『誕生日プレゼント』



「小狼くん、最近なにか悩み事ない?」
「うん?なんでそう思うんだ?」
「小狼くんここ2、3日ずっと難しい顔してるよ」
「そうだったか?」

学校からの帰り道、さくらに問いかけられた小狼は何気ない風を装いながらも内心ではこう考えていた。

こいつ、いつもはぽややんとしてるのに意外と目ざといな、と。

そう、ここ1週間ほど小狼はずっと悩んでいる。
季節の移り変わりは早いもので、厳しかった冬も終わりを告げようとしている。
来週はもう4月だ。
4月。
4月1日。
彼のもっとも大切な人、木之本さくらの誕生日なのだ。
そして彼が日本に戻ってきてからはじめてのさくらの誕生日でもある。
昨年はなんとか桜の季節には戻ってこれたものの、さくらの誕生日には間に合わなかった。
そのため誕生日のプレゼントは郵便で桜の花を象ったネックレスを送り、電話で「おめでとう」と伝えるに留まった。
あの時、電話の向こうで涙を流したさくらの気配は今でも鮮明に脳裏に焼きついている。

そして今年。
長期の休みには戻って来いという一族の要請をなんとか振り切り、4月1日には日本にいられるように手はずをつけた。
愛する人の誕生日を祝うために。

だが、いざ誕生日を祝おうと思ったら一体、どんなものをプレゼントすればいいのかわからなくなってしまったのだ。
昨年送ったネックレスは実は小狼が選んだものではない。
さんざん迷ったあげく、結局自分では決められずに苺鈴に選んでもらったのだ。
その時、苺鈴には呆れた顔でこう言われたものだ。

「ほんとに小狼って女の子の好みがわかってないわよね」

今年はその苺鈴の助けは得られない。
知世に助けを求めるという手もあるのだが、今年こそは自分で決めたい、でもさくらに気に入ってもらえなかったらどうしよう?と考えが堂々めぐりになってしまうのだ。
それで仏頂面になっていたのだが、さくらに見られていたらしい。
さすがにこれは本人に聞くわけにもいかず、あいまいに返事をぼかすことにした。

「まあ、今学期はちょっと試験の結果が良くなかったからな。成績表が少し気になってたんだ」
「へぇ〜。小狼くんくらい頭が良くても成績表が気になるんだ」
「あぁ。オレが日本にいられる条件には学業を怠らないこと、ていうのがあるからな。母上とそう約束してるんだ」
「え!?じゃあ小狼くん、香港に帰らなきゃならないの?」
「いや、それは大丈夫だ。思ったほど悪くはなかったよ」
「じゃあ、わたしの誕生日も日本にいられるの?」
「あぁ」
「よかった〜〜〜。じゃあ小狼くん、わたし小狼くんにお願いしたいことがあるの」
「お願い?」
「お願いって言うか・・・その、あのね・・・。わたし誕生日に欲しいものがあるの」

誕生日に欲しいもの?
そう聞いて小狼は少し拍子抜けした。
今まで悩んでたのはなんだった。
でも、さくらの方から欲しいものを教えてくれるならこんな楽なことはない。
苺鈴に言われるまでもなく自分はこういう方面にはセンスがない。
女の子の気に入らないものを送って嫌がられるのも困る。
渡りに船というやつだ。

「欲しいものか。いったいなんだ?」
「あ、あのね・・・その・・・」
「?なんだ?そんなに高い物なのか?」
「ううん!違うの。高いとかそういうんじゃなくて・・・そのね」
「???」
「わたし・・・・・・・・・」


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自分の部屋に戻ってから小狼はずっと考え込んでいた。
さくら自身から誕生日に欲しいものを聞いて悩みは解決するはずだった。
だが、さくらに伝えられた『欲しいもの』の内容がまた小狼を悩ませることになってしまったのだ。

『わたし・・・誕生日に小狼くんが欲しいの』

オレが欲しい?
それって、どういう意味の『オレ』だ?
ここで一瞬、彼がエッチなことを考えてしまったのも無理からぬことだろう。
お年頃の男の子としてはしょうがないことだ。
だが、彼の想い人「木之本さくら」はとびっきりの「天然さん」である。
そういう方面にはとんと疎い。
未だにキスだけでまっ赤になって固まってしまう。
とてもそっち方面の意味とは思えない。

では一体、どういう意味だ?
誕生日の1日を二人でいっしょに過ごしたい、という意味か?
実際のところ、当日の待ち合わせ場所は朝10時にペンギン公園でそこから二人で出かけることにしている。
順当に考えると「小狼くんが欲しい」は「1日いっしょにいたい」という意味だろう。

それでも小狼が気にしてしまうのは、欲しいものを伝えた時のさくらの表情が常と違っていたからだ。
「小狼くんが欲しい」と言った時、さくらはとても恥ずかしそうな顔をしたのだ。
まだ数は少ないけど今までだって、二人で1日デートをしたことくらいはある。
「1日いっしょにいる」くらいのことがそんなに恥ずかしいのか?
とするとやっぱり何か別な意味があるのか?
ひょっとして日本ではこういう言い回しに特別な意味でもあるのだろうか?

という具合にまたまた堂々巡りに陥ってしまったのである。


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そして4月1日当日。

「おはよう、小狼くん!」
「おはよう、さくら。悪い、少し遅れたみたいだな」
「小狼くんが遅れるなんて珍しいね。何かあったの?」
「い、いや別に」

いつもはさくらより早く来て待っている小狼が今日に限って遅れたのには訳がある。
「小狼くんが欲しい」の真意が気になって、前日の夜によく眠れなかったのだ。
そのため寝坊して遅れてしまったのである。

「ふ〜ん。まあ、いいや。行こう!」


二人が向かったのは友枝遊園地。
幸いにも今日は行楽日和で二人でいろいろなアトラクションを楽しむことができた。
途中、お化け屋敷に入って
「ほぇぇぇ〜〜〜怖いよ〜〜〜」
「そんなに怖いか?みんな造り物だよ」
「でも怖いものは怖いよ〜〜〜」
「大丈夫だ。オレがついてるだろ?」
「小狼くん・・・うん!」
等というお約束の展開もバッチリ消化した。


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「おいしい〜〜〜!小狼くん、このケーキとってもおいしいよ!」
「あんまりがっつくなよ。こぼれるぞ」

昼もかなりすぎた頃、歩き疲れた二人は出店で遅めの昼食をとっていた。
さくらははしゃぎすぎてお腹が減ったのか、ご飯だけでは足りずにケーキまで注文してパクついていた。
そんなさくらを見ながら、小狼は小学生時代のことを思い出していた。

(そう言えば、ここに初めて来た時もこいつと一緒だったな)

あの時は自分は苺鈴と来ており、さくらはあの人と一緒だった。
その後、『火(ファイアリー)』のカードが暴れ出し『水(ウォーティー)』『風(ウィンティ)』を同時に使って捕まえた一幕もあった。
食事中、微笑むさくらを見て赤面したのも憶えている。

(オレはあの時にはもう、さくらのことが気になっていたんだな)

・・・と思い出に浸っていたらふいに、あることに気がついた。

(あいつら、今日は出てこないな・・・)

「あいつら」とは言うまでもない。
さくらの保護者1号2号3号、すなわち桃矢、知世、ケルベロスのことだ。
さくらの行く先々に常に「バイト中だ」と言っては現れるさくらの兄、桃矢。
「さくらちゃんの全てを記録しますわ〜」の知世。
「わいはさくらの保護者やからな!」とのたまうヌイグルミ。
『火(ファイアリー)』の事件の時も、この3人は何の前触れもなく登場した。
今までも「いい雰囲気」になったところで見計らったかのように登場!というパターンを何度も喰らっている。

今日もてっきりこの辺で桃矢が

「ご注文は?」

とか言いながら登場するかと思ったのだがそんなこともない。
軽く心気を凝らして周囲の気配を探ってみたが、知世やケルベロスが隠れている気配も無い。
珍しいことだ。

「どうしたの小狼くん。急に難しい顔になって」
「いや、なんでもない。それより食べ終わったのか?だったらそろそろ次のアトラクションに行くぞ」
「うん!」

なぜか知らないがいつものおじゃま虫達は出てこないようだ。
今日は二人きりの時間を堪能できる。
それからの時間は小狼にとってもとても楽しい時間となった。


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(さくらのやつ、どうしたんだ?)

遊園地からの帰り道、小狼はさくらの様子が少しおかしいことに気がついた。
今日は1日本当に楽しい時間が過ごせた。
嬉しさのあまりつい、羽目を外してしまい最後に乗った観覧車の中ではさくらにキスをしてしまう程だった。
だが、帰り道では家に近づくにつれてさくらがだんだんと無口になるのがわかった。
話しかけても「うん」とか「そう」とか上の空の返事しか返してこない。
楽しい時間の終わりを寂しがっているのかとも思ったが、そうでもなさそうだ。
何か考え事をしてるみたいだ。
少し気にはなったが、さくらの表情に暗い翳りのようなものは見えない。
女の子にはいろいろあるのだろうと深く追求しないことにした。
そして、そうこうしている内にさくらの家の前までついた。

「さくら、今日は本当に楽しかったよ。なんかさくらの誕生日だったのにオレのほうが楽しませてもらったみたいだったな。じゃあ、また明日」
「小狼くん・・・あのね」
「ん?なんだ」
「あのね・・・今日、うちに誰もいないの」
「え?」
「お父さんは北海道に発掘に行ってて今日は帰ってこないの。お兄ちゃんもお父さんを手伝いに行ってていないの」
「でもケルベロスのやつがいるだろう?」
「ケロちゃんは今日はお友達のところに行っちゃってるの。だから今夜はわたし一人だけなの」

家に家族が誰もいない?
この展開はまさか・・・?

「わたし・・・今日は小狼くんとずっと一緒にいたいの」


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さすがに小狼は気が気ではなかった。
今、この家にはさくらと自分の二人きりしかいない。
いや、今だけではなく今夜一晩、誰にも邪魔されずに二人きりだ。
何があっても誰にも邪魔されない。
何をしようとも。
二人で夕飯を食べて、テレビを見て、何気ない会話を交わしている間にも「イケナイ考え」が頭から離れなかった。

そしてついにオヤスミの時間。
さすがに自分から一緒に寝ようかとは言い出せず、何気ない口調で確認してみた。

「さくら、オレはどこで寝たらいいんだ。今日は桃矢はいないんだったな。アイツのベッドを使えばいいのか?」
「・・・・・・」
「さくら?」
「小狼くん・・・今日は小狼くんと一緒のベッドで寝たいの・・・」
「え!?それって、どういう意味・・・」
「ダメ?」
「いや!ダメなわけないだろ!」


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こうして今、小狼はさくらと二人で1つのベッドで横になっている。
あまり大きくないさくらのベッドに二人並んでいるため、どうしても体が密着してしまう。
自分のすぐ側にさくらの体温を感じる。
手を伸ばせば、いや伸ばす必要すらない。
ほんの少し手を動かすだけでさくらを抱きしめられる。
そんな距離だ。

(これって・・・誘われてるのか?で、でも大道寺ならばともかく、さくらがそんな真似するか・・・?でも・・・?)

もう小狼の頭はパニック状態だ。

(もしも、さくらがその気だったら・・・オレの方から言い出さないとダメなのか?なあ、さくら・・・・・・?さくら??)

そこまで考えてさくらの方に目を向けた小狼はさくらの目に涙が浮んでいることに気がついた。

さくらが・・・泣いてる?
どうして?

「さくら!どうした」
「なに?小狼くん」
「なにって・・・お前、なんで泣いてるんだ?」
「あ・・・」
「さくら。また何かあったのか?」
「ううん、違うの。うれしくって、つい・・・」
「うれしい?どういうことだ?」
「小狼くん・・・笑わないで聞いてくれる?」

そしてさくらは話し始めた。

「去年の誕生日ね。わたし小狼くんからプレゼントをもらえてすごく嬉しかったの。嬉しくてあのネックレス抱いたまま寝ちゃったの」

「でもね。朝起きてネックレスを見たらなんだか悲しくなって泣いちゃったの。なんでこれが小狼くんじゃないんだろうって。これが小狼くんだったらどんなに嬉しいだろうって。朝一番に小狼くんの顔が見れて『おはよう』って言えたらどんなに嬉しかったろうって」

「だからね、今年はどうしても小狼くんと一緒に過ごしたかったの。これで明日は朝一番に小狼くんに『おはよう』って言えるなと思ったら、つい嬉しくなっちゃって・・・変なところ見せてごめんね」

さくらの告白は小狼にとっても辛いものだった。
あの夜、電話口でさくらは泣いていた。
それだけでなく次の朝まで泣かせていたのか。
いや、ひょっとするとあの日、さくらはもっと泣いていたのではないか?

考えてみれば今日は1日どこかおかしかった。
さくらの誕生日だというのにさくら以外の誰にも会っていない。
藤隆にも桃矢にも知世もケルベロスにも会っていない。
こういう時には何かと顔を出す雪兎にも会わなかった。
さくらの誕生日だというのに藤隆と桃矢が揃って出かけているというのも変な話だ。
桃矢はなんだかんだ言ってさくらを溺愛している。
藤隆がいられないならば桃矢だけでも残ってさくらの誕生日を祝ったはずだ。
それがいない。
だいたいケルベロスのやつに友達なんかいるのか?
ケルベロスが1日席を外すとしたら、行き先は知世の家以外は考えられない。
これはもう、さくらと小狼を二人きりにするために桃矢も知世もケルベロスも協力しているとしか考えられない。

あの日、彼らは見ていたのだろう。
小狼を想ってさくらが涙を流すところを。
いや、直接泣くところを見なくても彼らならばさくらが泣いていたことに気づいただろう。
だから、今年はさくらと小狼を二人きりにするためにあえて身を隠しているのだ。
さくらを喜ばせるために。

それに対して自分はいったい何ができたのか。
さくらをどれだけ辛い目にあわせていたのか。
さくらを待たせた時間の重さが急に両肩にのしかかって来たように感じた。

そしてそれだけ辛い目にあってもなお、自分を待ってくれたさくらがとても愛しく感じられ・・・気がついたら両手でさくらを抱きしめていた。
さっきまでのよこしまな感情などない。
ただ愛する者の身体をこの手で確認したい、そのための抱擁だった。

「ほ、ほえ!?小狼くん?」
「ごめん、さくら。去年はそんなに辛い思いをさせてたんだな。なのにオレは気づいてやれなかった。本当にごめん」
「そんなことないよ!今年はこうして一緒にいてくれるんだもん。それだけでわたし、とっても幸せだよ」
「さくら・・・約束するよ。もう寂しい思いはさせないって。次の誕生日も、その次の誕生日もずっと一緒にいるよ」
「小狼くん・・・それ、今年の誕生日プレゼントってことでいいのかな?」
「そういえばオレが欲しいって言ってたな。こんなものでいいか?」
「うん!最高のプレゼントだよ。ありがとう小狼くん!」


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大道寺やケルベロスに聞いていた通り、さくらは本当に寝つきがいい。
20分もしないうちにもう、すやすやと気持ち良さそうな寝息を立てている。
お年頃の男が側にいるのに何の警戒もされていないというところは少し気になるけど、それはこの先すこしずつ教えていってやればいいだろう。それもまた楽しみだ。
このままさくらの寝顔をずっと見ていたい気もするけど、そろそろオレも寝よう。
明日の朝、起きて一番にさくらに「おはよう」と言うために。

「おやすみ、さくら」

END


4月1日ということでさくらの誕生日話です。
ツバサがかなりとんでもない展開になっているので、あえて「二人いっしょ」というキーワードを強調してみました。
ちょっと苦しい展開な気もしますが大目に見ていただけるとありがたいです。

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