『守護者ケルベロス』



でかい男であった。
180cmを大きく超えているであろう。
あるいは190cmに届いているのかもしれない。
傍らの男も長身と呼ばれるに充分な身長を有しているがそれよりも拳1つ、いや2つは高い。
肩幅も広い。
胸が厚く腕が太い。
一見してそれとわかる筋肉質な身体をしている。
しかし、それはボディビルなどで造られた不自然な筋肉ではない。
わずかな無駄もなく絞り込まれたそれは野生の獣を連想させる。
この男の肉体には余分な脂肪など1gもないのではないか―――
見る者全てにそう思わせる肉の束である。

異相の男であった。
醜い、というのとは違う。
標準以上に整った顔立ちをしている。
顔だけを判断基準とするならばハンサムといってよい。
異様なのは男の纏った衣装の方だ。
いや、それは衣装なのであろうか。
不可思議な形に男の上半身を覆うそれは、男の身体から生える毛のように見える。
野生の虎の体毛を衣装の形にカットした、そんな感じだ。
頭頂部を覆う箇所のみは明らかに人の手による装飾品とわかるが、なんでできているかと聞かれたら答えようがない。
金属のようにも皮のようにも見える不思議な質感である。
中央に何かの鉱石と思しき球体が埋め込まれているが、これも材質は不明だ。
衣装の他にもう一つ異様な箇所がある。
それは男の耳である。
頭髪に隠れてよくわからないが、人とは異なる形をしているように見える。
その頭髪もやはり人のそれとは違う。
その色、硬くとがったその形状、これも野生の虎のそれに近い。
その瞳もまた。
もしも、虎が人の形をとることがあるのであれば、この男のようになるのではないだろうか。

大きな男である。
それは単に身体が大きいということではない。
身長や肩幅だけならば男よりも大きい者はいくらでももいる。
しかし、それらの者たちをこの男の前に並べても、やはりこの男の方が大きく見えよう。
男の身体から滲み出る圧倒的な何か―――力場とでもいうべき何かが男を大きく見せているのだ。
それほどに男の内封するエネルギーが巨大なのだ。
そして、その力は猛っていた。
男の中で猛り、荒れ、狂い、出口を求めて狂奔している。
男はそれを隠そうともしない。
むしろ、その力の噴出を誇示しているかのように見える。
それが男をなおさら大きく見せている。

「何をそんなに猛っている」

男の圧力に耐えかねたかのように傍らの男が口を開く。
銀の長髪を垂らした美貌の男である。
一見、女性と見紛うばかりの美貌であるが、髪と同じ色に輝く瞳の鋭さがそれを否定している。
身長こそ劣るものの、その身から感じる力の濃さはでかい男のそれと比しても全く遜色のないものである。
でかい男と同様、どこか常の人とは違う何かを感じさせる男だ。

「これが猛られずにいられるか! お前、あの小僧とさくらのこと雪うさぎから聞いとらんのか?」

でかい男―――ここでは仮に虎毛の男と呼ぶことにする―――が叫ぶ。
その声も太く、そして力強い。
外見から受けるイメージを欠片ほども裏切らぬものだ。
対する銀髪の男のそれは、どこか女性的なものを感じさせる。
これも男のイメージを裏切らぬものである。

「聞いている。来月、一緒に香港に行くそうだな」
「香港に行くそうだなって、それがどういう意味かわかっとんのか!」
「だいたい予想はつく。主を李一族に正式に迎え入れると宣言するつもりだろう」
「だから、それがどういうことかわからんのか!」
「あの男が我らの主を生涯の伴侶に選んだ。そして主がそれを受け入れた。そういうことだな」

荒れ狂う虎毛の男に言葉に、銀髪の男は他人事と言わんばかりに淡々とした口調で答える。
それが、虎毛の男をさらに昂ぶらせているようである。

「そこまでわかってんのに何でそんなに落ち着いてられるんや! このままやったらさくらが・・・・・・さくらがあの小僧ものになってしまうんやで? ユエ! お前はそれを黙って見過ごせるんか!」
「主が選択したことだ。我らが口を出すことではない。それに、そんな権利は我らにはない」
「そんなことお前に言われんでもわかっとるわ!」
「ならば、何をそんなに憤っている? あの男が我らの主を選んだ。主もあの男を選んだ。それだけのことだ。我らに出来ることは何もない」
「わかっとる。そんなん、わいもようわかっとるんや」
「あの男に何か不満でもあるのか」
「いや、そういうわけやない。あの小僧以外にさくらを幸せにできるやつはおらへん。わいはそう思っとる。思っとるんやけどな」

そこで虎毛の男は口をつぐんだ。
二人の会話から男を猛らせているのは男の主らしき人物と“あの小僧”なる人物にあることがわかる。
“主”と“あの小僧”との間でこれからとても大事ななにかが行われようとしているらしい。
男はそれに猛っているようだ。
だが、主というからにはその人物は男たちよりも上位の存在なのであろう。
銀髪の男の言うように従者たる彼らは主の選択を尊重すべきである。
虎毛の男もそれはよく理解しているようだ。
理解はしているがしかし、納得できない、そんな感じだ。

男はそのまましばらくの間、口を閉ざしてうつむいていたがふいに顔を上げた。
猛りはいくぶんおさまったかのように見えるが、瞳に宿る力は先ほどよりも強くなったように見受けられる。

「まあええ。お前とここで話とってもしょうがない。わいは行くで」
「どこにだ?」
「きまっとる。あの小僧のところや」
「行ってどうする?」
「たしかめる」
「なにを?」
「あの小僧がほんまにさくらを幸せにできるか、それをたしかめる。我らが主さくらに選ばれし者、小狼。汝が我らの主にふさわしいか、我、審判者ケルベロス! 最後の審判を執り行う!」

虎毛の男の仰々しい宣言に銀髪の男は苦笑を浮かべた。
何か思い出したことがあるらしい。

「さっきも言ったがお前にそんな権利はない。それでも行くか」
「権利なんか関係ないわ! カードも守護者の立場も関係あらへん! これはわいの意思や。わいの意思で確認したいんや。いや、納得したいんや。小僧がほんまにさくらを幸せにできるかをな。それだけや」
「それでその姿か」
「おう! さくらにも見せたことのないわいの真の姿や。この姿であの小僧に問うてやるつもりや。さくらを幸せにする自信があるんかってな」
「やれやれだな」
「ふん。まあええわ。お前と話て少し落ち着けた。ええ感じや。ほなな。わいは行くで」

と、ここで不思議なことが起きた。
男の身体が光の粒に囲まれたかと思うと、その背に大きな翼があらわられたのだ。
天使のようなとしか表現しようのない純白の翼である。
やはりこの男、人間ではなかったらしい。
同時に銀髪の男も光に包まれて同じ翼を生やす。
こちらも人間ではなかったようだ。

「なんのつもりや、ユエ。わいを止める気か? 悪いけどな、お前と一戦交えてでもわいは行くで」
「そんな気はない」
「なら、なんのつもりや」
「わたしも一緒に行く。ふふっ、我こそは審判者ユエ。主に選ばれし男、小狼。かの者がさくらにふさわしいか・・・・・・最後の審判を執り行う!」
「はぁ? お前、さっきそんな権利は自分にないって言うたやないか。矛盾しとらんか」
「権利など関係ない。わたしがわたしの意志であの男に問うだけだ。さくらを幸せにする自信があるのかとな」

ここで二人は顔を見合わせて笑みを浮かべた。
それは、この男たちにはミスマッチとも言える無邪気な笑みである。
そして、それは鏡に写したかのように同じ微笑みであった。

「なんやなんや。お前もわいと同じ考えか」
「当然だ。生まれ出づる時より共に歩んできた我等。お前の考えはわたしの考え。お前の望みもまた等しくわたしの望み。我等は二身で一心だ」
「そうやったな。わいらは二人で一つ。考えることは同じか」
「そういうことだ」
「なら行くで」
「行こう」

体つきも、貌の造りも、声も、何から何まで異なる二人。
凡百の者には背の翼以外の共通点を見出すことはできまい。
だが、見るものが見ればこの二人に共通する何かを感じ取ることができるであろう。
外見などではないもっと根源的ななにか―――魂とでもいうべきなにかが似ていることに気づくであろう。

月が照らす空に二つの翼が浮かび上がる。
地から望むそれはまるで恋人たちの祝福に向かう天使のように見えた。

END


突発思いつき話。
元ネタはCLAMPのツィッターにあったケロちゃん擬人化イラストです。
でもなんていうかう〜〜ん。
ちょっと自分のイメージとは違ったような。
ケロちゃんを擬人化したらなんかこう、もうちょっと軟派っぽい外人さんになるかと思ってたのですが。
う〜〜む。

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