敵が現れる。
細いワイヤーのようなものでかたどられた悪魔と、
先日倒したばかりの影と鉄の騎士達。
―だが、どんな敵が来ても同じ。
私達の勝利は揺ぎ無い。
戦闘態勢に入る私達。

「芯を強く持て。私がそうして生きてきたように。」

そんな中、悪魔の厳(おごそ)かな声が響く。
芯を強く――?
「魅月、ぼーっとしてる暇はないぞ!」
「油断してる勝てる相手じゃないよ!」
首を振る。
今は考えている場合じゃない。
敵を穿(うが)つ、
それだけに集中しないと――
風を操る。
会得して日が浅い力だが、
もう何年も使ってきたかのような錯覚に陥(おちい)る。
――エモさんと奏さんが戦っている最中、
私はただ風を繰る。
風は全てを飲み込み――
鉄の騎士達を同士討ちさせる。
惑い狂った仲間と共に頑張る悪魔も、
流石に一体ではどうにもならない。
全ては砕け、崩れ落ちる。

「お前は、強いな・・・」

――最後に悪魔が呟いた言葉、
私は否定する。
決して強くなんて無いと。
弱いからこそ私は――
意識が揺らぐ。
崩れ落ちそうになる体…
「魅月!
 大丈夫か!?」
だが、奏さんが体を支えてくれたお陰で、
なんとか倒れずに済んだ。
「――大丈夫。
 少しくらっと来ただけ。」
「それならいいが…
 精神安定剤が少しあったな…
 水!」
「はい、お水。
 これでいい?」
「上出来上出来。
 ほら、飲んで――」
奏さんが私に薬を含ませ、
エモさんが水を飲ませてくれる。
「――ありがとう。
 でも、本当に大丈夫よ。」
「…まぁ、効き目あるか分からないし、
 気休めくらいにしかならないだろうが…
 やらないよりはマシだろう。」
「…」
「…医者にも出来る事はあるさ。
 それが例え精神に関わる分野で、
 見たことのない症例であろうとも――」
…ありがたい。
少し、楽になった。
これならもう問題はないだろう。
「…世話かけるわね。」
「何。 
 これくらいでいいなら喜んでやるさ。
 そもそもだから医者なんだからな。
 こえ見えても。」
忘れたか?というように笑う奏さん。
「…そうね。
 ふふ、医者が一緒にいて良かったわ。」
「だろう?
 …後、多分眠くなってくるだろうから、
 逆らわず寝た方がいい。
 心配せずとも…
 後の事は任せておくといい。」
「――分かった。
 それじゃ…
 おやすみなさい。」
「…ああ、おやすみ…」
瞳を閉じると、
心地の良い眠気が私を襲ってくる。
私はその眠気に身をゆだね――

* * * * * * *
――生と死――
表と裏。
それは最も近くにありながら、
もっとも遠く、離せないもの。
離れる事などありえない。
それが――普通であるという事。
ならば――


「…娘とかじゃないのか?」
二之宮医師の言っている事が分からない。
年上なはずはない。
どうみても…
あの子は高校生くらいの年代の子だし、
実際に高校にも通っている。
…娘というならばしっくりくる。
「ええ、その可能性もかんがえました。
 ですが――」
「…?」
「それはありえないのです。」
「ありえない?」
…一体どういう事なのだろうか?
「…それが貴方の納得する理由にはならないと思いますが…」
「…構わない。」
「…彼女の所持品に私の見覚えのある物がありました。
 それを見つめる目が昔の彼女と同じだったのです。
 ――例え子供だとしても…
 想いまでは共有できない…
 だから…確信しました。
 どうして彼女があの時のままなのか、
 知るよしもなければ…
 知りたくもないですけどね。
 怖くてとても聞けません。」
…それは、本当の事だろうか。
信じられる…ものじゃない。
「だからといって…」
「確証でもなければ、
 ――ただの憶測に近いですね。
 …でも、私は確信している。
 それで十分。」
「――だから、
 あんなに命をかえりみないというのか?」
自分は死なない。
だから…
どんな事でも出来る。
止められても突き進む。
だって死なないのだから恐れる必要はない。
「…それも、どうなんでしょうね?」
「…?」
「死なないとまではいってませんよ。
 …ただ人より遥かに長い時を生きている。
 だからこその諦めがあるのではないか…
 という事です。
 人は一人では生きられない。
 そして彼女は人と同じ時を生きる事が許されないのだとすれば、
 どれだけの孤独に、
 どれだけの苦難を歩み続けてきたのでしょうか。
 ――私なら、こう願いますね。
 早く楽になりたいと。」
…確かに。
それが本当だとしたら――
もう生きるのに十分だと思う事があるのかもしれない。
だが、
信じられない。
どうして――
死を望めようか。
それでも生きる方が大切だというのに――
「――だが、納得は出来ない。
 それでも、人は生きるものだ。
 生きたいが為、
 自分は自分であり続けれる…
 違うか?」
「…それも1つの真理ですね。
 それに、
 彼女が彼女で在り続けれているのは確か。
 だから――
 貴方のいう事が正しいのかもしれません。
 …それでも、
 彼女の抱える闇がそれ以上に深かったのなら…
 その生きたいという意志が心の奥にあったとしても、
 見えなくなっている可能性というのもあります。
 まぁ、 精神科医ならばもっと適確にいえるのでしょうが、
 私は精神科医ではありませんので…
 真実は分かりません。
 ですが、彼女の事はそっとしておいた方がいいでしょう。」
それだけ言い残して、
二之宮医師は部屋から出て行く。
「…何がなんだか分からない…が…」
例え、それが真実であろうが無かろうが。
例え、彼女が何を抱え、何を考えていようが。
自分に借りがある事には代わりがない。
「…やる事は決まっている。
 そうさ――」
己がやる事、それは――

「…あいつがピンチになったら、
 俺の全てを賭けても助ける。
 俺の命はあの時無くなっていた。
 救ってくれたあいつの為に使うなら、惜しくはない。
 それが、俺の矜持(きょうじ)だ――」


――命――
それは最も尊び、
大切にせねばならないもの。
その命をどう使うかは人それぞれ。
せめて――
悔いだけは残さぬよう――

* * * * * * *


目を覚ますと、
既に日が高く上っていた。
そして、此処は…
遺跡の外?
となると遺跡の外に出たのだろうか?
私のせいだとしたら、
本当に迷惑をかけたことになる。
体を起こし、
着替えを済ませ、外に出る。
とりあえずいつもの用に非常に服が汚れているので、
洗濯しないと…
その後、皆に謝らないといけないわね。
服を洗っていると――
「…起き上がってもういいの?」
声をかけられた。
「…別に問題はないわ。
 精神安定剤の効果で眠っていただけだから――
 …
 迷惑かけたわね。
 遺跡の外に出たのも、私が倒れそうになったせいでしょう?」
「そうともいえるし、
 そうでないともいえる。
 あ。
 そっか。
 魅月は寝てたから知らないのか。
 うん。ちゃんと目的地に到達できたから、
 外に出たんだよ。
 だから気にする事はないって。
 後で奏にはおぶってくれたお礼いうのもいいと思うけどねぃ。」
――まさか私を担いでそのまま継続するとは…
恐るべき力で体力ね…
…しっかりと奏さんにはお礼をいわないと。
…助かったわ。
「そう。
 じゃあ、後でしっかりお礼言わないとね。
 …本当に世話になったわ。」
「…魅月、無理してるでしょ?」
「…珍しいわね、
 …再び踏み込んでくるなんて。」
「…やー、だってさ
 何度も言っているように魅月に幸せになって貰いたいのさ、
 私はね。
 魅月がそれでも手を伸ばしたいものがあるのは分かってる。
 けど…
 ほんとーに辛い時は…少しゆっくり休む事も必要だよ?」

確かに辛いといえば辛い。
精神的にも、
肉体的にも…
限界を超えている気はする。
それはとても辛い事。
…辛いならば変わらずにありたい。
そう願う気持ちが私の心にあるのも確かな事。
けれど、
…私の、幸せは…
私の幸せ…?
それは…
頭痛がする。
「ッ――!」
「魅月…?
 だ、大丈夫!?
 頭抑えて…頭が痛いの?
 誰か呼ばないと――」
「…待って…
 大丈夫…だから…」
私の幸せは…
私の進む道の先にある。
…その結果何が待ち受けていたとしても、
必ずつかまねばならない幸せが――
其処に――
…?
その時、私の脳裏に閃く事があった。
…まさか、そういう事なのだろうか。
「もう、落ち着いたわ…」
「でも、真っ青だよ…?
 …魅月。」
「――分かった、のよ。」
「…魅月?」
そう。
きっとそうに違いない。
ああ、だからか――
だから、私の体に変調が。
だから――
私の心が耐え切れなくなりそうになったのか。
気づいてみれば…もう大丈夫という確信が其処にあった。
「…止まっていた時が…
 動き出したから…という訳ね…」
「…?
 一体何を…?」
「…私の体の時は凍りついている。
 私の心もまた…あの時のまま凍りついている。
 様々な人の出会い、
 様々な経験を経たとしても、
 私の心の氷は溶けなかった。
 けれど、今、私の氷は既に溶けている。
 そして、完全に溶けきった時、
 今までの長い時が私の心に押し寄せた――
 …
 そして、私の心がそれを受け入れず…
 認めなかった。
 そのズレこそが…
 私の不調の原因。
 たまたま次期が重なったから――
 ずっと誤解して…
 それが…
 また不調が不調を呼んでいた…
 そういう事…なのだと思う。」
「…!
 じゃあ…」

「…ええ。
 もう完全に大丈夫。
 だから――共に歩み続けましょう?
 最後の時まで――」





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