「うまそうだーッ!」

狼が踊りかかる。
霊達が遮っているうちに
攻撃をかわそうと後ろに逃げようとして――
視界が揺らいだ。
膝を突く私。
狼が口を開いて襲い来る。
鈍く光る鋭い牙がのぞく。
抵抗する私。
だが抵抗虚しく、
牙はゆっくりと私の肩口へと突き刺さり――

ミチッ…!

嫌な音が響く。
そして、私の右腕はあっさりと、
狼に喰いちぎられた。
「ぐ…ぅ…!」
たまらず肩を抑える。
「魅月!」
「ぬぅっ…!
 安全な所に避難しておれ!」
そんな私を逃がさんと必死で戦う2人。
私も…とは思ったが、
之以上はさすがに無理だろう。
大人しく言われた通り下がる事にし、
戦線を離脱する。
――無様ね――

その後、
藤九郎さんも、レイナさんも、
2人もぼろぼろになって戻って来る。
どうやら、敗北を喫したらしい。
「――まぁ、仕方ないわよ。
 …準備不足ね。」
とりあえず皆の無事を確認し、
気を落とさないように声をかけると、
「まぁ、そんな事もあるじゃろう。
 次頑張ればよいのじゃ☆」
「…でも、悔しいなー…」
2人も返事を返してくれる。
この様子だと、大丈夫ね。
最も、進軍に関しては、
そろそろ出て体勢を立て直す必要があるけど。
2人の返事を聞いて頷いていると…
「それより魅月、腕…大丈夫?」
そういって、
レイナさんが私の腕のあった場所を指差した。
「…ああ。見事にもぎ取られたわね。
 …取られた腕、
 取ってくるわ。」
―痛みを思い出した。
痛みが酷すぎて麻痺しているらしい。
すっかり腕がもぎ取られた事を忘れていた。
ひきとめる声を無視して、
やられた場所へと戻る。
戻ってみると、
一応自分の腕はあった。
咀嚼されてぐしゃぐしゃにはなっていたが、
拾い上げて、
傷口にあてる。
痛みが戻ってくる。
激痛に顔をしかめる。
しかし、なんとかくっついたようだ。
とはいっても…
腕は動かず、
ぼろぼろなのには変わりない。
ちょっとしたことでもげてしまうだろう。
だが、構わない。
放っておけば治る。
…不意に背後に人の気配がした。
「いや、こりゃまた酷くやられたもんだ。」
声に振り向くと、
そこにいたのは奏さんだった。
「…ええ。
 ご覧の通り。
…レイナさんが呼んだのかしら?」
「ああ、
 そうだ。
 それにちょっと気になってたからね。
 ちょっと見せてみな?」
大人しくじっとして奏さんに傷口を見せる。
奏さんの顔がしかめつらになるのが分かる。
「…こりゃ、
 もうダメだね。
 切断するしかない…
 といいたい所だけど…」
「だけど?」
首を傾げる私。
「…不思議とそれでも治っていってる。
 どれくらいかかるか分からないけど、
 とりあえず包帯で固定しておくよ。
 …全く。」
そういって、私の腕を包帯で固定してくれる。
「これで良しっと…
 それじゃ、くれぐれも無理しないように。
 じゃ、また後で。」
「ありがとう。直に戻るわ。」
そういって一端別れ、
私は落とした物がないか確認する。
それにしても…
…こうして怪我した時、医者の人がいると本当にいいわね。
私はどうしても無茶、無理をしてしまう…という訳ではないが、
私がここにいる事自体無茶で無理なのだから、
どうしても――こうして大怪我をしてしまう事はある。
ほうっておけば治るとはいえ…
…あまり褒められたことではないのだから…

落とした物を拾い集め、
その場を後にしようとしたその時。
「ぬ。
 こんな所で出会うとは奇遇じゃな。」
『奇遇とかいうて、
 験座は口説こうとしておるから気をつけよ。』
「ち、違っ…
 いや、本当に違うのじゃよ?」
遠くに渋い小父様と白い女性の姿を見つける。
男の方は験座さん。
本名を犬飼 四郎兵衛 験座さんといい、
退魔師であり、色々お世話になっている。
女性はシロさん。
験座さんに憑いている狗神らしい。
相変わらず仲の良さそうな2人だ。
私の方の用事も終わったので、
すぐにそばに行き挨拶をする。
「…どうも、験座さんにシロさん。
 本当にこんな所で会うなんて奇遇ね。
 それにしても…
 そんな風に色んな女性に声をかけているなら…
 気をつけないといけないわね。」
クスリと微笑む。
『うむ。
 存分に気をつけねばならぬな。』
「本当に違うんじゃって!」
頷くシロさんに慌てる験座さん。
本当に面白い人達ね。
「分かっているわ。
 少しからかっただけよ。
 ごめんなさいね。」
微笑みながらからかっていた旨を告げる。
「…某はからかわれていただけという訳でござるな。
 うむ、ほっと安心…
 出来るかッ!
『ふうむ。
 相変わらず良い反応じゃな。』
「が、某の誤解はされていなかったという事で、
 良しとしておくとしよう。
 ところで、見た所大怪我をしておるようじゃが、
 どうされた?」
そういって、私の包帯に巻かれた腕を見る験座さん。
「…ああ。
 これ?
 先ほど戦った狼にちょっと食い千切られただけよ?」
「狼に!?
 それは災難でござるな。
 某が居ればそんな目にはあわせぬかったものを…
 …」
私の答えに心配そうに答え、
不意に口をつぐむ。
食い千切られたでござるか!?
 それは、もしかしなくとも大事なのでは…」
…まぁ、もしかしなくとも大事だけど。
「…まぁ、心配しなくても、
 手当てはしてもらったし、
 その内治るわ。」
別に問題はないのでさらりと流す。
「それならば良いのじゃが…」
『普通は治らんがの。』
「…」
本当に大丈夫なのかという目で見てくる。
「…まぁ、心配いらない。
 本当に治って来ているらしいから。
 それじゃ、仲間を待たせているから、
 また…」
余り追求されても、何故なのかは私には答えようがないので、
そういって一礼して立ち去る事にした。
「お、おお…またでござるよ!」
『うむ。またの。』
見送りを背に、私はその場から立ち去った――

その後新年のお参りをして雷鼓さんに出会う…
その時の話は…秘密。
その後
仲間と合流して道を進む。
予定通りの行程。
この分ならば問題なく外へと出れるだろう。
今日は平原で野営する事に。
…今日もまた、
穏やかな夜を過ごせそう。
願わくば、
夢見が良いことを願う…
……静かに眠りが訪れる……



…目を覚ます。
熟睡できたようで、
今日は夢を見なかった。
それでも、体調は悪い。
右手の包帯をほどいてみると、
手は殆ど完治していたが、
焼け付くように痛い。
この様子だと、
右手を使えそうもない。
…やれやれ。ね。
霊達の集まりも悪いみたい。
どうも…
私の調子にあわせて変動しているらしい。
…それが分かる。
今まではそんな事が分かる事も無かったのに。
…これははたして、吉と出ているのか、
それとも――

…朝の日課を済ませ、
会議は今日は無し。
皆疲れているしね…
メンバーの入れ替えがだけすませ、
早速練習試合。
結果は…まぁ、仕方ないわよね。
そして、遺跡外へ向かうその道筋で敵が現れる。
敵は狼一匹と蜂が二匹。
奴等の強さは身にしみて分かっている…
とても手ごわい。
しかしやらなければならない…
ならば――
戦うまでの事。
勝ち負けは二の次、
今はただ…押しとおるのみ…!

「私達の向かう先を妨害する事は出来ない…!
 何があっても…
 そう――
 何があってもよ!」

* * * * * * * *
――Sequel――

過ぎ去った日々。
もう戻らぬ日々。
あの時の彼女ははたして今何をしているのだろう。
そして何を思っているのだろう。
彼女はまだ生きている。
はたして――

―今もまだ、魅月の事を覚えているのだろうか?



「――だから、ごめんって謝ってるだろう!」
「許せるもんか!
 あれは大切な玩具だったんだ!
 絶対に許さない絶交だ!」
2人の子供が神社の境内で言い争っている。
2人の間の足元には壊れた玩具が一つ。
言い争いは激しくなり、取っ組み合いになるかと思われた。
その矢先――
「これ、やめなさい、2人共。」
静かな女性の声が飛び込んできた。
子供達が声の方を振り向くと、
年は60くらいだろうか?
だが、4,50でも通るくらい、
毅然として若く見える老年の巫女服の女性が其処にいた。
「許してあげなさい。
 玩具くらい私がまた買ってあげるから。」
その女性の言葉に俯く2人。
しかし、玩具を壊された方の子供は頭を上げて反論する。
「でも、九音お婆ちゃん!
 許せないよ!」
そう食いかかる子供の頭をそっと撫でる九音。
「…許せなくても、友達ならば…許してあげなさい。
 謝っているのだから。
 壊したのは悪いかもしれない。
 けれど、貸した貴方も悪い、それに――」
そっと空を見上げる九音。
不思議そうにそれを見守る子供達。
「…謝りたくても…
 その頃にはもういなくなっているかもしれない…
 私はそんな後悔だけはさせたくないの。
 昔、私が突き放してしまった友達のように…
 いろんな事があって、
 当時は恨みもした、怒りもした。
 だけど――
 彼女に罪はない。
 誰よりも優しいが故に――
 それに気づいた時、
 私は取り返しのつかない事をした事に気づいたの。
 だから――そうならないように…ね?」
見上げた空から子供達に視線を移す。
話した子供達も、最初はしぶしぶしていたものの、
仲直りをして笑顔になる。
そして2人でまた遊び始める。
優しく見守る九音。

――魅月、また貴女に会えるかしら。
  私は貴女に伝えたい事があるのだから――

そう願った矢先、1人の人影が神社へ姿を現し――

「――貴女は――」

物語は続いてゆく、
登場人物に生在る限り――
* * * * * * * *

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