昔はやった言葉「自己否定」
一知半解さん、ご苦労様です。
私の学生時代、当時の若者に流行していた言葉は「自己否定」でした。「自己否定」なんてそんなことが簡単にできるわけがないじゃないかと私は思っていましたが、いつの間にかその言葉は「他者否定」に転化していて、結局それは「自己正当化」のためのマネーロンダリングだと分かりました。
自虐史観といわれる歴史観もこういう仕掛けになっていたのです。大切なことはこの自己欺瞞に気づくことです。また、一見これと逆に見える美談史観も、自己陶酔による自己欺瞞に陥っている点は同じで、これでは何にもなりません。
事実は、個人もその集まりである民族も、それぞれに長所と短所があると言うこと。その長所を生かし短所を是正することでしか生きられないということ。そのためには長所を大切にしなければいけないが、短所に目をつむってもいけない、ということだと思います。
日本の歴史を振り返ってみると、日本民族は人災というものをあまり経験してこなかったようですね。だから、災害は自然災害ばかり。万葉集の山上憶良の漢詩文などを見ても、病気や老衰や災害の嘆きばかり。貧乏も自然災害のように書かれています。
恐いのは人間ではなく自然だったのです。だから、そうした自然を無常として運命的に受け入れると共に、それを畏れ崇敬したのでしょう。しかし、こうしてできあがった自然思想が、反面において人間のリアリズムを見えにくくしたことも事実のようですね。
その弱点が太平洋戦争で露呈したわけで、その百万を超すと言われる広義の餓死者の出現こそ、実は最大の人災だったといわなければなりません。さらにこの人災の深刻なことは、それが他国によってもたらされたものというより、同胞によってもたらされたものだと言うことです。
つまり、そうした人災を引き起こす要素を私たちは持っている。それは自然災害よりもはるかに大きな災害をもたらした。この事実を見据えることが日本人には必要なのです。確かに、祖国の存亡の危機に際して自らの命を投げ出す自己犠牲の精神は讃えられるべきです。しかし、餓死では死んでも死にきれないでしょう。
山本七平はこの事実を、フィリピンの餓死戦場からの生き残りとして、戦後世代に伝えようとしたのです。ところが、これが左からも右からも容易に理解されない。今なお、この隠れようもない人災を美談に変えてしまう弱さがある。
あきらめないで議論していかなければ・・・と思ったことでした。
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