幸いにも、
敵の実力は分かっている。
自分が損耗しない程度に力を使えばいい。
かといって…
安心していいものではない、
しかし…
私にとっては十二分。
今ここで全力を使って消耗してしまうのも問題。
相手を倒せる程度に温存しつつ、
一気に押す。
そうする事で後に備えつつ、
自分の体を壊す心配もない。
それしかない。
そして…
霊を解き放つ。
解き放つ霊はいつもより少なく、
しかし、
着実に相手の力を奪い取る。
奪い取られた力で抗うも、
その力は私を押し切るには脆弱で――

「あああぁあァァッ♪
 満足したわ…」
「ど…、
 どうしてこうなるのよッ!?」
「カーナルド…
 カーナルド…
 迎えに来て…くれる?」


さらにダメ押しとばかりに弱った所に、
奏さんとエモさんの攻撃が加わり、
あっという間に押し切る事に成功する。
順当な結末といえばいいのだろうか。
上手く温存した結果だろう。
今回は力に自分の体が壊れるという事は無かった。
一安心といった所だろうか?
しかし、
この戦いによって、
次はもっと強い敵が現れるだろう。
はたして勝てるのだろうか?
ゆっくりとカエデと榊の方を見る。

「なんか変なのが出てきてたわねぇ……
 あら?
 貴方はもうダメそうじゃない。」
「えぇ、
 そろそろ限界ですかね。
 人も減りましたがマナも…
 …さてさて。」


榊に疲労の様子が見える。
このままいけば、
マナの恩恵はなくなり、
再び押される事になるかもしれない。
けれど…
どこか、榊に余裕が見える。
まだ何か考えがあるのか。
それとも…
後は信じるしかないのか?
どちらにせよ、
私達に出来る事は限られている。
これからますます激しくなる戦い…
挫けず、
屈せず…
戦い抜くしかない。
戦いも終わりが近づいている。
はたして、
この果てにあるものは…
それは、
戦い抜いて初めて見えるのかもしれない。
希望か、
絶望か…
それとも…
また別の何かなのか…
それは分からない――

* * * * * * 
理解できない。
理解できない。
理解できない。
狂気を理解する事は、
一つの終わり――



 

とある日の夜、
とある場所にて。
一人の男が見回りをしていた。
…カツーン。
…カツーン。
足音が響く。
男の徒歩によって。
他に音は全くしない。
男が手に持つ光が、
薄暗い廊下を映し出す。
異常は無い。
完全なる静寂、
そして闇がそこにある。
誰もいない空間。
寒気すら覚えるが、
男はもう既に慣れていた。
数年同じ事を繰り返して来ていたのだから。
だからこそ、
最初こそ薄気味悪く、
怖がっていたものの、
今では逆に落ち着きすら覚えていた。
そして、
今日の見回りも無事に終え、
交代をしようとしたその時――
「ねぇ、落ちているよ。」
女の…
否。
女というには若すぎる声。
恐らくは少女といった方が正確であろう声が、
男の背後より聞こえた。
空耳だろうか?
男は後ろを向いて手元の光で照らしてみるが、
そこには何もない。
「ねぇ、落ちているよ。」
再び男の背後から声が。
男は辺りを光で照らし、
見回してみる。
だが…
やはり何もない。
「ねぇ、落ちているよ。」
それにしても、
何が落ちているのだろう?
男の脳裏に疑問が浮かぶ。
だが…
何かがおちている様子もない。
「気づかないの?」
少女の声はなおも聞こえる。
だが、
何に気づいていないというのだろう?
何も落ちていないのに落ちているというし。
男の幻聴、なのだろうか?
「気づかないの?」
いや、
そうではない。
男にはこんなにもはっきり聞こえる。
一体どういう事なのだろう?
男は可笑しくなってしまったのか?
だが、
そんな男の目の前に、
紅い服を来た女の子が男の後ろから現れた。
こんな夜更けに女の子が一人。
しかも、
男は今まで気づけなかったというのに。
そして、
少女は何か見覚えがあるような、
可笑しな形のものをもっていた。
それがなんなのか。
男は直に理解する。
少女の言葉によって。
「ほら、落ちているよ。
 君の右手。」
そう。
少女の手に握られていたのは手。
あわてて男が手をみると、
己の手が無い事に気づく。
男は恐怖のあまり悲鳴を上げ…
「…!」
れなかった。
恐怖に耐えきれず出したその悲鳴は…
声にもならなかったのだ。
そんな様子を見ながら、
少女はくすくす笑って男に告げる。
既に、少女は男の手を地面へ落とし、
別の者をもっていた。
それは…
「驚いた顔をしてどうしたの?
 落ちたのはそれだけじゃないよ。
 ほら、君の左手。」
男の顔は真っ青になっていた。
逃げられない。
逃げられない。
どうにもならないのが男にも分かっているから。
それを嘲るかのように少女は言葉を続け…
「顔が真っ青だよ?
 痛いの?
 ようやく気付いたの?
 君の右足も、
 左足も落とした事に。」
少女は両手に持っていたものを落とす。
それは男の両足。
両手両足が地面へ詰まれる。
男は必死で助けを心で願う。
だが、
そんな願いも虚しく…
「ねぇ…
 いっそ君の首も落としてみない?
 大丈夫。
 今まで気づかなかったんだもの。
 今度だって気づかないよ…」
男はこと切れる。
恐怖に染まった顔が少女の手から落ちて、
彩を添えるかのように、
両手両足の上に詰まれた。
少女は消えて、
後に残ったのは死体だけ。
誰が殺したかなんてわかるはずもなく、
その一件は闇に葬られた――



少女が三人、
朽ち果てた廊下を歩く。
月の明かりに照らされて見える其処は、
老朽化が進み、
所々朽ち果てている様子からして、
大分長い間…
恐らくは7、8年くらいだろうか?
経過した様子が見て取れる。
少女達は各々が手に懐中電灯を持っており、
建物の電気がついていない様子もかんがみるに、
最早、この建物は使われていない、
いわゆる廃屋の類なのだろう。
何故使われなくなったのかは分かっていない。
色んな話がある。
其れゆえに、
時折肝試しに使われる事がある。
少女達もまた肝試しに来ていた。
その肝試しを始める前に聞いた話が、
先ほどの話という訳だ。
「…それにしても、
 本当なのかしらね。」
黒く長い髪をした三人の中では長身の少女が問う。
その言葉に、
茶髪でショートカットの少女が答える。
「さあねー。
 分からないからいいんじゃない。
 嘘か本当か分からない。
 だから知りたくなるってもんじゃない?」
最後の一人である、
黒髪で三つ編みで眼鏡を賭けた少女は…
不安そうに口をつぐんでいる。
三人は特別仲が良いというわけではないが、
気がつけば三人つるんでいる事が多い。
それというのも、
長身の少女、魅月は好奇心が強いのか、
こういった厄介事には首を突っ込む癖があり、
ショートカットの少女、和恵(かずえ)は、
いわゆるトラブルメーカーで行動派。
厄介事を持ち込むタイプ。
そして、最後の三つ編みの女の子、里菜(りな)は…
和恵の幼馴染で、
何時も振り回されている。
今日も今日とて振り回された結果という訳だ。
「どうしたの?
 里菜。怖いの?」
「そりゃ、怖いよ…
 だって…
 その女の子の服が赤いのって…
 浴びたばかりの返り血のせいなんでしょう?」
「そうそう。
 出会った時にはもう終わっている。
 と、いっても…
 そんなの信じられないし、
 大丈夫大丈夫。
 ただの怪談だってば。
 全く、怖がりなんだから。」
「ふふ、
 仕方ないと思うわよ?
 こんな夜中に人気のない場所を歩くのは、
 そうでなくても不安になるものだもの。」
「…魅月は全然怖がってないよね?」
「あら、だって…
 面白いじゃない。」
『…』
軽口をたたく和恵、
怯える里菜。
しかし…
流石に物怖じを全くしない魅月の様子には、
驚きというか、
呆れるというか…
口を噤(つぐ)むしかなかった。

――怪奇――
恐らく遭遇する機会は、
殆どの人はあまりないのかもしれない。
物怖じせぬは信じていないか…
慣れているか。
それとも…

* * * * * * 



さあ、戦おう。
今日も今日とて、
葉を散らす為に、
皆で力を合わせ戦おう。
しかし、
人も減り、
終りが近づいたのを表すが如く、
此度の戦いの雰囲気は違う。
重苦しい空気が漂っている。
偽物…葉で模られる敵の姿も、
いつもよりも葉が多い気がする。
そして、模られた敵からのプレッシャーもまた、
いつもより強力で…
模られた姿は、
黒い髪の男性、
そして再びディアナ。
最後の一つは大きな髑髏(どくろ)…
そう。あれは…
がしゃ髑髏…
一筋縄ではいかない。
特に男性の力は未知数だし、
ディアナも楽に倒せたとはいえ、
それは以前の力であればのこと。
力を備えた彼女は、
そう容易い相手ではない。
最後のがしゃ髑髏は…
正直いって、
他のメンバーより劣るし、
何より、
私にとってはさほど相性が悪い敵ではない。
総合的に見て楽観視はできない。
しかし勝てないほどでもないと思う。
問題があるとすれば…
力が増していないとはいえ、
全力を出して私が耐えきれるかどうか。
耐えきれるなら構わない、
でもそうでないのなら――
恐らく面倒な事になるだろう。
けれど、やるしかない。
やるしかない以上は…

「賭けましょうか。
 私の全身全霊が、
 貴方達を倒すに値するかどうか。
 勝てればよし、
 負ければ貴方達の望みに前進する。
 ふふ。
 まぁ、当たり前の事ね。
 さ、早く始めましょう?
 そんなに気が長い方ではないの。」





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