いわゆる「船津工作」における停戦協定に開する件(昭和12年8月8日付)

暗第一八九号(四相会議承認)(極秘)
一、帝国今次北支派兵の目的は七月十一日閣議決定の通りなるところ、二十九軍の不法行為によりこれが掃蕩のやむなきに至りたるも、徒らに膺懲を事とするはもとよりわが方の本意に非ず。支那にして反省するところあり、日支関係の常道に覚醒し和平を求め来るが如き場合には、わが方としてはその態度に応じ、南京の立場をも顧慮し、その難しとするところを助け、相携えて日子関係の明朗化を進む襟度を示すこと。東亜の安定勢力をもって自任する帝国の態度ならざるべからず。
 よって本七日陸海外三省間に南京側の出方如何によりては大要別電第一七○号の肚をもってその希望に応ずるのみならず、本事変を機として日支関係の一大改善をなすの方針を決定せり。
二 ついては支那側より停戦方提議あり、その態度において誠意を認め得る場合には、貴官はこれに応じ別電訓令の趣旨を含んで開談し(出来るならば支那側を誘導し支那側よりまず提案せしむるよう御配慮ありたし)先方の出方につき報告並びに請訓せられたし。なお支那側にては漸く満州国承認を口にするようになりたる模様なるにつき、この際一挙に満州国承認を認めしめ得れば一層結構なり。
三、なお別電第一七〇号はわが方の肚を曝け出したるものなるをもって、申すまでもなく貴官限りの含みとして応酬し、まず出来る限り有利に支那側誘導方御努力ありたし。もっとも御推察相成るべき通り、今回政府の採りたる寛大なる態度は恐らく支那側といえども意外とするところなるべく、世界も挙げて帝国の公正無私の態度に敬服すべきところなるをもって、まず支那側をして十分わが方の意の存するところを了得せしむるよう御配慮相成りとし。
 停戦交渉条件
暗別第一七〇号(極秘)
(甲)非武装地帯の設定
左記地帯を非武装地帯とし、右地域内には支那軍は駐屯せざるものとす。
右地域内の治安は保安隊をもって維持す。該保安隊の人員及び装偏に関しては別に定むるところによる。
     記
第一案 徳化、張北、懐来、門頭溝、?州、固安、水清、信安、濁流鎮、興農鎮、高砂嶺を連ぬる線(線上はこれ含む)の以東及び以北地域(切出しはこの案よりすること勿論なり)
第二案 徳化、張北、竜門、延慶、門頭溝(以下第一案に同じ)
第三案 徳化、張北、懐来、門頭溝を連ぬる線(線上はこれを含む)の以東及び以北並びにこれと接続する河北省内水定河及び海河左岸(長辛店及び付近高地並びに天津周辺を含む)地区
第四案 徳化、張北、竜門、延慶、、門頭溝を連ぬる線(以下第三案に同じ)
(乙) 帝国の許容しうる限度
(一)必要に応じわが方の駐屯軍の兵数も事変勃発当時の兵数の範囲内において出来得る限り自発的に縮小するの意向ある旨指示す。
(二)塘沽停戦協定(これに準拠し成立せる各種約束を含む)土肥原・泰徳純協定及び梅津・何応欽協定はこれを解消す。但し北平申合わせに準拠せる各種申合せ、即ち(一)長城諸関門の接収、(二)通車、(三)設関及び(四)通郵、(五)通空は解消せられざるものとす。また右非武装地帯内の排日抗日の取締り及び赤化防止を厳にすることを約せしむ。
(三)冀察及び冀東を解消し、南京政府において任意右地域の行政を行なうことに同意す。
但し右地域の行政首脳者は日支融和の具現に適当なる有力者たることを要求す。
なお右に関連し北支における日支経済合作の趣旨を協定す。
但し右は日支平等の立場に立てる合弁その他による合作たること勿論なり。
(註) 本項殊に殊に冀東の解消は当方の大なる譲歩なるにつき交渉の懸引きに充分利用するよう考慮すべきものとす。
(丙)梅津・何応欽協定は(乙)の通り解消せしむるものたるも、本件話会い成立まではなお存続する建前上、支那側は誠意を示すためまず現に河北省内に進出しおる中央軍は省外に撤退すること。
(丁) 以上(甲)(乙)及び(丙)による停戦談と同時に従来の行懸りに捉われざる日支国交調整に関する交渉を行なうことを約せしむ。その案は別に具す。
  備考
一、前記日支問停戦の話合い成立し、支那軍隊の非武装地帯外撤収及び中央車の河北省撤退を見たる上は自発的にわが軍の撤収を開始するものとす。
(もっとも前記話合い成立と共に適宜わが方撤収の意向を声明す)
二、なお右停戦の話合い成立したるときは日支双方において従来の行懸りを棄て真に両国の親善を具現せんとするニューディールに入るものなることを声明するものとす。

日支国交全般的調整案要綱
暗別第一七二号(極秘)
一、政治的方面
(一)支那は満州国を承認すること、または支那は満州国を今後問題とせずとの約束を隠約の間になすこと(本項は先方の出方によっては往電第一七〇号停戦の条件に加うるを可とす)
(二)日文間防共協定(非武装地帯内の防共はこれによりて当然実現さるべきも同地帯に関しては特に取締りを厳にす)
(三)停戦条件により冀東、冀察を解消せしむるほか日本は内蒙及び綏遠方面について右南京との問に話合いし、南京をしてわが方の正当なる要望(概ね前記二に包含せらる)を容れしむることとなし、同方面より南京の勢力を排除するが如きことをなさず
(四)支那は全国にわたり抗日排日を厳に取締り邦交敦睦令を徹底せしむること(非武装地帯内の排日抗日に関し特に取締りを厳にすべきは勿論なり)
二、軍事的方面
(一)上海停戦協定の解消(これは支部側より希望ありたる場合全般の交渉上掛引きに十分利田すること)
(二)自由飛行を廃止すること
三、経済的方面
(一)特定品の関税率引下げ
(二)冀東特殊貿易の当然なる廃止並びに非武装地帯海面における支那側密輸取締りの自由恢復
(三)両国間の経済連絡並びに貿易の正常たる増進発展を図ること