石川代議士の、検察官の任意聴取における「隠し録り」反訳を読んで思ったこと
2011年10月14日、民主党の小沢元代表の第2回公判が行われ、元事務担当者の衆院議員石川知裕被告が、昨年5月東京地検特捜部の任意聴取を受けた際にひそかに録音した内容の一部が検察役指定弁護人側の証拠として再生されました。 これは、石川議員が、検察官に録音機の所持を尋ねられたがこれを否定した上で「隠し録り」したもので、弁護人はこれを請求証拠として裁判所に提出していました。東京地裁はこれによって、石川議員の調書の一部に「威迫ともいうべき心理的圧迫と利益誘導を織り交ぜながら巧妙に誘導」があったと認め、その証拠採用を却下しました(7月12日)。 その「隠し録り」音声の一部が、10月14日の小沢代表の第2回公判において、今度は、検察役指定弁護人から証拠として再生されたのです。「音声の中には、石川議員にとって不利益となる部分もあり、指定弁護士側は、こうした発言をピックアップすることで、弁護側が主張する検察側の「威圧」「誘導」を打ち消したい考え」だったとされます。 私も、それを読みたいと思ってネットで探しましたが、今のところ、先に石川代議士の弁護人が裁判所に提出した弁護人請求証拠「反訳書の取調べ方法について」~要旨の告知部分~(http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/the_journal110127.pdf)と、先に紹介した第2回公判での「音声」記録を見ることができました。 以下、これを読んだ私なりの疑問を6項目程記しておきます。「裁判の結果」と「事実」は違うとはいいながら、今回のような事件の場合には、徹底した「事実」の解明が求められます。また、今回のような「隠し録り」が許されるということになれば、必然的に、そこにおける言葉の信憑性が問われることになるからです。 疑問1 石川氏は佐藤優氏のアドバイスを受けて、カバンにレコーダーを入れていたというが、なぜ、検察は、録音機を所持していないことを石川氏に口頭で確認しただけで、このような任意聴取を行ったのか。 被疑者が録音機を持つこと自体は違法ではないらしい。しかし、一般的に弁護士はそれを勧めてはいないようです。推測するに、刑事裁判の場合は犯罪事実の立証義務は全て検察官に負わされているし、一方、被疑者は自分に不利益なことは喋らなくてもいいし、黙秘権も認められています。だから、原則的には「事実でないことを認めなければいい」ということなのではないでしょうか。 しかし、検察官は、警察の捜査資料の他、独自の捜査を積み重ねることで事実関係を明らかにしようとします。そこで被疑者の聴取を行い事実関係を聞き出そうとするわけですが、ここで検察官は、あらかじめ想定した事件の構図に合う証言を得ようとして、「脅迫あるいは利益誘導」に走る恐れがあります。しかし、その証言が「脅迫あるいは利益誘導」によるものであることが立証されれば、その証言は無効とされます。しかし、その証言が被疑者の意志的な偽証である場合は、その立証が極めて難しい。 こうした問題は、日本の裁判では頻繁に起こっていて、これを日本人の「鸚鵡的供述」つまり迎合的偽証の問題として最初に指摘したのが、イザヤ・ベンダサンでした。つまり、ユダヤ・キリスト教文化圏では、「自白(=事実の証言)は侵すことのできない人間の基本的権利」という考え方がある。だから「自白を買う『免罪符』も存在しうる」というのです。 また、旧約聖書の十戒には「あなたは隣人について、偽証してはならない」とあり、偽証をきびしく禁じています。ところが日本には、そのように偽証を罪と考える伝統がなく、自分の「主人」「恩人」あるいは「身内」を守るためには、自ら進んで偽証をする。むしろそれが世間的には義とされる、そういう忠誠の表し方、あるいは身内のかばい合いの伝統があるのです。 従って、このような世界における裁判で偽証を防ぐためにはどうしたらいいか、ということが問題になります。もちろん、ここでは「脅迫或いは利益誘導」による偽証もあるわけですが、むしろ自ら選んで「主人」「恩人」「身内」のために偽証をすることが、特にヤクザと国会議員の世界には多いということなのです。 もちろん、裁判における証言が「脅迫或いは利益誘導」によるものではなく、意志的な偽証であることが証明された場合は、刑法第百六十九条「法律により宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処する」で罰せられます。しかし、実際には、そうした主観的意図を証明することは困難で、従って、罰せられることは殆どありません。 そこで、石川氏が検察の任意聴取を「隠し録り」したことについてですが、やり方によっては、本人が先にとられた調書の任意性を否定するよう検察官を誘導し、それを「無効」とすることもできます。しかし、逆に、そこに録音された本人の言葉が「自白」と見なされ証拠とされる危険性もあります。つまり、被疑者にとってこうした「隠し録り」は「両刃の刃」となるということです。 つまり、今回の「隠し録り」で、弁護側が、石川氏が以前取られた調書を無効とすることに成功しても、その逆に、それが石川氏が「収支報告書の虚偽記載」を認めた一種の「自白証拠」と見なされることにもあるわけです。さらに、石川氏のここでの発言が、裁判に証拠として提出されれば一人歩きを始めます。そして、そこに偽証がある事が判れば、石川氏の政治家としての生命は絶たれてしまいます。 疑問2 この「隠し録り」からは、この任意聴取にあたった検察官と石川氏との間に、検察審査会の審理にいかに対処するかという観点における、一種の「利害の一致」が見られる。 つまり、この聴取を担当した検察官は、石川氏に、「小沢は起訴しない」という検察の意思を伝えた上で、検察審査会による裁判に対処するためには、石川氏が過去の取り調べで作成した調書での証言(収支報告書の虚偽記載を小沢に報告し了承を得たという内容)を維持すべきだと、次のようにアドバイスしているのです。 「検察官:別に小沢先生と一緒に何かしたとかさ,そういうことじゃなくて,別に石川さん側の事情を言ってるだけで,あとそれを認めるか否認するかは小沢先生の側の問題なんだから,石川さんは石川さんで従前通りの供述を維持するのが賢明だって事位は分かっているでしょとかいう人もいるし。 うん。」 おそらく、この検察官は、石川氏が「隠し録り」していることを知らなかったのでしょう。迂闊といえば迂闊な話ですが、ここには、検察審査会に対する検察の対抗意識のようなものが見えます。また、石川に対する同情のようなものも見えます。そこで、石川氏に対して、一種の「司法取引」のようなことを持ちかけているようにも見えます。さらに、検察内部における意見対立のようなものも見えます。 いずれにしても、この検察官は、そうした検察内部の事情を石川氏に伝えて、石川氏に「収支報告書の虚偽記載」という微罪を認めさせ、執行猶予3年以下の罪に止めることで、石川氏の政治生命を守ろうとしているかに見えます。もちろんその前提として「小沢を起訴しない」という検察判断が伝えられているわけで、市民の側から言えば、不当な「司法取引」のようにも見えます。 疑問3 石川氏に関わる贈賄事件が、石川氏の証言を引き出すための「隠し球」にされているらしいこと。 その辺りをうかがわせる会話は次の通りです。 (おそらく石川氏自身の違法政治資金の話?) 検察官:「そりやだって,吉田正喜のあれ,隠し玉なんじやないの。」 (00:28:52頃から) (01:46:24頃から) 検察官:「なんかねー,ま,ほんとに,そうならないようにしたいと思っているし,そんな具体的な動きがあるわけではないからね,それほど,別に,普通にやっておけばね,あのー,そんなことにはならないと思うんだけど。」 疑問4 石川氏自身は、収支報告書の虚偽記載をしたことを、小沢の4億円を隠すための「偽装」であったことをこの「隠し録り」で認めている。このことは疑問1でも指摘したが、石川氏はこの虚偽記載について、裁判の証言では次のような主張をしている。 裁判官:そもそも、なぜ、わざわざ定期預金を担保にして融資を受けたのですか。 石 川:(沈黙のあと、うめくように)うまく説明できないのですが・・・。すべてを合理的に説明できませんが、過去にも小沢氏から借りた金で預金担保を組んだことがあるので・・・。 裁判長:過去にあったからというだけではなく、どういうメリットがあるのか説明して下さい。 石 川:小沢先生に返さないといけないので・・・。その都度金を下ろせば無駄遣いになりませんから。 この件については、石川氏は「隠し録り」ではつぎのように言っています。 (検察官の「石川さんは従前通りの供述を維持するのが賢明だ」というアドバイスに対する返答として) 石川: 「だから,あのーだから今日,もしね,あのー変えるとしたらね,やっぱり4億円を隠すってう意図が一番先にきていたわけではないっていう,それぐらいですよね。」 (03:35:14) (03:05:55頃から) この部分、裁判では、裁判官に「わざわざ定期預金を担保にして融資を受けたのですか。」と尋ねられて、「資金を溶かさないようにしました。」と答えています。しかし、もしそれが本当なら、なぜ、任意聴取の時にそのように話さなかったのでしょうか。ここでの石川氏の狙いは、以前にとられた調書で「小沢氏に報告し了解を得た」と証言したのを、「無効」にすることだったはずで、確かに検察官をその方向で「誘導」することには成功していますが、結果的には収支報告書の虚偽記載が「偽装」であったことを認めています。 疑問5 この「隠し録り」で最も注目すべきは、この聴取にあたった検察官は、例の水谷建設の1億円の違法政治献金について、「誰も気にしていない」と言っていること。 石川: 「威勢のいいことって言ったって,水谷建設からもらってないもん,当たり前じやないですか,そんなもん。」 (02:31:56頃から) (03:07:03頃から) (04:22:02頃から) 検察官 :「いいんだよ。それはもう,そっちの方がむしろ多いくらいで。やっぱりね,やっぱりさあ、なんて言うのかなあ、そこのところは、ちゃんと理解しているのは、俺と吉田正樹しかいないと思うんだよ。」 検察官 :「あはは,吉田正喜もずるいから,そういうところは絶対公には言わないんだけど。あの事実はありませんね,とかは言わないんだけど。はっはっは。」 石川氏の狙いとしては、この「隠し録り」の目的の第一は、水谷からの献金を完全否定することだったと思います。そういう観点からこの会話を見ると、この検察官は、石川氏に以前にとった調書の証言内容を維持させたいばっかりに、自分とその上司である吉田正樹は水谷の献金問題については「気にしていない」「理解している」と言わされていることになります。あるいは、水谷の献金問題は「無理すじ」と見ているのかもしれません。 疑問6 検察は、小沢の自己資金4億について、「先生のそういう蓄えてきたね,なんだかわかんないんだけど,簿外の金で,表に出せないお金だと思ったから,自分は書かなかったんですっていえば」とアドバイスしている。証拠ないんだからと。 このことは、もし、石川が単なる虚偽記載で有罪になったとしても、3年の執行猶予がつけば次期選挙に立候補できるわけだから、それを認めたほうがいいとアドバイスしているわけです。この検察官はなぜそこを落としどころにしようとしたのか。石川を救おうとしたのか、小沢の起訴は断念したということなのか、単に石川に調書での証言を維持させるための誘導だったということなのか。 弁護人は、「被告人が,逮捕されてから,公民権停止期間と直結する執行猶予期間が短くなるよう期待して,真意ではない供述調書に署名してきたこと等である」と言っています。しかし、いやしくも国民の選良たる国会議員が、自らの利益のために事実に反する「虚偽」の証言を行い、調書にサインするというようなことが、果たして許されるのでしょうか。 この点、少なくとも国会議員については、裁判での証言における偽証罪はきびしく適用されるべきだと、私は思います。もちろん、日本には「脅迫或いは誘導」によらない自主的な「迎合的偽証」があるわけですから、それを防ぐためのルール作りも必要だと思います。そのための一つの方法として「政治資金規正法」が改正され「収支報告書」の提出が義務づけられたわけです。なお、今回の石川氏の「隠し録り」によって明らかになったように、警察や検察による取り調べの可視化は、偽証を防ぐ上では一定の効果を発揮するのではないでしょうか。以上論じたように、「両刃の刃」であることを双方覚悟しなければならないわけですから・・・。 |