――風を呼ぶ。
風に形はなく、
無限に姿を変えて、
私を取り巻く。
それはさながら私に群れる亡霊のように。
そう――
全く違うものなのに、
二つは似通っている。
不思議なものね。
ただ1ついえる事は、
理屈じゃなく理解できる。
どうやって風を繰ればいいのかを。
そして、
どう亡霊を扱えばいいのかを。
風が渦巻く。
その風に飲み込まれもがく影の姿――
けれど、
抜け出す事など出来はしない。
それはまるで蟻地獄。
入ったら抜け出す事は出来ず、
沈んでいくもの。
なぜなら――
抜け出そうとすればするほど、
もがけばもがくほど、
纏わり突いた霊は絡みつき、
引きずり込むのだから。
足掻く影。
だが、無駄な事。
もし、私に何かやるとすれば、方法は一つ。
私への直接攻撃。
だが――
その攻撃も風である以上、
読むのは容易い。
軽く受け流す。
時に霊達を黒き風が飲み込むも、
私に傷を与える事すら出来ない。
消えてゆく。
影が。
少しずつ姿が薄れていき、
そして全てが消えうせた――
「ふぅ―――」
この戦いにも大分慣れてきたものの、
やはりまだまだ力不足。
もっと、もっと力を――
それには、私自身が強くならねばならない。
――強くなるといっても、別に力を鍛える訳じゃない。
必要なのは――
「――しっかりしない…と…」
限界に達し続けているこの心を、
崩壊より押し留める心の強さ―――
意識が暗転し、
体が崩れ落ちる。
だが、
ここまで――か、
いや…本当にここまでなのだろうか…
――私は――
まだ…抗える――
これで終わりなんてさせはしない――
ま…だ…終わらせ…は…
………
……
…
* * * * * * *
――独断専行――
己の判断で、
己の為したい様にする。
成功も失敗も己の責任。
だが――
心配してくれる人がいるなら、
きっと心配をかけてしまう――
「――で、今の話はほんとなんだな。」
「ええ、そうだけど。」
別段尾行もされてる様子は無いし、
感づかれる心配はないだろう。
そう思って、
彼の元にやってきてこうして自分を何をしてきたか告げる。
まぁ、予想通り――
二之宮医師は横で話を聞いて、
「魅月ちゃんらしいなぁ。」
と笑っているものの、
「なんて危険な真似するんだ!
いいか、世話になっているが、
あんたが関わるような話では本来ないんだ!
無茶して怪我でもしたらどうする!
ただで済んだようだが、
本来ならただで済むような相手じゃねぇんだぞ!」
砕斗には怒られた。
まぁ、当然といえば当然か。
普通ならば、
確かに死んでいても可笑しくなかったはずよね。
「――それならそれで運命だったと思うわ。
まぁ――
分は悪くない賭けだったし、
もしもの事は考えてたから大丈夫よ。」
「それでもだ!
命をもっと大切にしろ、
俺が言えた義理ではないが――
命は1つしかない。
そしてお前は若いんだ。
まだまだ人生これからだろう?」
――他人に対して、
他人の為を思って真剣に怒れる。
そんな人は何人いるのだろう。
いまやもう、
本当に少なくなってしまった気がする。
「…これでも大切にしてるのよ?」
「大切にしてるなら、
…
之以上首を突っ込むな。
それかせめて…
安全な所から見るくらいにしていろ。」
「どちらも断るわ。」
…けれども…
私は既に人成らざる身。
死を求めて流離(さすら)う旅人。
故に、省みる事事などありはしない。
そして、
死に瀕(ひん)すれば、霊達がそれを全力で遮(さえぎ)る。
故に、死など在りはしない。
餓死しようにも、
食べなくても生きれる事は分かっている。
病死しようにも、
体調不良はあっても、
病気になどなりはしない。
そして――
年老いぬ体。
故に不死に近い。
「……」
「……
言っても無駄よ。
私にはね。
それに1人で消えてもいいけど、
その時こそ私は本当に何をしでかすか分からないわよ。
――私は長い退屈を癒せればそれでいいのだから。」
「…分かった。
だが、もう2度とこんな危険な真似はしないでくれ。」
「…約束するわ。
――そんな必要もないしね。
後は勝つだけ。
違うかしら?」
「その通りだ。
全ての準備は整った。
後は…
全てを明らかにする。
その手段も考えてある。
――後は計画通り動けば、それで俺の勝ちだ。」
さぁ、お手並み拝見といこう。
終わりが近い。
もっと時間がかかると思っていたのだけれど、
時間をかけずに砕斗は終わらせるつもりなのだから。
ふふ、楽しみね――
私は高みの見物といこう。
最も――
状況は絶対にそうはさせてくれないのでしょうけれど――
――上手くいっている。
全てが上手く――
だが、
こういう時こそ心せねばならない。
全てが上手くいっているからこそ、
不運の足音も近づいている――
* * * * * * *
――暗い闇の中で私は1人たたずんでいた。
ここは何処なのだろう。
辺りを見回すも、
何も見えない。
広がるは闇。
足元さえも不確かな空間。
どちらに進んでいいかも分からず、
立ち尽くしていると、
声が聞こえてきた。
片方からは懐かしい声、
もう片方からも声がするが…
はっきりとはしない。
――こっちへおいでよ…
懐かしい声の方へ自然と足が進む。
――こっちへ…
ああ――皆そこにいたのね。
今行く――
……
いえ、まだ私に遣り残した事がある。
それが済むまで…
どこにも行くわけには…
――大丈夫、こっちへ…
けれど、抗えない。
歩みが止まらない。
渇望してやまなかった安らぎが…
そこにあるのだから――
止まるはずが無い。
どんなに否定してもこれは私の意志――
――魅月!
…!
そんな時、強い声が響く。
その…声は…
仲間達の…声。
…私は安らぎを求めていた。
けれど…
過去の安らぎはもういらない。
そう――
今ある喜びを大切にしたいと、
決めたはず――
之以上、絶対に前には進んではいけない。
進むのならば、仲間達の声の方へ。
…体が軽い。
何の迷いもなく懐かしい声に背を向け、
仲間達の方へ歩き出す。
戻ろう。
皆の所へ。
私の居場所へ――
行く先に光が満ちていき――
目を覚ます。
いつの間にか毛布をかけられて、
寝かせられてたらしい。
――そして、
どうやら私は長い間寝ていたらしく、
もう朝になっていた。
「…」
寝転がったまま辺りを見回す。
他の仲間達の姿はないが、
椅子にレイナさんが座って転寝をしていた。
――
声の事を考えるに、
呼びかけ続けてくれた上、
夜、私を守ってくれた事で疲れ切ったのだろう。
とすると他の皆もまだ寝ているのかもしれない。
全くもって…
お人好しね。
でも、そんな皆とだからこそ…
私はここまでこれたのだけれど。
起き上がって毛布をレイナさんにかける。
すると…
「……ん、う、眠っちゃってたかねぇ
ごめんね、魅…月?
……あれ?
いな、い?」
「ここよ…」
後から声をかける。
「あ、魅月!
良かった、起きてたんだ。
全然目を覚まさないし、
ずーっと皆で呼びかけてたんだけど、
全く目を覚まさないんだもん。
心配したよ?」
私が居ない事に慌てふためき、
私が声をかけると、
ほっとしたように笑顔になるレイナさんは、
本当に感情が豊かね。
…
見ていてこっちも楽しくなる。
本当に…
元気を他人に分けてくれる。
「クス。
心配かけてごめんなさい。
別に心配かけるつもりはなかったのだけど…
まぁ、成す術もなく気絶してしまったようね。
――他の皆は?」
「他の皆はちょっと仮眠とってくるっていってたよ。
私はまだ見てるっていって、
こうしてずっと看病してたのさ!
といっても、じーっと起きないかみてただけなんだけどねぃ?」
「そう…
ありがとう。」
「まぁ、他の皆にもお礼言っとくといいよ。
それにしても…
何があったの?
奏は体に異常は全くないっていってたし、
なんで倒れたのか原因がさっぱり分からないっていってたよ。」
確かに、原因なんて分からないだろう。
精神に関する専門医ならば話は変わってくるのだろうが――
精神の衰弱…
しかも、私のような事例など、
まず存在しない、
したとしても極少数だろう。
「…」
「…その顔は、
魅月…原因を自分で大体予想出来てるんじゃないかな?」
…隠し事は出来ない、か。
まだ一月半の付き合いだというのに、
もう10年くらい付き合ってきたかのよう――
…
それだけ、濃い時間を過ごしたという事かしらね。
…隠し立てが無駄ならしょうがない。
「…精神の衰弱よ。」
「…衰弱?
それって…」
「言葉の通り。
精神が衰弱しているの。
…長く生き過ぎた上に、
亡霊を抱え、
ここまで正気を保っていられたのが不思議ね。
…神の呪いで正気を保たせられていると思っていたのだけど、
どうやら…
私の精神は自分の精神力でなんとかしてたみたい。
…ここに来て力を振るう。
それが精神を苛み、
精神を死に追いやる。
…そういう事よ。」
「じゃあ、ここから出れば…」
「無駄よ。
こぼれた砂は戻らない。
それに、私は…
皆と闘うと決めたのよ?」
「そんな、それじゃ――」
「…大丈夫…
ここまでずっとやってきたのだもの…」
深呼吸をして落ち着く。
そう………
ここまでやってきたのだ。
だから――
「絶対にここで退く訳にはいかないの。
なぜならば…そう…
戦わなければ未来は勝ち取れないから…」
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