『歪んだ羽』


(※この話はタイトルどおり歪んだ展開になります。
性的・暴力的な描写はありませんが原作の雰囲気を損ねたくないという方はご遠慮ください)



宿屋の一室らしき暗い部屋の中。
そこには一組の少年と少女がいた。

少女の名はサクラ。
記憶を失った玖楼国の姫。
少年の名は小狼。
飛び散ったサクラの「記憶の羽」を求めて次元を旅する少年。

そして今、小狼の手には白く輝く羽が握られている。
昼間、仲間と共に怪物の巣から取り戻してきたサクラの「記憶の羽」だ。
あとはこれをサクラに返してやればこの世界での旅は終わりだ。

だが。
小狼は手にある羽をサクラに渡そうとしない。
ニヤニヤ、というのが似合う下品な笑いを浮かべながら手の中の羽を弄んでいる。
その下品な笑い方。
この少年を知る者が見たら別人か?と思うような下卑た笑みだ。
目の前の少女への欲望のこもったいやらしい笑い。

それに対して、小狼を見るサクラの表情には明らかな怯えの色が浮んでいる。
これから何が起きるかいや、何をされるか熟知しているが故の怯え。
小狼に対する怯え。

「今回も大変でしたよ、姫。この羽を持ってた怪物はとんでもないやつでしてね」
「そう・・・」
「ほら、見てくださいよこの傷。あやうく腕を引き千切られるところでしたよ」
「・・・わたしのために・・・ごめんなさい小狼くん」
「いえ、姫。これくらい、大したことありませんよ。姫のためですから」

小狼の口調は常と変わらない丁寧なものだ。
しかし違う。
この喋り方。
かつて次元の魔女の館で「姫を守る」と誓った少年のものではない。
あの少年はこんな自分の手柄を吹聴するようなことはしなかった。
傷を負っても決してそれをサクラの目に留めないようにしていた。
サクラを心配させないためだ。

だが、今サクラの目の前にいる少年はまるで自分の力を誇示するかのように羽を取り戻した手柄話を続けている。
受けた傷をこれ見よがしにサクラに突きつけていかに痛い思いをしてきたかを強調している。

「いや〜本当に痛かったですよ姫。姫にはわからないでしょうね。こんな痛みは」
「小狼くん・・・本当にいつもいつもありがとう。あ、あの・・・小狼くん」
「はい。なんでしょう、姫」
「その羽・・・そろそろ渡して欲しいんだけど・・・」
「タダで、ですか?姫」
「・・・・・・」
「わかっていますよね、サクラ姫。何事にも『対価』が必要だって。今回はまだ対価を頂いてませんよ?」

小狼の下卑た笑いがさらに深くなる。もはやサクラへの欲望を隠そうともしない。
サクラの腕を掴んでひきよせると、服の上から胸を弄り始めた。

「い、いや・・・やめて・・・」
「いいんですか、やめてしまっても?」
「・・・・・・」
「この旅はオレを含めた4人全員の『対価』があるから続けられる。オレが抜けたらもう旅は続けられない・・・貴方の記憶はもう戻らない・・・」

なんという卑怯な台詞。
これがあの少年の口から出る言葉だろうか。
自分の最も大切なものを差し出して姫を守ると誓った少年。彼はどこへ行ってしまったのか・・・

「この羽にはどんな記憶が入ってるんでしょうねえ。貴方のお父様かお母様か、それとも貴方の一番大切な人の顔でも記憶されてるかもしれませんね」
「・・・!」

未だに戻らない「一番大切な人」の記憶。
いくら記憶が戻ってきても歯抜けのようにそこだけ欠ける「誰かの顔」。
今のサクラにとって最も戻ってきて欲しい記憶。
それを脅迫の材料にされてはサクラに抵抗することはできない。
ガックリと全身の力が抜ける。

「わかってくれましたか。助かりますよ。さ、サクラ姫。自分で脱ぎますか?それとも、あの時みたいにして欲しいですか?」

小狼の言う「あの時」は一行が辿りついた幾つ目かの世界での出来事。
氷河に囲まれた小さな村で羽を取り戻した時のこと。

「羽を渡しますから後でオレの部屋にきてください」

そう言われて小狼の部屋を訪れたサクラはそこで小狼に純潔を奪われた。
有無を言わさず押し倒され、服を引き千切られ、小狼に汚された。

あの時みたいに、とはあの時のように無理やり服を引き剥がされたいか、の意味だ。
そんな選択ができるわけがない。
サクラは震える指で服のボタンを外し始めた。
白い裸体が小狼の目に晒される。

「いつ見てもキレイですね、姫の体は。さすがに王族の血を引く体は違いますね」
「見ないで・・・お願い・・・」
「なんでですか?見ちゃダメですか?それともなんですか。下賎な墓堀の男なんかには見られたくありませんか」
「そんな!そんなこと言ってないよ!」
「だったらなんなんですか。いいですか、姫。今の貴方には相手を選ぶ自由なんかないんですよ。まだよくわかってないみたいですからよ〜く教えてあげますよ。その身体に。下賎な墓堀男の味をね」
「やめて・・・やめ・・・いやぁぁぁ!!!」


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部屋を出ると入り口の脇に黒づくめの巨漢が立っていた。

「やっと終わったか」
「デバガメですか黒鋼さん。黒鋼さんらしくないですよ」
「あんなでけぇ声あげてたらデバガメもクソもねえだろ。ったく。おい、姫はどうなった」
「眠ってますよ。羽を返しましたから。しばらくは目を覚まさないでしょう」
「!?てめえどこへ行くつもりだ」
「剣の訓練ですよ。毎日やれっていったのは黒鋼さんですよ?」
「おい!待ちやがれ!・・・おい!」
「行っちゃったね〜〜〜」

黒鋼の制止を無視して立ち去った小狼と入れ違いにファイが現れた。
黒鋼と同じように部屋の側で小狼の情事が終わるのを待っていたのだろう。

「くっ、ったく!あの野郎いったいどういうつもりだ!」
「ははは〜〜〜。ま、それよりも黒さま、サクラちゃんの方をキレイにしてあげないと」
「あ、あぁ」

部屋に入った二人はベッドの上に横たわるサクラの手当てを始めた。
その身体に残った痕を見れば小狼の行為がどんなものだったか察しはつく。
とてもまともな愛し方ではない。少なくとも愛する者への行為では絶対に無い。

「やれやれ。ここのところ小狼くん、どんどん酷くなっていくね〜〜〜」
「馬鹿なことに感心してる場合か!いったいどうしちまったんだ、アイツは!」

黒鋼には小狼の変わりようが理解できなかった。
黒鋼も小狼と同じように「絶対に守る」と決めた女性が存在する。
そして黒鋼も男である以上、自分の中にその女性への欲望があることは否定できない。
もしもその女性の身体を自由にできる権利が手に入ったら・・・迷わずそれを行使する。
それも否定はしない。
だが、絶対にあんな愛し方はしない。守ると誓った相手を傷つけるような愛し方はしない。

小狼の行為は異常としかいいようがない。
忍びの頭として様々な男を見てきた黒鋼には、相対する男の嗜好や欲望のほどをかなり正確に把握することができる。
小狼はこのような異常な行為に悦びを感じるタイプではない。
今の小狼は自分の欲望を満たすため、というよりサクラを傷つけるためにやっているとしか思えない。

あれほどにサクラを守ると言っていた男が何故?それが黒鋼の疑問だった。

「アイツ、いったい何を考えてやがるんだ。これじゃあまるで・・・」
「サクラちゃんを傷つけるためにやってるみたいだ?」
「・・・てめえもそう思うか」
「まあね。多分、黒さまの言うとおりだと思うよ。小狼くん、サクラちゃんを傷つけるためにやってるんだよ」
「なんでだ?アイツの目的はこの姫を助けることだろう?そのためにこの旅に出たんじゃねえのか?」
「『対価』を支払ってね。小狼くんの対価がなんだったか忘れたの?」

小狼の対価。それはサクラとの関係性。
この先、たとえサクラの記憶が全て戻っても小狼に関する記憶だけは戻らない。
それが小狼の払った対価。

「忘れてるわけねえだろ。だが、それと今のアイツに何の関係がある?」
「鈍いなぁ黒さま。もしもこの先、サクラちゃんの記憶が全部戻って二人で元の世界に帰ったらどうなると思う?」
「どうなるって・・・どうなるんだ?」
「どうにもならないよ」
「は?言ってる意味がわからねえぞ?」
「小狼くんにはどうにもならないってことだよ。記憶を失う前のサクラちゃんにとって小狼くんはたった一人のかけがえのない相手だったと思うよ。でもね」
「・・・?」
「今のサクラちゃんにとって小狼くんは『記憶を取り戻す旅の仲間』。大切な仲間って思ってるだろうけど、それはオレや黒さま、モコナと同じレベルだよ。『ただ一人の相手』じゃない」
「それで?」
「元の世界に帰ったらそれも終わり。サクラちゃんはお姫様で小狼くんはただの男の子。もう一緒にいることもできないだろうね。この旅の思い出だってそのうち薄れてく。いつかはサクラちゃんの中から小狼くんは消えていってしまう・・・」
「だから今のうちに楽しんでおこうってか?」
「それも違うね。小狼くんはサクラちゃんを傷つけることでサクラちゃんの中に自分の存在を刻もうとしてるんだよ。あんな酷い目にあわせた奴のことは忘れたくても忘れられない。一生消えない傷になってサクラちゃんの心に残る・・・そう考えてるんじゃないかな」
「けどよ。あいつはお姫様だぜ?お姫様にそんなことしたってバレたら下手すりゃこれだ」

黒鋼は「これ」のところで手のひらを首の前で水平にふった。
打ち首、の意味だろう。

「それこそ小狼くんの望みかもしれないね。死人は消せない。消すことのできない傷になって永遠にサクラちゃんの中に残るのが・・・」
「けっ。くだらねえ」
「黒さまにはそうかもね」
「前にも言った。オレは自分から生きようとしないやつは気に入らねえ。お前も・・・アイツも。気に入らねえやつばかりだ」

そう言いながら黒鋼は立ち上がった。
手には蒼氷を握っている。

「あれ、どこ行くの?」
「小僧のところだ。お前は姫の方を見てやれ」
「あ、黒さま、ちょっと!もう、小狼くんも黒さまも勝手なんだから!」


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「ファイさん・・・」
「なに?サクラちゃん」

ファイの手当を受けている最中にサクラは目を覚ました。
だが、まだ起き上がることはできない。
小狼の責めはそれほどに酷かったのだ。
ファイも小狼の気持ちがわからないではなかったが、さすがにこれは酷すぎる。
女の子が耐えられるレベルを超えている。
だからサクラに呼びかけられた時ももう我慢できない、お願いだから小狼くんを止めて、そう頼まれると思っていた。

しかし、サクラはファイの予想とは全く別のことを喋り始めた。

「小狼くん・・・わたしのことキライになったのかな・・・」
「どうしてそう思うの?」
「だって、最近の小狼くん・・・わたしの前では笑ってくれないんです。いつも辛そうにしてて・・・」
「・・・」
「さっきだって・・・。わたしも男の人が女の人に何をしたいかくらいは知ってます。小狼くんがあれで悦んでくれるんだったらわたし、どんな酷い目にあってもいいんです。でも・・・」
「サクラちゃん・・・」
「小狼くん、全然楽しそうに見えないんです。さっきも・・・まるで無理して楽しんでるふりをしてるみたいで。だから・・・小狼くんがあんなことするのはわたしがキライだからなのかなって・・・」

ファイ返答に窮した。
違う。
そうではない。
小狼はサクラを誰よりも想っている。
想っているからこそあんなことをしてしまうんだ、そう言ってしまいたい。
しかし、それは口に出来ない。
言った瞬間、サクラの記憶からそれは消え去る。
それが小狼の渡した対価。
真実は伝えられない。
ファイが口に出せるのは無意味な慰めの言葉だけ。

「そんなことはないよ、サクラちゃん。小狼くんはサクラちゃんのことをキライになったりしないよ」
「でも・・・」
「ここ最近、暗い世界ばかりだったからね。小狼くんはちょっと疲れてるんだよ」
「そう・・・でしょうか」
「きっとそうだよ。明るい世界に行けば小狼くんも前みたいに笑ってくれるよ。サクラちゃんに酷いこともしなくなるよ。だから、今日はもうおやすみ」
「ファイさん・・・。ありがとうございます・・・」

ファイも自分が言っていることがただの気休めにすぎないことはわかってる。
サクラがそれに気づいているのもわかっている。
それでも、少しでもサクラを安心させる言葉をかけてあげたかった。

小狼の支払った対価。
それがどこまでも二人を苦しめる。
仕方のないことだったとはいえ、次元の魔女を恨まずにいられない。

だが、ファイはサクラと話して改めて気づいた。
サクラがどれほどに小狼を想っているのかを。
そうでなければ、どうしてこれほど酷く自分を傷つけた相手に笑って欲しいなどと言えるか。
サクラは間違いなく小狼のことを誰よりも想っている。
それがサクラの「体の記憶」によるものなのか、この旅の中で育まれたものなのかファイにもわからないが、サクラの小狼への想いは間違いない。それだけはわかる。

(小狼くん。たしかに君の存在はサクラちゃんの中に刻まれてるよ。君が考えてるのとは違う形だろうけどね・・・)


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小狼は闇の中1人で立ち尽くしていた。
うすく目を閉じて風の音に聞き入っているかのようにただ立っている。
桜都国で黒鋼から学んだ気配を感じるための修行だ。
手にした緋炎を構えもせずにただ周りの気配を感じている。

辺りをうろつく小動物の気配。
虫の気配。
石の気配。

様々な気配を感じている。

しばらく修行を続けていると、ふいに後方に大きな力の気配が現れた。
この気配は・・・

「黒鋼さん」
「来てやったぜ、小僧」
「何の用ですか?お説教なら勘弁して下さいよ」
「へっ。オレも説教なんてガラじゃねえよ」
「だったら何ですか?」
「こいつさ」

言いながら蒼氷を構える。

「修行なんだろ。付き合ってやるぜ。かかってきな」
「黒鋼さん・・・ありがとうございます。ならば・・・行きます!」
「おう!」

小狼は正眼に緋炎を構えた。
わずかの乱れもない構え。
一片の邪念も感じられない剣気。
凛としたその瞳。

(こいつは・・・やっぱり変わってねえ。あの時の小僧だ)

あの時・・・
桜都国で「オレに剣を教えてもらえませんか」と言ってきたあの時。
いや、もっと前。
次元の魔女の館で

「サクラを助けてください!」

と叫んだあの日のままだ。
あの時から小狼は変わっていない。

(覚悟の仕方は気に入らねえが・・・見届けてやるぜ。お前がどこまでやれるのかをな)

守ると誓った者のために鍛え合う2本の剣。
その先にあるものは・・・

END


ツバサ完結記念話その2。
ネタそのものはツバサが始まったころに考え付いたものです。
あの頃はいつか二人で玖楼国に戻るのだろうけど、その時はどんな関係になってるんだろう?と考えていました。
結局、二人は彼らの玖楼国に帰ることなく物語は終結しましたが、本音を言えば真・小狼、サクラの玖楼国ではなく、写し身たちの玖楼国に帰って欲しかったです。

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