かない?」
「本当ですよ。さくらさんに心配をかけるわけにはいきませんから」

それでも最初、わたしはお父さんの言うことを信じていなかった。
女の子が泣きついたくらいで、大規模な調査を中止するはずがないと思ってたからだ。
その日はずっとお父さんの傍から離れなかった。
少しでも怪しい素振りを見せたらすぐにでも止められるように、魔法の鍵を用意して待っていた。

「・・・はい。申し訳ありませんがよろしくお願いします。それでは」

お父さんが電話で大学の人たちに正式に調査の中止を伝えるまで安心できなかった。

「さくらさん。言われたとおりに調査は中止にしました。これで安心できますか」
「お父さん・・・ごめんなさい。でも、わたし本当に!」
「わかってますよ、さくらさん。夢で見たのでしょう? ならばそれはきっと、本当に起きますよ。撫子さんもそうでしたから」
「お母さんも?」
「はい。昔、撫子さんにも同じことを言われたことがありました」

そこでお父さんは昔、お母さんが同じように夢で事故を予知したことがあったと教えてくれた。
その時、お父さんがお母さんの言うことを信じて調査を中止にしたことで、たくさんの人が助かったことを。
だから、わたしの言うことを信じてくれたのだと。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


それから数日後。

『昨夜未明、XX郡のXX遺跡で大規模な崩落事故が発生しました。XX遺跡では日中共同の発掘調査が行われていましたが、幸いにも事故に巻き込まれた方はなかったようです。では次のニュースです・・・』

夢で見たとおりに事故は起きた。
幸いにもお父さんが参加をやめたことで発掘のスケジュールが遅れたため、事故に巻き込まれた人はいなかった。
わたしの予知夢がお父さんとお兄ちゃんだけじゃなくて、多くの人の命を救ったんだ。
本当によかった。

・・・なのに。

「よかったな、さくら。さくらのおかげでぎょーさん人が助かったで。ホンマによかったわ」
「うん・・・そうだね」
「なんや、さくら。嬉しくないんか? さくら、いつも魔法が人の役にたったらいいな〜〜って言ってたやないか。魔法とはちゃうけど、さくらの魔力で人がたくさん助かったんや。嬉しゅうないんか?」
「そんなことないよ! 嬉しいよ! お父さんとお兄ちゃんが怪我しなくてホントによかったって思ってるよ!」
「そおかぁ? さくら、あんまり嬉しそうに見えんけど。わいの気のせいか?」
「気のせいだよ・・・」

なぜか、素直に喜べないわたしがいる。
自分の魔力が多くの人を救った。
それだけじゃなく、自分自身をも悲惨な運命から救った。
あのままだったら、わたしは李くんに魔力もカードも奪われたあげく邪悪な術で未来をも奪われていた。
そんな恐ろしい運命からも逃げることができた。
もっと喜んでいいはずだ。
なのに、なぜか喜ぶことができない。
夢の中の1シーンがどうしても気になってしまう。

あの時・・・
李くんに紋章を刻み付けられたあの時。
あの時、わたしはたしかに笑っていた。
ものすごく嬉しそうに。
なんで?
なんでそんなに嬉しそうな顔をしてるの?
これから李くんにどんなヒドイ目にあわされるかわからないんだよ?
どうしてそんなに喜んでるの?
李くんから逃げられないんだよ?
李くんから。

・・・。

李くん・・・

そこまで考えるとわたしの頭はこんがらがってしまう。
あの『さくら』は李くんと一緒にいられることを喜んでいた。それはわかる。
だけど、なんで李くんと一緒にいるのが嬉しいんだろう。
わたしもいつも一緒にいるけど、なんとも思わないよ?
そりゃあ、いつも助けてくれるのはありがたいけど。
でも、そんなのケロちゃんやユエさん、知世ちゃんとおんなじだよ。
別に李くんが特別ってわけじゃないよね。
まあ、たしかに最近は二人だけの時にクロウさんの事件が起きることが多いから、李くんに助けられることも多いけど。
あと、宿題手伝ってくれた時もあったかな? あれはさすがにケロちゃんたちじゃダメだよね。
買い物にいっしょに来てくれた時もあったっけ。
日直の時はわたしの代わりに日誌書いてくれたな〜。
それから・・・
あの時も・・・
・・・

あ、あれ?
わたし、どうしたんだろ。
李くんのこと考えてたらなにか変な気分になっちゃった。胸の奥がこう・・・
あれ? なんだろ、これ。
雪兎さんにはにゃ〜〜んってなってる時に似てるけど、ちょっと違うみたいな?
あれ?
あれれ??


―――――――――――――――――――――――――――――――――


夢のことはすごく気になったけど、それ以上深く踏み込んで考えてる余裕はなかった。
クロウさんの事件が立て続けに起こり、それどころではなくなったからだ。
そして、クロウさんの事件を通じてわたしと李くんの関係も大きく変わった。

「さくら! 大丈夫か!」
「大丈夫だよ、小狼くん!」

わたしと李くんは、お互いを名前で呼び合う仲へなっていた。
『李くん』でも『小狼様』でもなく、小狼くんと。
小狼くんを名前で呼ぶ度に、わたしは小狼くんに近づけるような気がして嬉しくなった。
その時には、それがあの夢の中の『さくら』の気持ちに近いものだとは気がつかなかった。

そして、わたしが全てのクロウ・カードを生まれ変わらせた時、わたしと小狼くんの関係はまた変わった。これまでとは比べ物にならないくらいに大きく。

「おれは・・・お前が好きだ」
「わたしの一番は小狼くんだよ!」

小狼くんはわたしの『一番の人』になった。
そしてわたしは小狼くんの『一番好きな人』になった。

世界最高の魔術師の称号。
クロウ・カード。
そして、『わたしだけの一番の人』。
わたしは全てを手に入れた。
あの夢の中の『さくら』とは全く違う未来を掴んだ・・・


だけど。
今、わたしの側に小狼くんはいない。
やらなきゃならないことを終えるために香港に帰っている。
ようやく見つけた「わたしだけの一番の人」が側にいてくれない。
それが寂しい。
夜、ベッドに入ると淋しさがこみ上げてきて泣いてしまうこともある。
どうして小狼くんがいないのか。その寂しさに耐えられなくなってしまう時がある。

そして、そんな寂しさを紛らわすためなんだろうか。
最近、不思議な夢を見るようになった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


夢はあの時に見た予知夢の後の世界らしい。
この世界の『さくら』はお父さんとお兄ちゃんの命の対価として、魔力とカードを失ってしまっている。
でも、その代わりに『さくら』は『小狼様』を手に入れた。
『小狼様』は『さくら』を寂しがらせたりしない。
『小狼様』は全てのクロウカードを生まれ変わらせた後も香港に帰ったりはしない。
強力な魔術で『さくら』を縛り上げ、一時も離さない。
今も『さくら』にわたしが一番欲しい言葉を与えている。

『お前はおれのものだ。その身体も魂も・・・全てがおれだけのものだ!』

『小狼様』とずっと一緒にいられる。
今のわたしにとっては、それこそ夢のように羨ましい世界。

もちろん、こんなただの夢であることはわかってる。
「あの時の続きの世界」なんかあるわけがない。
小狼くんがいない寂しさを埋めようとして、自分に都合のいい夢を見ている。
ただそれだけだと理解している。

それでも。
わたしはこの夢を見ることを望んでしまう。
たとえ、夢の中だけでも小狼くんと一緒にいられることを望んでしまう。
たとえ、どれほどミジメな存在に堕ちようとも小狼くんと一緒にいられる世界を願ってしまう・・・
ほら、今日だって。
こうして目をつぶれば『小狼様』がわたしを慰めてくれるよ。
小狼様・・・


目を閉じて夢の世界に落ち込んださくらの唇にかすかな笑みが浮ぶ。
それは、この少女には似つかわしくない、昏い淫靡な悦びに満ちた―――夢の中の『さくら』と同じ微笑だった。

END


ダークプリズン結末編。
イメージしていたのはX単行本の巻末オマケ漫画です。
暗く歪んだ愛、というのをやってみました。

このお話、ずいぶん前にできあがっていたのですが、いろいろあって発表するのが遅れました。

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