練習試合を終えて、次の移動の準備を始める。
それにしても――
1日ゆっくり休んだお陰か、
体調は万全。
問題の無い所まで盛り返す事が出来た。
上々――といっても差し支えはないだろう。
あの状況から、
よく私の体も持ち直したものだと思う。
それと同時に――
私の体がどれほど常人とかけ離れているのかも、
嫌というほど理解させられる。
…でも、最近は不思議な事に、
それが良い事なのか、
悪い事なのか分からなくなってきた。
私は私で変わりがない。
そう――それだけで十分なのではないか、
と思えてきたから。
…私が例え、
どうなろうと…
私は私であろう――
もっとも、問題は山積みなのだけど。
ふぅっ、とため息をつき、用意を整え、
集合場所へと歩を進めていると…
急に辺りが暗くなった。
何事かと思って上を見上げると…
そこに居たのは、
2メートルを越える巨体を持つお坊さんだった。
「――あら?」
「浮かない顔をしてどうしたんだい?お嬢さん。」
外見からすると、
もの凄くいかつくて、
怖がられそうな雰囲気が漂っているものの、
その声色は優しく、
彼――ノルン・アルナーグさんを知るものならば、
きっと口を揃えて良い人だというだろう。
それほどにとても優しい人柄を備えてもいる。
「――少し考え事をしてただけよ、
 ノルンさん。
 相変わらずのようで何よりね。」
「そっかー。
 うん、私はいつも通りだよ。
 何を考えてたのか分からないけれど、
 私に出来る事なら手伝うよ。
 良かったら教えてほしいな?」
クスっと微笑み応える私の頭を、
優しく撫でながら応えるノルンさん。
――本当に優しい人。
とても心地が良い――
「――いえ、本当に大丈夫。
 こればかりは自分で解決しないといけないしね。
 お気持ちだけ頂いておくわ。
 それに、
 本当に困ったその時は頼らせてもらうから大丈夫よ。」
「そっかー。
 それならいいんだ。
 あ、そうそう、
 おいしいお菓子を子供達の為に用意してあげたいんだけど、
 何かないかなぁ?」
「…お菓子…
 ああ、そういえば、
 バレンタインの為に用意して、
 余ったチョコレートがあるのだけど…
 良かったらどうかしら?」
保存しておいたチョコレートを取り出して、
ノルンさんに差し出す。
すると――
「おお、もらってもいいのかな?
 ありがとう。
 それじゃ、遠慮なく頂くよ。」
そういって喜んで受け取ってもらえた。
…良かった。
それにしても、子供思いで、良いお父さんね。
「――それでは、
 そろそろ失礼するわ。
 予定もあるしね。」
「チョコレートありがとう。
 それじゃ、またね。」
一礼をした後に、手を振ってその場を離れると、
ノルンさんも手を振って見送り返してくれた。
――楽しい一時――
クス。
ありがとうと本当にいわなくてはならないのは、
私かもしれないわね――

その後、仲間達と合流し、
遺跡の中を進む。
相変わらず移動は順調だ。
「いつもこう順調だったらいいんだけどねぇ…」
「うん。じゅんちょーがいちばん。」
「――…ごめんなさいね。」
「あ、いやそういう訳でいった訳じゃないから!
 ほら、今回って永く潜る予定じゃないか。」
「――そうね。
 大変になるわね――」
――迷子になった後だからなのか、
それとも、他の要因があるのか、
いつもより、皆と話をしている気がする。
「――トゲトゲしたかんじがなくなった。」
――不意に、
エモさんがぽつりと呟いた。
「トゲトゲした感じ?」
「…うん、トゲトゲしたかんじ。
 まえはもっと、
 トゲトゲしたかんじがあって近づけなかったけど、
 いまは、そのトゲトゲがきえたきがする。
 魅月さんの事だよ?」
「――ああ。
 そういえば、あってから暫くそんな感じだったかもね。
 今も無いとはいえないけど――
 大分柔らかくなった。
 そんな気はするね。」
聞き返した私に、エモさんと奏さんが応える。
――どうしてだろうか――
私は別段変わったつもりはなかったのだけど、
話を聞く限り、
私は変わったらしい。

トゲトゲした感じ…か。
…ひょっとしたら、之も、仲間――
そう。
仲間という事をいつも以上に実感しているせいなのだろうか?
「さぁ、て。
 後一息、皆頑張っていこうか。」
「こんばんのメニューはカレーかな?」
「カレーか、いいねぇ。
 魅月、早く来ないと置いてくよ?」
考え込んでいるうちに、
2人は先にいっていた。
どうやら私の歩みが止まっていたみたい。
――まぁ、考えるだけ無駄か――
「…ごめんなさい、今、いくわ――」
静かに微笑み、2人の元へ。
――とても楽しい。
ああ。この楽しい一時が永久に続きますよう、
そう願わずにはいられない程に――
その日の夜、
私は穏やかな心境で――
静かに眠りについた――

* * * * * * * *
――さあ、始めよう。
学園生活を。
脅かすものなど何もないのだから。
ただ一つ厄介事を抱えたとはいえ、
今はまだ…
その時ではないのだから――



アルバート神父に呼ばれて一週間。
何事もなく、時は過ぎていった。
「おはよう、魅月ちゃん!」
「おはよう、春菜ちゃん。朝から元気ね。」
朝の礼拝を終えると、
いつものように春菜ちゃんが話しかけてきた。
――私は人をあまり寄せ付けないようにしているが、
彼女だけは例外。
最も、彼女は皆に等しく近寄っていくので珍しくもないが。
ただ、1人を除いて。
「だって、毎朝元気にいかないと1日もたないよ。
 それで、さ――魅月ちゃんにもお願いがあるんだけど…」
「何?」
「…凛ちゃんとは、
 何があっても話さないで無視してくれるかなぁ?」
…とうとう私にも来たらしい。
彼女は自分と仲良くしない水野さんを排除する為、
皆から無視させる――
いわばイジメの対象にしているようだ。
…興味はなかったし、
うっすらそうではないと思っていただけだから、
今の今まで確証は無かったわけだけれど。
そして、断れば恐らく――
「…」
「魅月ちゃんなら、協力してくれるよね。」
平穏を望むのならば、
頷くべきだろう。
だが――
とても、気に入らない。
「…私は私の好きなようにするわ。」
そう、正直に答えた。
すると春菜ちゃんはキョトンとした表情を浮かべ…
「そっか…
 ま、いいよ。
 それじゃ、またね――魅月ちゃん」
すぐさま私からはなれて他の友達の方へ移動する。
やれやれ――面倒な事になりそうだけれど、
別に構わない。
私はいつもそうしてきたのだから――
「――ねえ。」
そんなおり、不意に背後から声をかけられた。
くるりと振り向いてみると、そこに居たのは水野さんだった。
「…あら、水野さん。どうかしたのかしら?」
「――なんでアンタは――
 あそこで断ったの?」
「私は私を通しただけ――
 話がそれだけなら、私はこのままいくけれど――」
…どうやら今のやりとりを聞かれていたらしい。
くるりと踵を返し、その場を去ろうとする。
「――放課後、アンタと話したい。
 時間を作ってくれない?
 無理にとはいわないから。
 …不思議な人ね。アンタは。
 誰とも上手くやる八方美人かと思えば、
 芯がある――
 …ちょっと知りたくなったのよ。」
「――どうせ暇だから良いわよ。
 それじゃ、また放課後に――」
背後から投げかけられる言葉を聞いて、
軽く手をふってそのまま教室へ歩いていく。
――面倒だけど――
少し面白い展開ね。
だから――学校はとても楽しい――
何度繰り返しても、
変哲の無い日常が続くのだとしても――
とても、面白い。

――断らないのは簡単。
享受すればそれでいい。
でも、
断るのは難しい。
それが軋轢となって、責め苛むから。
でも、
それが自分を曲げる事になるのであれば…
断る事に躊躇いなど必要ない――

* * * * * * * *



――目を覚ます。
安らかな眠りではあったものの、
現状は代わりは無い。
相変わらず、
起きれば血に濡れた私がここにいる。
――それはそうか――
何があっても、
どんなに幸せを感じていても――
私は私で、
私の問題は何も解決していないのだから――
そんな時、
私のテントにレイナさんがやってきた。
「魅月ー?お願いがあるんだけどさ?
 ……」
「…あら、速いのね。
 お願いって何?
 …?」
「…分かっていてもなれないねぃ。
 いや、まぁ、仕方ないんだろうけど。
 あ、こっちの話。
 えっとね。
 魅月って洗濯得意で、毎朝してるじゃない?
 良かったら私の分もお願い出来ないかなーって思ってさ?」
――成る程。
そういう事か。
クスっと微笑んで私は頷き――
「ええ、いいわよ。
 その手にもってる籠の中の服全部でいいのかしら?
 それくらいお安い御用。」
「良かった!
 それじゃお願いね。」
「ただし――」
悪戯を思いついた子供のような笑みを私は浮かべる。
「え?」
不安そうに聞き返すレイナさんに私は――
「…朝御飯気合はいったのをお願いするわ。」
静かに、お返しとばかりにお願いごとをする。
それを聞いたレイナさんは不安な表情を一転させて、
笑顔を浮かべると。
「おっけ、それぐらいお安い御用さ!
 ――へへ、楽しみにしててね。」
すぐさま了承してくれた。

――その後洗濯を無事すませ戻ってくると、
朝御飯が出来上がっていた。
…丁寧に作られ、
本当に美味しい朝御飯だった――
そんな些細な幸せの中、
会議と練習試合を終えて、
歩みを進めようとした私達の前に、
一匹の巨大な蛾と、
二匹のワラビーが立ちふさがる。
これが、今回の私達の敵らしい――が――

「…今日は私の機嫌がとてもいいの。
 だから、ちょっと優しくしてあげるわ。
 最も――
 私が優しくしても霊達には関係が無い。
 そう――何も変わらないけれども――ね。」



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