「この傷ついた肉体もまた美しいッ!!」


……
…何処まで自分好きなのよ…
もの凄いナルシストね…
まぁ、明らかに偽物の天使だから良かったけれど…
これ本物だったら凄く嫌よね…
さて後は――
辺りを見回しても敵はいない。
これで終わり……
一安心ね。
先に進む事にする。
とりあえず、話の種になるかと思って、
羽を一枚むしったのだけど…
別にこれくらいなら問題ないわよね。

先へと進み、
野営を始める。
それにしても…

なんなのかしら。
この蒸し暑さ。
…夏でもこれほど蒸し暑くない…
わけではなかったわね。
…私は慣れてるからいいけれど…
「――大変そうね。」
「ほんっっっっとに大変だよ、もうっ!
 なんでこんなに暑いのかなー…
 遺跡の中なんだし、
 もっと涼しくてもいいのにさ?」
中にはそうでない人もいるわけで…
慣れてないとこの暑さ辛いのよね。
「――まぁ、それはいいのだけど…」
「?
 どしたの?魅月。」
「…私の所に来ても何もないわよ?
 奏さんや藤九郎さんの方が
 涼しくなるアイテムもってると思うのだけど?」
「あーっ!?
 そういえばそうだったかも…!
 暑さで頭回ってなかった…
 いや、ほら、
 夏と言えば怪談、
 怪談といえば幽霊、
 だったら魅月の傍にいたら暑さがマシになると、
 閃いたのさ。」
「――ああ。
 なるほど。そういえばそんな考え方もあるのね。」
ぽんと一つ手をうつ。
確かに肌寒い感じを体感するのには丁度いいのかもしれない。
――害がない間に限られているのだけれど。
「それにしても、なんで夜なのにこんなに暑いんだろうねぃ。」
「それが夏だからじゃないかしら?
 もっとも夏ももうすぐ終わりそうだけれども…
 ここの四季の移り変わりは速いわね。」
「そだねぃ。
 時間の移り変わりが速い気がするよ。」
「幸いなのは、時間の流れが速いわけではない事かしら?
 お陰で老ける心配がなくていいもの。」
「…
 いや、全くその通りなんだけどさ、
 魅月は元々老けない気がするんだけど?」
「それもそうね。」
クスクス笑って答える。
ずるいなー魅月はーと、
笑いながらぼやくレイナさんを見るのは
中々楽しい。
もっとも、からかってあんなに慌ててくれた当初と違い、
最近では予想してたよとばかりに、
あまり驚かなくなったのは寂しいけれども。
その後も暫く談笑を続け、
「ふふ、でもずっとこうしているわけにもいかないわね。
 そうね――
 風鈴と扇子があったと思うから、
 良かったら貸してあげるわ。
 気休めにはなるでしょう?」
そろそろ眠くなって来たので、
一人になる為に話を打ち切る。
そして、立ち上がろうとした所――
崩れるように揺れる視界。
何がと思った時は遅く、
私の体は地へと倒れていた。
どうやら足の力が抜けたらしい。
「ちょ、ちょっと魅月、大丈夫なの?」
大丈夫、そういおうとして――
声が出ないことに気づいた。
そして――
「――少し立ちくらみがしただけ。
 それじゃ、待ってて。
 すぐに持ってくるから。」
私の口から私の声で、
私でない誰かがレイナさんに対して答えを口にする。
これは――どういう事なのかしら。
そして、その場を後にしようとする私を、
レイナさんが手首をしっかり掴んで引き止める。
「…ねぇ。貴女は誰?」
「誰って、私は私よ?
 決まってるでしょう?」
「ううん?
 雰囲気が全然違うよ?
 もう一度だけ聞く。
 貴女は誰?」
「…」
『私』は腕を振り払い距離をとる。
すぐさま戦闘の態勢に入るレイナさん。
――しかし、
一番の当事者の私が蚊帳の外なんてね――
指一本動かせないのでは、
何かしようにもする事が出来ないわね…
「答えないなら――」
「答えないならどうするつもり?
 そちらに手札は今はないのは分かっている。
 ――別に危害を加えるつもりはない。
 少し、試したい事があるだけ――
 しかし、直にばれてしまうなんて――
 このタイミングで仕掛けたのは間違いではなかったようね。」
「…」
「別に何をするつもりじゃない。
 一時的に容認して欲しいだけ――
 その代わり、試したい事を試したら、
 『私』の持つ力を少しだけ貸してあげるわ。
 ――悪い取引じゃない。そう思わない?」
「何が目的なの…?」
「後の決断は本人に任せるとするわ。
 聞こえるようにいっているのだから――
 『私』の目的それは…
 実がどれだけ熟したか、それの確認…
 ただそれだけ…」
次の瞬間。
体の自由が私に戻る。
「――ッ…は…」
どうやら、私の体を乗っ取っていた何者かは消えたらしい。
「だ、大丈夫、魅月?
 えーっと…
 その様子だと戻ったんだよね?」
「…ええ、おかげさまで、ね。
 とりあえず別状も無し…か。」
正体は多分、私の体を乗っ取ったもの、
私がこうしている元凶そのもの。
何のつもりかは分からないが――
「ねぇ…魅月…
 どうするの?
 ――あいつに逆らうのか、
 それとも――」
「後者かしらね。」
「それで、それでいいの?
 そのせいで何かあったら――」
「…踏み込んでみなければ、
 分からないものも、
 これから先進むことも出来はしないわ。
 それなら踏み込んで、
 相手が何を考えていようと、上をいけばいい。
 幸い、力を貸してくれる人はいるんだもの。
 問題はない。
 ノープロブレムって奴ね。」
心配そうに気遣ってくれるレイナさん。
――負担をかけるかも知れないが、
その先に何か得るものがあるのなら、
賭けてみよう。
そう教えてくれたのもかけがえの無い仲間達だから。
「ん、分かった。
 それなら、何かあったら全力で助けるから、
 いつでもいってね?」
「…勿論、そうさせてもらうわ。
 ああ、そうだ――」
そうこうしているうちに夜も更けていく。
すぐさま荷物の中から風鈴と扇子を出して、
レイナさんに手渡す。
「はい。これ。
 多少は涼みになると思うわ。」
「ありがと。
 それじゃ、また明日。」
「ええ、また明日。」
手を振ってそれぞれの寝床へと戻る。
――明日に備え今は休もう。
何も考えず――

* * * * * * *
――虎穴――
例え危険が待ち受けていても、
守りだけでは何も手に入らない。
ならば、攻めに転じて、
危険を承知で飛び込まねばならない事もある――


後を追うにつれ、
どんどんと人の気配が無くなっていく。
どうやら――当たりのよう。
それにしても、
こんな素人同然の尾行に気づかないなんて、
本当に大した事のない相手ね。
「…所で、一つ聞きたいんだが?」
「何?」
「…妙に手馴れてないか?」
「気のせいよ。
 本で読んだくらいの知識しかないわ。」
実際尾行なんて経験はないとはいえないが、
そう多くはない…はず。
「…やっぱり、大したタマだよ…」
「…まぁ、経験が人一倍豊富なのは見つけるけど…
 …そんな事言ってる間に目的のシーンが見れそうよ。」
「…そいつは良かった。
 後は――」
「貴方に任せるわ。
 私は野次馬。」
「…全く何から何まで世話になりっ放しだな…」
気にする必要はないと微笑む。
そうしているうちに、
チンピラ達は黒服の男に金を払って、
白い薬を受け取っていた。
そこに変装をといて、
悠々と歩み寄る砕斗。
「…随分と楽しい事をしてるみたいじゃねぇか。
 ああ?
 禁止されてる事だって手を出すって事がどういう事なのか――
 俺をみれば一目瞭然だろう?」
そして両手を広げチンピラ達を挑発する。
動揺するチンピラ達、
そして…
黒服の男の手が動く。
だが、それよりも素早く走り、
深く身を沈め、
男の懐に飛び込んで拳を叩き込む砕斗。
素早い動きに成す術もなく崩れ落ちる黒服の男。
そして、流れるように蹴りを浴びせ、
チンピラ達を文字通り蹴散らしていく。
随分と――喧嘩慣れしてるみたいね。
思ったよりも随分とやる。
――正直少し見くびっていたわね。
そして、黒服の男の腕を捻り上げ、
チンピラのリーダー格らしい男の腹を踏んだ。
逃がさない、為だ。
「さぁ、答えてもらうぞ。
 お前達は何が目的だ。
 そして――
 何故俺をはめた?」
「く、くそぉ…」
呻(うめ)くチンピラ。
だが、黒服の男は微動だにせず――
事切れた。
自決?
まさか――いくらなんでも潔すぎない…?
「チッ…」
事切れた男を放り捨て、
チンピラをにらみつける砕斗。
「ッ…ひ!し、しらねぇ!
 ただ、あんたが邪魔だからって――
 そ、それに、
 今薬を町にばら撒く必要があるから――」
…よくよく喋るわね。
まぁ、だからこそ…こんな下っ端なんでしょうけど。
「そうかい、それじゃあ、こう伝えとけ。
 必ずこの深川砕斗がお礼参りに行くから覚悟しておけ、
 とな――
 絶対にだ。」
さぁ、いけと促す砕斗に従い、
蜘蛛の子を散らすようにチンピラ達は逃げていく。
全く面白い。
そう、こうでなくては。
存分に楽しませてもらいましょう――

――過酷な運命――
過酷だからこそ、
苦しい。だが、苦しんでばかりはいられない。
だから…せめて――
精一杯楽しもう。
存分に――

* * * * * * *


朝起きて、
朝の日課を終える。
後は進むだけ。
いつも通りの順調な道程。
そして、いつものように前に立ちはだかる敵が現れる。
二体の人形。
それも死の影を深く落としている。

――さぁ、約束を果たしてもらうわ。
この戦いは…


…譲れ、という訳ね。
約束は約束。ここは委ねるとしましょう。
だけど、この戦いの間だけ――
そう、心で答えると、
声も体も動かせなくなる。
後は――見届けるのみ。

「…クッ…クスクス…
 運が無かったわね、貴女達――
 まぁ、上手くやれば私に勝てるかもしれないけど――
 存分に“風”を味わいなさい――」






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