「いたい・・・」

そういって、
少女の人形は地へと落ちた。

「なるほど、今はこの程度。――試したかいはあったわね。」
――脆弱ね。
今だ機はまだ熟していないか、
もう少し出来ると思っていたのだけど――
いや、焦る事はない。
時間はまだたっぷりとあのだし静観しましょう――


……そんな呟きが脳裏に聞こえたかと思うと、
私の意志で体が動かせるようになる。
…私を取り戻したといったところかしら。
それにしても、
周囲を見回す。
辺りを全く省みていない。
私の普段の戦い方はそうならざるをえないのだけれど、
出来るのにやっていない。
そんな印象を受ける。
そして、それは…
――己――
私の肉体をも例外ではない。
「――ッ…!」
激痛が私の体を走り抜ける。
過ぎたる力を振るえば、
例えそれが完全なものとならなかったにしろ、
肉体にも精神にも容赦のない負担を強いる事となる。
全く本当にやってくれる。
この苦痛もまた、
私の受けるべき罪とでもいうのだろう。
いえ、違うわね。
試練…ね。
これくらい耐えられないのでは、
これを覚悟した上で、
見た力の断片でも使えないのならば、
この先を進む資格も、
逃れる術もない。
そういう――事なのだろう。
「…やれやれ、
 中々の敵だった――
 …?
 どうしたんだ?
 痛むのか?」
「いえ、大丈夫。
 気にしないで。
 先に進みましょう。」
「ま、そういうなら気にしないでおくけど――」
心配してくれる奏さん。
だが、
これは私が私で解決しないといけない事。
先に進みましょう。
今はそれだけしか出来ないのだから。

――相変わらず、
一度敵を倒してとしまえば、
何事も起きない平穏そのものといった道程。
その道程を今、
私は1人で歩んでいる。
ちょっと気になる事があるといって、
少しだけ皆と離れたのだ。
行き先は決めてあるし、
特に問題は無い。
それにしても…
「そこをいくお嬢ちゃん、
 折角見つけたのだもの、
 少し一緒に遊んでいってもらうわよ?」
こちらに気づかず、
何事も無かったように通り過ぎる女の子を捕まえる。
抱きしめるように捕まえて頭をなでる。
そうやって捕まえる理由は単純。
その方が面白いし、楽しめるから。
「誰!?
 ってなんだ、魅月さんかー。
 まさか、不意打ちで捕まえられるとは思いませんでした…
 しかも、あっさり捕まえられてしまったようで、
 なんだかちょっぴり悔しいです…」
「私も不意打ちで捕まえれるとは思って無かったわ。
 まぁ、いつも気にかけているから、ね。」
「それは光栄ですねっ。
 でも…
 そんなにいつも気にかけられているとは思いませんでした。」
笑顔でいつものように答えるヤヨイさん。

特に問題は…ないように見える。
けれど、本当はどうなのかは分からない。
――その心を見る能力でもあれば、
汲み取って何かしてあげれるかもしれないけど、
ないものねだりしてもしょうがない。
ふぅっとため息を1つつく。
「お疲れだったりします?
 それなら…」
その様子を疲れていると感じ取ったのか、
少し意地悪そうな笑顔を浮かべ何かごそごそと取り出し始める。
…心を見るの能力はないが、
それでも分かる。
何か悪戯めいた事でもしようというのだろう。
「…それなら?」
「この健康ドリンクを使えば、健康になれると思いますよ!」
取り出した瓶には何か液体が入っているらしい。
茶色い瓶の為中身は見えないが…
成る程。
「試作品?」
「そう、私がつくりま――…
 あ。」
「…そ、なら頂くわ。」
躊躇(ちゅうちょ)せずそのまま飲む。
苦いが悪くはない。
特に体に問題が出た様子もない。
「ふぅん…悪くはないわね。
 …ありがと。」
「いえいえ、どう致しまして!
 こんな事くらいならお安い御用ですよ!」
元気いいが、
特に何事も無かったので、
少し残念だったらしい。
まぁ、何事か起きても困るのだけど。
ふぅ…やっぱり…
反応が可愛い子ね。
表情がころころ変わる。
あんまり表情を表に出さないようにしている私にとって、
それはとても羨ましくもある。
――私ももっと表情を表に…
いえ、ダメね。
きっと似合わない。
考え事をしながらヤヨイさんの頭を撫でる。
このままずっとこうしていたい気もするわね。
けれど、それは許されない。
お互いにやる事はあって、
それはおろそかにする事は出来ない。
それに、
この機会は一度限りじゃない。
また、こういう機会も何度もあるだろう。
ならば…問題ない。
「ま、お互いやる事もあるから、
 ここから仲間達の所に戻らないといけないけど――
 安心なさい。」
「?」
「貴女を見ている人は一杯いる。
 だから困ったら何時でも頼りなさい。
 ――まぁ、いうまでもない事なのだけど――
 本当に苦しくて助けて欲しいとき、
 案外叫べば誰か来るものよ。
 例えば私もその1人なのだけどね。
 フフ、それじゃ、またね。
 次はもっとゆっくり会いましょう?」
「はい!
 次はもっとゆっくり過ごしましょう!
 …でも、本当に来るかなあ?」
「聞こえれば、行くわよ?」
「いや、魅月さんじゃなくて、
 他の人達がなんですけど…」
少し不安げに首をかしげるヤヨイさん。
抱えているものが…大分積み重なってしまってるようね。
「…大丈夫。
 信じろとはいわないけれど――
 やってみればはっきりするわ。」
「…それもそうですね!
 もし、そんな事があれば試してみたいと思いますっ!
 それじゃ、また!」
「…またね。
 頑張って。」
元気よく手を振って私から離れ先をいくヤヨイさんを、
微笑みながら手を振って見送る。
素直な子よね。
…願わくば、
その道行きに幸あらん事を。

その後、仲間達と合流。
遅くなったことに心配されたが、
ただ知人にあってたというと理解を示してくれた。
…ほっとするわね。
この空気。
…何事もなく終わる1日。
今日一日を振り返っているうちに、
私の意識は闇へと落ちていく――

* * * * * * *
――流動――
物事は流れるように動く。
それはまるで、
川の流れのように。
故に、激しい流れは次々と物事を引き起す―


「お疲れ様。」
「とりあえずは宣戦布告だな。
 …相手が俺が動き出した事を知って、
 慎重になるか、
 事を早めるかは分からないが、
 いずれにせよ、直にアクションを起こしてくれるはずだ。
 動かないなら動かないで、
 その隙に根回しをする事が出来る。
 幸い、証拠は手に入ったわけだしな。
 ――撮ってあるんだろう?」
全く油断がならないと首をふって、
私の携帯に視線を落とす砕斗。
――そう。
取引の瞬間を私はしっかりと写し取っていた。
その他にもいくつかの証拠写真を。
後は適当にデータをプリントするなり、
ボタン1つで色んな場所へ送信可能したり、
いざとなれば警察にでも持ち込めば良い。
「目ざといわね。
 勿論撮ってあるわよ。
 後で貴方にデータは渡すわ。」
「ああ。
 データは俺に渡して、
 原版は適当に消去し――」
「嫌よ。」
「…そんなデータが手元にあるとばれたら、
 消される、だから――」
「嫌よ。」
之以上関わると、
本当に危険を抱え込む、
そうはさせないとする気遣いなのだろう。
だが、
もう私は決めている。
最後まで見届ける事を。
「おい…」
「…捨て身よね。貴方。
 どうせ捨てる命なら、
 私は最後まで関わらせてもらうわ。」
「…わからんな。
 確かに俺は命を捨ててもいい。
 これが終わったらどうなってもいいと思ってる。
 だが――
 今問題なのは俺の命じゃない。
 なのに、どうしてそんな理由で関われる?」
そして、私が何故関わろうとするのか、
その理由は決して分からないだろう。
分かりえるはずもない。
私から言わせれば…
彼の生きてきた世界ですら、まだ真っ当なのだから。
故に、危険は降りる理由にはならない。
「…面白いから。
 理由はそれで十二分。
 私は壊れているのよ。
 何処かしらがね。
 それ以上となると、多分――
 理解出来ないし、
 信じられないと思うわ。」
「…全く。
 ああ、分かった。
 之以上いって聞く相手でもなかったな…
 忠告はしたからな。
 それじゃ、最後まで付き合ってもらうぞ。
 手助けはしなくてもいい。」
「ええ、存分に楽しませてもらうわ。」
諦めて、私がいう事を全く聞かない事に、
少しの憤懣(ふんまん)を露(あらわ)にしつつ、
砕斗は再び変装をして先を行く。
暫くしてから後を追う私。
何処に行くのかは分かっている。
――後は合流してから次の行動を起こすことにしましょうか。
それと…
彼には内緒で少し動くのも悪くはない…のかもしれない。

――好奇心は猫をも殺す。
ならば仮定として、
死なない猫がいたとしたならば、
好奇心の先に、
何が待ち受けているのだろうか?

* * * * * * *


目を覚ます。
今日の体調は…
割と万全のよう。
これならやれそうね。
昨日の今日、
もっと酷い痛みが襲って来ることも警戒していたのだけど、
そんな事は無かった。
…ひょっとしたら、
昨日ヤヨイさんがくれたドリンクのお陰かしら。
ま、良いわ。
とりあえず、今日の日課を終えて先に進みましょう。
まだ先は長い。
気を引き締めて前に――

朝の準備を終えて、
道を進もうとする私達の元に、
黒い影が4匹現れる。
以前1対1で戦ったリスカーネルと、
3匹の悪魔達。
なるほど、
リベンジ戦というわけね。
数を揃えたのは、
こちらにも数いるから。
一匹多い分で、有利に動こうとは、
中々知恵が回るらしい。
だけど――

「私はあの時の私じゃない。
 そして、今の私には仲間がいる。
 ――故に、
 貴方では、私は止められないわよ?」






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