「――ッ!」
周囲に漂う霊が消えうせる。
霊達が大人しいのはいいが、
こういう時だけは、
それが命取り。
霊達の大人しさと霊の数や強さは反比例するのだから。
そして、霊のない今…
私に為す術はなかった。
私1人では、相手に傷を与える事も、
相手の攻撃に耐える事も出来ないのだから。
故に――
――タンッ…!
軽く後へバックステップして戦線を離れる。
「ごめんなさい、後は…
任せるわ…!」
藤九郎さんも倒れており厳しかったが、
レイナさんが残って1人で倒しきる事に成功する。
また、別働隊に至ってもボロボロ。
これは…速い事なんとかしないといけない。
――この島を甘く見てはいけない。
それを痛感した。
――移動に関しては問題なく進む。
順調だ。
けれど、急がないといけない。
早く出ないと、恐らくスタミナが持たないだろうから。
本当に、ハード。
どこかで休む事も考慮に入れないといけないかもしれない。
休み無しでは本当に倒れてしまいかねないから…
――そして野営の準備を終え、
晩御飯を食べて、寝ようとしていると、
不意に歌声が聞こえた。
暖かい歌声。
声に導かれ来てみると、
蒼い髪に黒き衣を纏った一人の歌姫が其処にいた。
月夜の下で歌う姿は麗しく、
幻想的な光景ですらある――
ぼうっと眺めているうちに歌が終わる。
歌が終わるのにあわせて拍手する。
「――相変わらずステキな歌ね。
リゼさん。」
彼女の事は私はよく知っている。
彼女の名前はリーゼロッテ=ユディット・オルガ。
通称・リゼさんだ。
拍手をして呼びかけると、
リゼさんも方もこちらに気づいたらしい。
「……。
聞いてたんですか!?魅月さん!」
驚いて此方の方を向く。
「…途中からね。
風にのって暖かい歌が聞こえてきたの。
お陰で今日の夜は穏やかに眠れそうよ。」
微笑みながら答える私に照れくさそうに笑うリゼさん。
「えーと、その…
練習中でしたので、
余り褒められると恥ずかしいのですが、
気に入っていただけたみたいで、
良かったです。
えぇっと……その……」
じっと私を見つめるリゼさん。
「…今日はお連れじゃないんですね?」
恐らく、私に纏わりつく霊達のことをいってるのだろう。
「ええ。
今日の戦闘が激しかったし、
リゼさんの歌のお陰でね。
といっても…
もう暫くすれば集まってくるのだろうけど…」
一つ頷き、そう答える。
「そうですか。
良かった…」
ほっと一息をつくリゼさん。
そんなリゼさんに
私はドロップ缶を取り出し、
中の飴玉を差し出した。
「…はい。どうぞ。」
「え、良いんですか?
ありがとうございます。」
「――歌のお礼よ。
頑張って。」
それだけ告げてその場を去る。
…本当にとてもいい歌だった…
寝床へ戻り横になる。
今日のような穏やかな日は久しぶりだ。
…けれど、
そんな日に限って悪い夢を見る。
――悪夢からは抜け出すことは出来ない
とでもいうかのように――
朝がやってくる――
朝の光によって意識が戻りゆくにつれて、
泣き声が聞こえた。
そっと目を開けると、
九音が父親の八音さんの死体に向かって泣いている姿が、
そこにあった。
「お父さん…ッ!お父さんッ…!」
…彼女の幸せの一つ。
奪ったのは誰?
奪ったのは私。
壊したのは誰?
壊したのは私。
それじゃあ、一番悪いのは?
それも…私。
ゆっくりと体を起こし立ち上がる。
体に激痛が走る。
だが、そんな事は気にしていられない…
「あ…魅月…
一体何が、ねぇ…
一体何があったの…!」
私が立ち上がったのに気づいたのだろう。
九音が私を真っ直ぐに見つめてくる。
「…私が悪いのよ。
私のせいで…
本当にごめんなさい…」
視線を受け止めれず、後を向いてそれだけを告げる。
「どういう事…ねぇ…
魅月がやったんじゃないよね?
何かあったんだよね!?
もし魅月がやったのだとしたら、
例え魅月でも許さない…
魅…!?
…それは何…
いや…
こないで…!
いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
背後で悲鳴と、そして走り去る足音が聞こえる。
九音とて、神社の娘。
恐らくみる力はあったのだろう。
そして父親の死と共に皮肉にもその力は開花した。
…私はずっと無言だった。
彼女に何かかけるべき言葉があったのではないだろうか。
私は何かをすべきだったのではないだろうか。
葛藤が渦巻く。
しかし…
…
これで良い。
…私に出来る事なんて何がある?
私は何も出来やしない。
それに、彼女は私をもう受け入れられる事はないだろう。
拒絶されたのだから。
でも、彼女に否はない。
当然の事。
もとより私は人には受け入れられぬ存在。
それを理解されたのならば、
私は大人しくこのまま消えるべきだろう。
全ての罪を背負って。
最早楽しい時には戻れない、
最早友達でもいられない。
――それでいい。
もとよりそうなる運命だったのだから。
…フフ。
滑稽ね…
あんなにも大切で、
あんなにも手放したくなかったのに、
今では、
それが間違いだったと思ってる。
嗚呼…
きっともう彼女と会うこともないだろう。
過去はもう二度と戻りはしない。
―さようなら、九音。
――その時
私の頬を伝って、冷たい雫が零れ落ちた――
目を覚ますと、
体に不快感はなかった。
けれど、涙が頬を伝っていた。
眠りながら私は泣いていたのだろう。
あの夢を見たときはいつもそうだ。
いつも、泣いている。
…憂鬱な気分。
しかし、憂鬱とばかりいってられない。
洗濯がてら、
顔を洗いに川へと向かう。
誰にも顔を見られないようにしながら、
誰にも顔を見られないように願いながら――
幸い、誰にも会うことなく、
顔を洗い、洗濯を済ますことが出来た。
しっかりしないと…
気合を入れて、皆の下へいく。
そういえば、今日は新年の挨拶が――
…新年…?
『あけましておめでとう!
今年もよろくお願いします!』
口調は違えど、皆新年の挨拶を始める。
――私もしっかり挨拶を――
「…あけましておめで――ッ!」
視界が不意にゆれ吐き気がする、
崩れ落ちる体。
「魅月――!?」
「ここは私に任せろ。
ヤブとはいえ医者だからな。
多分過労か何かだと思うが…」
…仲間達の声が聞こえる。
でも、意識が保てない。
意識が闇に沈んでいく中で、
九音の言葉を思い出す。
――新年になったら巫女のお仕事忙しいけど、
何とか都合つけるから、一緒に色んな店巡ろうね――
…嗚呼、
後悔が、
過去が、
忘れられない思い出が、
私を苛む――
………
……
…
――暫くして目を覚ますと、
其処には奏さんの姿があった。
「――ッ!」
体を起こすと頭に鈍痛が走る。
「起きたのか?
特に体に悪い所はなかったみたいだけど、
どこか痛い所はって――
…頭が痛そうだね。
ちょっと薬だすから、ちゃんと飲むようにな。」
そんな私の振り向いて近づき、薬を差し出す奏さん。
「…ありがとう。ごめんなさい。」
薬を受け取り、直に飲む。
「…別に謝らなくてもいいさ。
…まぁ、あんまり無理しないよう…
いっても無理しそうだけど、
気にする事はない。
あ、会議についてはもう終わったから、
もう少ししたら練習試合を始めようか。
それと…
……そんなんじゃ、いつか壊れきってしまうよ?」
まるで全てを見通しているかのように、
まっすぐ此方を見る奏さん。
医者の目は誤魔化せないか――
「クス…ありがとう。
でも、本当にもう大丈夫…
それじゃ、また後で。」
視線を避けるように私はその場を後にした。
きっと私は…
逃げたのだろう。
――練習試合が始まる。
結果については特筆すべき事はないが…
「…エモさん?」
「なぁに?」
少し気になったのでエモさんに声をかける事にした。
何が気になったかというと――
「…そのマント捨てたら?」
ボロボロの布マントを指差す。
「え、でも、なにかにつかうかもしれないし、
もったいないよ?」
じっとみるが、
やはり使い道は見当たらなかった。
「――いや、使わないと思うわ。
それに…
大分荷物重そうにしてるし、
かなり疲れてるみたいだから、
いらないものは処分するなり、
なんなりした方がいいと思うわ…」
しばらくそうかなーと首をかしげていたエモさんだったが。
「うーん。
じゃあ、ちょっとかんがえてみる。」
特に異論は見つからなかったらしく、
真剣に荷物とにらめっこを始めた。
…真剣に悩んでいる姿を見ると
ふつふつとからかいたくなる気分が増してきたので、
私は、
そっと気づかれないようにその場を後にした――
そして…今日もまた、
敵が襲い来る。
敵は5匹。
オオカミに蜂、そして三匹の大鳩。
どれもこれも強敵。強いのが感じ取れる。
だが、怯えはしない。それ以上に――
「…運が悪かったわね…
私も霊達もとても気が立っているの――
ただでは済ませないわよ――
さぁ――始めましょう」
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