「おでもう限界!」

三匹のミニデビル、最後の一匹が崩れ落ちる。
やれやれ。
まさか――
まさかこうまで――
差が開いているとは思わなかった。
もう少し手間どらせてくれるのかと思ったけれど、
そんな事もなく、
あっという間に倒されたミニデビル達。

仲間達がいた。
それで、
今より強い力が発揮できた…
そうともとれるけれど…
それだけじゃない。

どこまで強くなるのか。
この短期間でもこれ。
それは良い。
だが…
先が見えない。
限界ははたしてどこにあるのか。

フフ。皮肉ね。
私だけが置いてかれている。
…私だって少しは強くはなるよう努力はしている…
けれど…
足りない。
本当に足りない。
このままでは、
私の手におえなくなる日も近いのではないかしら。
…もとより手に追えないものではあるけれど、
私の手より離れる事はなんとしても避けたい。

そうなれば…
不幸しか撒き散らさないだろうから。

せめて、己が身にだけにとどめたい。
せめて…
仲間や友達に危害が及ばぬように。
それは私の責務だから。

――すみやかに移動をして、
遺跡の外に出る。
暫しの休息。
いつもならば仲間達と別れて、
それぞれがそれぞれの時を過ごす。
そして、私は出来る限り一人になろうとしていたのだが――
「奏さん。ちょっといいかしら?」
――少し思いたった事があるので、
ちょっと奏さんに協力を願い出ることにした。
「ん?どうしたんだい?」
「…いえ、ちょっと…
 手合わせをお願い出来ないかと思ってね。
 霊に手出しはさせないわ。
 その為にちょっと面白い物を見つけたしね。」
そう。
今のままではいけない。
もっと…もっと私も強くならないと…
「…ほんと珍しいね。
 ん。
 別に構わないよ。
 まぁ、手加減はするけど…
 怪我しても…ああ、私が治すのか、めんどくさいな、全く。
 まぁ、いいや。
 それじゃ、どこでやる?」
「少し、広い空き地を見つけたの。
 それじゃ、案内するからついて来て。」
「はいはい。」
快い了承。
断られなくて良かった。
静かに微笑む顔をみせないようにして先導する。
目的の場所はそう遠い場所でないので、
すぐに到着。
懐から取り出した、4つの置物を四方へと配置し、
結界を敷く。
詳しい原理はおいておくけれど、
短時間であれば、
霊の動きを封じる事が出来るもの。
もっとも…
私が願えば、恐らくこの結界程度では吹き飛ぶのだが…
願う事はないゆえ、問題はない。
「お待たせ。」
「ここか。
 それにしても…もういいのかい?
 それじゃ…始めようか。」
場所について、
私が用意をすませると、
速やかに巨大な注射器を構える奏さん。
目つきが真剣。
それに…とても気当たりが強い…
そう…
こうでなくては…
こうでなくてはいけない!
「それじゃ、始めましょう――」
「ああ、行くよ。
 ――ッ!」
息を吸い込み突進する奏さん。
早い。
とてつもなく。
反応もできなければ、
私に見えるのは恐らく彼女の残像。
ならば…視覚に頼るのはやめよう。
目を閉じ、風を感じる。
暴風が私に近づくのを察知する。
私はその暴風を辛うじて避けるよう移動し、
軽くその風に手をふれ、軌跡を変えてやる。

――ズザザザザサァァッ…!

風が通り過ぎていく。
奏さんという名の風が。
地を滑り、動きを停止する。
「ッ…!
 な、今…何を…
 驚いた…
 まさか、私の突進を止められた上…
 軽く手を添えられただけで、
 打撃を与えてふっとばされるなんて、
 想像だにしていなかった…!」
「…風を感じて、その動きを読んだだけ。
 …後は合気道の要領で…
 …まさか上手くいくとは思わなかったけどね。」
「…なるほどね。
 霊がいなければ戦えない…
 と、いっていたけど…
 それはあくまでこの島の周囲の人間や、
 魔物達と比べて、
 魅月自身の身体能力が低すぎるだけであって、
 武術を使えないとはいってない…ってわけか。
 そして…
 確かにその戦い方を実践、昇華するには…
 私が最適と…
 ようやく合点がいったよ。
 それじゃ…もうちょっと色々やらせてもらうとしようかね!」
「…ええ。
 よろしくお願いするわ――
 そうこなくては意味がないもの。」
言葉を交わした次の瞬間、
再び風が唸りをあげて襲い来る。
先ほどまでとは比べ物にならないほど激しく…
そして、単調・単純なようで、
複雑な技巧をはらんだ風が。
それをいなし、回避する。
簡単…どころか難しいが、出来なくはない。
まずは認識する事…
そして、
次に私の動きで巻き起こる風を鞭のようにしなやかに、
矢のように鋭く、
正確に狙い目掛けて押し当てればいい。
暫し続く攻防。
一方的に私が押している、
恐らく見ている方はそう思うかもしれない。
だが…違う。
それは全くの逆。
上手く戦っているようでも、
奏さんの方には大きなダメージは出ていないし何より――
地力が違いすぎる。
時がたつほど不利になり、
そう、
今まさに奏さんから繰り出された風のように…
どうしょうもない一撃が私を捉える。

―ゴッ!

横殴りにくる衝撃。
折れる骨の音、
内臓が潰れる音…
だ…目…耐え…れ、ない…
意識が、暗転する――
………

* * * * * * *
――人は恐怖する――
それが何故か、
理由は様々あるだろうけれど、
未知であり、
命を脅かす恐怖の前に、
人は正常ではいられない…



何が…
何が起きているのだろう。
こっそり影から見守っていた私…
水野凛にはさっぱり理解できなかった。
灰となった2人、
そんな中に…
伊賦夜さんが入ってきてそして…
春菜ちゃんを蹴飛ばして…
崩れ去っていくアルバート神父と春菜ちゃんを
静かに見下ろしている。
一方的な虐殺…
アルバート神父も、
春菜ちゃんも何かをしようとしてた。
けれども…それは全く無意味で…
伊賦夜さんには届かなかった。
どうしてだか分からないけれど、

――本能が理解する。
――全ての原因は、伊賦夜魅月なのだと。
――抗う事も出来ない程の何かなのだと。
――逃げなきゃ…
――逃げる?
――でも…どこに?
――体が…動かない…



逃げ場なんてありはしない。
背筋が凍りつく、
恐怖が心を押しつぶす…
体を動かそうにも、
とうの昔に完全に恐怖で硬直してしまっている。
焦燥が体を突き動かそうとするも、
全く反応が出来ない…
ああ…
早く…早くここから…
抜け出したい…
誰か…
誰か助けて…
私をこの悪夢から救い出して…
このまま…
このままじゃ…
私は殺される…
きっと彼女に…殺される…
どうやってかは分からない…
何故かも分からない…
でも、きっと生きてはいられない…
どうして…どうしてこうなったの…
嫌…
来ないで…
一歩ずつ、彼女が近寄ってくる。
こちらにはまだ気づいていないけど、
ここに来るのも時間の問題だろう…
ああ…どうして…
嫌…嫌…

「いやあああぁぁぁぁぁぁぁ!」

――悲鳴が響く。
拒絶の悲鳴が。
理解出来ないものを、
人は…
容易く受け入れられはしない…

* * * * * * *



………
どれほど意識を失っていたのだろうか。
日の光が目に差し込んで意識を取り戻した。
気がつけばベッドで寝かされていたらしい。
白い天井が見え、
消毒液の匂いがする。
…病院かしら?
身を起こし、辺りを見回すと、
机に向かって何かを書いている奏さんの姿。
…ああ。彼女がなんとかしてくれたのね。
それなら…お礼をいわないと。
「ありがとう…、お手数をかけたかしら?」
速やかにベッドから降りて礼をいう。
それを聞いて此方を向いて照れくさそうにする奏さん。
…どうかしたのかしら?
「あ、いや、いいよ。怪我させたのは私だし。
 いやー。
 ついつい手加減しようと思ってたんだけど、
 忘れちゃって本気で殴り飛ばして…
 いや、ほんと…
 私がごめん。
 あそこまで出来るなんて思ってなくてさ。
 ええと、具合の悪い所はない?
 大丈夫?
 …とりあえず、
 先に簡単にいっとくと…
 あの後、起きなくてさー…
 実は今、
 翌日の朝なんだ…うん。」

どうやら私は一日気を失っていたらしい。
…やれやれ、
これで今から出発まで用意を速やかにすませないといけない…
という訳ね
「…なるほど…
 それじゃ、速やかに用意を済ませないと…」
「あ、いや、
 その辺はほかの皆が済ませたくれたから、
 ゆっくり出発まで過ごすといいと思うよ。
 …うん。
 じゃ、また出発の時にね。
 どちらにせよ出るんでしょ?」
「後で皆にお礼をいわないとね。
 …ありがとう。色々とね。
 …それじゃ、また後で。」
「ん。また後で。」
手を振って部屋を出る。
笑顔で手を振って見送ってくれる奏さん。
それにしても…
本当に、皆優しくて涙がでそうね…

――
「…やれやれ。
 ほんとやり過ぎちゃったねぇ。
 でも…死んだ状態からでもやっぱり蘇るのか。
 しかも再生能力もある…
 …うーん。
 今回は良かったけど、
 やっぱり手加減忘れないようにしないと駄目かな。うん。
 魅月相手だから良かったけど、
 ほかの人相手だとどうなるか分からないしね。
 それに…やっぱり霊だけの力じゃないね。
 実行するのは霊でも、
 戦闘をみていると、
 その霊を無意識のうちに操っているみたいだし。
 …今回のあの闘いは霊を風に置き換えただけって所かな?
 …うーん。
 分からない事が多くて…面倒くさいな。
 …仕方ない…もうちょっと注意してみていようかね。」
…誰もいない中、
医者は独り言をいいながら考えをまとめる――





                                         戻る