中空を切り裂いて、弾丸が走る。定められた着弾点に髪の毛一本ほどの狂いもなく向かったそれは、到達すべき点を十数センチ前にして「透明な壁」……フロントガラスによって前進を止められた。その壁の向こうで、男の顔が余裕の笑みを浮かべる。
間髪入れずに放たれた次の弾丸は、先ほどのものより下方を狙っていた。フロントガラス……ボンネット……さらにその下、接地した右前部のタイヤを目指した弾丸は、クワガタの顎のように変形したバンパーで弾き返される。
「ウヒャホハ! 効かんなぁ〜、弾丸なんぞッ! 『運命の車輪』は近距離パワー型! そこらのクソ車とはデキが違うのよぉ〜ッ!!」
運転席のズィー・ズィーがフロントガラスをコツコツと叩くと、外側でめり込んでいた弾丸がポロリと落ちた。
35メートル前後の幅を持つ川、その川に沿って伸びる遊歩道をズィー・ズィーの駆る『運命の車輪』が突き進む。正面、80メートルほど先にあるジョンガリ・Aの姿……それが遊歩道の左側に立つ、近くの街路樹に隠れた。
木の陰から銃口だけが伸びるのが、ズィー・ズィーにかろうじて見えた。しかしその銃口の向きは、これまでの自分を狙った方向ではないように見える。ズィー・ズィーが銃口の先を目で追うのと、3発目の銃弾が撃ち出されたのはほぼ同時だった。
「……アレは!?」
川の表面から5メートルほど上、つまり遊歩道とほぼ同じ高さ。そして『運命の車輪』の右前方約20メートルの位置に、スタンド『マンハッタン・トランスファー』が待機していた。弾丸が到達するや、『マンハッタン・トランスファー』がその弾道を『運命の車輪』へと変える。
「ヤツのスタンドかッ! (そしてこの方向は!)」
右後方のタイヤに弾丸が到達する寸前、装甲が上から伸びてタイヤを覆い隠す。弾丸はその装甲に突き刺さって止まった。ホッと息をつこうとしたズィー・ズィーは、その前に右のガラスに撃ち付けられた4発目の打撃音に、ビクッと背を震わせる。
「なるほど、なんて鋭い銃撃だ。これが『死刑執行人』のスタンド能力……しかしよぉ……」
アクセルを踏み込む。
「オレには当たらねぇぜ! そしてこの街路樹のようにッ! このままテメーを!」
『顎』を開け閉めさせて、並んでいる街路樹を次々にへし折りながら、『運命の車輪』がジョンガリ・Aに向かって爆走する。
「ブチ折って轢き殺すッ! クソ野郎ッ!!」
ライフルから空の薬莢を地面に落としながら、ジョンガリ・Aは街路樹の陰で目を細めた。白く濁った瞳で『運命の車輪』を睨みつける。
「58、57、56……なるほど、なんて頑丈な車体だ。本体があれに覆われているというのは少し面倒だな……まぁ、面倒なだけ、だがな。……51、50。限界だ」
右手で銃身を持つと、踵を返して後ろに走り出す。左肩に背負った軍用のバッグから、ガシャガシャと金属音が響いた。街路樹の途切れたところで左に曲がる。前方に、黒い建物がおぼろげに見えた。
「このアパート……」
呟きながら、自分の前でライフルを振るう。ブチッと音を立てて、張られていたテープが千切れた。
「入り口にテープ、か……来い、『マンハッタン・トランスファー』!」
「ウヒャホッ! 徒歩で逃げようってのか? んむ!?」
背を向けて走るジョンガリの姿。それを隠すかのように川の上から音もなく移動してきた『マンハッタン・トランスファー』が、『運命の車輪』の目前を横切ろうとする。ズィー・ズィーにはそのスタンドの形や動きが、とても頼りないものに見えた。
「……チンケなスタンドだ。くたばんな!」
勢いに乗った『運命の車輪』が『マンハッタン・トランスファー』に激突する! しかしその瞬間、『マンハッタン・トランスファー』は『運命の車輪』のボンネットの上にふわりと浮き上がった。ボンネット上を紙くずのように転がり、フロントガラスを上る。車体上部に生えた角のような突起をS字を描くように次々と避けて、車の後ろへと抜けていく。そして何事も無かったかのように遊歩道を横断し、その向こうの建物へと消えていった。
「……あ? なんだ今の? なー、な、な、な……何かされたか?」
そのスタンドのあまりの手応えの無さ、そして奇妙な動きに、ズィー・ズィーは口をぽかんと開けて見送っていた。