私の名前は伊賦夜 魅月。
揖風村という小さな村に住む17歳の女学生。
本来、女が学校に通って学んだりするのはあまり良くないらしいのだが、
旧家の出として恥ずかしくないように、
そして才能の無駄遣いをしないようにと通っている。
まぁ、日々はそれなりに楽しいので構わないのだが…
「魅月ねーさん、聞いてくれよ…」
学校で私が教科書をしまって帰る用意をしていると、
背後の席に座っていた男の子が声をかけてきた。
彼の名前は伊賦夜 真。
年齢は私より3つ下の14歳。
そう。この学校は学年というものが無かった。
私が一番上で、一番下の子が7歳…
人数が少ない為、
全生徒が一つの教室で授業を受けている。
そして、真は…
私の弟であり、
家督を引き継ぐ伊賦夜家の長男だ。
「…何?どうしたの?」
「あのさー。
 今度の祭りなんだけど、
 俺…ずっと家にいないといけないらしいんだ…」
…この村では一週間後に祭りを迎える。
100年に一度開かれる祭りらしいのだが、
詳しい事は村の有力者数名しか知りえぬ事らしい。
よって詳細は全く分からないのだが、
祭りという事で村の中では今祭りの話で持ちきりだ。
「……それって、お父様にいわれたの?」
「そうさ。
 それにひきかえ…
 良いよな、魅月ねーさんは。
 ちょっと小耳に挟んだんだけど、
 魅月ねーさんが祭りの主役らしいぜ?」
やれやれと肩を竦める真。
「…ああ。
 そういえば、そんな話を聞いた気がするわね。
 でも、何をするのか分からないし、
 別に嬉しい事は…」
「喜ばしい事じゃないですか!」
嬉しい事はないといおうとした矢先、
不意に横から大きな声が飛んできた。
私と真が声が聞こえた方を向くと、
真と同じくらいの年頃の女の子がそこにいた。
彼女の名前は、
月見里 妙。
私や真と特に仲が良い女生徒なのだが――
「魅月お姉様が、祭りの主役!
 こんなに嬉しい事がありましょうか!
 いえ、ありません!
 こうなった以上、私は全力で――」
「…待ちなさい。
 そして落ち着きなさい…」
…どうも私に対して必要以上に友情以外の何かの感情を抱き、
暴走しがちなのが問題だ。
そして私が制止をかけると…
「私は落ち着いてますよ?
 魅月お姉様って相変わらず目立つのが嫌いですよね。」
「あー。確かにな。魅月ねーさんって、
 目立つの嫌いだよな。
 目立つのに。」
これだ。
いつもこういう時だけ真と妙の2人の意見が一致する。
…やれやれ。
早く退散しないと何をいわれたものか分かったものじゃない。
「…私は別に目立つような事はしてないわ。
 普通にしてるだけよ。
 それじゃ、私は先に帰るから。」
さっさと退散する事にして、
荷物をもって席を立ち、
教室は後にする。
後で、
「魅月ねーさんは普通にしてても目立つんだよな…」
「そーですよねぇ。
 それに、魅月お姉様の魅力をもっと皆に伝えないと…!」
「おー。面白そうだな?」
という、
真と妙の不穏な会話が聞こえたような気がするけど、
忘れる事とした。

     * * *

昭和X年×月×日。
揖風村近郊の山中にて――
「――作戦準備完了しました。」
軍服を着た男が、
2人の男に報告する。
1人は同じ軍服を着て、胸に大量の階級賞をつけている。
恐らくは軍服を着た男の上司なのだろう。
そして、もう1人は和服を着ていた。
「ご苦労。
 では、一週間後に備えよ」
「ハッ!」
上司らしき男の言葉を聞いて敬礼して、
報告した男は去っていく。
「…で、話は確かなのだろうな。氷室。」
「もちろん。
 生贄を必要とする邪教がこの村にはびこっている。
 それが一週間後明らかになる。
 準備を整え、
 生贄が捧げられようとする前に制圧。
 それでこそ…この国の未来は安泰というわけです。
 そして、准将閣下の昇進も間違いありますまい。」
氷室と呼ばれた和服を着た男の言葉に頷く准将。
「ならばよい…
 しかし…」
「…何故村を売ったかですって?
 もちろん、正義の為…
 そしてお金の為ですよ。閣下。
 至ってシンプルな理由でしょう?」
「フッ、違いない――」
2人は笑う。
――作戦の成功を祈って――

     * * *

あっという間に一週間が過ぎた。
祭りの日。
本来ならば、
皆と一緒にお祭り騒ぎ…のはずだったのだが、
お父様に呼ばれ、
清めの儀式を終えて白装束を着、正座している。
「さて――」
重々しく口を開くお父様。
「…」
静かに、耳を澄ませて聞く重大な話のようだし…ね。
「…魅月、お前には済まないと想っている。」
…?
理解が出来ない。
「…何がでしょう?お父様。」
「…100年に一度の祭り…
 この祭りは、
 神に娘を捧げる儀式なのだ。
 それで――」
疑問を口にした私に対する、
申し訳無さそうなお父様の言葉。
それを聞いて全て理解する。
――ああ、成る程、そういう事なのか――
「…私が選ばれた。
 そういう事ね。」
「…ああ。」
沈黙が支配する。
均衡を破ったのは…私。
「…好き勝手に生きてきたのだもの。
 別に構わないわ。
 ただ、一つ――
 私の事はどう説明するつもりかしら?」
別に死ぬ事について怖くはないといったら嘘になるけれど…
それが避けられないというのであれば、
抗う事もしない。
抗えば他の人に迷惑が掛かるのだから。
私の犠牲で済めば良い。
「…それは、事故で済ませようと想っている。
 手筈も整っている。
 …すまない…」
「謝らないで。
 別に良いのよ。
 それより…早く済ませましょう。
 …しんみりするのは好かないの。」
土下座をするお父様。
私は立ち上がり、お父様の手を掴んで立ち上がらせる。
「それに、
 お父様はいつでも毅然としているのが私の誇りよ。」
そういって私は玄関へと迎う。
「…」
沈黙しつづけるお父様を後に残して――

――神輿に乗って、移動する。
そう長い道のりではなく、
ほんの1,2時間ほどで到着する。
そこにいたのは村の有力者6名。
ここに私の父を含めると7名。
そして、この村の有力者といわれる人は7人だ。
――この村の有力者総出とは恐れ入る。
静かに降り立つ。
そして辺りを見回し此処がどこなのかを思い出す。
ここは――
そう。
風食みの穴と呼ばれる底無し穴のある丘だ。
常に風を吸い込む穴。
そして、
その穴の上に祠を建てて祭ってある。
誤って人が落ちないように…
とばかりと想っていたが、
なるほど…
私は穴に身を投じれば良いのか。
「来たか――さて…
 用意はいいかね?
 まぁ、悪くても無理やりとなるんじゃがな…」
「…用意はいいわ。
 後は私が行けばいいのでしょう。
 ――何をするかは予想はついてるわ。
 風食みの穴に入ればいいのでしょう?」
中央の長老の言葉に静かに答える。
すると長老は一つ頷き…
「…聡い子じゃな。
 ならばいう事はない。
 それでは……」
――ドォォォォォォォォォォン!
不意に響く爆音、閃光、爆風――
一体何が起きたのか、
光が収まった後を見てみると、
穴のあった場所が土で埋もれていた。
そして、祠の周囲にいた6人も倒れ…
焼け焦げた祠の木材の断片がある。
「――爆弾だと、一体何…があっ!?」
一番に何が起きたのか理解するお父様。
だが、そのお父様が次の瞬間倒れふす。
胸を真っ赤に染めて――
「…お父様!?」
呆然とする私――
そして辺りから響いてくる金属のこすれあうような音、
辺りを見回すと、
そこには軍服を来た人――軍人達の群が其処にいた。
「生贄の娘以外は生かすな!」
そんな命令が聞こえる。
そして浴びせられる銃弾、
なす術もなく見守る私…
辺りに静寂が戻ると、
祠に集まった人々の中、
私を除いた皆が銃弾に貫かれ死んでいた。
「いやいや、言ったとおりでしょう?
 で、見事なものですな。准将殿」
「ああ。確かにいったとおりだった。
 感謝しようか。氷室。」
殲滅を確認して、
准将殿とよばれた偉そうな軍人と、氷室と呼ばれた男が姿を現す。
「貴方達は――!」
叫び掴みかかろうとする私。
が、すぐに氷室という男に羽交い絞めにされる。
「いやいや、感謝してもらいたいものですよ。
 私達のお陰で貴女の若い命を散らす事はなくなったのですから。」
「その通り。
 ああ。未来が心配なら私が妾にしてやってもいいぞ?」
「おや、それはいいですな。准将閣下。」
下卑た笑いをあげる准将と氷室。
気に入らない――
こいつらは…自分の事しか考えていない――
確かに救われたとはいえ、
私は納得ずくだったというのに。
どうしていいか分からない。
ぶつける場所も見出せない感情に黙って震える私。
そんな私の耳元に不意に声が聞こえた気がした。

――おお、神との約定を違えるか――
――おお、生贄を捧げぬというか――
――なれば我がこの地に止まる理由はない――
――なれば我がこの地に祝福を与える理由はない――
――だが神に逆らう罪は許しがたし――
――呪われよ――

風が吹く。
生暖かい風が。
その風に触れた死体が塩の柱になって消える。
「な、なんだ!?なに・・・ぐぁぁぁ!」
「え、こ、これは・・・うそだ・・・うそだぁぁぁぁぁ!」
そして、目の前にいた准将も、
私を羽交い絞めにしていた氷室という男も、
悉くが塩の柱となって崩れ去る。
そして、私の意識も闇へとおちていき――

風が通り抜け、目を覚ました時、
其処には何も無かった。
其処にあったのは、
枯れた草木と塩の残骸、そして私だけ。
「――これは…あ…村は…!」
混乱する頭、でも、その時不意に風が吹いた声を思い出す。
これが呪いというならば村も――
駆け出す私。
1時間ほどで村に到着した私が見たものは、
一面の塩の山。
人が住んでいた気配も、
人がいた形跡もなく、
ただ、荒れた地と塩の山が其処にあった――
体が崩れ落ちる。
「どうして――どうしてこんな事に…」
問いかけは誰にも届かない。
これが絶望の始まり――
そして私に安らぎの夜がもう二度と訪れない事をしるのは、
この少し後の事――

――ただ一つ確かな事は、この夜を境に、
全ての記録上から揖風村は消滅した――





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