■ ILLUST ■
■他の竹宮惠子さんの作品 2■
◆風と木の詩◆

上は数年前にお絵かき掲示板で描いたジルベールです。
小学館のフラワーコミックス6巻の表紙からです。
「風と木の詩」は竹宮恵子先生の代表作で、「地球へ…」と同時期に連載されていた作品です。
はじめは週刊少女コミックでしたが、後に「プチフラワー」に連載誌を変えて8年にわたり連載されました。
19世紀末のフランスの男子校の学園生活の中で出会った、
セルジュとジルベールの純愛と悲劇の物語です。
先にも申しましたように少年同士のベッドシーン、リンチ、ジルベールの異常な生い立ちなど
当時の少女漫画界ではタブーな世界を堂々と美しい絵とドラマ性の高い説得力?
(強引ともいう)で描ききった問題作でもあります。
この作品のアイデアを最初編集者に見せた時、「とても載せられない」と言われ、
しかしこの作品の持つインパクトと内容に必ず人気の取れる作品だ、と確信を持って
いらっしゃった竹宮先生は(それもすごいな;;)この作品を載せる人気を勝ち取るべく、「ファラオの墓」で
まず人気作家になる、という離れ業をやっておられます。
連載第一回の原稿があがった時、編集会議で載せる載せないの大騒ぎだったそうです。
この作品がきっかけで少女漫画の世界には少年同士、青年同士の恋愛が描かれるのが普通になりました。
またJUNEという言葉も市民権を得た感じがあります。
いわゆる耽美雑誌の名ですが、ネーミングはフランスの囚人で同性愛者、ジャン・ジュネからきており、
彼は獄中で数々の文学作品を書いたそうです。
今はJUNEというよりもBL(BOY'S LOVE:和製英語だそう)という少年、青年同士の恋愛(肉体関係含む)を
描く漫画が盛況ですが、その基礎を築いた一人が竹宮惠子先生だと思います。

自分の大好きな少年キャラがTVブルーに出会う前、「トリトン」以外は「風と木の詩」のジルベールでした。
あの清純?なイメージのトリトンとジルベールではギャップが大きいのですが、
自分の中で「純粋な少年」としてほぼ同列に好き、というレベルで並んでいました。
ジルもまた「少年」らしい「少年」であります。
女性的な外見をもち、女性的役割を強いられますが、けっして「おんな」ではない。
心理パターンは男性です。セルジュよりもずっと好きです。
萩尾望都さんの「ポーの一族」のエドガーも美少年で妖しいですが、
自分的には今ひとつ。(でも「マージナル」とかすきだよん♪)
不思議ですが、ジルベールの行動に今は納得がいきます。
連載当時は人を寄せ付けないジルベールに嫌悪すらおぼえましたが今はひたすらジルがかわいい。
彼は自分の気持ちのおもむくままに行動しているんですよね。
寝たいから寝る、嫌いだから会わない、もうそれしかない。
権力ある大人でもなかなかできませんね。
それにそういう風に育てられたのだから。
またよくいやらしいとか気持ち悪いとかジルベールのことをいいますが、
悪いのはジル本人ではなくジルをもて遊び、欲望の対象としてしか見ない周囲の男どもだと思います。
彼を人間として受け止め、人として愛したのがセルジュだったのだと思います。
それ故にセルジュは苦しむことになるのですが。
リアルで連載を読んでいたので、当時の作品中の広告ページに読者とのやり取りを入れてることもあり、
その中でジルベール(作品?)をめぐって友達同士で意見が対立し、「いやらしい」とか言われて大反論した、という
読者のお手紙に「大いに結構、議論してください、負けないで下さい」と返してる先生の姿が印象的でした。
今思えば、この作品に引かれる少女達の心情を理解し、素直な心を表現しようとするも
どうしてもタブー的なものを排除する「大人の論理」に負けないで、という先生のエールだったのかもしれません。
画像はのびのびとセルジュの前で「月は青だよ!」と勝手に本に色を塗るジルベール。
屈託のない笑顔が好きでした。このシーンでジルは「無垢な天使」だと思ったのです。

またジルベールやセルジュを実際の少年ではなく、女性の心の中の男性、
つまりアニムスだと考えれば理解しやすい。彼らは少女の内面を表す人間たちなのです。
アニムスは複数の男性として現れ、一つの人格として統合して表現できないそうです。
(参照;「ユング心理学入門」by河合隼雄)
だから、ある面はモラルに苦しみ、ある面は開放的で自由奔放です。
社会的倫理観というものに支配されず、時に暴力的で時には激しく、また時には優しい。
河合隼雄さんが「少女の内面の物語」という評を下したのはまことに的確だと思います。
(全集でそのような文章を見ました)
そして、この様な作品が「救い」になった少女たちがいたのも事実です。
ワタシもおそらくその一人でしょう。
「救い」になる、と言うことはこのように表現してもいいんだ、という安心というものでしょうか。
しっかり影響を受けまくった自分はそのようなストーリーを考え、「JUNE」本誌に投稿したりもしました;;
改めてこのような物語は興味本位ではなく、すさまじい内面の闘いと表現力が必要なのだと痛感しました。
またこの物語は男性には理解されがたい、と思います。
特に日本のような性的な社会的役割分担(ジェンダー)の縛りのきつい社会の「優位の性」である男性には。
自分はどうしてこのような作品に惹かれるのだろう、といつも思うのですが
やはり、実生活での女性の置かれる社会的な立場の弱さを実感するからこそ
こういう「立場の弱い少年達」に共感し、作り上げるのかもしれない、と思っています。
あと、この作品の中ではそれこそ人間に本音と建前、社会の表と裏、が
ものすごく鮮烈に描かれているような気がします。
実際はコクトー家の長男であるジルベールは本来は「跡取り息子」として
莫大な財産の後継者であり、帝王教育をなされるはずの「エリート」です。
でも実際の出生は、表向き叔父であるオーギュが実父であり、
それも言葉でははっきりとは描かれていませんがおそらく政略結婚であろう、
ジルの母アンヌ・マリーが同性愛の性癖のある夫に捨て置かれ、結果オーギュとの不倫に走り、
生まれたのがジルベールでした。
オーギュは異常な性愛の癖のあるコクトー家の当主のため
一種の「寵童」として「買われた」ようなところがあり、
彼も不本意な「愛情」を押し付けられた不幸な育ちをしています。
元々母親の気質の少ないアンヌ・マリーはジルベールを母親らしい愛情で包めなくて
ジルベールはほったらかしで育つことになります。
そしてそんな「飢えた」美しい野生の少年のようなジルに「愛」を教え込み、
支配しようとしたのが悲劇の発端でした。
表向き社交界での権威と「詩人」としての顔を持つオーギュはその異常な育ちによる屈折した愛情を
ジルベールに向けているとセルジュに指摘されても鼻で笑う余裕を持つ「狡猾」な大人に描いています。
読者はジルベールやセルジュの心の流れがわかるため彼らの本音が見えますが
実際の「表」の社会では彼ら「大人」がどのように問題ないように振舞うかの良い例の表示だと思います。
そして舞台を19世紀末に持ってきたのは、上手いと思いました。
この時期は、かの精神分析学者ジークムント・フロイトが活躍した時代で
かなり禁欲的な文化がはびこり、曲線的で猫の足のようなデザインの机の脚でさえ
SEXを連想させるとカバーをかけたり、変に「過剰」な時代だったそうです。
そんな「本音」を隠す時代を見てきたフロイトだから、「精神分析」の世界で
人の内面に渦巻く、無意識な性的な欲望の形を見抜いたのではないでしょうか。
ラストのジルベールの
「誰をも知らなかったあの頃に戻りたい」
の言葉が胸をうちます。
この物語はジルベールの死、それを乗り越えてゆくであろう
セルジュの未来を暗示して終わっています。
このジルベールの死は、実際に現実の生活で生き残れず、
大人になれなかった育ち方をしたジルベールの悲しい人生、として
受止めることもできますが、もし河合隼雄先生の言葉のように
彼らが少女の内面の少年であるならば、その中一人のジルの死を経験(認識)することにより
本当の「大人」の女性になっていく、というようなことを暗示しているのかも、と思えます。
誰しも心の中にジルがいて、セルジュがいて、オーギュがいて、パスカルがいて、
ボナール達がいるのでしょう。
この物語に捕らわれてはいけない。卒業していきなさい、と
竹宮先生がおっしゃってるように思えます。
(卒業できない自分はどうしたら・・・・・)
しかし続編がしっかりあるそうなのですが、竹宮さんはご自身で作品にしていません。
その後の世界をふまえ、セルジュから数世代後の現代に生きる
パトゥール家の若き子爵:アンリを主人公に描いた小説が「アニュス・デイ・神の子羊」です。
竹宮さんの親友で「変奏曲」の実質的原作者増山のりえさんがのりす・はーぜのペンネームで書いておられます。
「神の子羊」ではセルジュの血をひくアンリと
ジルベールの出身のコクトー家の血を引くマシュウとの出会いと別れが描かれます。
きっかけはセルジュの残した曲に感銘した少女の探求心からですが、
それがジルを失った哀しみを表現した曲というのが「芸術」しててすごいです。(聞いてみたい!)
イラストはすべて竹宮さん自身が描かれていて落ち着いた世界が表現されていて素敵でした。
現在絶版になっているそうですが、復刊が楽しみです。
そんなこんなで竹宮さんの作品は自分にもっとも影響を与えてくれた少女漫画だと思います。
下は「神の子羊」単行本未収録(JUNE本誌に連載されたものを切り抜いてます;;)のカットより引用。
着色は自己流です。

下は「風と木の詩」後半、「パリの街でギャルソン(ボーイ、ウエイターのこと)として働くジル。かわゆい(^^)

ずいぶん前に描いた、眠るジルの下書き。
鉛筆でケント紙にかいてあって、ペン入れするつもりだったけど、似ないのでほったらかし。
コミックス表紙から。

最近知人のプレゼント用に描いたジルベール。
妖しさが出しにくい・・・さすが竹宮センセー。筆ペンで下書きなしです。しんどかった。

永遠の少年ジルベールはソルジャー・ブルーの先祖の一人??