「痛いけど動けない。」

最後に残ったダックスフントが倒れ伏す。
――ふぅ。
外見の可愛さからは思いつかないほどの強敵だった。
しかし、前とは違い、
しっかり最後までこの場に踏みとどまることが出来て良かった。
「…皆大丈夫?」
「ああ。ちょっと喰らったけどこれくらいたいした事ないさ。」
「うん。だいじょうぶ。
 2人がしっかりまもってくれたからけが1つないよ。
 それより――」
私の声に笑顔で応じる奏さん、
しかし、エモさんが不意に口をつぐんだ。
「…それより?」
「ん?どうした?」
何かあったのか、
思わずエモさんへ話を聞こうとする私達。
そして――
「おなかすいた。
 いせきの中に入ってけっこう立ってるし、
 しょくりょうもこかつしてきたし…
 おなかすいた!」
…わりと食料はかいこんできたのだが、
大分ながく居過ぎたせいか、
確かに食料が減っている。
それに、エモさんは、
小柄であまり食べなさそうにみえるが、
――かなり食べるというか、
お腹が空くのが速い子だ。
…伸び盛りって所なのかしら。
「…奏さん、食料持ってる?」
「…切り詰めないときついなぁ。」
私の手持ちもさほど無い。
――やれやれ。
「おなかすいたーっ!」
「そんなにお腹が空いたのであれば、
 ワシが煎餅をくれてやるわ!
 とうっ☆」
困った私達を尻目に私達の背後から声が聞こえ、
何かがエモさん目掛けて飛んでくる。
口でキャッチするエモさん。
「せんベーおいしい!」
飛んできたのは…煎餅?
…そして、この声…
「藤九郎さん?」
「うむ。
 わしじゃ☆
 育ち盛りの子供はしっかり食べぬとな!
 食べないのはよくないのじゃ。」
「ありがとう、ふじくろーおじーちゃん。」
振り向いてみれば、
そこには藤九郎さんがちゃぶ台でお煎餅を食べながら、
お茶を飲んでいた。
「…私からもありがとう、藤九郎さん、
 それにしても…
 …寛いでるわね。
 …そういえば、いつもお茶と煎餅があるみたいだけど…
 …どうして?」
「それは、わしがお茶と煎餅が好きじゃからじゃ☆
 それになんといっても、
 ちゃぶ台にお茶と煎餅はつきものじゃ☆」
…まぁ、確かにぴったりだし、
分からなくも無いけれど…
「まぁ、細かい事は離すと長くなるので割愛じゃ。」
「ねぇねぇ、ふじくろーおじいちゃん、
 もっと食べていい?」
「おお。構わんぞ、
 ただーーーし!
 しっかり食後は歯を磨くのじゃ☆
 ワシとの約束じゃ!」
「はーい。」
そんな風に考えているうちに、
2人は仲良くちゃぶ台について、
せんべいとお茶を楽しみ始める。

仲良いわね。2人。
なんだか微笑ましい光景…
「…ところで魅月?」
「何?」
と微笑みながら2人を見ていると、
不意に奏さんが声をかけてくる。
「…私達、いつ出発すればいいんだろうな?」
「…後小一時間は無理じゃないかしら。」
「だよね。」
やれやれとため息を吐く奏さん。
そういいながらも、
頬が緩んでいるのはきっと、
微笑ましいからなのだろう。
――永く、この平穏が続いて欲しいわね。
きっとそれは…幸せな事だろうから。

暫くの休息の後、
私達は目的地へ進んで野営する。
今回遺跡から出るのはまだまだ先。
本当に長い道のりね。
だけど、踏破しないといけない。
いつものように、私だけ離れた位置で。
「魅月。」
と、1人離れた所にいこうとする私は不意に、
後からつかまれた。
「…何?レイナさん。
 どうかしたの?」
「いや、どうかしたわけじゃなくて…
 夜1人だと寂しくないかなって思ってさ。
 どうせすぐに寝るわけじゃないんだし、
 ゆっくり話さない?」
……
別に疲れてはいないし、
一緒に寝るとなると色々面倒な事があるけれど、
寝るまでの間少し話し込むのはありかもしれない。
もとより、分かっていての発言なのだし。
「別に構わないわよ。」
「良かった。それじゃ、行こうか!」
「何処に?」
「魅月が寝るところの近く?」
…別にそこら辺でもいいと思うのだけど、
態々私の寝る予定の近くへ来たいらしい。
……別に問題はないので、
案内する。
まぁ、案内した所で何も無いんだけど。
「…いつも思うんだけどさ?」
「…何かしら?」
「寂しいよね。1人で寝るのって。」
…寂しいか…
そういえば、1人きりになった当時は、
私も寂しかった。
とても…
身を切られるほどに…
今も寂しいのはかわりないが、
もう慣れたから。
「…そうね。
 とても寂しいかもしれないわね。
 …もうなれたけど。」
「たまには一緒にっと思ったけど、
 それが許されないんなんて…」
「…気にしないでいいわ。
 それよりも…」
「…?」
…言われることは分かってるので、
たまにはとぎらせて、
逆に何かいう事にした。
「…そっちのテントでは寝る前どんな事してるの?」
「え?こっち?
 そうだねぃ。
 話をする事もあるし、
 トランプとかもする事もあるかなぁ。
 疲れてぐっすり眠っちゃう事もあるけどね。」
最初はちょっと戸惑った様子をみせるも、
私の質問を聞くと、
なんだそんな事かーと笑って答えるレイナさん。
「…なるほど、それなりに楽しんでいる感じなのね。」
「そうそう。そんな感じなのさ。
 ところで魅月。
 聞きにくいんだけど…
 …魅月の家族って、どんな人だったのかな?」
――私の家族か…
そういえば、
レイナさんにはまだ話してなかったような気がする。
…良い機会かもしれないわね。
「そうね。
 小さな村の有力者という事で、
 わりと良い家の出になるのかしら。
 …家族構成は父親に母親、
 それに弟がいたわ。
 ――割と理解のある皆でね。
 女である私が勉強したりする事に反対する所か、
 応援してくれたりね。」
ゆっくりと思い出していく。
…あの頃は楽しかった。
今も楽しいけれどそれとはまた違って…
「そうなんだ…
 素敵な家族だったんだね。」
「…ええ。
 とても…ね。」
「…そっかぁ…」
沈黙が流れる。
暫しの沈黙の後…
「…寂しいね。」
沈黙を破ってそう呟くレイナさんに頷き、
「そうね…寂しいわね。」
「……わたしたちもさぁ、
 家族、みたいなもんじゃないかな。
 折角だし、
 実際にそうなっちゃえば楽しいと思うんだけどさ、
 どうでしょー?」
「…それも良いわね。」
空を見上げる。
レイナさんも一緒に空を見上げ、
無言の時間が再び続く。
暫く一緒にそうしていた後、
それじゃ、また明日の言葉と共にお互いの寝床へ戻り、
その日は眠りについた。
…そんな未来もいいわね。
本当に。

* * * * * * * *
当然といえば当然だった。
当たり前の流れ。
そして、その流れは予想外の事を引き起こす。
ただ、
それが幸せなのか不幸せなのかは、
どんな風に目に映ったとしても分からない…



水野さんと分かり合えた日の翌日。
私は水野さんと共に教室へと向かった。
それをみて、
教室が不意にざわめきをました。
耳を傾けて聞こえてくるのは、、
何故水野さんが私と一緒にいるのか。
そして何故仲が良さそうなのか。
そんな話題ばかり。
そして…
私と水野さんが自分の席につくと、
1人、また1人とおずおずと水野さんの所へ集まって来ていた。
――成る程ね。
思ったよりも、私の影響は大きかったみたい。
それが何故か私には知る由はないが、
その為、
彼女はイジメのターゲットは外れたという事になるだろう。
それにしても、気になるのは…
春菜ちゃんが、
今日は教室に来ていない事。
…彼女がいないと元気が足りないのだけど、
まぁ、仕方のない事なのかもしれない。
プライドが…高かったのだろう。

明日には元気になって出てくれるといいのだけど…
「ねぇ、伊賦夜さん。」
考え事をしている私に声がかけられる。
ふと、声の方を向いてみると、
そこにいたのは向井さん。
「春菜ちゃんどうしたのかなぁ?
 何か知らない?
 それと、何で水野さんと仲良くなってるの?」
「…さぁ…ね。
 まぁ、何かあるとすれば水野さんと仲良くした事かしら?
 最初はそんなつもりは無かったのだけど、
 気がつけば…ね。」
聞かれた質問に対し、
ありのままに答える私。
「そっか。
 伊賦夜さんは、自分を通す人だものね。
 カッコイイなぁ。
 私もそんな風になれたら良いのに、
 なんていっても仕方ないか。
 ありがと、時間とらせてごめんね。」
その答えに納得したのか、
1つ頷き笑顔で自分の席に戻る向井さん。
それにしても…
戸惑いながらも馴染もうとする水野さんの状況を見てみると、
微笑ましいと同時に不安が過ぎる。
いじめの中心であった
春菜ちゃんが出て来たその日…
厄介な事は避けれない。
…その時私は…どうするのが良いのだろう。

人の心は移ろい易く、
それはまるで風のよう。
いままでずっと向かい風であっても、
時には逆風が吹くこともある。
だが、
普段と変わらないことが起きた時、
何か異変が起こることも少なくはない――

* * * * * * * *



朝の日課、朝食、会議、練習試合の
全て終わらせいつものように出発する。
特に何もなく平和…
逆にこうも何もないと、少し暇ね…
そう思っていた矢先、
砂地が盛り上がり、巨大な人型の何かが現れる。
これは、確かそう…
“ゴーレム”
「…厄介な相手ね。」
非常にタフで、
時には再生能力があり、
コアに書かれた真理―emeth―のeを、
削り取り、
死を意味する―meth―にしないといけない場合もある。
そんな強敵を前に、
共に戦うエモさんに奏さんの表情も引き締まる。
そう。
ここが正念場。
全ての力を使って戦わねばならないだろう。

「やれやれ――
 これはまたハードな事になりそうね。
 でも…ただではやられてあげないわ。
 そして…やられるつもりもないッ…!」




                                         戻る