籠池長男の「反省告白」で決着した森友問題は日本人に何を教えているか?

2018年8月9日

 『月刊HANADA』9月号に「籠池長男が反省告白 両親は安倍総理夫妻に謝れ!」という記事が載ったので、読んでみた。*印斜体字は筆者のコメント2018/8/12校正

 私は、本ブログ2017年4月 2日 (日)に「瑞穂の国を『恩の国』から『怨の国』に変える左右翼連合の脅威」という一文を書いている。1年4ヶ月以上前の記事だが、これは、日本人の人間関係は恩の貸借関係が基本で、その行為規範が「受恩の義務を拒否しない」「施恩の権利を主張しない」であるため、その評価をめぐって法的な権利義務関係と混淆し、政治的混乱を招きやすいことを指摘したものである。

 森友問題では、籠池氏の昭恵夫人や安倍総理に対する「恩を仇で返すような行為」が批判される一方、安倍総理が籠池氏を「しつこい」と言ったことが保身のための切り捨てと批判された。また、官僚の安倍総理への「忖度」が問題となった。これは、安倍一強態勢が無言の「施恩の権利の主張」となっていることを批判したもののようであるが。

 こうした批判を、一部マスコミや野党が執拗に繰り返し、籠池氏を被害者の如く扱ったのは、あくまでそれが政治プロパガンダとして有効だったからで、籠池氏はその操り人形として利用されたのである。また、そうしたプロットを仕組んだのが菅野完氏であったことは自明で、それが功を奏したのは、日本人に上記のような「恩の哲学」があるからである。

当時のブログで私は次のように書いた。

 「私は、この問題が起こった時、籠池氏はなぜ正々堂々と正面突破を計らなかったか疑問に思ったが、「しばき隊」に属していたこともある極左の菅野氏と連携する姿を見て、刑事訴追されかねない何らかの不正を自覚していたのだろうと思った。それが3月10日の補助金申請取り下げになったのだろう。

 おそらく菅野氏はそうした追い詰められた籠池氏を見て、次のような「策略」を計ったのだろう。

 国有地払い下げには、必ず安倍首相以下維新の不正な働きかけがある。従って、この不正を突けば、彼らは必ず逃げ出し籠池氏を見捨てる。籠池氏は保身に走る政治家を見て失望、怒りの矛先を彼らに向ける。彼らは戸惑い籠池氏を批判する。その結果、籠池氏は自己防衛上、彼らこそがこの国をダメにしている元凶だとの心的転回に至る。

こうして籠池氏は、一転して安倍首相や松井知事を攻撃するようになり、「私こそ、信念なき自己保身の政治家らにおだてられ、木に登らされたあげく、はしごを外されたかわいそうな民間人」とのイメージを打ち出す。それをマスコミが宣伝することで、籠池氏に対する世論の同情が高まる。その結果、その後の籠池氏をめぐる状況は籠池氏に有利に展開する」であろう。

 このことについて、2018年9月号の『月刊Hanada』に、「籠池長男が反省告白 両親は安倍総理夫妻に謝れ」と題する次のような対談記事が掲載された。

籠池:「2017年3月10日に森友学園記者会見の質疑応答で菅野完氏と籠池泰典理事長のやりとりがあった翌日、菅野氏から籠池佳茂に電話があった。「私に会いたい」と、「なぜ会う必要があるか」というと、「右も左も騒動を利用する奴がいる」と言う。その内容が当時の自分の心情に合っていたため、会うことになりました。

*週刊新潮の菅野氏の話では「なぜか、長男の佳茂さんはニコニコしながら“後で時間取るから”と言うてくれはって。だから、佳茂さんにライン送って、翌日、会うことになった」と言っている。話の流れからすると佳茂の話が本当であろう。

私は、「菅野氏が幼稚園の教育内容を批判していた急先鋒であることを知らなかった。とにかく当時は、一生懸命やってきた父や母が、一方的にたたかれていて全くいいところがない状態。私自身も両親も、家の前を取り囲んでいるメディアスクラムから逃れたい一心でした。菅野氏はそんな私の意見に同調し、学園の方針を批判するようなことは言っていなかったと思います。」

ここで、佳茂氏がなぜ菅野氏を両親に会わせたかが判りるであろう。菅野氏は、この前に、攻撃の矛先を「幼稚園の教育内容批判」から、それを主導した大阪府を初めとする政府機関の攻撃に転換しており、そのため佳茂氏には「学園の方針を批判するようなことは言わず」、両親に近づき味方に取り込む作戦を採った。

翌日も会った。菅野氏は、”ご両親は悪くない。悪いのは大阪府であり財務省だ。自分は役人を刺したい”と話していた。「それなら父に会って話を聞いてくれ」といって自宅へ連れて行ったのです。3月12日籠池の自宅前はメディアに囲まれていた。そこに佳茂氏に連れられ菅野氏が入ってきた。その際は押し問答になり、前理事長は「あんたやりすぎや。恨んでるで」諄子氏は「あんたに苦しめられて」と言っていた。

しかし、そこから3時間以上の話し合いの中で、菅野氏は籠池夫妻に「理事長に後ろ足で砂をかけた奴が何人もいる。誰かを刺したくはないか」 としきりに持ちかけた。安倍総理批判をさせようとしていた場面もありましたが、それは前理事長が頑なに断った。

*菅野氏は、大阪府攻撃からさらに安倍総理攻撃へと両親を向かわせようとしたが失敗。

しかし、諄子氏はもともと知り合いだったにもかかわらず「疎遠だ」と国会答弁していた稲田防衛大臣に対する怒りを言ったところ菅野氏が「では夫の龍示氏だけでなく稲田朋美も森友学園の顧問弁護士だったことを告発しよう」と持ちかけた。「稲田を刺せば、明日から家の前のマスコミはいなくなる。矛先が稲田に向かう」「この森友問題は麻生太郎が倒閣のために画策したことなので、麻生と稲田を刺せば官邸も喜ぶ」などと説得。籠池夫妻もその話に乗った。

*この時菅野氏は、稲田防衛大臣の告発と共に、「森友問題は麻生太郎が倒閣のために画策したことなので、麻生と稲田を刺せば官邸も喜ぶ」などと虚言をを言い、マスコミ対策を絡め、籠池夫妻を政府批判に向かわせようとしている。それが功を奏し「僕が籠池理事長にメディア対策などを伝授していくと、妻の諄子さんからは“あんた、ホンマ悪知恵が働く男やなあ”とからかわれたりして、だんだんと心を開いてくれるようになった」

 13日午前9時、この事実を告発する動画が公開される。早速、当日9時半から始まった国会質疑で、民進党小川敏夫議員が稲田大臣にこの件を質問。稲田大臣は否定したが翌14日この事実を認めた。

小川:これが内閣への攻撃になり、この時点ではまだ「土地問題についてはわからないが。塚本幼稚園の教育内容は悪くない」と言う態度だった保守派が硬化し籠池家は孤立した。

 3月15日、籠池氏は東京の記者クラブで記者会見の予定。東京に着くと大阪とは比べものにならない程のマスコミが殺到、どうにもならなくなって菅野氏に電話したところ、大阪にいた彼から「自分が東京に戻るまでの間、自由党の小沢一郎」と共産党の小池晃の予定をおさえたから会ってくれ」と言われた。とてもいけるような状態ではないというと「とにかく自分の自宅へ向かえ」と指示を受けた。

この間、境弁護士から、財務省から「雲隠れ、口裏合わせ」の電話が会ったことについて、なかったことにしてくれ、との電話があった。早速この件が国会で質問され、財務省の佐川氏は15日午前中の答弁で「電話していない」と答弁した。これが籠池家から見ると政権ぐるみの隠蔽、安倍総理も了解の上で自分を葬る動きに見えた。

この結果、籠池氏は「菅野氏だけをメディアの窓口にする」と決め、菅野氏はメディアに「ある政治家との金銭授受を含むやりとりを聞いた」「籠池氏は野党が共同で調査チームを組み、大阪に来てくれれば、知っていることを物証を添えて話すと語っている」などと公表。これを受け16日午後、野党4党が籠池家を訪れ面会、金銭の話と昭恵夫人とのメールのやりとりについて聞いた。

 この日の夕方、諄子氏と昭恵氏とのメールのやりとりがあった。諄子:「安倍首相はどうして園長を地検に言われたんですか。国は大事な民衆を切り捨てるのは許せないと思います」昭恵夫人:「それは嘘です。私には祈ることしかできません。」

 籠池佳茂:3月23日の「証人喚問で父が読み上げた文章は菅野氏が書いたものです」

3月31日には大阪市の合同監査、6月家宅捜査、7月31日両親逮捕。

この間、いつの間にか(籠池は)完全に野党支持者、つまり反政権グループに囲まれていた。ある活動家などは、ある時期、両親と一緒に自宅に住んでいたほど。こういう人たちと付き合っていると、自分がこれまで持っていた保守の立場や、安倍総理支持という意見についても信じられなくなってくるのです。

*このあたりの籠池氏の心理転回は、次のような当時の佳茂氏はツイッターにも現れている。
「父の周囲には父を利用し、私腹や売名に走ろうとする輩が集っていたのである。そしてその奥の院にはその人がいたのである。ヒントは大阪府にある。2017年Mar29日 17:10

森友学園を広告塔として利用した輩達が父を窮地に陥れたのである。そしてそのお陰で父は目覚めたのである。利用されていた事に気が付いたのである。日本会議や似非保守主義者には金輪際この麗しき学舎には足を踏み入れさせないのである。偽物は滅びる。本物は如何なる事態においても不滅なのである。2017年Mar29日 17:41

政権与党よ、今回はあなた達の完敗であるのである。理由は明瞭である。政権を守る為には手段を選ばないその言動にある。その言動は最も権力者が使ってはならない行為なのである。政治家よ。眼を覚ませ。愚かな行為をそれ以上続けるべきではない。一言忠告する。国が滅びるぞ。2017年Mar29日 18:03

記者:そういった状況からどうやって脱却したのか?

 今年の1月、菅野氏と裁判費用について打ち合わせをしたときです。菅野氏は「民団幹部の会社経営者から工面する」と言われたのです。4000万円程度。さすがに「民団」と言う名前が出たところで、私も「これ以上は無理だ」と判断し、その時を最後に菅野氏とは一度も会っていません。

その後、弁護士が「どうも長男がおかしい」と気づいたらしく私を両親から遠ざけた。100万円の話や、籠池泰典氏が「昭恵氏との写真を出してから話がすーっと進むようになった」というようなことを言ったことについては、籠池佳茂:「誰の振り付けであれ、やってしまったことは事実なので・・・」

籠池佳茂:「父は私利私欲のために小学校を開校しようと思ったのではない。むしろ苦しい財政状況を何とかやりくりして日本人のための教育ができる小学校を作りたかった。」

小川:「事の本質は、安倍政権潰しと愛国幼稚園、保守系小学校潰し、そして左翼活動家が、マスコミと野党、民団、左派。弁護士らとくんで内側から保守を解体しようとする驚くべき組織戦です。こんな些細な事件で国会と政権を氷漬けにし、籠池氏を籠絡し、洗脳的な上方組織戦に利用していたことになる。籠池が全部悪かったんだ、保守派はこうした単純な籠池悪玉論に乗ってこの事件を片付けては決してなりません。」

以上の記事を読んで、私は、ほぼ見通した通りだったなと納得する一方、菅野完氏のような「素性の知れた」無頼の極左政治活動家が、これだけ堂々とマスコミや政治家を相手に策略をめぐらし日本の政治を1年半に渡って思う存分引っかき回せる状況に、唖然とせざるを得なかった。おそらく、菅野氏の目には、籠池氏はもちろん、日本のマスコミや政治家の思想性のなさは、ほとんど痴呆の如く見えたであろう。

それにしても、日本の保守を自認する人々の「思想性のなさ」はどうしたものだろうか。籠池佳茂氏は次のように言う。

 父は「何とかやりくりして日本人のための教育ができる小学校を作りたかった」のに、「父の周囲には父を利用し、私腹や売名に走ろうとする輩や、森友学園を広告塔として利用した輩達」がいて父を窮地に陥れたのである。そしてそのお陰で父は目覚めたのである。利用されていた事に気が付いたのである。日本会議や似非保守主義者には金輪際この麗しき学舎には足を踏み入れさせないのである。偽物は滅びる。本物は如何なる事態においても不滅なのである。」

では、どちらが保守の本物なのか、と言えば、私は、籠池氏には、応援してくれていた保守系の人々を非難する資格はないと思う。私が当初予想した通り、氏には「刑事訴追されかねない何らかの不正」があって、それから逃れるために極左の菅野氏や野党と手を組んだのである。また、氏には「正々堂々と正面突破を図る」ほどの信念はなく、自己保身のためには、『教育勅語』どころか「恩を仇で返すようなことも平気で行った」のである。

また、安倍首相夫妻は籠池氏を利用しようとしたか。マスコミの森友学園批判が強くなると籠池氏を裏切ったかについて。安倍首相夫人が塚本幼稚園の教育に共感して応援していたことは事実であり、安倍首相本人も妻から素晴らしい学校と聞かされ好感を持っていた。しかし、「安倍晋三小学校」等の申し出を何度も受け断ったときに「しつこい」と言う印象を持ったのも事実であろう。権力を利用しようとする籠池氏の行動は執拗かつ虚偽も多く、首相のみならず他の保守主義者の信用を失ったのも当然である。

とはいえ、この問題の処理における財務省の行動は、菅野氏が「森友問題は麻生氏の倒閣運動」と見る程変で、また、迫田前理財局長の「雲がくれ指示」や、佐川理財局長の国会での虚偽答弁、財務省の決裁文書改竄問題、さらには柳瀬元首相秘書官などの対応も稚拙を極めるものであった。また、安倍首相夫人の行動が軽率と批判されたのは当然で、首相本人も含め、籠池氏本人の見識や人格を見極め得なかった事も問題であろう。

しかし、それより一層変なのは、一部マスコミや野党のこの問題に対する対処の仕方である。倒閣のためには、「極右の小学校を建設しようとした」籠池氏をヒーロー扱いすることも辞さない。私は、昭和の失敗の第一原因は、山本七平先生が指摘した通り、明治以降の近代化の流れの中で、伝統思想の再把握とその再建に失敗したことにあると思っているが、一部マスコミや野党の、この「思想の危うさ」は、まさに戦前以下だと思った。