「おたすけ〜!」

悲鳴をあげてサンドゴーレムが土に還る。
…しぶとい相手だったわね。
強さはそこまでではなかったものの、
かなり手間取ってしまった。
まぁ、過ぎた事を悔やむのはこれくらいにしましょうか。
そもそも――
私は何もしていないわけだもの。
ふっと一息をついて、別働隊の方の様子を見てみると…
もう片方にいた三人も無事攻略したようで、安心。
どうやら上手く切り抜けれたみたい。
やれやれね。

途中、ロードナイトを拾う仲間達が喜んでいるのを見て、
微笑ましく見守りながら先を急ぐ。
私も以前拾った事があるが、
どうやらこれで良質の物が作れるらしい。
良質の物が作れれば、
更にこの遺跡の先を進むことが出来る。
いわば必需品。
私は拾えなかったけれど、
機会があればまた拾う事もあるだろう。
それに一足先に1つ拾ってあるのだから、
問題は全く無い。
良かったわねと純粋な気持ちで祝福する事にした。

そんなちょっとした出来事がありつつ、
道なりに進んで野営の場所を見つけた処で、
ちょっと気分転換にふらりと散歩に出た私。
幸い、
時間があったわけだしね。
息抜きは必要。
ならば…というわけ。
そうしてふらふらとしていると、
見知った顔を見かける。
――時間はあるし、
声をかけてみましょうか。
誰かと喋っている方が気も紛れるだろうしね。
「…どうも、アルトさん。
 調子はどうかしら?」
「あら、魅月さん。
 どうも。
 調子はまあまあかな。
 そういう魅月さんの方はどう?」
「――ぼちぼちといった所ね。」
声をかけてみると、
相手も笑顔で応対してくれた。
綺麗な銀色の髪と吸い込まれるような赤い瞳が綺麗な女性。
そして、どことなく不思議な雰囲気が漂っている。
――ただの人間というわけではなさそうだが、
込み入った事情については知らない。
1つ分かっているのは…
親しみ易い人であるという事だ。
他愛(たわい)も無い話で盛り上がる私とアルトさん。
「ま、面白い事が一杯あって、
 この島って本当に飽きませんよね。
 ついさっきも小さなドラゴンが襲い掛かってきたんですよ。
 見事返り討ちにしましたけどね。」
「…ドラゴンまでいたのね。
 全く、神話級のモンスターが一杯とはね。
 そのうち、洒落にならないものが出てくるのが想像つくわ。」
「それはそれで面白そう。
 …退屈の方が何倍も嫌だもの。」
更なる強敵を面白そうといって、
退屈を嫌う彼女。
まぁ、その気持ちは分からないでもない。
退屈なのは面白くないもの。
そして、
面白いからこそ、
楽しく生きていられる。
…真理かもしれない。
「…そうね。退屈は嫌、よね。」
「そうそう。
 ん。そろそろいかなきゃ。
 それじゃ、またね。」
「ええ、また。」
永く話し込んでいるうちに、
日が傾いていた。
気がつけば随分話し込んでいたらしい。
手を振って笑顔で分かれると、
すぐさま仲間達の元へ帰り、
今日一日を終えることにした。

* * * * * * * *
――妬(ねた)ましい。
妬ましい妬ましい妬ましい。
何もかもが妬ましい。
私も――ソレが欲しいのに。
飽くなき欲望は、
暗き影を落とす――



翌日になって、
春菜ちゃんは教室へと出て来た。
いつものように明るく元気な姿を見せて。
思えば、
この時私は不審に思うべきだったのだろう。
だが、
その時の私は、とてもほっとしていた。
水野さんと喧嘩になる事が無かったのだから。
私に衝突する事が無かったのだから。
だから、私はその日を静かに終えた。
事態はもう動き出しているというのに。

「気に入らんなぁ。」
アルバート神父は気に入らなかった。
日に日に邪気が増していく事を。
そして、自分が察知出来ない事も。
「実に――気に入らん。」
協力者となってくれた伊賦夜魅月はよくやってくれている。
何もしていないが、
時折世間話に交えて普段の教室の様子を伝えてくれるし、
付き合ううちに彼女が友好的なのは分かった。
恐らくはほっておいても問題はない。
そして――
増していく邪気の根源は彼女の教室にいる事は分かっている。
だが、それだけなのだ。
誰がそうなのか知る事は出来ない。
「―Who killed Cock Robin?
 …彼女の身元がせめてわかれば…
 全てが分かるというのに―」
足元に残った埋められていた骨を見下ろしながら。
潜入の為に犠牲となった哀れな子羊の骨を見下ろしながら。

水野凛は戸惑っていた。
月見里春菜が出て来ても、
ほかの皆は親しげにしてくる事に。
そして微笑みかけて、
「おはよう、凛ちゃん」
などといわれた事に。
可笑しい。
決定的に可笑しい。
一体どういう事なのだろうか?
あれほど嫌って疎外していた本人だというのに。
周囲の皆は気にしている様子はないし、
伊賦夜魅月は気にしていても、
こちらがその感情を伺い知る事は出来ない。
困惑する。
ありえない事象に。
困惑する。
これを幸と取るか不幸と取るかに。
困惑したまま1日を終えようとしていた矢先、
元凶である彼女はこういった。
「ねぇ、凛ちゃん。
 お互いの誤解を解いて仲良くするために、
 ちょっと時間を作ってくれないかなぁ?」
水野凛は考える。
どうしよう。
受けるべきか否定すべきか。
――その答えは――

月見里春菜は上機嫌だった。
最早恐れるものなどないのだと。
そう考えたら、
最早怖いものなどなくなっていた。
伊賦夜魅月の事もどうでもいいと思えるようになっていた。
だって――
「世界は私に微笑んでいる。
 やっぱり私を中心に世界は回っている。
 そうよ。
 私が一番。
 私が世界で一番。
 どんな人でも私を越えることなんて出来ない――」
全てを手に入れたのだ。
自分が望む全てを。
いや、それは間違っている。
何も手に入れてなどいやしない。
それは、
最初から手の中にあったのだから。
けれど、許せないものはいる。
それは水野凛。
どうしてやろうと考えた。
そうしたら――
一番良い方法を思いついた。
その為にも、
私は明るく元気に、
そして水野凛にも優しくしてあげよう。
時間を作って2人きりになるよううながして。
大丈夫。
きっと大丈夫。
水野凛に冷静な判断など出来はしない。
きっと、私についてくる。
そしたら、思い知らせてあげよう。
存分に。
存分に――
そうしたら、伊賦夜魅月に思い知らせてあげよう。
月見里春菜には絶対に勝てない事を。
あの静かで孤高の高みに存在する存在に。
必ず。
必ず――

思惑が交じり合って、
物語の歯車は回り続ける。
誰にも止めれない歯車が。
――誰が悪くて誰が正しいのか。
そんな事は関係は無い。
関係あるのは…
そして、誰も今だ知らない事。
それは…
――元凶となった願いは何なのか――

* * * * * * * *


目を覚ます。
変わらない朝。
そう、思っていた。
起きて立ち上がろうとした処で…

――体が揺らいだ。

「なっ――!」
何が起こったのも理解出来ずに
そのまま地面に叩きつけられる体。
「ぐっ…く…」
それでも両手を地につき立ち上がろうとするが、
足に力が入らない。
「魅月ー?
 何か凄い音がしたんだけど…」
悪戦苦闘している最中、
不意に私の寝ていたテントの外から声がした。
「いえ、ちょっと…」
「ん?
 ま、とりあえずここまで来たから入るねぃ。」
どういっていいか分からず言葉を濁す私に、
外から聞こえた声の持ち主、
レイナさんはテントの中に入って来た。
「ちょっと魅月…!」
すると、なんだか慌てた様子で
血相を変えて私の体に駆け寄り、
私の上体を起こしてくれる。
「…ありがとう。
 でも、そこまで血相を変える事は…」
「いやいやいやいや、
 血相も変えるよ!?
 ええと、どうすればいいのかな。
 と、取り合えず落ち着いて聞いてね?」
「?私はいつも落ち着いているけど…」
「…足が…」
足が?どうしたというのだろう。
まぁ、確かに足に力が入らないのだけど。
「片足がちぎれてて、
 なんか残骸が残ってるだけなんだ…け…ど…」
泣きそうな顔でそういうレイナさん。
なるほど。
片足がなくなっていたのね。
通りで力が入らないはず。
…痛みがなかったから全く気がつかなかった。
「――奏を読んでくるから、待ってて」 
と、涙を飲み込むような声で言ってから
踵を返そうとするレイナさんの頭をそっと撫でる。
「…大丈夫よ。
 そんな泣きそうな顔をしないで。」
「え?でも…」
「大丈夫。
 …気にせず先にいっておいて。
 後1時間もすれば治るから。」
「…でも、ほってなんて…」
「お願い。」
有無をいわさぬ私の口調に、
渋々ながら頷き、出て行くレイナさん。
――ごめんなさいね。
そう、静かに出て行く背中に謝って…
私はそっと傷口に手をあて瞳を閉じる。
イメージする。
私の足を。
別にイメージしたからといって何が変わるわけでもないが、
そうする事で早く元に戻る気がしたから。
10分、
30分、
1時間ほどそうしていたろうか。
瞳を開けると元の足が其処にあった。
――本当に難儀な体。
それでも、まだ前に歩めるのだから、
そう悪くはないのかもしれない――

朝、少しぎこちない空気が漂っていたものの、
特に問題はなく、
朝の支度、食事、会議を終える。
今日は、一端遺跡の外に出る予定。
さぁ――
いざ出ようと思った矢先、
近くにあった悪魔の像の一体が動き出した。
どうやら、ガーディアンらしい。
でも、構いはしない。
その障害を必ず突破してみせる。
例えそれがなんであろうと、
後悔させよう。
――貴方が挑んだものがなんであるのか理解をさせて。

「襲ってくるのならば、
 痛い目にあうわよ――
 無機物だからといって…
 選好みするような謙虚な子はいないのだから。」



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