「奏さん、そっちはどう?」
「こっちもこれで終わりさ。
 最後くらいは苦しまずにしておいてやるよ、っと!」
動きを封じた巨大サソリに止めを刺す奏さん。
「せめて痛みを知らず逝くが良い。
 なーんてな。」
「…そのうち激流に身を任せればどうという事はない。
 とかいいだしそうね。
 奏さん。」
「激流に身を任せ同化す…
 何を言わせるんだ。何を。」
少し今回の相手の数は多かったから、
ちょっと疲れはしたけれど、
この分だったら、
もう少し多くの相手を相手取ってもよかったかもしれないわね。
「――ねぇねぇ、アイテム拾ったよ〜。
 うにーくらげー。」
そして、一足早く戦利品を探しに行ってたエモさんが、
何か持ってくる。
海栗…の殻にクラゲが1つ…ね。
さらに蠍の甲殻を剥ぎ取ったらしく、
その上に乗せている。
「海栗にクラゲ…」
何か遠い目をする奏さん。
そんな奏さんを放置して、
エモさんの頭をなで…
「一足先に探してくれてたのね。
 ありがとう。
 えらいえらい。」
褒める。
すると嬉しそうに笑って、
「じゃあ、これあげる。うにー。
 奏にはくらげー。」
「え?私はくらげで確定なのか!?
 しかも、これ乾燥しきって干乾びてな…」
「うん。
 奏にはくらげー。」
私に海栗の殻を、
そして奏さんに笑顔で干乾びたクラゲを差し出す。
「ああ…うん。
 …ありがとう…」
その有無を言わせない態度に諦めたのか、
素直にアイテムを受け取る。
…災難ね、奏さん。
「ま、それじゃ、
 私は1人行く場所があるから、また後で。」
そんな2人をおいて、
私は1人その場を去る。
「あ、うん。分かったー。」
「…ま、いっても無駄か。
 まぁ、無理だけはしないようにな。」
そんな私を見送る二人。
――ごめんなさい、ね――

――何時からだろう。
――生を嫌うようになったのは。
――死を望むようになったのは。
――何時からだろう。
――全てが裏返り、
――死を嫌うようになったのは。
――生を望むようになったのは――
全てが裏返った時――
私は気づく。
ああ。そうか――
私は全てを無くしたと思ったけれど、
そうではないのだと。
取り戻せないと思ったものも、
きっと取り戻せるのだと――
けれど、今は――


1人道を行く。
仲間達には何か目的があるようにいったものの、
実は用などという者は無い。
ただ1人になりたかっただけ。
どうして1人になりたかったのかは分からないけれど――
しいていうならば、気分…なのだと思う。
「ふぅ――」
こんなに短い間だというのに、
ここに来てから本当に色んな事があった。
ああ。
そう、もっともっと――
少しでもここに…
空を掴むように手を伸ばす。
すると、視界に入った手がぼろぼろと崩れ始める。
――痛みはある。
だが…これは幻。
本当の私の手はなんともなってはいない。
最近、こんな幻が増えてきた。
それに先日の過労――
きっと、体ではなく精神が――
もう瀬戸際に来ているのだろう。
今まではこんな事は無かった――
否。それは嘘。
今までだってあった。
ただ、今のようにそれが急激で悪化する事がなかっただけ。
“神”の力に触れる事、
それがきっと――
切っ掛けだった。
そう。それだけの事。
意識ははっきりしているし、
私の想いも、考えも――
心が変わったわけではない。
だが、確実に限界である以上――
いつかきっと――
…後、どのくらい私の心がもつのか分からない。
せめて――
「せめて――
 後少しだけ――
 今倒れるわけにはいかないから――」
――どのくらい、私はその場に居たのだろう。
長いようにも短いようにも感じられる。
幻覚は完全に去り、
もう大丈夫だと確信する。
――上等ね。
私は抗う。
この命が、
この心があり続ける限り、
抗ってみせよう。
己のもてる全ての力を行使して、
自分の限界をも乗り切越えて――
そして、必ず――
勝利を掴み取ってみせる。
そんな可能性など万が1つにもないだろう。
だが――
「絶対に負けないわ――
 決して――」
さあ、仲間と合流をしましょう。
こんな所でぐずぐずしている暇はない――

* * * * * * *
――勝負所――
勝負所は一度しかやって来ない。
乗るか反るかは覚悟次第。
己と相手の覚悟の大きい方が勝利する。
故に――
一瞬の油断が敗北を招く――


まさか、
こうも上手く話がいくとは思わなかった。
この状況に持ち込んだ時点で、
私の勝ちは揺るがない。
そう、恐らくは――
彼、黒川蓮次の元で情報は止まっている。
なぜならば彼こそが黒幕なのだから。
それ故に、その上に届かざる情報を送れば、
状況は変化する。
それがもたらすものはなんなのかは分からない。
ただ1ついえるのは、
相手に敗北をもたらす事は出来る。
それも、最終局面で致命的になるような敗北を――
「…親父。いるか。客だ。」
「――入れ。」
蓮次がノックをすると、
威厳のある声が扉の向こう側より聞こえた。
遠慮なく蓮次が開いた扉の先には、
かなり高価であろう調度品が並び、
それでいて寒気を内包している。
まさに、親玉の部屋に相応しいともいえるだろう。
そして、中央奥に座る60歳前半だろうか?
まだかくしゃくとした、鋭い目付きのご老人――
成る程、これが蓮次の父親で親分という訳ね。
名前は確か…
黒川滝夜(たきや)だったかしら?
蓮次の態度をみると、
蓮次ですら気圧されてるよう。
――そうとうのやり手ね。
「…客というのはそちらのお嬢さんか?
 ――ここが何処だか分かってやって――」
「…ヤクザで一番偉い人の部屋でしょ?」
「!?
 お前…!」
ギロリと私をにらんで、
凄みを利かせる滝夜老。
――でも、怖くはない。
さらりと流して正直に答える。
当然不穏な空気が流れる、が――
「く、ふ…
 ははははははははッ!
 そうだ、
 そうだともお嬢さん、
 その通りだ!
 ――全くここまで来てその台詞が吐けるとは…
 大したもんだ。
 なんだ、蓮次。
 お前の嫁さんに迎えたいとかいうのか?
 それなら文句なしで合格だが――
 残念ながら違うようだな。」
「え、ええ。
 実は深川の奴を見かけたというのですが、
 親父にでないと情報は話さないと言われまして。
 ――あいつがやった事については…
 親父も良く分かっていると思います。
 かならず捕まえなければなりません。
 だから――」
「ああ、分かった分かった。
 確かにこのお嬢さんならわしでも手に余る。
 その事でお前を攻めたりせんよ。
 ――で、その話は本当なんだろうな?
 嘘だ、では流石に済ませられないが。」
笑いで空気を消し飛ばし、
何事も無かったように話を進められる。
なるほど。大したものだ。
普通ならば頭に来て何かされる――
実際その覚悟はあったのだが、
寧ろ不敵な態度を気に入られたらしい。
そして――
そうでないと、面白くない。
今から私がやろうとしている事にとって、
都合が良い。
速やかに携帯を取り出し、
画像を選択する。
「見掛けたのは路地裏ね。
 知人と一緒に食事をしていると、
 どうも見た顔を見つけて後を追ってみたのよ。
 ――その時に取った写真よ。」
携帯に映し出されるのは砕斗の姿。
顔までは鮮明ではないが――
「…拡大すれば、十分彼だと確認できると思うわ。」
「成る程。
 確かに――嘘じゃなさそうだな。
 という事は奴が何をしていたかも見て写真に?
 しかし、世の中本当に便利になったものだ。
 昔は色々苦労したのに、
 今では…なぁ…」
しんみりと過去を回想する滝夜。
そしてその様子をじっと蓮次が伺う。
そう。
少し顔が蒼ざめている。
きっと嫌な予感を感じ取ったのね。
その直感は正しいわ――
そして、それは――決定的なものになる。
「折角だから、
 この後の写真はプリントアウトしてあるわ。
 これよ。」
テーブルに4枚の紙を置く。
何れもプリントアウトした写真。
1枚は、砕斗がちんぴらを叩きのめしている所。
1枚は、砕斗がちんぴらと男の方へ向かっている所。
そして残り二枚は――
「…どういう事だ。
 これは。
 蓮次。てめぇ――わしを騙していたのか?」
そして、それを見るや否や蒼ざめる蓮次。
そして憎憎しげに私を睨んだ後――
「違う、違います、親父!
 俺も知らなかったんです!
 そういう事ならなおさら奴を捕まえて、
 しっかりどういう事なのか前後事情を話させるのがいいと思いますが――」
「…素直に捕まる奴じゃねぇ…か。
 まぁ、この件に関しては少し慎重にあたれ。
 わしが出るような真似はしてくれるな?」
肉親の情なのだろう。
訴えかける蓮次に仕方ないとばかりに滝夜も許しお咎めはないようだ。
「――何か不味い事をしたかしら?」
「いや、ありがとうよ。
 お嬢さんのお陰で間違いを起こさずに済んだ。
 まぁ、最もこの後どうなるかわからねぇが…
 また何かあったら知らせに来てくれるか?
 丁重に――」
「いえ、そういう事なら1人で帰るわ。
 よく分からないけど――
 大変そうだし、よそ者はいない方がいいでしょう?」
だが――
今はそれでいい。
種は植え付けた。
種が成長した時――
きっと貴方は窮地に立たされる。
そうね。
そしてこれは宣言よ。
私は貴方の敵という――ね。

――敵の味方――
敵の味方は敵である。
それは普通の事。
けれども――其処に事情が絡めば、
敵の味方は味方であっても可笑しくはない――

* * * * * * *


…ぼうっとしたまま、仲間と合流して、
気づけば寝ていたらしい。
…全く、
また心配かけちゃったかしら?
そうでないならば良いのだけど。
さてと…
今日も朝が来たわね。
今日は…
確か、遺跡の外に出る日。
――そう、か――
ならば今は…
せめてもの休息を楽しむとしましょう――






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