菅内閣の命取りとなりかねない郵政改革の国民新党への「丸投げ」――政界再編は必至

2010年6月13日 (日)

 国民新党代表の亀井静香郵政改革・金融相は、菅直人首相が郵政改革法案の今国会成立を断念、廃案にする意向を示したことを理由に大臣を辞任しました。しかし、国民新党は参院選後に召集される臨時国会で、同じ内容の法案を提出し成立させる覚書を民主党と交わすことで合意、同党出身の松下忠洋経済産業副大臣と長谷川憲正総務政務官は残留するため、民主・国民新両党の連立政権は維持されることになりました。

 国民新党としてはこれが現状取り得る最善の選択でしょうが、参院選挙前に民主党に郵政改革法案を強行採決させる”つもり”だったのに比べると、まさに亀井大臣”抗議の辞任”でも取り繕えないほど、同法案成立は不確実なものとなりました。といっても、菅首相の所信表明では、郵政改革については、「民主党と国民新党の合意に基づき、郵政改革法案の速やかな成立を期して参ります」とされています。

 しかし、この約束がどのように果たされるか、それとも果たされないかは、参院選の結果次第です。民主党が単独過半数を取るか、従来どおり国民新党と連立を余儀なくされるか、他の少数政党、例えば桝添氏の新党改革やみんなの党との連立を模索するか、さらには、次の参院選で更に数を増やすであろう小沢派閥がどのような行動に出るか等々。また、自民党では谷垣総裁が辞任して党再編が進むことでしょう。

 このように今後の政局の混沌が予測され、政界再編は必至といった状況ですが、いずれの政治状況が現出にしろ、各政党はそれぞれの政策を国民の前に堂々と披瀝して、政策の違いに基づく公明正大な政権選択ができるようにしていただきたいと思います。この点、民主党が自民党から政権を奪取した”いきさつ”には、重大な国民に対する”うそ”が隠されていることを見逃す訳にはいきません。民主党の郵政政策がそれです。

 今回の菅首相の所信表明演説にも、その「一度ついた嘘をつき続ける」ための論理的桎梏が見られます。それは、「独立行政法人等の政府関連法人の事業内容、これらを一つ一つ公開の場で確認し、行政の透明性を飛躍的に高め」るとか、「行政組織や国家公務員制度の見直し、省庁の縦割り排除、行政の機能向上、国家公務員の天下り禁止」という言葉と、郵政改革法案の強行採決は完全に矛盾することです。

 おそらく、この矛盾の解決のためには、国民新党との連立を解消するしか道はないでしょう。しかし、そうなると、民主党の政策は実は小泉構造改革が目指したものとほとんど違いはなかった、という事実がばれることになります。それを避けるために、菅首相は、日本経済の立て直しの方策として「第三の道」を提示しています。

 「第一の道」は高度成長期の時代の公共事業中心の経済政策、「第二の道」は「行き過ぎた市場原理主義に基づき、供給サイドに偏った、生産性重視の経済政策」、これは一企業の視点からは妥当だが、国全体としてみれば、国は国民をリストラすることになる、それが日比谷公園の派遣村だ、といいます。

 これに対して「第三の道」は「新成長戦略」により「強い経済」をめざし需要創出、雇用創出をするとしています。「強い財政」では、財政健全化のため、無駄遣いの根絶、予算編成の優先順位付け、経済成長による税収増を図るとしています。特に中期的な財政規律を明らかにするため、超党派議員による「財政権問う家憲前会議」を呼びかけています。さらに「強い社会保障」では、「社会保障の充実が雇用創出を通じ、同時に成長をもたらすことが可能」として、経済、財政、社会保障を相互に対立するものととらえる考え方の、百八十度の転換を訴えています。

 しかし、この論理はかなり怪しげです。菅首相は別名「イラ菅」といわれます。就任早々の記者会見では、今国会の会期延長問題を巡り、野党側から「選挙目当て」「逃げている」などと批判が出ていることを記者団から問われ、「何の批判ですか」と質問をはねつけていました。単に”いやな質問”をする記者を脅しつけているだけの話で、そんな論法が今後通用するとも思えません。

 この「第三の道」を見ても、その要である「新成長戦略」は極東ブログのfinalvent氏によって、麻生内閣時代与謝野馨財務相が主導した「中期プログラム」の劣化版(参照)だと批判されています。また「強い財政」というなら、まず、これまでの民主党の支離滅裂な票目当てのバラマキ政策の反省をしてもらいたいものです。さらに「強い社会保障」で言っている、「経済、財政、社会保障」のバランスを壊したのは一体どなたですか?民主党ではありませんか。

 以上のように、どうも菅首相は「逆ねじ」に似た言い訳が多すぎるような気がしますね。この点は鳩山首相ほどの正直さは持ち合わせていないようです。といっても、その政策は全体的にはより常識に近いものにになっていることも事実です。特に普天間基地移設問題については、「日米共同声明」を踏まえた沖縄問題解決の方向が明快に示されています。しかし、これも鳩山氏の「自己犠牲」によるもので、菅氏自身はこの問題について無言で通したと言われます。

 以上が新政権の政策に対する私の印象ですが、冒頭述べたように郵政改革問題の処理がこの内閣の「命取り」になることは間違いないでしょうから、これに対するかっての民主党の考え方も紹介しながら、その解決の方途を探ってみたいと思います。

 まず、民主党が小泉構造改革に対してどのような考え方をしていたかについて、2003年の民主党衆議院議員中島政希氏の次のインタビュー記事「小泉構造改革路線を推進せよ」を紹介します。http://homepage2.nifty.com/seiyu/interview13-6.html

―― 民主党は小泉政権にどう対処しますか。

中島 鳩山さんの言うとおり、小泉改革を政権の外にいて推進するということでいいと思います。今は改革の旗を小泉さんに預けておく、万一彼が挫折したらまたわれわれが旗手になる、そういう気持ちでいいんじゃないでしょうか。
私が鳩山さんたちとさきがけや民主党を創った理由は、制度疲労に陥った戦後日本のシステム、政治や行政や経済の仕組みの抜本的改革を実現するには、自民党に代わる、しがらみのない新しい保守政党が必要だと考えたからです。小泉さんのいう改革の大部分は、私たちが年来主張してきたことです。自民党を基盤にして、本当に小泉さんがこれを実現出来るならたいしたもので、応援するのに吝かではありません。

≪小泉改革の行方≫

―― 小泉さんの改革への意欲は良くわかりますが、旧態依然たる自民党を基盤にしていて出来ますかね。

中島 構造改革の対象は自民党支配システムそのものなんですね。政官業の癒着体制、経済活動へ規制や許認可、補助金や公共事業のバラマキ、自民党政権はこれらを所与の条件として成り立っているのです。例えば、不良債権処理とは生産性の低い企業を潰す、つまり地方の土建屋さんや不動産屋さんや卸問屋さんなど、自民党を一番応援して来た人たちに犠牲を強いるということです。
だから小泉改革の成功とは、すなわち自民党体制の解体に他ならないのです。小泉さんの位置は、ちょうど旧ソ連のゴルバチョフに相当する。ゴルバチョフは改革を進めた、それが成功した時には共産党一党体制は崩壊し、彼が拠って立つ政治基盤はなくなっていた。

―― 小泉さんは日本のゴルバチョフになれるでしょうか。

中島 なって欲しいと切に期待しているんです。ただ、構造改革に劇的に着手するには、もうかなり時期を逸している。民主党がいっていたように、遅くとも去年の夏前に着手すべきだった。いまは明らかに景気の下降局面で、手をつければ、たちまちいろいろなところから悲鳴が上がる。自民党政治家たちはそれに耐えられないのではないでしょうか。

―― 小泉改革は頓挫すると・・・・。

中島 構造改革というとき、手術患者は自民党自身です。患部はわかっていても、患者が自分でメスを持ってそれを切り取ることが出来るかです。既存のシステムの抜本的改革はそれほど難しい、ということです。

―― 確かに自分じゃ切れない。政権交代なしで改革が成功したためしは、あまり聞きませんね。医者は別に必要ですね。

中島 麻酔もね。小泉さんは改革には痛みが伴うと言っていますが、一時的に予想される失業率の上昇などにどう対処するのか。まだ具体的な処方箋は言っていません。セーフティネットの整備は改革を成功させる上で必須の条件です。民主党はこの点参議院選の公約の中にも、明快に述べています。」
(以上)

ここで最後に述べられた、小泉改革とセーフティーネットの関係については、猪瀬直樹氏が次のように述べています。

猪瀬直樹の「眼からウロコ」http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20090630/163922/?P=4
「小泉改革=誤り」はいつ生じたのか 
構造改革のねらいは「小さな政府」「セーフティネットの充実」だった

 2006年9月に小泉政権が終わると、「小泉改革が格差をつくった」というステレオタイプはさらに広まっていった。2008年9月のリーマンショック以降の格差問題、貧困問題はまた別の話のはずだが、なぜか「改革がみんないけなかった」と、ますますおかしな方向に加速している。

 郵政民営化も間違っていたというムードになり、民主党も郵政民営化を見直すと言っている。しかし、根拠もなく、「空気」だけで民営化を否定すべきではない。

 小泉政権では、「大きな政府か小さな政府か」というキャッチフレーズが叫ばれた。小泉改革が対象としたのは、「肥大化した官業をつくりあげた(大きな)政府」だった。雇用保険などのセーフティネットを食い物にする霞が関を打倒して、無駄のない「小さな政府」と、競争のために必要なセーフティネットを充実させるのが、構造改革である。

 小泉さんが首相になる以前、いまから10年くらい前に、議員会館の会議室で開かれた超党派の勉強会に講師として招かれたことがある。小泉さんが呼びかけた、郵政民営化の勉強会だった。出席していた30人から40人の議員のうち、6~7割が民主党だったので、僕は「民主党の方が多いじゃないですか」と皮肉ったら、小泉さんは笑って「うん、いいんだよ」と答えた。2002年秋、暴漢に殺された石井紘基さんもいた。小泉さんと民主党の改革派は同じ主張だったのである。

 道路公団民営化や郵政民営化は実現できたけれども、改革は道半ばだ。「大きな政府」は、まだまだ小さくなっていない。つぎの政権が改革を引き継いでくれないといけないのに、民主党は「改革がみんないけなかった。郵政民営化も間違っていた」などと言う。ともに改革を目指していた10年前の民主党はどこに行ったのだろうか。

 僕が3月に書いた「小泉改革批判への大反論 セーフティネットを壊したのは守旧派だ」(『Voice』2009年4月号)には、大きな反響があった。わずか数年で、どうして新聞も政党も「改革反対」になっているのか、みんなが不思議に思っている。サイレントマジョリティは、簡単に考えをひっくり返らせていない。振れが大きいのは、自民・民主の二大政党とメディアなのである。
(以上)

 この小泉構造改革の要の仕事が、郵便貯金やかんぽ生命から吸い上げられる財投資金を財源にくみ上げられた「肥大化した官業・・・(大きな)政府」、雇用保険などのセーフティネットを食い物にする霞が関を打倒して、無駄のない「小さな政府」と、競争のために必要なセーフティネットを充実させるのが、構造改革だった、というのです。

 では、そのための郵政民営化を郵政国営化に逆戻りさせようとしているのは誰か。元郵政公社総裁生田正治氏は、「郵政改革、議論なき逆行」 民主の丸投げ 当然の利益奪う」(6月5日8時15分配信 フジサンケイ ビジネスアイ)で、民主党の郵政改革案が国民新党に法案を「丸投げ」し、構造改革に逆行する内容となったことを強く批判して、次のように言っています。

 --政治状況をどうみるか

 「民主党は、既得権や無駄の排除、役人の天下り根絶を掲げ、昨年9月の政権交代は拍手喝采(かっさい)で迎えられた。だがそうしたことをうたったマニフェストが守られず、日本の構造改革はストップしてしまった。特に郵政改革法案は郵政事業を、旧郵政省の時代より大昔に戻す、『逆噴射』の内容だ」

 --それで国民の気持ちが民主党から離れた?

 「昨年の衆院総選挙で国民が支持したのは民主党だ。もともと郵便貯金の預け入れ限度額を引き下げる内容の法案を作っていたのだから、民主党らしい郵政改革をやればよかった。だが連立政権となり、郵政の対応を、全国郵便局長会(全特)との関係が『持ちつ持たれつ』で、物心両面で親密な国民新党に丸投げしてしまった」

 --郵政改革法案の問題点は

 「郵政民営化を成功させるためには、全特を中心とする郵便局のシステムを、既得権や過去のしがらみにとらわれず整理することが必要だった。だが郵政改革法案は、こうしたことを法律で保護しようとしている」

 --なぜそうなったか

 「政治家が物心両面の支援が欲しいからだろう。郵政にいい格好をすれば、全特の30万票といわれる組織票がもらえて、全国くまなくポスターもはってもらえるなど、立候補者には涙が出るほどありがたい、と聞いている」

 --郵政事業は選挙、政治に翻弄(ほんろう)されてきた歴史だ

 「3年前の参院選では、自民党が郵政造反組を復党させた。その後、郵便局改革に取り組んできた私が総裁を退任することになり、後任の西川(善文・前日本郵政社長)さんが、全特に遠慮したのか、改革に手をつけなかったのは残念だった」

 --その結果が当時の参院選の自民党惨敗に現れた

 「国民は良く見ていてほしい。今回の参院選では、国民新党により郵便局の組織票は得られるのかもしれないが(無党派層の)浮動票は逃げるだろう。浮動票は実は敏感だ」

 --なぜ郵政民営化が必要と考える

 「郵政は世界最大の金融機関で日本のように国営、公社的な格好であるのは先進国で例を見ない。私が総裁に就任した時点で、3メガバンクの合計よりはるかに巨大な資金が『官』にあった。しかも運用は国債中心で利益率は民間をはるかに下回っていた。その巨大な資金を『民』に戻して金融市場を正常化し、経済を活性化するため、郵政民営化は絶対に必要だった」

 --その改革に亀井郵政改革相は「地方切り捨て」と強く批判している

 「私が総裁時代には、どうみても不要と思われた集配局の統合などの郵便事業改革に取り組んだ。工場がなくなるなど、郵便局が不要になった地域はもちろん整理したが、新たにビルが建ったところなどには新設している。郵便局の地方ネットワークをしっかり維持する、ということは何度も強調してきた。いま出ている政府の話は情緒論に過ぎない」

 --今国会で法案は衆議院では1日の審議で強行採決、参議院も強行採決の可能性があり批判されそうだ

 「時間もさることながら、政策議論が全く抜けている。株式上場で国家が得られたはずの売却益、国民が株を購入することで得られたはずの配当利益が失われるといった国家・国民の損失につながりかねない話も、きちんと説明すべきだ」

 --最近では欧米による世界貿易機関(WTO)への提訴問題も浮上した

 「郵政の表紙だけ株式会社で民営だといったって、欧米からみれば『ウソをつくな』という話。経営は次官経験者が担い、実質的な政府保証もついている中での、郵便貯金や簡易保険の限度額引き上げは民業圧迫、不公正といわれてもやむを得ず、日本の品格を著しく下げる。WTO提訴もあり得よう」(藤沢志穂子、神庭芳久、森田晶宏)

 さて、この問題を菅内閣はどう処理するでしょうか。鳩山首相は、普天間移設問題の処理の失敗を、「小沢幹事長抱き合わせ辞任」で切り抜けました。はたして菅首相にはどのような手が残されているでしょうか。”ごまかしは通用しない”と私は考えています。

最後に、菅首相の所信表明の「むすび」の言葉を紹介しておきます。ぜひ言行一致を期待したいと思います。

 「これまで、日本において国家レベルの目標を掲げた改革が進まなかったのは、政治的リーダーシップの欠如に最大の原因があります。つまり、個々の団体や個別裡地域の利益を代表する政治はあっても、国全体の将来を考え、改革を進める大きな政治的リーダーシップが欠如していたのです。こうしたリーダーシップは、個々の政治家や政党だけで生み出されるものではありません。国民の皆さまにビジョンを示し、そして、国民の皆さまが「よし、やってみろ」と私を信頼してくださるかどうかで、リーダーシップを持つことができるかどうかが決まります。」