岡崎久彦と山本七平の不思議な符合1

2008年6月26日

 エントリー「日本近現代史の躓き」では、主として岡崎久彦の著作を参考にしています。特に日本近現代史「その時代シリーズ」5巻本―『陸奥宗光とその時代』、『小村寿太郎とその時代』、『幣原喜重郎とその時代』『重光・東郷とその時代』『吉田茂とその時代』はこの期に活躍した外交官から見た近現代史ですが、大変面白く、ようやく納得のできる近現代史本に出会えたという感じがしました。

 岡崎氏は、『明治の教訓、日本の気骨』という本の中で、明治期に活躍した人物評をめぐって渡部昇一氏と対談をしていますが、その末尾で、歴史の見方について渡部氏の見方を批判して、次のような興味深い見解を述べています。

 まず、渡部氏は、歴史の見方はそれぞれの立場によって異なる。従って、まず、自分の立場を主張すべきである。その上で相手の立場に理解を示すというのならわかるが、戦後は、日本の言い分は教えないで、アメリカやシナやコリアの言い分だけを教えた。もちろん、自国の歴史にも反省すべき点はあるが、それは国内で議論すべきことであり、国際的に言う話ではない。」(氏はそういう観点から数多くの著作をものしています。)

 これに対して岡崎氏は、「渡部さんの議論を引き継いで若干批判するとすれば、日本の立場とかアメリカの立場と言っただけで、もう歴史判断は偏ってしまいます。だから日本を論じる場合はまるでアメリカを論じるごとく論じて、アメリカを論じる場合は日本を論じるがごとく論じることが必要なんです。極端に言えば、火星人が見ているような形で論じないと歴史というのは読み間違えてしまう。」と反論しています。

 つまり、「歴史というのは公正客観的であるという基準以外はあり得ない」。なぜそう考えるかというと―氏はもともと外交官でしたから―国政情勢をいかに誤りなく正確に判断するかが問われる。そして、そのためには事実をできるだけ客観的に見る必要がある。つまり、歴史というのは、そうした事実関係をできるだけ公正客観的な記録することであり、渡部氏が言うように「歴史観」を介在させるべきでないと言うのです。

 そして、以上のように、歴史を、事実関係の(できるだけ)公正客観的な記録として把握した上で、「政策論として自国の利益を主張すべき」である。しかし、そうなると「日本の利益だけが得られれば戦争をしてもいいのか」というはなしになる。「それに対する唯一の反論は予定調和」という考え方で、「それぞれの国が自分の利益だけを全部主張すると一番いい世界ができる」という考え方をする。

 また、「ただ、そこで日本の利益だけを考えていればいいのか」という疑問が出てくるが、それについては、エンライトゥンド・セルフインタレスト(世界が平和になれば、それが日本の国益にかなう、というより広い観点から国益を考えること)という考え方も必要になってくるが、世界政府ができて世界の平和が保たれるようになるまでは、それぞれの国がそれぞれの利益を守ることを第一にせざるを得ない。

 つまり、「歴史」と「国益」とを区別し、前者はできるだけ公正客観的に、後者は「自国の国益を優先する立場」で論じるべきだ、と言っているのです。従って、それぞれの時代に生きた歴史的人物を評価しようとするときは、その時代の客観的な歴史的条件の中で、どれだけ日本の「国益」を守ったか、という基準で計るべきである。従って、人物の評価は、その次代の歴史的事実を離れて行うことはできないと言うのです。

 では、こうした考え方に立って日本の近現代史を見たらどうなるか。冒頭申しましたように、私もそれを大変面白く読み、また心底納得したわけですが、同時に、岡崎氏の見方は、不思議なことにかって山本七平が、25年程前に『1990年の日本』等で提示した見方とほとんど符合していることに気づきました。、おそらく氏の視角が火星人ならぬ「異人的」であったために生じたのだと思いますが・・・。