山本七平とイザヤ・ベンダサン2

2007年5月29日 (火)

 「以前は、『ベンダサンはあなたではないか』といった質問をよく受けた。そういうとき、私は『日本は法治国家で、ちゃんと著作権法がある。著作権法に基づく著者の概念においては私は著者ではない』とまず答える。ペンネームだと断定した雑誌があったが、ペンネームとは著作権を本名の人がもっている場合にしかいえないことで、私が著作権を持っていないのに、そうであると私がいったらウソになる。私は出版屋だから、著作権・出版権の間系は明確にしておきたい。従ってこれをあいまいにするようなことはもちろん言ったことがない。」(『山本七平の知恵』「ベンダサンと山本七平氏」実業の日本)

 「『共著ですか』って聞かれることがあるんですが、もちろん違います。共著ということは著作権の半分をもっているっていう意味なんですから・・・。私は、もっておりませんから『違う』というだけです。著作権というのは言うまでもなく財産権ですから、この点では、この質問は、ある意味では、土地を指して、『これはあなたの土地ですか』という質問と変わらないわけですよ。・・・
もちろん著作権という言葉は、単に印税の受領権ではなく、その本の内容について最終的な絶対権を持っている人でしょ。その人が改訂するといえば改訂しなければならない。また、こちらがこの点を改訂したいと思っても、その人が否といえばできない。また、こちらが売れるからもっと発行を続けたいと思っても、絶版にせよ、といわれれば絶版にしなければならない・・・。いわばその本の生殺与奪の権を握っている絶対者ですよね。従って、著者=著作権者以外のものが、内容にどれだけ関与したかといった問題は、いわば、”助手がどれだけ任務を果たしたか”という問題にすぎないわけですよ。これは、主任教授の下での共同作業の成果の発表などでもある問題ですが、その著作の成立にあたって最終的決定権を持っている人が、著者=著作権者でしょう。そして著者という言葉は、著作権者よりも強い意味をもつはずです。著作権の保有者なら、相続でもなれますからね。ただそれは、著者の権利のすべてを受け継いだわけではないでしょう。・・・」(『人生について』p212)

 私自身、かって、イザヤ・ベンダサンは山本七平のペンネームだろうとか、あるいは共著者ではないか、などと考えたことがありましたが、こうした文章を見ると、やはりちがうと考えざるを得ません。といっても、イザヤ・ベンダサン=山本七平ということは、ご家族の証言もあり、氏を支持する人もしない人も含め言論界の一致した見解となっていることも否定できません。で、いまさら何を?と思わないわけでもないのですが、長い愛読者の一人としては、やはり、氏の言葉によってその間の消息を理解するほかないと思うのです。

 「── ただ、山本七平説がしばしば出てくるというのは、ベンダサンの書いたものと、山本さんの書いたものに共通点というか、何か通じ合うものが感じられるからではないでしょうか。
山本 それはあると思いますよ。ただ出版社としては、あのたぐいの本は、こちらとして、見方もしくは考え方に共通点がないと出せるものではないんですよ。こういった例は少しも珍しくないんですよ。また、一時、北森嘉蔵説も随分あったでしょう。
── ありましたね。
山本 やっぱり、どこか似通った考え方があるからでしょうねえ。『日本人とユダヤ人』については、まあいろいろな書評が出ましたが、『福音手帖』の北森さんとチースリクさんの対談はおもしろかったですね。また、『月刊キリスト』の新見宏さんとラビ・トケイアさんのも・・・。私としては、ベンダサンがどこにいるとか、誰々説なっていうことにみんなが興味を持つより、内容のある、ああいう書評が、もっと出てくれるといいと思うんですよ。そうすると、そこから新しい問題も出てくると思いますから。」(同書P215)

 この箇所を読んで、この二組の対談を読んでみたいと思い、全国の図書館を検索して、ようやく鹿児島の純心女子短大の図書館で見つけることができ、コピーを送ってもらい読むことができました。とりわけ北森嘉蔵(神学者)とH・チースリク(キリシタン研究家)の対談「日本人の宗教心」─イザヤ・ベンダサン『日本人とユダヤ人』をめぐって─は興味深く、またそれを繰返して読むうち、極めて重要な問題が提起されていることに気がつきました。

 本対談は、司会者の次の言葉から始まっています。
「チースリク神父様はキリシタン研究家、日本語でご本もお書きになるほどの日本通です。北森先生は、ある意味で日本を代表する神学者。イザヤ・ベンダサンの『日本人とユダヤ人』が出版されてから1年以上になりますが、大変な反響を呼びました。とくにクリスチャンにとって、この本はショックを与えたのです、信仰に対して自信を失わしめた、といっている人も多いようです。」

 では、この本のどういうところが、それほどのショックをクリスチャンに与えたのかというと、北森教授は、ベンダサンが「日本教」=「天秤の論理」の世界に神は住みうるか、という問いを発しているところだといっています。それをうけて司会者は「なぜわれわれがショックを受けたかというとを、別の言い方で申しますと─たとえば、われわれは『血も涙もない』ということを非常に嫌うわけです。神に対しても、血がかよい、涙もある神をどうしても日本人は求めるわけですね。(中略)ところが、イザヤ・ベンダサンの出した問題は、・・・何かそういう、血や涙のあるような信仰の持ち方はうそなのではないか。神と人との関係は、血縁関係のような、そんな人間的なものではなくて契約で結ばれた養子関係である。非常にドライなのだ。それに日本人は気がついていないのではないか。─そういうふうにいわれると、こちらは実に不安になってくるわけですよ。」

 ここで、この「天秤の論理」というのはどういうものか説明しておきます。これは、日本人が、他者との関係や社会的問題を処理する際に無意識的に用いる「考え方の型」について述べたものです。日本語には「実体語」=「ホンネ」にあたる言葉と、「空体語」=「タテマエ」にあたる言葉があり、まず、「実体語」が「現実」に対応して生まれると(=天秤の皿の上に乗ると)、それとバランスするように「空体語」が、分銅(重さを量るための尺度)として積み重ねられ、そこで得られる平衡点において、一定の判断を得ようとする日本人独特の「考え方の型」を図式化したものです。

 この「実体語」と「空体語」の関係は、「理想」と「現実」の関係とは違います。「いうまでもなく西欧では、原則として、『現実』という言葉で規定されるものを自分が現在立っているスタートラインとすれば、『理想』は、そのゴールを規定した言葉」です。「従って論議は常に、言葉によって現実をどう規定するか、また言葉によって理想をどう規定するか、まずこの二つを規定してから、この『言葉によって規定された現実』から『言葉によって規定された理想』までをつなぐ道を、また言葉によって規定し、それをどう歩むかを『方法論という言葉』で規定するという形になります。」(『日本教について』p27)

 しかし、「天秤の論理」の世界においては、「実体語」も「空体語」も西欧における「理想」と「現実」のように言葉で厳密に規定されることはなく、大切なのは両者のバランスで、そのため、「現実」を改革するための方向性を示すべき言葉(=思想)が、「現実の重さ」に対応する尺度(従って「実体」ではない)としての「空体語」として語られるということです。

 つまり、「現実の重さ」に対してバランスをとることが「空体語」(=思想)の機能であって、それは「現実」を、「方法論という言葉」によって「理想」までつなごうとするものではないということです。それは、例えば「『自衛隊は必要である』という『実体語』は口にせず、『自衛隊は憲法違反であるといえる状態も必要である』という『空体語』を分銅として口にし、それによって両者のバランスをとる、という形で現れます。そしてこの「空体語」は、たとえ口にしなくとも自衛隊の存在を認めてはじめて言える言葉なのです。

 「将来同じようなことが起きるでしょう。軍備撤廃を主張している政党もありますが、もしこの政党が政権をとったらどうなるか。議論の余地はありません。攘夷論者が政権をとったときと同じ事が起こります。もちろん一時的混乱はあります。(明治維新であれ、第二次大戦の終戦時であれ、それはありましたから)。が、それはすぐにおさまります。『戦力なき軍隊』がすでにあるのですから、『人民の軍隊は軍隊ではない』ぐらいの主張は何でもありません。」(『日本教について』p29)まさに、その通りのことがその後起こりましたね。

 そして、この「天秤の論理」の世界において、その天秤の支点の位置にあるものが、実は、日本人が「人間的」という言葉で言い表すところのアプリオリの概念で、さらにその概念は、日本人が「自然」という言葉で言い表すところの、一種の宇宙論的概念に包摂されています。つまり、この「天秤の論理」の世界における「人間」(というより「自然」というべきか)という概念は、ヘブライ・クリスト的世界における神概念に代わるものであり、従って、この「天秤の論理」の世界には、「人間」は住み得ても、神は住み得ないというわけです。*(というより・・・)は5/30訂正挿入

 こうした指摘が、日本人における神概念が、怒れる神から愛する神=許す神へと不可避的に傾斜する傾向と相まって、日本人キリスト教徒(とりわけプロテスタント系)の人々に、自らのイエス・キリスト像は、あるいは、日本人における天秤の論理における支点としての「人間」像(というより「自然」像というべきか)を仮託しただけのものにすぎないのではないか、「血も涙もあるような信仰の持ち方はうそなのではないか」という疑念を起こさせたというのです。*(というより・・・)は5/30訂正挿入

 結局この対談において、北森氏は、日本に「天秤の論理」の世界が存在することを認めた上で、三位一体を決めたニカイア信条についても言及し、キリスト教会はこの「天秤の論理」とキリスト教の神概念(キリストが父なる神と同質とする)とを結びつけようとしてきたのではないか。そして、「天秤の論理」の世界に神がいないということは、著者は、はじめから神を抜きに考えているということで、それは結局「三位一体」の信仰の中にも神はいないといっていることになるといっています。これは日本のキリスト教会に対する伝道上の誠に大きな課題(挑戦?)といわなければなりません。

 ところで、こうした論争において、山本七平自身はどこに位置していたのでしょうか。
氏は、「山本七平の不思議4」で紹介したように、関根正雄氏の『日本人とユダヤ人』評─おそらく「人間教」としての日本教と「神が人となった」キリスト教の親近性を認めているものと推測される─を喜びつつ、次のように、この本の出版の動機を語っています。「ベンダサン氏は『日本人は聖書は理解できない』とはっきり断定している。私は聖書図書の専門出版社だから、これを肯定するわけにはいかない。」

 しかし、ここにおいて、山本七平は、「天秤の論理」の世界には神は住み得ない、というイザヤ・ベンダサンの断定について、北森氏のように「三位一体」の考え方に特に固執しているようにも思われません。氏はあくまで、イザヤ・ベンダサンのいう「日本人は聖書は理解できない」という言葉に異を唱えているのであって、聖書の思想(個別者と絶対者との絶対的な関係の中に、しかも背理の中にしか「信仰」は得られないとするもの)(『宗教からの呼びかけ』p179)に学ぶことによって、日本の伝統思想である「日本教」を思想として進歩させることができると確信していたように思われます。

 こうして、山本七平は「天秤の論理」について、その、日本人の伝統的思考方法を理解するための社会学的分析用具としての有効性を認めつつも、その「今」のみを絶対とする空間的思考法=空気によって支配される「天秤の論理」の世界の限界性を鋭く指摘しています。日本人は、そうした伝統を生み出した「長い歴史を言葉で体験しなおし」それを思想として再把握することが必要である、と。「個人にとっても民族にとっても・・・進歩とは実はこれ以外には存在しないのである」から。(『宗教について』p199)

 以上、このあたりでイザヤ・ベンダサンに関する詮索はやめて、山本七平によって語られた思想がどのようなものであったか、ということに論を進めたいと思います。思うに、山本七平に対する批判、とりわけwikipediaの解説に見られるような批判の多くは、浅見定雄氏の批判に依拠しているわけですが、私は、これは浅見氏自身の思想ないしイデオロギーによるものであり、このことについては、今後、山本七平の思想と対比しつつ、一つ一つ考えて行きたいと思っています。