c調です! お元気?
ご案内役の、C調です。kindleストアで、好評の「漫画のプロセス」。
漫画を書くのにも、自己啓発の知恵と工夫が、欠かせない。
単なる技術書じゃなく、追及するプロセスの中に、勇気と粘りが、いっぱいつまった1冊。著者の鈴木さんも、ご自分の描き方を生み出すに、ついては、相当、苦しんだみたい。
漫画を生み出すのも楽じゃないんだね!
漫画を作るのにも、一番、大切かも知れないもの。
それは「気」です。
「気」って、気持ちとか、元気、という、私たち人間のすること、生きていくことの、基本中の基本になってるもののようです。
気が、どうにかして、病むと、それは、病気っていうことですよね。
見えない「気」というものに向き合うことも大切みたいですね。
seesaaブログより面白い。「漫画コミュニケーション」
2020/11/04 水 1831
11/05 ちょと修正
seesaa
恩師の河原先生のイラスト塾、通称プロ研究会では、大学在学中の人たちが
多かった。玄関を上がった、先生のお宅のホールまがいの処に、処狭しと、塾生が集まった。
私は、あまり人の集まりは好きではないのだが、好きな処もある。
それで、行く気になってGSX400Fで県道?246号線だったか、それを走って
よく通っていた。それでも、1年未満くらいだったと思う。
GSX400Fを飛ばして(と言うと、それ系だけども、自分は
あまり、ライディングとかは上手くなくて、下手だった。漫画に限らず下手なものばかりだ)
246号から目黒に入ると、何だかホッとしたものだった。
なんだかんだ、浜松から8時間。
最初に、午後の休憩で店を閉じている喫茶店に入って、
水をいただいた事がある。
先生のお宅は、前の道路の角が、交番になっていた。
最初に、友達の佐藤と訊ねた折に、饅頭のおはぎを1箱、
持っていったのだったけど、先生から「交番におすそわけした」というのは、
ここの交番なのだな。
プロ研究会も、一種の集いというか、集会なので、土曜日になると先生
はいつも、ここの交番に挨拶に行っていたらしい。
本当はでも、ネタ探しでもあることは、私は感づいていた。笑
最初の日は遅刻した。10分くらいだったかと思う。
高校の時にも遅刻は常習だったので、
仕方がない。
で、何だか、自分は高卒で終わっていたので、何だか、
武蔵の美大とか、早稲田とかと訊くと、それだけで恐縮が二乗となってしまっていた。
わくわくというより、引け目の気持ちの方が大きかった。
今もだけど、自分は作品とか、特に自分の場合、漫画を持っていった。
ゲストに何らかの、いつも、講師に、プロのクリエイターの先生が
招かれたこともあった。
私の漫画は当時はもう、大体よかったようだ。作品としては。
ゲストの先生から、読み終えた後「どのくらい描いてる?」と訊かれた時は、
正直困った。描いてるという程には、自分は描いていないからだった。
斜め後ろ横にいた、河原先生はニヤニヤしていた。
自分が、そう言われるほどには描いていなかったことと、
何だか、先生には自分が何かと面白く映ってもいたようだった。
ま、先生は奇人変人の類が好きだったと言うので、たぶん、
そうだったのだろうと思う。
二次会はいつも、お蕎麦屋さんなどで、行われた。どっちかと
いうと、こちらの集いの方がメイン(?)今どきの、こう
出会い系のような処もあった。
なんだかんだ、その、美大の方とか、早稲田の方とか、
そうした人たちが中心ともなって、やっぱり、日頃からプロを
目指して活動している人たちの発言というのは、事実に基づくことなので説得力がある。そうした処は感心した。
五月みどりショーでもそうだけど、私は変わっていたし、おとなし目
だったので、そこら辺は、よく、二次会でのネタにされていた。
おとなしくて、すまして黙っていると、先生が紹介して
「彼は、こう見えても(笑い)ねぇ。浜松では鶏肉の卸問屋の息子さんでねぇ」(大笑い)
↑ これには、その後も思い出しては笑ったことがある。
東京くんだりで、卸し問屋の息子さんと言う、言い方をすればひょんきんなことになる。
着てたものが、VANとかで、めかしこんでもいたからそれも、先生は利用したのだろうと思う。
ひょんきんなことになるについては、色々と河原先生は、こうした場面でよく、
(暗に)教えてくれたものだった。
先の、「どのくらい描いてる?」の言葉にしても、自分はすぐに、「ウラ」を思っていた。
「あぁ、先生の差し金かもしれないな。自信を付けさせようとして、ゲストの先生が
そう言ったのだ」みたいな。
早稲田とか、美大と訊くと何だか、恐縮していたけど、こうした感覚はそれほどの
ものでもなくて、どうも、何かと自分は感じやすいみたいだ。
過敏なので、(これは保障します)その都度、大げさに感じてしまうのだ。
そうでなくて、ネガティブな部類にカテゴライズすると、それは当てはまらなさそうだ。
だって、そんなネガティブだったら、2000人の歌謡ショーに出て、ボケかましたりするはずもない。
かの、ギター流しの人も、(後年連れだっても居た)神経質だったが、
仕事では度胸もよかったし、はったりからユーモアもあった。どんどん、
お客さんを掴んでいた。
河原先生は、どこかこう、ピクピクした人だった。それはすぐに感じた。
ピクピクとは神経の感度みたいなことを言っている。
私を評して変わっていると仰っていたのは
たぶんに、面白いということだったのだと思う。
マスコミ人というのは多分に、感覚的だ。
作品を前にしても四の五のとかの理屈を言わない。
それはそうと、今目刺しているのが、この3年越しかに身体で覚えてしまった、
なんて言うか、禅の座り具合のことだけども、これを、今度から、日常の場面でも、
そういう風にといった具合になるように、と、考えた。
どうも、家でくつろいていると、川縁での、そうした空無に通じるような在り方とは、
まるきり違ってしまっているので、
そんな処を改めた方がいいことに気が付いた。
これまで、川縁でそんな風にはなるので、それでいいと考えていた。
これは(それでいいと思っていたのは)
「つい」考えたのであって、理由とかはない。
強いていうと、自分の欠点で油断。
日常でも、そうした座り具合でいる方がいいと気が付いた。
確か、数日前くらいだと思う。
禅道場などで、勉強して、その都度には、気持ちが静かになったとしても、
また、日頃の仕事や、遊びの喧噪に巻き込まれてしまうというのが常じゃないだろうか。
それと、(関係ないけど)9月頃に、ばかすか買った、(amazonで)50000円分も買った本だけど、
半分はマーケットプレイス行きとなった。状態はすこぶる良いので。
でも、5万円分買ったおかげで、概念道具説というのが如実に解った。
そのことは好かった。
以前はそうして、川縁の時と、仕事に向かう時に座りというのがあって。
でも、これを出来れば日常でも ~って、思う。
だけど、仕事中は難しい。多分、無理。
だって、接客などでは、概念まみれにもなるので、どうなのだろ?
いつでも、そんな風というのは無いと思う。
それが生かされているとか、でも、それは、無とは言わない。