空永様へ

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君から目が離せない
 
 
喫茶店の窓から見える街は、いつも以上に賑やかだった。
それもそのはずだ。
今日は土曜日……
休みの人間も多い。

そんなことも忘れてしまうくらい、このところ検事局に詰めていたことを思い出す。

いや、元々休日と言うものにさしたる執着は無い。
私にとって休日とは、体調を管理するための、あくまで義務でしかなかった。

だが、今日は違う。

私は腕時計に眼をやり、アイスティーを一口、口に含んだ。

時刻は11時を少し回ったところだ。
待ち合わせの時間まであと30分弱……

今日は、私にとって特別な日だ。
そう……それは本当に特別な……
 
「今度の土曜日は、空いているだろうか」
 
メールで送った内容に帰ってきた返事は
 
「空いてるよ。どうしたの?」
 
「少し街に用事があるのだが、一緒にどうだろうか?
 昼でも奢ろう」
 
しばらく躊躇うような間が空いて帰ってきた返事は、
 
「いいよ。何時にどこで待ち合わせる?」
 
素っ気なくも見える返事。しかし私も人の事は言えないか……
 
「では某駅の某モニュメントの前で、11時30分に」
 
「了解。
 
仕事じゃないんだよな?」
 
間を空けて控えめに書き足された文面に、思わず顔が綻ぶ。
照れながら、恐らくは恐る恐る書き足された言葉……
 
「もちろん。
だから、しっかりと私服で来たまえ」
 
敢えて、デートと言う言葉は使わずにほのめかして見せれば、
 
「じゃあ、お前も私服で来いよな!
楽しみにしてるよ」
 
文面だけでは判じようの無い返事が返ってきた。
 
 
野暮用を済ませようと、早めに行動していたら、存外に早く片が付き、私は待ち合わせ場所がはっきりと見える喫茶店に入った。

私の恋人はいつ来るだろうか……
まだ、待ち合わせの時間には早いから、来るのはもうしばらく後だろう。

「……ム?」

待ち合わせに決めていたモニュメントの前に見覚えのある人影を見つけて、私は思わずもう一度時計を確認した。
時刻は11時12分……

もう一度人影を見れば、その人物は間違いなく私の待ち人……成歩堂龍一だった。
 
しかしいつもとは全く雰囲気が異なっている。

シンプルな白いシャツを羽織り、無地の淡いブルーのTシャツ、足は細身のジーンズに包まれている。
Tシャツがジーンズの中に入れられているせいで、細い腰のラインが強調されていた。

髪はセットされてはおらず、軽く後ろに流されている。
しかし、もともと癖が強いのか、やはり後ろの髪はツンツンと撥ねていた。

(こうやって見ると、あまり変わらないな……)

遠くなってしまった記憶を掘り起こしながら考える。
小学生の頃の彼もまた、こんな感じだったか……
法廷で再会した時にも、やはり面影が残っているとは思っていたが……

少しばかり手持無沙汰そうに私を待つ姿に不思議な感慨が沸き起こり、私は後もうしばらくだけその姿を見ていようと思った。

「……ム?」

その時、見知らぬ男が成歩堂に声を掛けてきた。

「……! いかん!」

私は伝票を引っ掴むと、急いでレジへと駆け出した。

 
 
僕は待ち合わせに指定された場所で、何気なく目の前を流れていく人々を見ていた。

指定された時間は11時30分……
電車の都合で少しばかり早く着いてしまったけれど、待つのは一向に構わない。

嘘と裏切りと毒薬が嫌いな僕にとって、時間に遅れるのは余程の事情が無い限り相手に失礼だと思っている。
だから早い分にはいいのだけれど……

「いくらなんでも早すぎた……かな」

構内でもう少し時間をつぶしてからでも良かったかな、などと独り呟きながら携帯を確認する。
極力表には出さない様に努力はしているのだけれど、僕の鼓動はずっと高鳴りっぱなしだった。

メールを開き、内容を確認する。

お互いに絵文字も使わないから、内容は素っ気なく見えるやり取り……
しかしそれは僕にとって、何よりも嬉しくて、そして恥ずかしい内容だった。

いわゆる、初デートのお誘い……

思いを告白され、自分の中の躊躇いと闘い、その人と『恋人』になったのはつい最近の事……
それから食事とかはしたけれど、お互い……特に相手の方が……忙しくて、ゆっくりと会うのは初めてだった。

メールの先頭に表示された名前に眼を向ける。

「御剣怜侍」

それが恋人の名前だ。

「あはは……」

今一つ実感が湧かない。

学生時代目にした雑誌の記事にショックを受け、真相を知りたくて弁護士になった。
そう、御剣怜侍の影を追って……
或いは追っていたのは小学生時代の幻影か……?

「こんなしつこい男をよく好きになったものだな……」

一度何気なく聞いてみたら、思いっきり鼻で笑われてしまったっけ。

「あんなにつれなかった男をずっと好きで居続けてくれたのだろう? お互い様と言うやつだな」

むかつくほどに綺麗な冷笑で受け流された……

「全く……カッコよすぎなんだよ」

つい呟きが漏れて、軽く苦笑した時、

「ちょっとごめん、君……」

声を掛けられ、僕は思わず顔を上げた。

 
 
少しばかり所在なさ気に携帯をいじる様が、妙に絵になっていた。

背景にあるモニュメントの効果もあって、陳腐な表現だがまるでドラマのワンシーンのようだ。

そう思っていたら、橋元は無意識にカメラのシャッターを切っていた。

ただ立っているだけなのに、その姿が魅力的な男などそうそう居ない。
丁度仕事で、被写体になりそうな条件に合う者を探していたのだ。
橋元は声を掛けてみることにした。

「ちょっとごめん、君……」

声を掛けられた青年は、驚いたように顔を上げた。
正面から目が合い、橋元は思わず口笛を吹いた。

ビンゴ、だ。

年のころは二十歳過ぎたくらいか……
学生のようにも見えるが、それにしてはやや落ち着きすぎているようにも見える。
眉はやや特徴的だが、全体に整った顔立ちはイケメンの部類に入るだろう。
立ち姿をさらに効果的に見せるスタイル……
しかし何より印象的なのは、真っ直ぐに見つめてくるその大きな黒い瞳だった。

「あの、僕ですか?」

青年はおずおず、と言った調子で口を開いた。
喧騒の中だというのに、その声はよく通る。

橋元は内心でもう一度口笛を吹きながら、飄々とした調子で笑って見せた。

「うん、君。誰かと待ち合わせ?」

余りにもぞんざいな橋元の口調にやや気圧されながら、青年は曖昧な笑みを零す。

「えと、まあ……ちょっと……」

うろうろと視線を泳がせる青年に、橋元はにやにや笑いを浮かべながら、

「そ、あのさ、僕、こういう者なんだけど」

言いながらポケットから名刺を取り出す。

「橋元さん……雑誌の……記者さん……ですか」

渡された名刺に眼を通して、何か思うところがあったのか、

クスッ

青年は小さく笑った。

「お、いい笑顔。ねえ、ちょっとだけ話しても良いかな」

緊張が少しだけほぐれたのを見逃さず一押しすると、

「何でしょう? アンケートか何かですか?」
「いや、あのさ、月一のウチの企画で『街角イケメン』ってあるんだけど、良かったらさ、ちょっと写真撮らせてもらえないかな。
あ、あと良かったらちょっと話なんかも……」
「ちょっ…………ま、待った!!」

橋元の性急な話の持って行きように、青年は思わず大声を上げた。
その声は見事に周囲に響き渡り、青年は慌てて声のトーンを落とす。

「あの、写真は困ります! それに僕は……イケメンじゃありませんし……」
「あれ、何か困る事でもあるの? 充分イケメンだと思うんだけどなあ」

顔面破壊か? と言うばかりの冷や汗を流す顔を見つめながら、橋元はふと、その顔をどこかで見たような感じを受けた。

「……ひょっとして、君ってモデルか何か?」

だとしたら先ほどの名刺の反応も、少しは頷ける。
しかしまだ売れる前であれば、口説き落とす自信があった。

しかし青年は更に強く首を振った。

「そ、そんなんじゃないですよ!」
「ならいいじゃん。君、学生さん? 学校も今日は休みでしょ?」
「あの……僕、学生じゃないんですけど……」
「あ、そう? え、じゃあ、勤め人?……には見えないな」
「いやいやいやいや……僕は、確かに企業には勤めてませんけど」

困り果てたように青年は前髪を掻き上げた。秀麗な額が露わになる。

その瞬間、橋元は目の前にいる青年の正体に思い当たった。

「あ! 君、もしかして成歩堂龍一!? 弁護士!?」

驚きのあまり『弁護士』が付け足したようになってしまった。
しかしそれを気に留める様子も無く、成歩堂はニッコリと笑って見せる。

「ええ、そうです。よく御存じですね?」
「そりゃあ、なんたって今、ボクたちの世界では有名だからねえ」

感嘆の声をあげ、橋元は改めて成歩堂を上から下まで見回した。

「そんなに有名とは思えませんけど……」

苦笑を漏らす成歩堂に橋元は器用に片眉を上げて見せる。

「あれえ、知らないの? 奇跡の逆転弁護士って言えば、知らない方が可笑しいくらいだけどねェ」
「奇跡って、いつも崖っぷちなだけで……でもそんなに騒がれた事件は……」

そう言いながら成歩堂は怪訝そうに眉を顰め、顎に手を当てた。
思い起こそうとしてみるが、一向に該当する事件が浮かばない。

「君、芸能界がらみの事件、いくつか扱ったでしょ?」

橋元が指摘すると、成歩堂は「ああ」と小さく声を上げた。

「でも、あれは……騒がれたのは被告人だった人たちですから」
「でも、その彼らの無罪を証明したのは君でしょ? 有名にならない筈無いよ。
でも、法廷で見た時も結構なイケメンだとは思ってたけど、私服になるとがらりと変わるねェ……正直全く判んなかったよ」
「法廷をご覧になった事が有るんですか?」

少なからず驚いて、成歩堂は聞き返した。
言っては何だが、目の前の男はその手の記事を扱うようなイメージではない。

「一度だけね」

ニヤ、と橋元は笑う。
驚く成歩堂に気を悪くした様子は無い。

「記者仲間に急遽頼まれてね。アシで入った事があるんだよ。
ま、その後も気になってね、そいつに頼んでそのまま最後まで見させてもらったけど」
「なるほど……」

頷きながら、成歩堂は頭の中でこの橋元と言う男の情報を僅かに修正した。
どうやらナツミのような『自称』ではないようだ。

「いつも君の出る法廷ってあんなに荒れるの?」

どの法廷を見たのかは特定できないが、荒れる、と言ったからには本当に見ているのだろう。
成歩堂はそう判断し、次いで、あはは……と乾いた笑いを漏らした。

「いつもあんなものですよ。そうでない事の方が稀で……」
「ふ~ん」

感情の読みづらい表情でしばし成歩堂を眺め、やがて納得したように橋元は頷いた。

「ならば納得だわな……」

呟かれた言葉に思わず成歩堂が聞き返す。

「え……納得、って?」
「うん? 君らの法廷の傍聴、ものすごい競争率なんだよ」
「え……? 僕達? 競争率?」
「一部の話だけどね……」

そう前置きしてから、橋元はニヤリと笑った。

「君と、後、え、と……特にさ、御剣検事との法廷ね、殆どの事件記者が狙ってるって話だよ。
それじゃなくても話題性に事欠かないしね」
「話題性……? 事欠かないって、そんなに大きな事件は……」
「事件の概要はある意味どうでも良いのかもね」

さらりととんでもない発言をして、橋元は顎を掻いた。
一瞬、成歩堂の表情が凍った事に気付いてはいない様子だ。

「あいつらにとって、完全に二の次ではないにせよ……ね。もともと話題性が高かったのは御剣検事の方さ。
『疑惑の黒い検事』御剣怜侍が初めて完敗を喫したのが、当時新人だった君、成歩堂龍一との法廷だった。
それだけでもネタとしては充分なのに、君はそれ以降も御剣検事に勝ち続けている……
その逆転弁護士が、しかもこんなイケメンときたらビジュアルだって……」
「……異議あり!!!!」

突如、成歩堂が大声で橋元の弁舌を遮った。

法廷張りの力強い声に、思わず橋元は気を呑まれた様に口をつぐみ……
そして驚愕に眼を見開いた。

目の前にいたのは、先ほどまでの、どこか人が良さそうなのんびりした感じの青年、ではなかった。

鋭い眼光で人差し指を突きつける様は間違いなく、一度法廷で見たことが有る……

弁護士・成歩堂龍一がそこにいた。

「僕たちはそんなものの為に法廷に立っているんじゃない……」

腕を降ろし、静かな声音で成歩堂は語り始めた。

「ビジュアルとか勝ち負けとか……そんなものの為に僕たちはあの場所にいるんじゃない。
あの場所は法の庭……同時にそこは真実を明らかにするべき場所なんだ。
僕達はそこでそれぞれの立場から事件の真相を明らかにしていく……
その結果、被告人が罪を犯していたならば有罪だし、そうでなければ無罪になる……」

けして怒りを露わにしてはいないのに、成歩堂の声は冷たく重く、橋元を圧倒する。

「それは僕と御剣だけじゃない。
狩魔冥やゴドーさんだって同じ……
それに御剣は『疑惑の黒い検事』なんかじゃない。
彼は僕が知る限り最高の、正々堂々とした男です……」

やがて怒りは収まり、成歩堂は俯き、小さく呟いた。

「そう……正々堂々とした僕の……」

言ったきり黙り込んでしまう。

「……悪かった」

唇を噛み、震える肩に、橋元は優しく手を置いた。
2,3度軽くその肩を叩く。

「確かに茶化した言い方だったな。君らの法廷を汚すつもりは無かったんだけどさ」

思いの外真摯な響きに成歩堂が顔を上げる。

泣くのを堪えていたのだろう。
その瞳は更にその黒い輝きを増していた。

その眼を見つめながら苦笑を浮かべ、橋元は蟀谷を掻いた。

「君らが真剣なのはみてりゃ判るよ。
ビジュアルも確かに良いけどさ、ボクが惹き付けられたのはそんなところじゃない。
どんなに不利でも絶対に諦めない、君らのその眼に魅かれたんだよね」

口調は敢えて軽いまま、橋元は続ける。

「特に君はさ、検察優位な序審法廷で恐らくは殆どの人間が有罪だと思ってる人を弁護してるでしょ? 
孤立無援で、時には四面楚歌みたいになっても、君だけは被告人の無罪を主張し続ける。
君は罪を犯していたら有罪、じゃなけりゃ無罪になるだけ、って言ったけど、確かにそうだよね。当たり前の事だ。
でも、その当たり前が、すっごく難しい時もあるんじゃない?」
「難しい時……?」
「解んない? 今のこの国の警察は優秀だ……その思い込みが、時には真実を見えなくする……違う? 
本当は完全なものなんて無いのにさ」
「………………」
「それを当たり前にやってしまう……君ってほんとに凄いね。それに、
御剣検事……確かに彼は変わったよ」
「…………随分詳しいんですね?」

探るような眼を向けられても動じることなく、橋元は惚けた表情をして見せる。

「こう見えても守備範囲広いのよ? 以前彼が騒がれてた時にはしばらく追ってたしね」
「御剣を……?」
「以前は苛烈過ぎて見ていていただけない部分もあったけど、今は違う。
今の彼は間違いなく良い検事だよ。君に負けてからね……無駄なものが消えたように見えるよ」
「無駄なもの……」
「消したのは君なんじゃないかな……」

そう言って橋元はもう一度成歩堂の肩を叩き、次の瞬間、ガラリと表情を変えた。

「いやあ……でもまいった!!」
「……は?」

余りの豹変ぶりに訳が分からず、成歩堂が間抜けな声を上げた。
しかしその声は次の爆弾発言の投下によって悲鳴に取って代わられる。

「惚れちゃったよ! もうマジで!」
「は?…………え?……………えええええええええええっっっっ!!」
「いやさ、法廷で見た時にも良いな、とは思ってたんだけどさ……もう君ってボクのツボにハマったよ。
もっと君の事が知りたくなった。モチロン、君個人の事もね」
「いやいやいやいや! 何をハマるって言うんですか!!!???」
「君のその表情豊かな眼……かな」

動揺して滝のような冷や汗を流す成歩堂に、橋元は器用なウインクを送る。

「ねえ、何処かそこらでお茶しない? 君の事をもっと聞かせてよ」
「いやいやいや! 僕は今、人と待ち合わせて……」
「何? 彼女?」
「え、いや!…………!」

危うく御剣の名を出しそうになって、成歩堂は慌てて口をつぐんだ。
もし、御剣との待ち合わせがばれたりしたら、何を勘ぐられるか分からない。
それとなく携帯に眼をやり、時間を確認する。
もうそんなに時間は無い。

しかし、その間がいけなかった。

「もしフリーならさ、良いじゃん。そこに美味いコーヒーを飲ませる店あるんだよね」
「ま、待った!!」

このまま黙っていたらどんどん話を進められてしまう…………

成歩堂は危機感に駆られて大声で待ったを掛けた。

「あの、その……」

しかし言葉がうまく続かない。
慌てふためいて頭が真っ白になりそうになった。

その時、別の方向から唐突に割って入った者がいた。

「…………おい、こら橋元」

思わずその方向に顔を向けると、橋元と同年代くらいの男が立っていた。
端正な顔に、呆れたような表情が浮かんでいる。

「仕事ほっぽらかして、ナンパしてんじゃない」
「何だ、東(あづま)かよ」
「何だ、じゃない。マッタク……」
「これも仕事のうちよ? 『街イケ』の取材中」
「……にかこつけたナンパだろ?」

噛み付く橋元の言葉をバッサリと切って捨てて、東と呼ばれた男は成歩堂に向き直った。

「申し訳ありません、ご迷惑をおかけしました」

打って変わった丁寧な物言いに、反射的に成歩堂も頭を下げる。
東は社交的な物腰を崩さずに胸ポケットから名刺を取出し、成歩堂に手渡した。

「私は東と言います」
「あ、はい、どうも」

しどろもどろになりながらも名刺を受け取り、成歩堂は困ったように眉をへたらせる。

「あの、僕、今日は名刺を……」
「お構いなく。存じ上げてます。お会いできて光栄です……成歩堂さん」
「え? 僕の事……」
「法廷でいつも拝見してますから」
「こいつがさっき言った例の同僚。こう見えて事件専門なのよ」
「こう見えては余計だ……」

割って入った橋元に冷たい一瞥を投げかけ、東は続けた。

「とにかく成歩堂さん、こいつには気を付けた方が良いですよ。こいつはバイですから」
「……バイ?」

オウム返しに聞き返し小首を傾げる成歩堂に、東は今度は苦笑を漏らす。

「意味が解らないならばそれでいいです。とにかくあなたがこいつの毒牙に掛かるのを黙って見ている訳には行きませんから」
「おいおい、毒牙とは何よ。人の恋路を邪魔すんなっての」
「…………?????」

二人の会話についていけない成歩堂は、眼を白黒させるばかりだった。
いや、二人の会話の内容は解る。
しかし何か方向が可笑しくないか?

「あの……」

口を挟もうとしたその時、東が不意に成歩堂に営業とは思えない微笑を向けた。

「これも何かの縁です……名刺に私の連絡先がありますから、何かお困りになったらいつでもご連絡ください」
「え……? いや、あの」
「こう見えてもかなりお役に立てると思いますよ?」

畳み掛けるように言われ、成歩堂は冷や汗を流しながら曖昧な笑みを浮かべる他は無かった。

そこに橋元が更なる爆弾を落とす。

「おいおい! どさくさに紛れてナンパしてんじゃないよ! 先約はボクの方なんだからな!」

「…………残念だが、異議あり、だ」

橋元の言葉に応える様にもたらされた第三の声に、成歩堂の顔がパッと輝いた。

「み、御剣!!」

しかし名前を呼んだ瞬間、今度は一気に青褪めてしまった。

三人の視線を一気に浴びた御剣は、しかし動じる様子も無く眉間の皺を3割増しにして立っていた。
その表情の険しさもあったが、成歩堂を焦らせたのは別の事だった。

私服姿ではあったが、御剣はしっかり御剣だった。

いくらプライベートとは言え、弁護士の待ち合わせの相手が検事と言うのは……

(いくらなんでもまずいかも……)

しかし、御剣はそのような成歩堂の心配にはお構いなしに、ジャーナリストの二人に鋭い視線を向けていた。

「成歩堂の先約は私だ……」

言いながら成歩堂をかばうように肩を抱き寄せる。

「もちろん、これから先もずっと、な……君たちの出番は無い」
(えええええええええええええっ!!??)

成歩堂は内心盛大な悲鳴を上げた。
これではまるっきり完全な……

「……あらら」

固まってしまった成歩堂を余所に、すっとぼけた調子で片眉を上げたのは橋元だった。

「これはこれは……天才検事殿のカミングアウトってやつですか?」
「その通りだと言ったら、何なのだろうか?」

一瞬、成歩堂を挟んで二人の間に火花が散った。

もたらされた沈黙に、成歩堂が何とか誤魔化そうと口を開きかけたその時、

「あーあ、こりゃあ勝ち目無いかあ」

本気で残念そうに、橋元が両手を挙げて降参のポーズをとって見せた。
しかし、負け惜しみと言わんばかりに、狡猾そうな笑みを浮かべる。

「でも、いいんですか? すっぱ抜かれちゃうかも知れませんよ、ボクに」

笑っていないその眼に、成歩堂の心拍が跳ね上がる。

「ま、まっ……」

待ったを掛けようとした成歩堂を遮り、御剣は負けないくらいの冷たい笑みを浮かべた。

「貴様が有罪を受けたければいくらでも……だが成歩堂には指一本触れさせん」
「みつ……るぎ……」

誤魔化しの無い本気の瞳に、成歩堂は思わず言葉に詰まった。
瞳が潤みそうになるのを堪え、橋元に視線を向ける。

「橋元さん……」

「……ストップ」

橋元は手を上げてその言葉を遮り、次の瞬間、大きな笑い声を上げた。

「こりゃあ完敗だ! 君ら相手じゃ勝ち目ほんとにないわ。大丈夫、誰にも言わないよ」

そう言って手をひらひらさせる。

「ボクだってやり手検事相手に有罪喰らいたくないからね」
「それが賢明だろう……」

橋元の態度から何を汲み取ったのか、御剣は真意の読めない笑みを貼り付けたままそう言うと、

「では行こうか、成歩堂」

打って変わった極上の笑みで成歩堂を促した。

「うん……」

半ば無意識に微笑返し、二人は肩を並べて歩き始めた。

(ま、今日のボクって、とことんヒールね……)

東と肩を並べ、その背中を見送りながら橋元が苦笑を漏らした時、

「橋元さん……ありがとう」

微かに振り向き、成歩堂が呟いた。

その声は小さかったが、確かに橋元の耳に届いていた。

 
 
「行ってしまったな」

東がポツリとつぶやく。

「……で、どうするんだ?」
「どうって、何が?」

すっとぼけた調子に戻った橋元はカメラをいじっていた。

「記事にするのか、今の」

ある程度答えを予測しつつ、意地悪に東が問いかける。

「……ンなもん、記事にする奴が三流でしょうが」

呆れたように呟き、口元だけでにやりと笑う。

殆ど誰にも見せない、プロの顔は橋元の本性か。

「書きたい記事しか書かない……か」
「そ、お前と一緒」
「ずっと追い続けていたものな。皆が疑惑の記事しか書かない中で……」
「お前と一緒にな……」

短く返し、やっと橋元は顔を上げた。

「それにさ……」
「…………?」
「人の恋路邪魔するなんか、ボクのポリシーじゃないし、何より……」

カメラのデータに眼を落とし、橋元は微笑んだ。

「こんないい笑顔を見せる可愛い子の涙なんか、見たくないしね……」

何も含まない優しい言葉に、つられて東が覗き込んだファインダーの中には……

「……たしかにね」

互いの眼を見交わしながら微笑む二人の姿が写っていた……


リク内容「ミツナルで、デート中に一般男性達から執拗にナンパされ困ってるナルホドくんを、
『私の恋人に何か?』的に独占欲出しつつ掻っ攫う男前ミッちゃん(ラストはバカップル展開になる感じ)」
空永様より頂きました。
でもこれって、ちゃんとリク果たせてるのかな・・・?
御剣さん出番少ないし、一応一般男性は二人だけど、二人しかいない上に殆どナンパのシーンが無かったり・・・
こんなので良ければ空永様、どうぞお納めくださいませ(ませ)
(平に平に)