鎧袖一触(がいしゅういっしょく)。
既に人形も影も何体いようが敵ではない。
その数が多ければ多いほど、
膨大であればあるほど、
狂気は伝播(でんぱ)し、
暴虐(ぼうぎゃく)は加速する。
一体が侵食される事に起こる混乱。
混乱が招くは恐怖。
恐怖はさらなる混乱を招き、
増幅する。
故に――
「他愛ないわね…」
少数には多数にて。
されど多数であれば…
より悲惨(ひさん)な結末をもたらす。
強者であれば抗う術もあるだろう。
けれど…
私が今周囲にいる魔物程度であれば、
その力は無い。
「…ふぅ…」
「…相変わらずなんていうか、
 理不尽な戦い方だよね…」
「…集団で立ち向かうからでしょう?
 “個人の意志力”無き集団に
 とても有効なのは分かっているもの。
 先に進みましょう?」
…だからこそ――

* * * * * * *
一匹の化け物がいる。
人は恐怖し排斥(はいせき)するだろう。
だが、
それが制御できる何かだと人が知れば、
――利用しようと考えるものはいる。



殺してから数日後。
私は捕まった。
…罪状は殺人。
未だ解剖(かいぼう)結果は出ていないらしいが、
あまりにも異様な死に様、
そして消えた私。
殺人者として捕まえるにはうってつけだったとも言える。
「名前は?」
「…」
「年は?」
「…」
「住所は?」
「…」
「彼との関係は?」
「…」
「…」
「…」
「少しは何とか言ったらどうなんだ!」
私は沈黙を保ち続けた。
脅されようが、
暴力を振られようが、
私にとっては別にどうという事は無い。
そう、私は空っぽ。
何も残っていない。
ここにいるのは…
ただの抜け殻…
そうなれば良いと願う愚かな女がいるだけなのだから、
それに聞いた所で理解はできないだろう。
何故なら、あれは――

………
そんな不安定な思考回路になっていたのは、
当時、私の心は
何もかもが凍り付いてしまっていたからだと思う。
ともあれ…それから、
どれくらいの時を過ごしたのだろう?
ほんの少しだったのかもしれないし、
ひょっとしたら数日だったのかもしれない。
留置所に一人の軍服の男が入って来た。
…どうやら私を出して引き取ってくれるらしい。

全く物好きな話。
「…それでは、この少女は引き取らせて頂こう。」
「…本当によろしいのですか?
 確かに…
 結局あの事件の死因が“発狂死”であり、
 死体の損壊は
 人の手によるものではないと分かったからこそ、
 彼女は無実といえますが…
 未だ謎は多く、
 全ての質問に全て無言、
 反抗的態度が――」
「だからこそ、だ。」
「は――?」
「反抗的態度、結構。
 そんなものは十二分に承知している。
 報告書で何度も読ませてもらった。
 だが…
 その謎だ。
 解き明かせるとしたら彼女にある。
 ならば…
 一度手元に置けばいい。
 そうすれば見えてくるものもある。」
「は、はぁ…」
牢の扉が開かれる。
「…ゴホン。
 さぁ、迎えだ。
 出ていいぞ。
 犯人ではないとはいえ、
 身分明らかならざる者を出すわけにはいかないが…
 幸い引き取って下さる人が現れた。
 こちらの方だ。」
…ふらりと立ち上がり牢を出る。
ここにいる意味がないのなら、
長居する理由は無い。
そう考えたから。
そんな私に軍服の男は手を差し伸べる。
…払う訳にもいかない。
それが私にとってどうあれ、
助けてくれたのは確かなのだろうから。
しっかりと手を握る。
お互い無言でそのまま手を取り合って留置所を出る。

私はどこへ向かうのだろう?

――この時…
もし手を取らなかったら、
どうなっていただろう?
生きていたかもしれないが、
己という存在は死んでいたのかもしれない。

* * * * * * *



遺跡の外に戻る。
活気があって、
相変わらずいい感じ。
暫くはのんびりできそうだけど…
ともあれ、今は人探し。
さて、どこにいるのかしらね?
「あ、魅月さん、こんにちは!」
「奇遇…という程でもないか。」
色々見て回っていると、
ヤヨイさんと凛璃さんに見つかる。

こちらから行こうと思っていたのに、
向こうから見つけられるとちょっと寂しくあるわね。
「…ええ、どうもこんにちは」
「あ、あれ?
 どうかしました?
 ひょっとして忙しかったとか…」
「…浮かない顔をしているが、
 何かあったのか?」
「ああ、そういう訳ではないのだけど…」
驚かせる…のは難しい。
なら正面からぶつかるしかない…か…
「こちらが見つけるつもりだったのに、
 見つけられてしまったから拍子抜けしただけよ。」
「はい?私達を探してたんですか?」
「ああ、それでか。
 しかし、一体何の用で…」
「はい。」
二人に向かって箱を差し出す。
ヤヨイさんへは淡い赤色の箱。
凛璃さんへは青い箱。
中身は…
「え、ひょっとして私にですか?
 ありがとうございますっ!
 ええと、あけてみてもいいですか?」
「私にもか…
 しかし、受け取る理由というか、
 もらう理由が分からないのだが…」
「ええ、どうぞ。
 あら、今が何の時期なのか忘れて?」
「時期?」
「ふふ。まぁ、直にわかるわよ。
 とても簡単な話なのだもの。」
そういって箱を開けるヤヨイさんを見やる。
中から出てきたのはチョコレート。
日ごろのお世話もかねてレイナさんに教わり作ってみたもの。

その時の話は…
またいずれ話す機会があるかもしれないけれど、
今は良いだろう。
出来栄えの方は…
まぁ、悪くはないと思う。
至ってシンプルな
ビターの正方形の板チョコに、
ホワイトチョコでヤヨイさんのデフォルメ顔を描いただけ。
凛璃さんのも似たようなもの。
最もチョコはミルクだし、
ホワイトチョコではなくストロベリーチョコだが。
「うわぁ…チョコレートだ。
 あ、でも…あんまり甘いのは…」
「だろうと思ってビターにしておいたわ。」
「それなら安心ですね!」
「そうか、もうそんな時期だったのか…
 バレンタインだったか?」
「…ご名答。
 せっかくだからお世話になってる人達にと思って。
 それじゃあ、後一ヶ所お届け先が残っているから…
 また今度ね。」
渡すものは渡した。
本当ならこのまま歓談といきたいものだけど、
そういうわけにはいかない。
「はい、また今度!」
「次はこの礼をさせてもらうとしよう。
 どこに向かうのかは分からないが気を付けてな。」
「ええ、そちらも気を付けて…」
…これで良し。
次の場所に向かいましょう。
恐らくあそこにいるんじゃないかとは思うのだけど、
確証はない。
……
…上手く手渡せるといいのだけど…
渡したいと願うと、
からかって終わりになる可能性が高いのが問題よね。
大丈夫だとは…思うのだけど…

丘の上へと素早く向かう。
目的の地へと到着するころには日が沈みかける頃になるだろうか。
居たらちょうどいいし、
いなかったとしても、
一日を終えるあそこの光景は絶景だから…
悪くはない。
そう…思う。
だが、
そんな事態にはならなかった。
彼は其処にいた。
「…日が暮れるわよ。
 眺めも景色もいいのは分かるけれど、
 日が沈んだら戻らないとね。
 一夜をここであかすというなら止めはしないけれど――」
「あ、魅月、
 こんにちは…じゃなくて…
 こんばんはかな?」
「ええ、こんばんは。
 やっぱりここにきてたのね。」
「ええ、やっぱり…
 時間がある時はお気に入りの場所が一番ですから。」
「確かに、ね。
 ここは良い場所だもの。」
風が吹く。
心地の良い風。
どうしてこんなにここは居心地がいいのだろう。
「…。」
「…。」
暫く無言で沈む空を眺める。
言葉を切りだすのも無粋な気がして、
そのまま日が沈むまで眺め続ける。

時間にすると長いように感じられたが、
多分、1時間も過ぎてないように思う。
その間終始景色を眺め続け…
日が、落ちた。
「綺麗だったわね。」
「ええ、いつみても綺麗ですよ。
 あ、すみません、
 付き合わせちゃったみたいで…
 何か用事でもあったんじゃないですか?」
「構わないわ。
 私は常に好きでやってるのだもの。
 嫌だったら…
 別の事でもして時間をつぶしている。
 …ただ景色を一緒に眺めているだけだったけど、
 とても楽しかったわ。
 …さて…と…
 そうね。用はあるわ。
 貴方に。」
「俺に、ですか?」
「ええ、貴方に。
 …これ、受け取ってもらえるかしら?」
緑色の箱を差し出す。
「え?
 これ…ほんとにもらっちゃっていいんですか?
 なんだか綺麗に包装されてるし、
 悪い気もするん…」
「あら、私が貴方の為に用意したんだから、
 喜んで受け取って欲しいわ。
 そうでないと…」
「ああ、それもそうでしたね。
 では、さっそく…
 と思ったんですが、
 ここだとよく見えませんね。
 移動しましょうか。」
「ええ、少し明るい場所に移動しましょ?」
速やかに移動する。
…はてさて、喜んでもらえるかしら?

…中身は、抹茶チョコと普通のチョコを混合させ、
畑という土台をつくり、
クワをもったデフォルメのジャックさん人形を置いただけのもの。
私は彼が畑仕事をしている姿は知らないが、
恐らくこんな感じではないかと作ってみたのだけど…

正直少し不安ね。
完成度はそれほど高くないし…
ドキドキしながら中を見る瞬間を見守る。
その時、彼は少し驚いたような顔をして、
笑った所をみると、
どうやら気に入ってくれたよう。
…本当に良かった。
その様子をみて、「良かった」と一言告げて彼と別れた。
…ジャックは本当に嬉しそうに喜ぶ。
その素直さが私に様々なものを与えてくれた。
少しでもそのお礼が返せていたのならいいのだけど――

――バレンタインに祝福を――







                                         戻る