『ダークプリズン・After』




あれからどのくらいたったのだろう。
わたしが小狼様に全てを奪われたあの日から。

あれからも不思議な事件は起こり続けた。
そして、小狼様が全てのクロウ・カードを生まれ変わらせた時、事件の真相は明らかになった。
事件を起こしていたのはエリオルくんだったこと。
エリオルくんがクロウ・リードの生まれ変わりだったこと。
クロウ・カードを生まれ変わらせるために事件を起こしていたこと。

全てが終わった後でケロちゃんが教えてくれたけど、それはもう、どうでもいいことだった。
小狼様のオモチャに成り下がったわたしには。

わたしにはそれよりも小狼様のことが気になった。
小狼様はもともとクロウ・カードを手に入れるために日本にやってきた。
最後の審判の後も日本に残ったのは、不思議な事件が起き始めたからだ。
その事件が全て解決した今、日本に残る理由はない。
香港に帰ってしまってもおかしくなかった。

だけど、小狼様は香港に帰らなかった。
その理由はわたしにはわからない。

「香港には帰らない。ずっと友枝町にいる」

そう小狼様に告げられた時、わたしは泣いた。

「ふん。クロウの事件が解決したらオレが香港に帰るとでも思ってたのか? 残念だったな!」

もちろん違う。
小狼様とずっと一緒にいられる、それが嬉しくて泣いたのだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


それからずっと、わたしは小狼様と一緒にいる。
中学に進学し、学年が変わっても常に小狼様と同じクラスになった。
席もいつも小狼様の近くだ。
おそらく、小狼様が魔法で操作しているのだろう。

正直に言えば、そんな小狼様を恐ろしいと思ったこともある。
中学にもなれば男女の間の「性」についての情報も入ってくる。
女の子の体のこと、男の子の欲望のこと、いろいろな情報を見聞きするようになる。

『男の子って本当に乱暴なんだから』
『なんにもしないとか言ってたのに、二人っきりになったら急に・・・』

そんな話を聞く度に、小狼様への恐怖に怯えた時期もあった。
他の女の子たちがそんな話に夢中になれるのは、自分は酷い目にはあわない、いざとなったら逃げればいい、くらいに軽く考えているからだ。
自分は違う。自分にはそんな自由はない。
小狼様にどれほど酷い目にあわされようと、どんなミジメな行為を強制されようと拒否する権利はわたしにはない。
それともう一つ、わたしの恐怖を後押ししていたのは奈緒子ちゃんの話だ。

『ほら見て、さくらちゃん! 中世の黒魔術って・・・』

奈緒子ちゃんは嬉々として昔の魔術師がどんな残酷なことをしていたのかを話してくれる。

『すっごいよね〜〜。処女の生き血を絞るためにこんな道具を使ってたんだって〜〜』

奈緒子ちゃんも他の子たちと同じだ。
本当は魔術師なんかいない、こんな儀式も作り話だ、そう思ってるからこんな気軽に話ができる。
小狼様のような恐ろしい魔道士がいるなんて夢にも思っていない。
奈緒子ちゃんから残酷な儀式の本を見せられる度に、わたしは本の中の生贄たちに自分の姿を重ねて総毛立った。
男の子からの性の暴力、邪悪な魔道の儀式・・・そのどちらか、ひょっとしたら両方の犠牲になる日が来るのを恐れた。

そして、その日はついに来た。
ある夜、小狼様から

「すぐにオレのマンションに来い」

と呼び出された時、わたしは自分の運命を悟った。

怖い。
行きたくない。
逃げたい。

そう思っても体が言うことをきかない。
わたしの意志に関係なく、手足が勝手に動いて出かける準備を始める。
胸の紋章に身体を操られているんだ。
ケロちゃんかお兄ちゃんが止めてくれるのを期待したけど、それも無駄だった。
こんな夜遅くに出かけようとしているのに、ケロちゃんもお兄ちゃんもわたしを無視している。
きっと、小狼様の魔力で幻を見せられてるのだろう。
それは夜道を歩いている時も同じだった。
何度か巡回中のお巡りさんとすれ違ったけど、お巡りさんはわたしを見向きもしない。
同じように幻を見せられてたんだと思う。
そうまでしてわたしを呼び出す以上、どれほど残酷な儀式を行うつもりなのか。
かつて見せられた自分の最期の姿。あれは今日のことだったのか。
小狼様のマンションの前にたどり着いた時は恐怖で震えが止まらなかった。


けれど。
わたしの予想は思ってもみなかった方向に裏切られた。
小狼様はわたしをとても優しく愛してくれた。
けっして無理な力を込めたりはしない。
丁寧に、優しく、わたしの体を扱ってくれた。
わたしが少しでも痛そうな顔をすると、その度に行為を中断して呪文を唱える。
あれは多分、痛みを抑える魔法だったんだと思う。
呪文が終わると痛みはウソのように消えて・・・わたしはついに小狼様の全てを受け入れた。
初めての体験だったのに、わたしは痛みよりも小狼様を受け入れられた悦びだけを感じることができた。

それからも小狼様はとても優しくしてくれる。
口では酷いことを言うけれど、けっしてわたしの体を傷つけるようなことはしない。
小狼様に抱かれて痛い思いをしたことはない。
他の女の子たちの話を聞いてても、こんなに優しくしてくれる男の子はいないみたい。
それほど小狼様は優しい。
小狼様に抱かれる度に自分の身体が小狼様になじんでいくのがわかる。

たった一つの例外はわたしが他の男の子と親しくしているところを見られた時だけ。
この時だけは、小狼様は別人のように厳しくわたしを責め立てる。
四肢の自由を奪われ、折りたたまれ、歪められてから逃れる術のない躯に痛みと快楽を刷り込まれていく。
そして何度も小狼様への忠誠を誓わされる。

「さくら。お前は誰のものだ?」
「さくらは小狼様のものです・・・」
「お前の体も心も魂も、全部そうだな」
「はい。さくらの全ては小狼様のものです」
「そうか。全部オレのものか。だったらオレが何をしてもかまわないよなぁ?」
「はい・・・? ひぃっ!? 痛い、痛いぃぃっ!! やめてぇっ!」
「やめろ? オレに命令してるのか? あぁ?」
「ち、違います! でも・・・あぁぁっ! お願いです! 痛くしないでくださいぃぃっ!!」
「まったく物覚えの悪いやつだな。いいか。お前にはオレに口ごたえする権利なんかないんだ。お前は不様に泣き喚いてればいいんだよ。わかったか!」
「はいぃぃぃ・・・わかりまし・・・やっ・・・あぁああっっ!!」

小狼様自身の熱塊と歪な器具に魔法まで使った拷問にも等しい責め。
そんな異常な行為にもわたしの身体は熱く燃え上がってしまう。
どんな痛みも快楽もそれを与えているのが小狼様・・・そう思うだけでわたしの身体は反応してしまう。
小狼様がわたしの身体に執着している、それが嬉しくていやらしい蜜を垂らしてしまう。

もちろん、わたしは自惚れたりしていない。
小狼様がわたしを愛してくださっている、などと自惚れはしない。
これはお気に入りのお人形を壊さないように丁寧に扱っているだけ。
自分のオモチャに他人の手垢がつくのを嫌っているだけ。
女性として愛しているのとは違う。小狼様はわたしを愛してなどいない。
それはわかってる。

当たり前のことだ。
わたしは小狼様にとってはただのオモチャなのだから。
性欲を満たすためのオモチャで、いずれ時がきたら魔道の儀式の生贄にされる。ただそれだけの存在なのだから。
そんなオモチャの分際で、偉大な李家の当主様の愛を望むなど。
身の程知らずにも程がある。

それでも。
それでも、少しだけ・・・ほんの少しだけでも小狼様に愛して欲しい。
ほんの少しでいいから人としての「木之本さくら」を見て欲しい。そう思ってしまうことがある。
そして、そのせいだろうか。
最近、不思議な夢を見るようになった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


夢の中のわたしはカードキャプターとしての活躍を続けている。
あの遺跡での事故は起こらなかったことになっているらしい。
次々と事件を解決していき、最後のカードを変え終わった時、小狼様から告白される。

『おれは・・・お前が好きだ』

そこで夢の中のわたしは、初めて小狼様への想いに気づく。
戸惑い迷いながらも小狼様への想いを確認するわたし。
そして、隠されていた最後のクロウ・カードとの戦いの後、崩壊した遊園地の中で二人は互いの想いを交し合う。

『わたしは・・・小狼くんが好き。わたしの一番は小狼くんだよ!』
『おれもだ。さくら』

世界最高の魔術師の称号。
クロウ・カード。
そして素敵な恋人。
全てを手に入れた女の子として最高の生活。


そんな虚しい夢。
わかっている。
こんなのはただの夢だ。
今の自分のミジメな境遇を慰めたくて見ているだけの、自慰のようなもの。
予知夢でもなんでもない。
現実のわたしとは何の関係もない、女の子向けのおとぎ話だ。

それがわかっているせいか、わたしは夢の中の物語をひどく冷めた目で見ている。
夢の中の『さくら』がどれほど素敵な未来に恵まれようと何も感じない。

それに、わたしにはこの『さくら』が羨ましいとは思えない。
『さくら』は望むもの全てを手にして、一見は幸せそうに見える。
でも、違う。
この『さくら』は怯えている
『さくら』を好きだと言ってくれた『小狼くん』を失うことに怯えている。
どれほど強い魔力があろうとも人の心を永遠に繋ぎとめることなどできない。
いつ『小狼くん』の気持ちが自分から離れていってしまうのか。
それに怯えながら暮らしている。
夢の中で、遠く離れてしまった『小狼くん』を想って涙を流す『さくら』の姿に優越感を感じることすらある。

わたしにはそんな怯えはないからだ。
わたしと小狼様はこの胸の紋章で繋がっている。
けっして離れることはない。
たとえ、この紋章に引き裂かれる時があっても、わたしの血と魔力は小狼様の中に残る。
小狼様と離れることはない。永遠に。

そう。
わたしの方が幸せだ。
どんなに強い力があっても、怯えから逃げることのできない『さくら』よりも、わたしの方が幸せだ・・・
ずっと・・・

END



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