風が吹く。
だが、なおも抗う敵。
されど、抗い突き進む敵も、
エモさんの魔法の弾幕、
そして奏さんの一撃までは耐えきれず、
そう時間をかける事なく倒れていく。

「そろそろ、眠りにつくとしましょう・・・・・・」

最後まで残っていたヴァンパイアだけれど、
やはり…この猛攻には耐えきれるものではない。
しっかりトドメを刺すことに成功し、
戦闘が終わった。

…戦闘を終え、
素材の探索も終わり、
先に進もうとした所で、
エモさんが不意に足を止めた。
「…あら?
 どうしたの?」
「ん?
 どこか痛めたか?」
その様子をみて声をかけるも反応はない。
「…」
ただ、じっと黙って空を見上げている。
釣られて空を見るも、
そこには何もない。
…一体どうしたというのだろう?
暫く様子をみていると、
不意にエモさんが口を開いた。
「…もうすぐ、おわかれだね。」
「え?」
「…じかんがもう…
 ほとんどのこってない。
 そんなかんじがする。
 だから、おわかれ。
 …
 わたしがそんざいしつづけれるかもどうかもわからない。
 だから…
 これがほんとうのおわかれになるかもしれない…
 みんなといっしょにいれてとてもたのしかったけど…
 だから…
 だからこそ…
 …
 さびしい…
 さびしいよ。
 ずっとこうしていっしょにいられたらいいけれど、
 それがかなわない。
 ときはながれ、
 かならずおとずれる。
 だから…
 いまをこのめにやきつけておきたかったの。
 そのひがくるまえにしっかりとやきつけておかないと、
 もう…
 みることも、おもいだすことも…
 わたしがここにいたあかしでさえも、
 なかったことになるかもしれないから――」
…ああ、そうか。

この遺跡に来てかなりの時間が流れた。
だから…
もう時間がないといわれても仕方がない。
そんな所まで私達は来たのだ。
そして、エモさんは…
「…そうね。」
「…怪我や病気ならどうしょうもないけど…
 こればっかりは…
 私にもどうにもならないな。
 やれやれ…
 どうにか出来るといいんだがなぁ…」
なんともいえない空気が流れる。
…やれやれね。
しかし、いつまでもこの空気のままでは息が詰まってしまう。
一つため息を吐いて私は告げる。
「…
 大丈夫よ。」
「え?」
「…どんな事があっても、
 ここで起きた事は忘れないし、
 会いたいと信じ続けていれば、
 いつかまためぐり合う日が来るんじゃないかしら?
 …その願いを失わなければ…
 最も…
 どんな形になるかは分からないけどね。」
「…」
気休めに近い。
とはいえ、
嘘をいってるわけでもない。
願いが再び形をなせば、
きっとくぐり抜けれることであるだろうから。
「…そうだね。
 うん。
 きっとまた…会えるよね。
 そのときは…」
「…?」
「その時は?」
「みんなでえんかいして、
 いろんなおいしいものたくさんいっしょにたべようね!」
それを聞いたエモさんは、
表情を満面の笑顔にして答える。
そんな笑顔に、
私も奏さんもつられるように笑って答えた。
「ええ。」
「ああ、盛大にやろうじゃないか。」
――きっと、それが実現する――
そんな確信と共に。

* * * * * * *
――さあ、惨劇を始めよう――
少しずつ少しずつ、
毒が回っていくが如く、
少しずつ少しずつ…
歯車はずれてゆく…



 


この団体に所属してから更に月日が流れた…
といっても、
実質2,3か月くらいしか立っていない。
そんなある日の夜の事…

「…ん…」
一人の女性が妙な気配を感じて目を覚ました。
奇妙な音は誰もいないはずの隣部屋からする。
不気味に思いつつも、
音は途絶える事はなく、
このままでは眠れないので隣の部屋を覗く事にした。
部屋に鍵はかかっていない。
団体に所属するものは皆同志であり、
不埒(ふらち)な行いをするものなどいないからだ。
だからこそ…
隣の部屋にすんなりと入る事が出来た。
だが――

――それが過ちだった――

…ピチャリ…グシャッ…
音の正体。
それは得体のしれない何かが肉の塊を咀嚼(そしゃく)する音だった。
服の切れ端らしきものをみるに、
同じ団体に所属する誰か。
――殺されて、喰われている――
見た瞬間は混乱し何が起こったか分からなかったが、
混乱した頭が回復すれば、
そう理解するのは長い時間がかかる事ではなかった。
「ヒッ――」
恐怖に悲鳴を上げる。
だが、恐怖故に体はすくんで動かず、
混乱から立ち直るまでに要した時間は致命的だった。
女は得体の知れない何かに飲み込まれる。
悲鳴はかき消され、
響くは女を齧(かじ)る咀嚼音のみ。
だが…日が昇り、
朝の到来を告げるや否や、得体の知れない何かは消え去り、
一人の女が立ち上がる。
女の足元には日高と書かれたネームプレートと、
夥(おびただ)しい血、
そして無残な肉塊のみ。
女は少し悲しげな表情をしてそこを立ち去った。
誰かが気づく前に――



翌日、その様子を発見した男が悲鳴を上げた。
吐き気をもよおすその光景に吐きながら。
駆け付けた皆の反応も大差はない。
さすがにこの事態に言葉を発する事など出来はせず、
その部屋は封鎖される事になった。
そして、団体に所属する何名かは去って行った。
――己の身への恐怖に耐えきれるものぱかりではないが故に。
彼等は知っている。
これが人の所業ではない事だという事を。
残虐性は元より、
人の力でそれを成す事は不可能に近い。
それ程、死体の様子は酷かったからだ。
何かが起こっている。
彼等はそう考えた。
だが、何かは分からない。
得体の知れない恐怖に怯える日々。
教祖や幹部がなだめるも、
それは次第に広がってゆく。
そこで…
教祖や幹部達は考えた一つの策を実行する。

――それが致命的な過ちになった。

――恐怖は伝染する。
未知であるが故に恐怖するならば、
未知であると知らされれば同じく恐怖する。
そして伝えたものが…
完全な恐怖に陥っていたのならば、なおさらに――

* * * * * * *



朝起きて、
日課を済ませると、
奏さんが健康のチェックの為に検診がしたいと言ってきた。
…体の調子はいいとはいえ、
常に万全であった方がいいので受けることにした。
足早に奏さんの所へ向かう。
目的地に到達すると、
何故か笑顔を浮かべて奏さんが出迎えてくれて、
「じゃ、言われた通りにしてくれるかな?」
と出迎えてくれた。
…いつもの事とはいえ、
その後の手際の良さは流石という他ない。
だが、
その表情は何故かうかなくなってゆく。
…何かあったのだろうか?
不安になったので聞いてみた。
「…どうかしたのかしら?」
「…数値も状態も正常。
 怪我も無い。
 問題は無い。
 が…」
「が?」
「…気のせいか幻聴が聞こえた気がしてね。」
「…幻聴?」
「ああ。
 …些細(ささい)な事だ。
 詳しくは聞かないで欲しい…が…
 まぁ、
 基本的に私は医者だが、
 医者っていわれるのに抵抗がある。
 だけども、な…
 昔を思い出して、
 こうしてしっかり医者らしい事をすると、
 しみじみと自分は医者としての本質からは逃れられないのかと思ってね。
 …
 医者である事は構わない。
 だが、
 私は医者である以上、
 目の前の命を全て救わなければならない。
 けれど、
 そんな事は不可能だ。
 私は私に出来る事以外は出来ない。
 だから…
 私は医者ではあるが、医者ではない。
 そんなスタイルを貫いている。
 …
 葛藤(かっとう)だよ。
 これは。
 絶対に解決する事のない葛藤だ。
 私はこれをずっと抱えて生きていくと決めた。
 けれど…
 本当にこれでいいのか、
 本当にこのままでいいのか…
 その葛藤が頂点に達してしまうと、
 やはり顔にも出てしまう。
 …
 医者として…
 患者に迷惑や心配をかけるのは失格なんだけどね。」
ふぅっとため息をつく奏さん。
…私はそんな奏さんの話を聞くしかできない。
解決する術を持ち合わせてはいないのだから。
けれど――
「…患者である前に仲間なんだから、
 それくらい当然じゃないの?」
言える言葉は、ある。
「は。
 それもそうか。
 悩む必要も、
 黙る必要もないな。
 私が語る事は。
 それにしても、時が流れたものだ。
 …
 私も魅月も…
 お互い自分の事をこんなにも話すことができるようになったのだから。
 昔では考えられなかったよ。」
「そうね。
 本当に…
 長い時が流れたのね。
 …
 別れる時は笑顔がいいわ。」
「そして笑顔で再び出会おう。
 …
 それでこそ“らしい”ってもんだろう?」
二人して笑う。
心の底から楽しげに。
今の時が大切なように、
これからも大切。
大切を忘れなければ、
再び一緒に笑える日が来ると信じて――

先へと進む。
山を抜けるとそこは深い深い森が広がっていた。
けれど…私達はそこを進んでゆかねばならない。
躊躇(ちゅうちょ)なく踏み入れる。
そこに待ち受けていたのはやはりモンスター達。
しかも、どれもこれもが――
今まで戦った相手よりも強いのではないかと
錯覚させるほどの実力を秘めているのが分かる。
特に…子供のような姿をした魔物は恐ろしい。
…はたして私達はここを抜ける事が出来るのか?
否。
抜けなければならない。
だったら――
心して立ち向かおう。
残る全てを振り絞って。

「さあ――貴方達と私達。
 どちらの意志が上回っているのか、
 しっかりと試させてもらうわ。
 もし、私達を止めるというのであれば…
 上回って見せなさい。
 私達は…
 軽くも弱くもないわよ?
 貴方達がどんなに強大だとしても――」







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