風が舞う。
誰よりも疾く、
確実に。
風は削る。
そのものの体力のみならず、
精神をも削る。
魑魅(ちみ)は山の神。山の怪。
瘴気をはらみしそれは、
人の精神を惑わせ、
迷わせる。
魍魎(もうりょう)は水の神。水の怪。
人の亡骸、
肝を喰らいし魔性のもの。
魑魅魍魎は山も海も混ざりゆき、
様々を意味する存在。
なれば、
魅月の魑魅魍魎をはらみし風は、
例えどんな敵であろうと、
その風が行き届くのであれば、
確実に苛みゆく。
今までもそうてあったように。
だからこそ――
勝てはしない。
その身が既に死したる身のがしゃ髑髏。
死したるが故、
最初こそ怯むことなく攻撃していたけれど、
その身が死したるがこそ、
私とは相性が悪い。
その身を形成する死霊達が、
私へ集い、
新たな形を成してゆく。
それでは勝てない。
素早き速さで、
その速さを乗せて攻撃するディアナ。
その一撃は見えないほどに早く鋭く。
されど、
その精神が壊されていれば、
その動きは意味を成さず、
成したとしても、
己が味方をも巻き込む。
そんな調子で相手に勝つなど夢のまた夢。
自壊していく、
己を取り戻した時には、
最早手遅れ。
そして二ギアもまた、
素早く鋭い攻撃を放つが、
ディアナと同じ。
問題にならない。
そして…エモさんと奏さん。
2人の攻撃が残っている。
――勝ち目など、
最初から与えていなかった。
故にこの結末は当然。

「……」
「ど…、どうしてこうなるのよッ!?」
「……やってくれるじゃん。」


当然の様に砕け散り、
当然の様に葉となって消える。
屍は砕け、
声も残さず。
ディアナは何が起きたのか理解しないままに。
ただ一人二ギアだけが、
最後まで見届け消えていった。
それにしても、
本当に当人がいるような感じね。
これほどまでに精巧なコピー。
流石はといった所だろうか?

「そろそろ潮時ね。
 いい加減、
 無理があるわ。」
「おやおや、
 余裕ですねぇ……実に愚かッ!!
 やはり貴女は知性に欠けているようですッ!
 大人の考えていることなど、
 何も分かりはしないでしょうなぁ…
 ククッ!!」
「……もういいわ、
 全部まとめてあっさり一気に儚く
 容赦なく一瞬でぶっ潰してやるわよッ!!」


ここにきて、
葉の輝きが増していく。
本気といった所だろうか?

榊が本当に手がないのであれば、
流石にここまでだっただろう。
だが…
『そんなはずはありはしない。』

「……ヒヒッ、
 これはこれはこわいこわい。
 こちらも人数が減ったことですし、
 ちょっとした底上げで
悪あがきと参りましょうかねぇッ!!」


榊もまた、
力を開放する。
数が減ったからこそできたのだろうけれど、
それにしても、
まだ隠し玉をもっているとは本当に油断ならない。
敵でなくてよかったと思わずにはいられない。
…そろそろ皆の体力も限界。
はたして戦いの結末は?
そして…
その先に待ち受けるのは一体…?

* * * * * * 
好奇心に代償を。
しかるべき代償を。
知る必要のない事を知れば、
代償を科せられる。
――だから、心せよ。



三人が道を歩く。
大分時間がたったせいだろうか?
三人の足取りは此処に来たときよりも軽やかに、
そして雄弁になっている気がする。
完全に気が抜けた証拠なのだろう。
女が三人集まって姦(かしま)しいというが、
其処までではないにせよ、
和気藹々(わきあいあい)としている。
…そろそろ飽きて帰ろうとした時――
――声が聞こえた。
「ねぇ――」
少女の声が聞こえる。
背筋が凍りつく。
あれは、
ただの怪談ではなかったか?
ただの噂ではなかったか?
あれが真実なはずはない。
だが、
こんな夜中に、
こんなさびれた場所で…
女の子がいるなど、
ありえはしない。
けれど…
「ねぇ――落としているよ?」
声は確実に背後から聞こえる。
恐る恐る振り返る和恵。
がたがたと体を震わせ、
今にも気絶しそうな里菜。
「いな、い――?」
そして、背後を振り向いた和恵が思わず声を漏らす。
そう。
確かに背後に少女はいなかった。
だが――

――ドサッ…

何かが地面に落ちる音。
それを聞くや否や気絶する里菜。
和恵も何が起きたのか振り向こうとするも、
「――里菜ッ!」
倒れた音と倒れる姿が目に映ったのだろう。
気絶した里菜に向き直り駆け寄り、
安否を確認する。
息はある。
大丈夫。
大丈夫。
生きている。
怖気に震えながらも、
安堵のため息をもらし、
辺りを見回すとそこには――
「魅、月――?」
魅月の姿は消えていた。
そこには何もなく、
地面に落ちた懐中電灯の光が
虚しく廊下を照らしていた。

――何が起きたの?
久しぶりのエモノがやってきた。
だから私は出迎えた。
恐怖に引きつる顔、
不安を隠せない顔。
とても愉快で楽しい。
とても愉快で楽しいから、
私はバラバラにしたくなる。
そうしていたら、
人が来なくなっていた。
とても寂しかった。
だから今回はいつもよりも十全に、
いつもよりも長く楽しもう。
そう考えて――
実行に移した。
けれど、結果は失敗。
いや、
上手くいっていた。
一人なんか今にも気絶しそうで、
もう一人は強がっていても、
恐怖を隠せない様子だった。
けれど、
振り向かなかった最後の一人の顔を見た時、
そこには何も浮かんでいなかった。
無表情。鉄面皮。
単純に鈍感なのか?
それとも度胸が据わっているのか?
どちらなのか分からない。
けれど、
私は知っている。
それもバラバラになっていくにつれて、
顔色が変わるって。
それに、
繰り返し遊べばそれだけ恐怖が募るって。
アハハ、
私は知っているよ。
それは私に興味をもってくれているんだよね。
そう。
私は愛されている、
愛されている。
愛サレテイル。
アイサレテイルカラ皆恐怖スル。
ダカラ、私ハ恐怖シタ姿ヲ見タイ。
ソレダケデ、アイサレテイルノカワカルカラ。
アアアアアア!
オモイダシタダケデ!
ソウゾウシタダケデ!
狂オシイホド愛シクナル!
ウレシクナル!
けれど、
けれどけれどけれどけれどケレドケレドケレド…!
どうして…!
ドウシテ…!
ドウシテドウシテドウシテ…!

私 が 投 げ ら れ て い る!

私は見られないように気を付けた!
いつもより慎重だった!
なんの失敗もしなかった!
今まで霊能力者という輩がきても、
私の方が強かった!
私はそれでも失敗しなかった!
なのに、
ナノニナノニナノニナノニ!
なんだ、これは!
分からない。
分からない分からない分からないワカラナイワカラナイ!
ワカラナイからあり得ナイ!
あり得なイかラこレハ夢!
けれど、
私は夢を見なイ…
これは現実…!
気がつけば、
私は逃げ出していた。
その場から。
全速力で。
おってこれるはずはない。
隠れさえすれば気づかれない。
そのはずだった…

そ れ な の に!

投げたあの女は的確に私を追ってくる。
どんな速さで逃げても、
隠れても無駄だというように!
何だ…
ナンナノダあれハ?
気がつけば、
雑魚共が増えてきたような気がする。
いつもは気に留めないし、
私がいるから集まってくる事も少ないのに。
嗚呼…
愛したい、愛したい、アイシタイ…
なのに…

ド ウ シ テ 邪 魔 ヲ ス ル ノ ?

ああ。そうか。
私には分かった。
貴女はきっとこういいたいのね…
私だけを愛して欲しいって。
ああ、そうか。
それなら彼女の気持ちに答えてあげないと。
己の全てを投げうってでも。
大丈夫。
たっぷり…
タップリアイシテアゲルカラ――
ダカラ心配シナイデ――
ホラ、
私ハマダ――
愛スル力ガアルノダモノ。

そっと首をなでる。
私の手にある黒いモノで。
私の大切な大切ナ――
愛シ愛さレて来た包丁デ――



 

――愛する形は千差万別。
中には狂った愛もある。
それを受け止めれるか否かは――
別として。
あなたの愛は何ですか?

* * * * * * 



限界も近い。
闘う力ももう殆ど残されていない。
特に…
私の体が限界に近い。
まだ、
まだもう少しもって…
そう願うけれど――
状況がそれを許さない。
どうすれば、
どうすればいいのだろうか?
どうも出来ない。
それが歯がゆい。
どうにもこうにも…
足掻くしかないのだけれど――
――
そう、
精々足掻こう。
大丈夫。
私はまだ動ける。
まだ戦える。
そう。戦える。
――だから、行こう。
戦いの場に。
まだまだ先は長い。
それでも、
前に進まねば…
道はあるのだから。
苦難、苦行の道であれ、
道がそこにあるならば、
歩みゆく価値はある。
深く深呼吸。
息を吐いて、
息を大きく吸い込む。
大丈夫。
私は冷静。
冷静であれば、
正確な判断は出来る。
そして、敵を見据えよう。
此度の敵は…
エドと、
再びがしゃ髑髏。
そして…
紅い天使。
力が増したとはいえ、
先に戦ったほどの力はない。
ならば…
今の状態でも勝ち目は十二分にある。
負けるなんて考えない。
勝つことだけを考えよう。
さあ…

「踊りましょうか。
 ふざけているように聞こえる?
 そうでもないわよ。
 踊りに合わせて…
 私の霊も踊り狂う。
 死へと誘う死の舞踏。
 踊りきる自信はあるかしら?」





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