体が崩れ落ちる。
だが、その衝撃を堪え、
なんとか後へと下がる私。
――
之以上は無理か――
悔しいけれど、
仕方が無い。
こんな事ではいけないと分かっていても、
どうしょうもない事だってある。
正直、歯がゆい、だが…
仲間達がいる。
彼女達なら、後は任せておいても大丈夫のはず――
戦いの場から離れた所まで移動して、
そこで私の意識は途絶えた――

……
声が聞こえる…
この…声は…
“魅月ねーさんは、凄いなぁ。
 でもさ――
 無理しすぎじゃないの?
 ゆっくり休んだ方がいいって”
“――魅月、
 もう十分だろう?
 だから早く休みなさい。”
“魅月お姉様、
 もう宜しいじゃないですか。
 之以上無理をなさって――なんとするのです?”
“…魅月、もう楽になっても良いのですよ…?”
懐かしい人の声が聞こえる。
この他にも、今まで出会った色んな人の声が。
これは――
“休もうよ――”
“休みましょう――”
“休まないか――”
“休んだ方がいい――”
“永遠に”
“永遠に”
“永遠に”
“永遠に”
“――楽になれば良い。
 そうすれば――
 苦しみの元を断ち切ってやろう。
 絆などいらない。
 安らぎなど不要。
 お前はただ、生き抜いていけば良い。
 罪がなくなるまで――
 孤独と引き換えに
 暫しの安寧を得るだろう。
 今までそうだったように。
 だから、さぁ――
 全てを諦めて――”
…安らかな声に屈しそうになる。
それはとても甘い声。
それはそのはず。
その声は――
私が望んでももう会えない大切な人達のものなのだから当然。
…そうね、私は――
“分かっているだろう?”
“分かっているのでしょう?”
“――私達が正しい事を。”
「…断るわ。」
“何…?”
「私の大切だった人達の声を借りても無駄。
 ――私は私でしかないから――
 とても不器用だから、
 思ったようにしか生きれない。
 …大切な人達ならそれを良く知っているだろうし…
 それを否定する事は無い。
 …この選択を祝福してくれるはず。
 だから―気に病むことも迷う必要も無い。
 答えは最初から出ている――
 また…同じ結末を迎えるのだとしても――」
“…”
「消えなさい。
 ――私の中まで踏み込まないで」
風が吹きぬける。
ここにいるのは私だけ、
そして一面闇の世界。
だけど――ここは紛れもなく私の世界。
私の心の中。
ならば…強く思えば私の思い通りにならない事はない。
――一陣の風とともに気配が消えていく。
“後悔…するぞ…”
消えそうな小さな声を残して――
「後悔なんて、何度も繰り返しているわ――
 …それでも、
 私は幸せを願わずにいられない。
 自分の為ももちろんあるけど…
 …幸せを願ってくれる人達がいるから――」
…世界に光が差し込む。
私は光に導かれるように光に吸い込まれ―――



…目を覚ました。
頭がくらくらする。
それにしても、何か動いてるような――
「…一体…」
「…ん?
 気づいたのか。
 良かった。
 まぁ、外傷は特に無かったし、
 体に問題は無いのは分かっていたが、
 大分うなされていたし、
 心配したけど…
 ああ、降ろした方がいいか?」
…奏さんの声が直前でする。
それで、私が今どんな状態であるのか気づいた。
「…ああ。
 成る程。
 ごめんなさい。
 お手数をかけたわね。
 大丈夫。
 降ろしてもらえる?」
「ああ。いいよ。」
――気を失っていた間、
ずっと彼女が私を運んでくれていたらしい。
すぐさま背から降りて、
頭を下げる。
「――ありがとう」
「何、適材適所さ。
 ま、これからが本番だからね。
 休める時にしっかり休んでもらって、
 いざという時に元気でいないとね。」
「――私は戦えないわよ?」
お礼をいう私に、笑顔で答える奏さん。
そんな奏さんに向かって突っ込みをいれる私に、
キョトンとした表情を一瞬浮かべ――
「あはははははは!
 そういえばそうだったね。
 ま、気にしない気にしない。
 大切な仲間だし、
 力になってくれている事くらい、私にも分かっているさ。」
直に私の意図に気づいたのか、
大笑いして、私の肩を叩く。
――私はクスリと微笑みを浮かべ歩みを進める。
「…大分進んできたのね。
 後少し…いきましょうか。」
「ああ。
 行こうか。
 全く、気がついたばかりなのによくやるよ。
 本当に医者泣かせの患者だ。」
「――フフ、ごめんなさいね。」
冗談を交わしながら、
目的地へ進む。
次の為に、次の次の為に。
――目的地へついて野営。
しっかり体を休む為に、
眠りにつく。
静寂が私を包み込み――

* * * * * * * *
――生きるってなんだろう。
苦しい事もあるし、
辛い事も一杯ある。
それでも、楽しい事があるから、
悲しませたくないから…
せめて、
歩みは止めずにいきたい――



「――瞳の事をいうなら、
 私も赤色だから別に不思議じゃないと思うけど。」
「はぐらかさないで。
 ――人と違う事が怖いか、
 怖くないかを聞いているの。
 …
 確かに伊賦夜さんも私と同じように、
 人とは違う瞳をしているけど――
 その事で苛められた事なんてない。
 ――違う?」
思い返してみる。
ああ。
そういえば確かに、
私はそういったものを見る事はあっても、
その対象になった事はない。
私がまだ普通に過ごしていた頃は、
そんな事とは無縁だったし、
そもそも瞳は赤く無かった。
私は一つ頷き――
「…まぁ、確かに。
 そうね。苛められた事はないわね。
 怖いかという事なら、答えるまでも無い。
 私は全然怖くないわ。
 それよりももっと怖い事は、
 私が私でなくなる事だと思ってるもの。」
答える。
たった一つしかない私だけの答えを。
それはいつだってかわりはない。
昔からそう。
「…伊賦夜さんはやっぱり違う。
 ――参ったなぁ。
 敵いそうにない。
 ……正直にいうよ。
 最初はアンタをただの八方美人だと思ってた。
 ああ。なんだ、
 この人も私と同じで違うけど、
 媚びて今まで生きてきたんだって。
 で、今日――
 月見里さんとの話を聞いて、
 違うんじゃないかって思った時、
 魔が差したとでもいうんだろうね。
 だから…
 今日ここに呼んだのは、
 人と違うからって苛めるような奴等に…
 仕返しを一緒にしようって思ってさ。
 ――手伝ってもらおうと思ったんだ。
 …あはは、でも、
 違うね。
 うん。私も悪い所があったんだもの。
 ごめんね、伊賦夜さん。」
そんな私の言葉に、
今にも泣きそうな顔で謝る水野さん。
――ああ。
そうか。
私には分からない苦労を重ねて、
ずっとずっと内に溜め込んで来たのか。
きっと――
協調しない態度もそれの表れだったのだろう。
どうしようか。
私が関わったら――
…だが、
結局の所、私は私からは逃れる事は出来なかった。
…放っておくのも気が引ける。
手を差し伸べたいと思ってしまった。
それが私。だから――
私は静かに何もいわずそっと抱きしめた。
「い、伊賦夜さん?」
「――謝る必要なんてないわよ?
 貴女が辛い思いをして来た事はわかるから。
 貴女の痛みは貴女にしか分からないけれど、
 貴女が何を必要としているかは分かっているつもり。
 …そんなに泣きそうな顔をして、
 心の内を打ち明けて――
 ……泣いてもいいのよ?
 誰も笑ったりはしないわ。」
…驚く水野さんの頭をなでながら、
静かに囁く。
その声を聞いて、
水野さんは泣いた。
今まで溜めてきた辛い事の全てをぶつけるように。
…それを見て私は…
やはり、私は私なのだと実感する。
それが悲劇を生み、
してはならない事だと分かっていても、
見過ごしきれない自分。
本当に甘い――
非情に徹した方が、
悪くならないかもしれないというのは分かっていても、
見過ごす事は出来ないなんて。
…嗚呼、
願わくば…
せめて悲劇が訪れる前に全てが終わらん事を――

二律背反。
助けたい気持ちと、
助けてはいけない気持ち。
もし…
今助ける事で、
後にもっと悲惨な結末が待ち受けるのだとしたら、
どちらを選べばいいのだろう…
私はそれでも――

* * * * * * * *



…目が覚めた。
そして、思い出した。
そういえば、
私は人を避けて、
悲劇が起こらないようにと願っていても、
いつも、人に寄り添ってしまう。
例外なく。
それも理由は、
少しでも助けになるのなら助けてあげたいから。
とってもシンプルな理由。
…難儀な性格だと思う。
普通の人だったなら、それは良い事なのだろうけど――
「ふぅ…」
ため息をつく。
不意に仲間達の顔が浮かんで来たからだ。
…仲間達ならいうだろう。
それは悪い事ではない、と。
分かってはいる。
分かってはいるし…
私も大切にし続けたいとずっと願っている。
「…未練とは恐ろしいものね。」
だが、積み重ねて来た過去を思い返す度に憂鬱になる。
忘れようと思っても忘れられない。
現実として突きつけられた事なのだから。
ならば…やる事は一つ。
「…早く見つけないと…」
私が願ってやまなくて、
今だ影も形も見せないものを。
それを見つければ、きっと――

日課を果たし、
朝食と会議を済ませて練習試合をする。
お互いの力量を知るための練習試合。
全てを終えて出発しようとした私達の前に、
敵が立ちふさがる。
一匹のダックスフントと、
二匹のワラビー。
強敵なのは分かっている。
油断出来ない相手だという事も。
そして、
前の戦いの消耗も抜け切ってはいない。
しかし――

「やらねばならない、
 ならば成し遂げましょう。
 ――私達はその先に用があるのだから。」




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