遺跡の外に出て歩いていると、
様々な発見がある。
辺りの様子に目移りしながら歩いていく。
だが、
歩き回るといっても、
時間はそうはかからない。
暇を持て余す。
知っている人に声をかけて時を潰すか?
それとも…
また別の方法をとるのか。
私が取った方法は――

「…」
遺跡街中心より少し離れた高台。
私はそこにいた。
そこからは遺跡街の様子が良く見渡せる。
「…煙となんとやらは高い所を好む…
 というけれど…
 そうでなくても高い場所の風は心地がいい。
 …こうして静かに骨休めするには一番ね。
 たまに…
 予想だにしなかった事に出会ったりもするのだけど…」
私が彼等に出会ったのは確かに…
彼女達が私の前に現れ誘った時。
されど、
私と彼女達の縁はそれよりも前。
あの夜の事。
あの時私は死霊を己に引きつけることで、
彼女達の援護をした。
その夜はまさに、“禍ツ夜”
凶事の夜というのが相応しいだろう。
なればこそ、
ここから離れる時も一筋縄ではいかない事があるのではないか?
そう錯覚させる。
「再び、あの日のような夜が訪れるのかしら?」
けれど…
別に怖い訳ではない。
伊賦夜魅月…私本人にとっては。
もっと怖い夜は様々あった。
もっと辛い夜は様々あった。
怖いとすれば、
それは――
「きっと私以外の誰かにとって…
 そして、
 それが現実になる点に置いて私は怖い。
 考えすぎかしらね。
 考えすぎならばいいのだけれど――
 あら…」
そんな益体もない事に思考を巡らせている最中、
鈴の音が鳴り響く。
誰が鳴らしたのかは分からない。
それはとても小さな音だったが、
その澄んだ音色は、
とても良く響いた――

* * * * * * *
――音楽――
それは心を響かせるモノ。
それは心に響くモノ。
ならばこそ――
全てと通じる可能性も其処に――



 

音色が響き渡る。
ピアノの音色が。
その旋律は流れるように繊細で、
水のように澄んで美しい。
教室は夕焼け色にそまり、
まるで幻想の中にいるよう。
その中心には一人の女生徒とピアノがあった。
一心不乱にピアノを弾き続ける。
たった一人で。
弾き続ける理由は酷く単純。
彼女は音楽を愛しているから。
だからこそ、
熱心に。
だからこそ、
脇目も振らず。
だからこそ――
純粋に…
音は心に左右される。
なればこそ、
彼女の音…彼女の音楽は心を震わせるのだろう。
だからこそ、
手放したくない。
だからこそ…
そのまま時を止めたい。
そう願わずにはいられない。
聴衆は一人もいない演奏。
だが、
それを聞いているものはいる。
それは音色を奏でるピアノと、
この学校そのもの。
そして、ピアノと学校がそう願ったとして、
それが現実になったのならば、
誰が攻められよう。
――今も尚、夜の学校に音楽室から流れ続ける美しい旋律。
そこに見出されるのは、
哀しみか、
喜びか。
あるいは…
そのいずれでもないのかもしれない。
だとしたら、それはやはり――



「…純粋に音楽を奏でていたい。
 そんな細やかな願いの気持ちなのかもしれない。
 …これが私の知っているこの学校の七不思議の一つ。
 音楽室の幽霊だよ。」
「…それにしても、不思議だよね。」
「何が?」
「私達七人が
 それぞれ一つずつだけ不思議を知っているなんて。」
「…」
「…これで三つ目かな?
 次は誰だっけ?」
「…あら、私ね。」
「魅月さんか…」
7つの蝋燭(ろうそく)がある。
火がともっているのはそのうち5つ。
今1つ消されて4つになった。
最後の話が終わった時、
最後の蝋燭が消される事になるという事。
それを囲んでいるのは
9人の人影。
日の落ちた校舎内。
電気もつけず、
薄らと蝋燭の光だけで照らされる教室というものは、
なんとも不気味な印象を受ける。
…9人の内訳はというと、
8人は学生で、
1人は引率の先生。
語り部は7人だというのに8人いるのは、
今回の企画者…
言いだしっぺが含まれている為。
そして、
どうして私達が一つずつ七不思議を知っているかだが、
この学校には奇妙な伝統がある。
七人の上級生が七人の下級生に
一つずつ卒業前に伝言ゲームのように、
七つの不思議を一つずつ語り伝えるというもの。
それ自体は別に不思議ではないらしいが、
語り伝える事に失敗しても、
失敗した話は誰かによって伝えられ、
受け継がれていく。
なんとも不思議な話。
これを含めるのであれば、
八不思議といっても過言でもないかもしれない。
そして、たまたま私が受け継ぐ役目だった。
だからこそ、こんな役目が回ってきたという訳。
…それにしても、よりよって私を選ぶとは、
数寄(すき)者よね。
そして、今三つ目の話が終わったわけだけれど、
その前に語られていた話について少しだけ触れようと思う。
一つ目の話は美術室を舞台にした話。
悲劇の女学生。
彼女の書いた絵は素晴らしい出来だった。
恐らく県のコンクールに出展していれば、
入賞は間違いなかっただろう。
けれど、それは叶わなかった。
彼女は死んだのだ。
己の絵を破り捨てて。
どうしてそんな事をしたのか分からない。
彼女の日記にはこう書いてあったらしい。
あの絵は皆が認めてくれた。
けれど、私は知っている。
あの絵は失敗だという事を。
なんという皮肉だろう。
誰も、あの絵の秘密には気づかないだろう。
けれど、県のコンクールで入賞するような事があれば、
間違いなく気付く人間がいる。
だから、あの絵を始末しないといけない。
けれど…
あれは失敗であると同時に私の最高傑作。
あれ以上の絵を私はかけるのだろうか?
書けはしないというように、
絵が嗤(わら)う。
だから、私は――
そう綴(つづ)られていたらしい。
それから、たまに絵の前で泣いている人影が見えるらしい。
そしてその絵は破られたはずの彼女の絵。
そして見た人間を決して彼女は返さないようになった。
彼女の絵の何が失敗だったのかは分からない。
けれど…それを知られるのを恐れて…
一体どんな秘密があるのやら…
そこまでして隠さないといけないといけないなんてね。
二つ目の話は、
職員室の話。
昔、生徒に厳しい先生がいて、
その先生はとても生徒に嫌われていた。
先生は生徒の事が好きだからこそ、
しっかり躾(しつ)けないといけないという
愛の鞭だったらしいけれど、
それが生徒には伝わっていなかった。
だから、
生徒達はその先生に仕返しのつもりで、
夜…机に向かって明日の為のテストを作っていた先生を襲った。
襲ったといっても
そっと後に忍び寄って一発殴った程度らしいのだけど、
打ち所も、
当たり具合も、
その恨みが祟(たた)ったのでしょうね。
見事に決まって、その先生は昏倒。
慌てた生徒達だけど、
ばれたら大ごとになるし、
放置して帰ったのね。
そしたら、あの先生はそのまま帰らぬ人になった…
今でも夜残っているとあの先生が現れるらしい。
出会った人は…
ある人は怒られただけ、
ある人は注意されただけ、
ある人はそのまま帰らぬ人に。
もし、彼と出会っていきていたいと願うなら、
素行は正しくしておきなさい…
そんな話。
まるで教訓ね。
でも…
そんな話を聞けば信じる人には効果は十分ありそうよね。
そして今の話が三つ目。
はたして7番目はどんな話なのか…
興味がないといっては嘘になるわね。
「それじゃ、私の番ね。
 それにしても、4番目とは…ね。
 死を意味する4。
 ふふ。
 不吉ね。
 けど、そんなに怖い話じゃないわ。
 私の知っている話は。
 最も…
 私にとってはだから、
 皆にとってはどうかは分からないけれど。
 そうね…
 ある意味では…
 さっきの話と似ている部分があるかもしれないわ。」
「というと、音楽か何か?」
「いえ、音楽という程ではないわね。
 物語は一つの音色から始まる。
 それは小さな鈴の音色から。
 とても澄んだ鈴の音色。
 耳を傾ければ今でも聞こえるかもしれないわ。
 ふふ。
 それじゃあ、
 話すわね――」

――怪談――
人はそこに恐怖があるというのに、
そこに死が待ち受けているかもしれないというのに、
どうして首を突っ込みたがるのだろう。
好奇心は猫をも殺す。
されど、好奇心故に前へ進み続けたが為か――

* * * * * * *



…長い休息も終わりを迎える。
さぁ、今日も元気に遺跡を探索しよう。
皆揃(そろ)って遺跡に潜る。
今度の敵は今まで見たこともないものになるだろう。
はたして私達は勝利する事が出来るのか。
心配な私に藤九郎さんが背中を叩いて笑いをあげた。
「心配なぞいらんッ!
 今までなるようになってきた!
 だから、前に進めい☆
 進む事をやめない限り、
 負けはないッ!」
まるで心を見透かされたよう。
さすがの年長者といった所だろうか。
そんな藤九郎さんに笑顔を向ける。
「ふふ、そうね。
 …それにしても心配そうな顔してたかしら?」
「うむッ!
 わしが分かる程度にはの。
 いかんぞ☆
 そんな事では!」
「…気を付けるわ。」
「それでよい☆
 精々精進する事じゃな。」
…全く、誰も彼も…
どうしてここまで心強いのだろうか。
お世話になりっぱなし。
…気を取り直して道を進む。
…思えば大分奥まで来た。
今度は更に奥、
更なる強敵とめぐり合う事になるわけだけど、
まさか…
オアシスに見えたそれそのものが敵とは恐れ入ったわ。
更に周囲に炎の獣に
炎の蜥蜴(とかげ)、
髭を蓄えたハムスター。
そしてそれぞれが強敵だと告げるかのように、
強い威圧感を放っている。
雁首(がんくび)そろえて威勢のいい事。

「ここからが本番ね…
 さぁ、どこまで通じ、
 貴方達がどこまで耐えてみせるのか、
 私に見せてくれないかしら?
 …楽しみにしているわ。」






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