池田信夫氏の丸山真男及び山本七平理解について――
日本文化の「古層」より「武士のエトス」を重視すべき

2011年11月25日 (金)

池田信夫氏が、「アゴラ(言論プラットフォーム)」及び「池田信夫blog」における所論で、たびたび、丸山真男の「古層」論や山本七平の「空気」論に言及しています。現在のホットイーシューである原発問題やTPP問題をめぐる議論において、事実論と価値論が混同されたり、「是・非」論に終始して「可能・不可能」が論じられなかったりして議論が混乱していますが、これらの原因を見極め問題点を解決するのに、このお二人の日本思想史研究が極めて有効となっているからです。

 そこで、これらの問題点を一層明確にするため、私なりに池田氏の丸山真男及び山本七平理解について敷衍的な説明をさせていただきたいと思います。また、氏の丸山真男及び山本七平理解は、私のそれと少し違う部分もありますので、その辺りも指摘させていただいて、両者(丸山及び山本)の論の理解をさらに深めるとともに、上述したような日本人の思考法を改善する上での参考としていただきたいと思います。

2011年10月01日 18:53 「池田信夫blog」(メディア)
朝日新聞の「第二の敗戦」

 この記事は、3.11以降の朝日新聞の脱原発に関する議論が〈「1945年8月14日の(朝日新聞の)社説と、気味が悪いほど似ている。共通しているのは、可能か不可能かを考えず、理想を掲げて強硬な方針を唱える姿勢だ。戦時中は大本営に迎合し、敗戦すると一転してGHQに迎合する。高度成長期には電力会社に迎合して原発推進キャンペーンを張り、事故が起こると一転して「原発ゼロ」に転向する。福島事故は、朝日新聞にとっての「第二の敗戦」なのだ。〉と言うものです。

 このように「空気」を読んで大衆に迎合する傾向は朝日新聞に限らない。これは大学の先生と生徒の関係においても、会社の上司と社員の関係においても見られる。そうすることが良い点数をもらったり出世の条件となるからだ。そして、こうした迎合的態度によって「支配的になった空気は、破局的な事態に直面するまで変わらない。そして最終的に破綻すると、空気は一挙に変わる。」

 〈これを「日本的ジグザグ型進化」と呼んだのは山本七平だった。彼は70年代の反公害運動を冷静に分析し、そこに日本軍と同じ行動を見出した。〉

tiku この日本人の迎合的態度は、その「二人称的世界」における「和を以て貴しと為す」伝統から来ているのです。そのため、この世界は三人称の世界を意識しない、それ故に一人称の発達も抑えられてきたのです。これが日本人における論理を独特のものにした。ベンダサンはそれを「てんびんの論理」と名付けました。

 その論理を簡単に説明すると、「てんびん」の一方に「実体語」(=本音)を置き、他方に「空体語」(=建前)を置く。そして、そのてんびんの支点には日本人独特の「人間的」観念が置かれていて、それは、日本人独特の「自然観」の上に立っている、というものです。問題は、この「実体語」が言葉で定義されないこと(つまり本音を口にしない)こと。一方「空体語」は声高に主張されるが、「実態」から遊離した建前論=空論となること。ただし、両者が支点である「人間的」観念でバランスされている限り、組織の秩序は維持される。

 ただし、「現実」が極めて重くなると、それとバランスさせるための「空体語」はますます現実から遊離して「空気」が醸成されることになる。そして、人々がその「空気」に支配されるようになると、支点としての「人間的」観念が非現実的な「空体語」に引き寄せられ、てんびんのバランスが壊れひっくり返る。その時、天秤皿の上の言葉は失われて自然状態(国破れて山河あり)に帰り、心機一転、現実とのバランスを求めて新たな「空体語」が積み上げられていく。この繰り返しが、朝日新聞の上記のような社説の変遷にも典型的に見られるのです。

 では、こうした「てんびんの論理」のもつ欠点をどう克服するか、ということですが、簡単にいえば、「実体語」を言葉でしっかり定義すること。「空体語=未来像」を先に言葉で定義した「実体語」から遊離させないようにすること。支点となるべき「人間的」観念を自らの思想として明確に把握すること。その上で、自らの思想を、実態と未来の時間軸に選択的に位置づけることです。この際大切なことは、自分の言葉の時間軸における責任を明確にするということです。

2011年10月01日 21:00 「池田信夫blog」( 科学/文化)
放射能という迷信

〈さっきの記事の続き。山本七平の日本人論は彼の宗教論とからんでおり、学問的には疑問もあるが、最近の反原発ヒステリーを分析するには適している。〉

tiku ここで、宗教と学問は別に矛盾しないのでは?なお、「最近の反原発ヒステリー」の原因として、山本七平の指摘した、日本人における「対象を物神化し臨在観的把握する伝統」の存在を紹介しておられるのはその通りだと思います。これが日本人が容易に「空気支配」に陥る第一の原因なのです。

 では、こうした日本人の事実認識上の問題点(=自己と認識対象を一体化すること)をどう克服するか、ということですが、山本七平は、対象の「対立概念」による把握ということを言っています。これは異なった視点からの対象把握を複数重ねることで、はじめてより真に近い対象把握が可能になる、というものです。もちろん、その視点相互の関係が把握されていなければどうにもなりませんが。

〈「山本は、こうした傾向を日本特有の「アニミズム」だとしているが、これはおかしい。物体に付随する「空気」が感情を呼び起こす現象は「スーパーセンス」と呼ばれ、世界各地で迷信の生まれる共通のメカニズムである。〉

tiku こうした「臨在観的対象把握法」を「アニミズム」と規定してしまってはそれ以上の分析はできません。それは山本よりむしろ丸山の認識に近いような気がします。山本の「空気の研究」はそこに止まらなかったことからこそ可能になったのだと思います。

 山本はこの「空気の研究」によって「空気支配」からの脱却を説いたのです。では、その「空気支配」はどこから生まれてくるのか。その論理構造を図式化したのが、冒頭に説明したベンダサンの「てんびんの論理」でした。では、そこから生まれる「空気支配」をどう克服するか。

 より具体的にいうと、まず実体(or過去)を事実論として多角的な視点から検証しそれを言葉で確定(=定義)すること。次にその問題点をどのように克服すべきか、その仮説モデルを言葉で定義すること。さらに、両者を実現可能な方法論(=言葉)で繋ぐということ。こうした言葉による創造的な問題解決法を身につける、ということです。

 なお、日本では、「実体」や「仮説モデル」をあえて言葉で定義しなくても、両者のバランスをとることで秩序を維持してきました。しかし、これができたのは、「実体」が感覚的に共有され、先進国「モデル」があり、かつ「人間的」観念がメンバー間で共有されていたからです。それは、日本が大陸から適当な距離離れた島国であったためであり、武力侵略を受けず、大陸文化をモデルとして、それを選択的に学ぶことができたからです。日本文化は、そうした地政学的•歴史的産物なのですね。

 つまり、〈日本で非論理的な「空気」や迷信が根強く残っているのは、「極東の海に隔てられた別荘」で長い平和を享受してきたせいだとすれば、その呪縛を解くのは容易なことではない〉ということになります。ただし、これはあくまで「地政学的・歴史的産物」であって、日本は明治以降、鎖国政策をやめて主体的に開国し西洋近代文化を受け入れてきた国ですから、こうした思考上の問題点を克服できないはずはありません。

 ただ、ここで注意すべきことは、戦後はアメリカに安全保障を依存したために、明治期の独立自尊の精神が失われ、幕末的な「攘夷思想」が醸成され鎖国マインドが復活してきたことです。では、明治期の開国では、いかなるマインドがこれを可能としたかということですが、実は、これは江戸時代以前、鎌倉時代以降発達してきた武士的実力主義的・合理主義マインドであった、ということができます。

2011年10月02日 14:43 「池田信夫blog」(本)
日本人とユダヤ人

〈ユダヤ教やキリスト教というのは、日本人にとってわかりにくい世界である。2人の社会学者がそれを論じた『ふしぎなキリスト教』は、日本人のキリスト教理解のレベルの低さをよく示している。アマゾンの書評欄で多くのキリスト教徒が怒りのレビューを書いているが、こういうでたらめな本が売れるのもよくないので、ちょうど40年前に出版された本書を紹介しておこう。

tiku 日本人のキリスト教理解の根本的な間違いについて、私が一定の理解を得ることができたのは山本七平のおかげでした。『不思議なキリスト教』は私はまだ読んでいませんが、かっては一神教であるキリスト教に根ざす近代文明を覇道文明と決めつけ、それに対して東洋文明を王道文明と自己規定して結果的に中国を侵略することになった、その同じ間違いを、多くの日本人が繰り返している様な気がします。この点、日本人にとってキリスト教的な一神教的発想を理解することがいかに大切か、ということを痛感します。

〈本書はイザヤ・ベンダサンというユダヤ人が書いたことになっているが、今ではよく知られているように著者は山本七平(と何人かの外国人)である。これは一時的なお遊びだった(ペンネームも品のよくない駄洒落)と思われるが、300万部を超えるベストセラーになって引っ込みがつかなくなったのか、その後も山本はベンダサン名義を使いわけた。本多勝一との「百人斬り」論争は、内容的には戦地を知っている山本の勝ちだったが、匿名で批判を続けたのはフェアではない。〉

tiku 山本自身はこの本について編集者であることもコンポーザーであることも否定していませんが、著作権は持っていないと言っていました。この本は山本を含めた三人(後二人)の合作で、それにベンダサンという一つの人格を設定し著者としたのだと思います。本多勝一との「百人斬り」論争は、諸君紙上でベンダサン名で行われた(後『日本教について』所収)ものだけで、その後は、山本自身の著作(山本の「日本軍隊論四部作」など)で行われています。この『日本教について』は、滝沢克己が『日本人の精神構造』で詳細に論じており、日本人としては大いに学ぶべき点あることを繰り返し指摘しています。

〈本書については多くの批判があり、そのキリスト教理解には怪しい部分もあるようだが、数十年ぶりに読み返してみて、以前とは違う部分が印象に残った。〉

tiku この本については、旧約聖書研究者の関根正男氏や神学者北森嘉蔵氏をはじめ、この本を日本のキリスト教理解の盲点をついたものと高く評価した人は沢山います。wikiでは浅見定雄氏による酷評が紹介されていますが、小室直樹氏はこの浅見氏の『にせユダヤ人と日本人』について、次のように批判しています。

 「アマチュアではあるけれども才能もあって、一生懸命努力している人には、プロは、いろいろ助言して励ますべきもの」であって「細かいことで難癖を付けてつぶしてやろうなどということは、一切しないのが常識である」「山本七平先生はただの一度も自分は聖書学者だとは言ってはいないのである。・・本人が署名する場合は、山本書店主と書くし、自分では自分は編集者だと言っているのである」「山本七平先生は学問的には全くの素人であるが、天才的な素人なのである。あの人の直感やフィーリングは、専門家としては最高に尊重すべきものだ。確かに山本さんの理論には、学問的に厳密に言えば、いろいろな点で欠点があるだろう。しかし、そういう批判は、相手が学者の場合にすべきなのであって、相手がそうでない場合は、目をつぶるのが当たり前ではないか」

 浅見氏は学者の立場ではなく自分のイデオロギー的立場から、山本を「細かいことで難癖を付けてつぶしてやろう」としたように思われます。そのため、山本七平の提示した、日本教及びキリスト教に関する日本人が学ぶべき貴重な知見の多くが、その価値を減殺されることになりました。この件は、関根氏や北森氏の態度と比較してみれば、その問題点は明らかですね。

〈日本が非西洋で唯一、自力で近代化をとげた最大の原因が、海に隔てられて平和だったからだ、というのは、梅棹忠夫なども論じた古典的な日本人論で、今日ではほぼ通説といってもいいだろう。山本の独自性は、これを彼が経験した軍の非人間性と結びつけ、戦争を知らない日本人が慣れない戦争をやるといかに残虐で間抜けな戦いをするかを明らかにしたことだ。〉

tiku このことについては先に言及しましたが、要するに日本文化は近代戦争に向いていないということですね。ただし、「それは恥ではない」と、山本七平は言っていました。

〈山本も指摘するように、「同じ人間だから」という信仰にもとづく「日本教」は、平時にはきわめて効率がよい。不利な気候条件で稲作をやるために厳密にスケジュールを組んで全員一致で農作業を行なう「キャンペーン型稲作」は、勤勉革命と呼ばれる労働集約的な農業を生み出し、これが近代以降の工業化の基礎になった。〉

tiku 人間には遍く「仏性」が備わっているとした法華経の教えが、「仏心」→「本心」となり、脱宗教的な日本教の「人間性」信仰となった。さらに、そうした人間信仰に支えられて、仏行=修行=労働となり、日本人の「勤労のエトス」が形成されることとなり、それが日本資本主義精神となった、というのが、山本七平の説いた『日本資本主義の精神』でした。

〈しかし長期的関係に依存する日本教は、戦時のように社会のフレームが大きく変わるときは、弱点を露呈する。敵に勝つことを至上目的にしなければならない軍隊の中で、勝敗よりも組織内の人間関係が重視され、面子や前例主義がはびこり、組織が組織の存続のために「自転」するのだ(『一下級将校の見た帝国陸軍』)。〉

tiku こうした「人間性」信仰に支えられた日本の組織は、例えそれが軍隊のような機能集団であっても、否応なく共同体に転化する、いや共同体に転化しなければ機能しない、というジレンマを抱えている。従って、この集団が機能性をフルに発揮するためには、この機能性と共同体性を両立させなければならないが、そのためにはその組織が常に倒産の危機にさらされていることが必要となる。この点、日本の組織は経営体に適している。従って、この倒産の危険のない公務員組織は必然的に共同体化し、機能しなくなり、〈面子や前例主義がはびこり、組織が組織の存続のために「自転」する〉ようになる。

 戦前は、日本軍が共同体化し、絶望的な情況の中で「空気支配」に陥り「玉砕」を繰り返すことになりましたが、では、なぜ、この最も冷静かつ合理的な判断が求められる軍隊が、こうした「空気支配」に陥ったか。

 その第一の原因は、リーダー達が、独りよがりの王道文明論や現人神思想に陥り戦争のリアリズムを見失ったためです。明治期のリーダー達は、脱藩や、戦争・政争も経験した人たちで、人間のリアリズムを骨身に徹して知っていました。しかし、昭和のリーダー達は、幼年学校出のエリート軍人たちであって、彼等が陸大を卒業し現役となった時は日露戦争が終わっており、また第一次世界大戦の大量殺戮も経験しなかった。さらに社会主義的理想主義が風靡した時代だった。つまり彼等はプライドだけは異常に高い観念的軍人たちだったのです。それらが彼等が「空気支配」に陥りやすい条件となっていたのです。

〈こういうとき大きな発言力をもつのが、客観情勢を無視して「空気」に依拠して強硬な方針主張する将校だ。辻政信はノモンハン事件や「バターン死の行進」をもたらし、ガダルカナルでも補給を無視した作戦で2万人以上を餓死させた。牟田口廉也も、無謀なインパール作戦で3万人余りを餓死させた。「数十兆円のコストをかけてもすべて除染しろ」と主張する児玉龍彦氏や朝日新聞は、さしずめ現代の辻政信というところだろうか。〉

tiku その辻正信は、戦後、戦犯を逃れて逃亡し、追放解除後、衆議院議員4期、参議院議員1期を務めています。山本七平はそれを許した日本のマスコミを厳しく批判していました。

〈こういう歴史をかえりみると、財政危機という「戦争」に直面している日本人に、まともな意思決定ができるとは思えない。「増税しないで日銀引き受けしろ」という辻政信のような強硬論が出てくるのも相変わらずだ。破綻がどういう形でやってくるかはわからないが、日本人はそういう「ジグザグ型進化」には慣れているので、どうせ破綻するなら早いほうがいいと思う。あと10年もたつと、高齢化して立ち直れなくなる。〉

tiku 池田先生には「増税しないで日銀引き受けしろ」という論者とガチンコで論争してもらいたいですね。手遅れにならないうちに論争らしい論争で決着を付けてもらいたいものです。

2011年11月04日 01:32 「池田信夫blog」科学/文化
開国と攘夷

〈TPPをめぐる政治家の動きは、尊王攘夷で騒いだ幕末を思い起こさせる。丸山眞男の有名な論文「開国」(『忠誠と反逆』所収)は、この前後の日本の動きを精密に読み解いている。当初は開国を決めた徳川幕府に対する反乱だった尊王攘夷が、いつの間にか開国に変わった経緯については、いろいろな説があるが、丸山が重視するのは、身分制度に対する反抗そのものが開国のエネルギーを内包していたということだ。〉

tiku 「身分制度に対する反抗そのものが開国のエネルギーを内包していた」というのは先に言及しましたが、全くその通りだと思います。ただし、それは必ずしも「古層」によるものではなく、武士的合理主義・実力主義の伝統によるものだと考えます。「古層」からこの武士的「作為」が生まれていることを、丸山真男は知ってはいたが十分説明できなかったのでは?

〈日本のように短期間に排外主義が対外開放に変わった国はほとんどない。清は西洋諸国を「夷狄」と見下して真剣に対応しなかったため、侵略されて没落した。これに対して日本の天皇は中国の皇帝のような絶対的権力をもっていないため、相手のほうが強いと見れば妥協し、「富国強兵」のためには西洋の技術を導入する使い分けが容易だった。〉

tiku つまり、日本の鎌倉時代以降の天皇制は「武士が立てたる天皇」(=後期天皇制)で、政治権力からは実質的に切り離され「やわらかに」存在する象徴天皇制となっていたということです。明治の政治家は、この天皇を統一日本国の統合の中心とすると共に、後期天皇制の伝統を生かして、それを立憲君主として明治憲法上に位置づけたのです。それによって、日本の近代化は可能となりました。

〈西洋文明の本質的な影響を受けないで、その技術だけを取り入れることができたのは、このような「日本的機会主義」のおかげである。それが可能だったのは、日本人の「古層」の安定性が強かったためだ。伝統的な社会の規範が弱いと、西洋の技術と一緒に入ってくるキリスト教などの文化に影響されて社会秩序が動揺するが、日本ではそういう混乱がほとんど起こらなかった。〉

tiku 「古層」の安定性が強かったから、和魂洋才が可能となったとは、必ずしも言えない。むしろそれは、先ほど述べたように「身分制度に対する反抗そのものが開国のエネルギーを内包していた」ことによるもので、こうした伝統は、江戸時代以前の武士的実力主義・合理主義の伝統の中から生まれたものであり、そうした実力主義とその安定装置としての二権分立的象徴天皇制を組み合わせたところに、明治の創見があったと見るべきではないでしょうか。

 従って、変えるべきは「古層」ではなく、明治維新において倒幕イデオロギーとなった尊皇思想が持っていた観念的「王道思想」や「一君万民平等思想」からの脱却(明治維新の元勲にはそれができた)ということではないでしょうか。つまり、これはイデオロギーなのであるから、その思想史的系譜を知ることができれば、比較的容易にそれを対象化できる。その上で、明治維新に「身分制度に対する反抗そのものが開国のエネルギー」を供給した日本の武士的実力主義的・合理主義的精神を再評価すべきではないか。

〈TPPには、かつての開国のような大きなインパクトはないが、それに反対する政治家の行動は、幕末に下級士族を藩に縛りつけようとした藩主に似ている。彼らは、開国によって社会が流動化すると、農業利権のアンシャンレジームが崩壊することを知っているのだ。彼らがグローバル競争を恐れる気分はわかるが、競争を否定してもそれをなくすことはできない。

tiku 彼等は、すでに武士ではなく官僚化していた、と見るべきでは。

〈特に今後、中国のプレゼンスが高まる中で、日本が米中の「G2」に埋没しないためには、積極的にアジアの経済統合のリーダーシップを取る必要がある。〉

tiku その際注意すべきは、アメリカとの同盟を維持すること、中国との関係については、かっての「東洋王道文明論」に陥らないようにすること。

アメリカという父親「アゴラ」(2011.11.10)

tiku TPPに関する議論について、なぜ、この件で日本人に、アメリカに対する「被害者意識」が露呈するのかと言うことについて、池田氏は、再び丸山の「古層」論を持ち出して次のように説明しています。

〈彼等は、父親を拒否して回帰すべきモデルをもっていない。丸山も指摘したように、「古層」は本質的には古代的な閉じた社会の意識であり、それを近代の開かれた社会で維持することは不可能だからです。それでも人々の中に1000年以上かかって刻み込まれた閉じた社会のモラルは、容易に消えない。この葛藤を、われわれはこれからも長く背負っていかなければならないでしょう。〉

tiku これについても、丸山真男の「古層論」(=成る、生む、いきおい)だけでは中華文明という普遍文化の周辺文化としての発展してきた日本文化の特質を捉える事は困難だと思います。「父親を拒否して回帰すべきモデルをもっていない」というのは、中国、次いでヨーロッパの周辺文化として、戦後はアメリカの被占領文化として「モデル」を他に依存してきた日本文化の一面を表すものではありますが、その一方で、先に述べたようなオリジナルの思想的営為も見られるのであって、そうした伝統を生かして次の開国に備えることが、今日、求められているのではないかと思います。

最終校正11/26 10:30