マナに満ち溢れた霊の力は、
全てを薙ぎ払うが如く、
乱舞し、
敵を駆逐する。
速やかに、
そして確実に。
逃しなどはしない。
エモさんの魔法と、
奏さんの一撃もまた、
マナの力によって強化され、
敵を瞬時に粉砕していく。
偽葉とはいえ、
最早…このレベルであれば、
相手ではない。
さぁ、早くカタをつけて次に…
そう思って左手を相手に向けて、
トドメを刺す為、
霊を放とうとした時だった。
――然(しか)り。
確かに霊達は強くなった。
マナの恩恵によって。
消耗こそ大きくなったとはいえ、
それは問題ではない。
――然り。
精神力は問題ではない。
力が強くなった霊を制御する。
それには多大な精神力を要するだろう。
けれど、
今の魅月になら、
それはさほど困難ではない。
永き時が。
そして出会いが…
彼女の精神力を鍛え上げた。
最早、
余程の事が続かぬ限り、
その精神が砕け散る恐れは…
今の所は少ないだろう。
だが…
その魅月の体はどうだろうか?
そう。
彼女の体は永遠を得たに等しいとはいえ、
それでも彼女の体は人に過ぎない。
故にすぐに壊れるし、
強すぎる力に耐えれるものではない。
だからこそ――

――パァン!

弾けるような音が響く。
顔に降りかかる血飛沫。
…一体何が起きたのか。
最初は理解できなかった。
茫然とする。
だが、
こちらの意は察したのだろう。

「な、なんということだッ!!」

押し寄せる霊達の攻撃。
そして仲間達の攻撃が、
最後に残ったサバスを駆逐し、
戦いが終わる。
それを確認し、
戦いは終わる。
そして、理解する。
己の左手を見やると…
左手は血に染まっていた。
…左手に力が入らない。
強すぎる力。
それは己の限界を超える。
その反動が来たのだろう。
「魅月、大丈夫か!?」
その様子を見ていた奏さんが私の方に駆け寄り、
左手を見てくれた。
結果は…
「…酷いな…
 とりあえず手合てはするけど、
 腕の殆どの血管が破裂したみたいだ…
 …無茶をするなとは…
 まぁ、いいんだけれども…
 後少しだし、
 やめろといっても聞かないだろうしなぁ…
 けど、それでも…
 無理は出来るだけしないで欲しい。
 …治るのは知っているが、
 それでも…
 こういうのは初めて見る気がするしな。」
との事。
…どうやら、
そろそろマナが己の体の限界を超え始めたらしい。
気を付けていかないといけない。
このままではいずれ…
己自身が己を滅ぼす事になりかねない。
今回はこの程度で済んだ。
けれど、次は?
その次は?
…どうにかしないといけない。
けれど…
その打開策が見つからない。
困った話。
耐え忍ぶしかない、か。
まぁ…
それでも――
その程度で済んだというのならば僥倖(ぎょうこう)だろう。
霊達が力をつけすぎて暴走よりかはマシ。
何故なら、
被害は私だけですむのだから。
それならば良くある事。
今更どうこういわないでも大丈夫。
それにしても、
また人が減った気がする。
私達とて、
どこまでいれるか分からない。

「……まだ、やる気?」
「…ヒヒッ…
 …まだまだ、ですよ……」


はたして勝利する事は出来るのだろうか?
榊にも焦りが見え始めた気がする。
…本当に厄介な状況。
まぁ、己を信じて進むしかない以上、
どうする事も出来ない、か。
自分の出来る事だけをやろう。
それにしても…
どうしてだろう?
左手の神経もつぶれているせいだろうか?
痛みの感覚が全くない。
痛いのにはなれている。
けれど…
痛くないのが酷く気にかかる。
何か不吉な前兆でなければいいのだが…
不吉な事といっても、
別段何も思い浮かばない。
きっと気のせいなのだろう。
そう、信じたい。

* * * * * *
どうしてだろう。
どうしてかしら。
時に人は思いもよらない事を考え、
実行する。
ならば人の霊にも、
同じ事がいえるのかもしれない。



――あくる日の夜。
私は一人、
夜の学校へと来ていた。
見回りの人はいるのだろうが、
余程の事がなければ気づかないだろう。
忍び込む事には慣れているし、
それに、
学校の夜回りといっても、
そんなに丹念にするものではなく、
大雑把に見回るようなもの。
ならば、
その目からかいくぐるのは容易。
さて、と。
部屋を確認する。
間違いない。
昨日怪談を行った場所。
そこに入ってみると一人の少年がそこにいた。
七人目の人物その人だ。
まぁ、
最も人というのは間違いなのかもしれないけれど。
「…やっぱり来たんだね。」
「ええ、勿論。
 貴方も気になっていたんでしょう?」
「…少しね。
 最初から
 異常に霊が集まりやすい人だと思っていたけれど、
 まさか見える上に、
 干渉まで可能だとは思わなかったよ。
 見えていてその状況で冷静でいられるなんて、
 普通考えられないもの。
 ただの霊媒体質か何かだと思っていたよ。」
「…ふふ。
 まぁ、答えは教えられないけれどね。
 …私の聞きたい事は分かっているのでしょう?」
じっと彼の目を見る。
彼は無表情で、
その目は虚ろではあるものの、
自我は感じる。
つまり、話は通じる。
襲われる心配だけはしないでも良さそう。
最も、襲われても問題はないのだけど。
「…ああ。
 君と二人で話したい事が出来たから、
 あの場は皆を返したんだよ。
 …君は知っているかい?
 どうすれば僕は満たされるのだろう。
 一人きりが嫌なだけだったのに…
 もう一人ではなくなったというのに…
 でも、満たされない。
 いつになれば満たされるんだろう。
 答えは知らなくてもいい。
 けど、何か知っているなら教えて欲しい…」
そして、その答えは半ば予想通り。

死者は満たされる事はない。
満たされぬ思いで死んだ者は、
死した後も満たされる事はない。
人が満たされても満たされても、
満ちる事を知らぬが如く。
「…満ちる事なんてありえないわよ。」
私は正直な答えを告げた。
その答えに浮かんだのは落胆。
けれど、私は言葉を続ける。
「満ちる事はありえない。
 満たされない思いで死んだ魂は、
 それを抱え続けなければならない。
 例外はあるかもしれないけれど、
 大抵は満たされたのなら、
 天に召されるはず。
 まぁ、人として生きていても満たされないのだから、
 当たり前といえば当たり前かもしれないわね。
 …
 そう、ね。
 一つだけアドバイス出来るとしたら…」
「出来るとしたら?」
アドバイスの一言に少し顔を輝かせた気がする。
「人を死に引き込むのはやめた方が良いわ。
 たまに誰かの話の輪に交じって、
 気がつけばいなくなっている。
 それくらいの方が良いかもしれないわね。
 生者との関わりが救いをもたらす。
 そういう事例は案外あるものよ。
 貴方が死へ引きずり込めば、
 引きずり込むほどに…
 貴方の心の闇は貴方を蝕んでいくわ。」
「……そう、か……」
「…ふふ。
 それじゃ、また遊びに来るわ。
 今日はこのくらいにしておかないとね。」
そして背を向けその場を後にする。
後は私の選ぶ事ではない。
彼が選ぶこと。
けれど、私は確信しているし、
今でも…
否、
今はもう成仏しているかもしれないわね。
彼はもう人を引きずり込むことはないだろう。
そして満たされていくのだろう。
暗きは暗きを呼び寄せ、
光は光を呼び寄せる。
光の中にも暗きはあるし、
暗き中にも光はある。
それは表裏。
けれど、
大丈夫。
道を見失わず、
真っ直ぐ進むことができれば問題ない。
その先にはきっと救いがあるのだから。
私の救いはどこにあるのか、
未だ迷って、
彷徨(さまよ)って…
皆目見当つかないけれど、
今なら分かる気がする。
けど、
私は真っ直ぐ進めているのだろうか?
それだけは…
いつになっても不安なまま。
けれど、この不安は必要な事。
だから…
信じたい。
結果が見えるその日までは。

――簡単な事だからこそ、
すぐに見失う。
簡単な事だからこそ、
最も難しい。
それでも…
己を信じれば――

* * * * * * 



左手はもう問題ない。
怪我の跡もなければ、
痛みもない。
動かそうと思えば動かせれる。
もう大丈夫。
これならいける。
流石に不安だったのだけれど、
問題が無いようで本当に何より。
これでまだ…
戦う事ができるのだから。
戦えば前を切り開く事ができる。
まだ諦めたくない。
そして、
己の力が無くなるまで前を進んでいたい。
仲間達も心配していた様子があるけれど、
大丈夫な所を見せると、
安心してもらえたみたい。
…この瞬間本当に悪いと思うのだけど、
どうしょうもない。
ともあれ、用意を済ませ、
戦いの場へ再び赴く。
巻き上げられた葉が形を作る。
今度模(かたど)られた敵は…
再び現れた水色の髪の女性と…
ディアナ、
それに…
屍のような女性。
死が漂うその女性へと迷いなく向き合う私。
相性は悪くない。
むしろ良い。
そう思ったからだ。
無論相手にとっても私はやり易い方だろう。
死に最も引きずられているのだから。
ふふ。
負けるわけにはいかないわね。
たっぷりと教えてあげないと。
まぁ、最も、あれは本物じゃないから、
意味はないのかもしれないけれど…
それでも構わない。
その程度の葉と私の霊。
どちらが強いか証明し、
刻むとしましょう。
たっぷりとね――

「さ、今日も始めましょうか。
 大丈夫。
 結末は一つ。
 そして…
 私は勝ちを譲る気はない。
 どういう事かは分かるわね?
 さ、始めましょう?」





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