小池都知事、「根回しなし」は結構だが事実認識を誤っては元も子もない2

2016年12月5日

その頃、粉屋の大阪to考想」さんのブログ記事「「2016-11-04 東京都市場地下空間に関する調査特別チームの第二次自己検証報告書の検証 ~ 東京都の恣意的な犯人特定の手法と論理破綻 ~」を読みました。そこには、件の「整備方針」には、「技術会議の提言内容(敷地全面A.P.+6.5mまで埋め戻し・盛土)をもって都の土壌汚染対策とする」など書かれておらず、逆に、地下空間設置が予定されていた、との指摘がなされていました。

この「整備方針」に記載された表を見ていただくと判りますが、「埋め戻し・盛土」については、①採石層の設置には「敷地全面にわたり」とあるのに、②埋め戻し・盛土には「敷地全面にわたり」の記述が省かれています。このことは、「整備方針」がその提言を承けることとなった「技術者会議報告書」の「埋め戻し・盛土」の記述についても同様です。


では、もともとの専門家会議の記述はどうなっていたかというと次の通り。対象が「建物建設地」と「建物建設地以外」に区分され、両者とも「埋め戻し・盛土」すると記述されています。

これが、どうして「平成21年2月6日、石原知事決定の「豊洲新市場整備方針」(以下、「整備方針」という)が策定された。技術会議の提言内容(敷地全面A.P.+6.5mまで埋め戻し・盛土)をもって都の土壌汚染対策とすることが明記された。これにより、専門家会議、技術会議の提言は、都の方針となった。」という「第二次自己検証報告書」の記述になるのでしょうか。

逆ですね。これは「埋め戻し・盛土」は建物下は行わない、と読むべきです。となると、「第二次自己検証報告書」のその後の論理展開はみな崩壊することになります。つまり、平成21年2月6日、石原知事決定の「豊洲新市場整備方針」で、「建物下は盛り土せず地下空間設置する」となったわけですから、「建物下に盛土をせず地下空間を設けた」市場長や市場部長級職員の責任を問うことなど出来なくなります。

もちろん、議会等で、土壌汚染対策として「全面盛り土」を行ったと事実と異なる答弁をしたり、都の公報等で誤った情報提供をしたことの責任は問われるべきです。しかし、それは、技術部門からの説明が十分なされなかった結果であって、確かに「職責上知りうる立場にあったからその責任は免れない」とは言えますが、少なくとも、彼らは意図的にウソをついたのではありません。

次に、なぜ地下空間を設置したのか、と言う疑問について、第二次自己検証報告書は「土壌汚染対策法改正への対応を迫られた中央卸売市場管理部新市場建設課において、地下にモニタリング空間を設置することによって万が一の場合に備える必要があったため」と推察しています。しかし、「粉屋の大阪to考想」さんは、建物下の地下空洞の設置は、建築工法の常識として当初からあり、モニタリング空間の設置は後から加えられたとしています。

私もそう思います。では、こうした第二次自己検証報告書の無理な解釈がどうして生まれたというと、その原因としては、小池都知事が豊洲移転延期の理由として「2年間のモニタリング検査が完了していないこと」や、地下空間設置の土壌汚染対策としての有効性について専門家会議の了解を得ていない(小池氏の言葉では「オーサライズ」されていない)としたためではないかと思われます。

では、東京都は、何もかも専門家会議の言うとおりにしなければいけないのかというと、専門家会議は「条例上の根拠に基づく「附属機関」ではない」から、最終的な整備方針は都が決定できる。こうした指摘は橋本氏も当初から行っていて、これをより詳細に論じたのが、郷原信郎氏の「小池都知事「豊洲市場問題対応」をコンプライアンス的に考える2016年11月9日 」でした。

こう考えを進めてくると、小池氏が、2年間のモニタリング検査が完了していないことを理由に豊洲移転を延期したことのコンプライアンス上の妥当性が疑われます。また、「整備方針」で「建物下は盛り土せず地下空間設置が決定された」と、事実の歪曲ともとれる無理な解釈をしたのは、小池都知事の”処分ありき”の姿勢を正当化するためたっだのではないかとも疑われます。

この結果、第二次自己検証報告書のこの疑問に対する答えは、都の整備方針に反し地下空洞を設置したのは職員の「ホウレンソウ」が不十分だったため、という陳腐な説明になっています。しかし、都の整備方針に反する重大な決定が「ホウレンソウ」の不十分だけで説明できるでしょうか。事実は、都の整備方針に反してはいないが、議会の説得が困難だったため、あえて「ホウレンソウ」がネグられたのでは。

この間の事情を端的に指摘しているのが、都議会議員のやながせ裕文氏の「豊洲問題。地下空間の隠蔽は、都議会が生み出した」(2016/10/11)です。

「なぜ豊洲市場の地下に、盛り土をせずに「地下空間」を設置したのか?

さまざまな議論がなされているが、「地下空間」を設置したほうが、「工期短縮」「コスト削減」「土壌汚染対策の実効性の担保」といった観点から「盛り土」するよりも優位である、といえる可能性が高い。

では、なぜ、その比較優位な「地下空間」プランを秘密裏に進めたのか?秘密にしなければならない理由は何だったのか?

東京都による内部調査では、技術系職員と事務系職員の縦割り組織のなかで、情報共有がなされずに、空気のように決定されていったと結論付けている。原因は「組織体質の問題」であるとして、責任者を特定させない、隠蔽体質丸出しの報告書となっているが、とても納得できるものではない。

理由は確実にある。地下空間設置を決定した当時の都議会の状況を紐解けば、その理由が見えてくる。

2009年、東京都議会議員選挙では都議会民主党が大躍進し、54議席(定数127名)を獲得。第一会派に躍り出た。「豊洲移転にNO!」を公約として勝利した都議会民主党は、当時の石原知事が決定していた豊洲移転を阻止すべく、議会で攻勢を強めていく。

築地再整備を検討する特別委員会を設置し、豊洲移転の対案として築地での現在地再整備プランを策定。豊洲移転案と築地再整備案を比較検討するという、都議会史上稀にみる激しい論戦が交わされた(民間では当たり前のことだが)。

委員会は怒鳴りあいとヤジの応酬で、一進一退。豊洲移転推進派の自民・公明、現在地再整備派の民主・共産等が、お互いの案の欠点を取り上げあい、激しく批判をしあった。特に、豊洲移転批判の矛先は「土壌汚染対策の実効性」であり、その批判の反論の最たるものが、法で定められている以上の対策である「盛り土をするから安全」というものであった。また、どちらのプランのほうがコストが安く工期が短く済むか、も大きな論点のひとつで、豊洲移転プランはかなり安価なコストで工期も短く設定されていた。

2011年、都議会民主党の議員が切り崩しにあい、怒号飛び交う本会議で、かろうじて1票差で「豊洲市場建設設計予算」が可決。その後、自民党議員の自殺、更なる民主党議員の切り崩しによる造反など、豊洲移転は揺れに揺れて、いつひっくり返ってもおかしくない状況だった。

2011年といえば、報告書によると、6月に地下空間の基本設計が完成し、8月新市場整備部で地下空間設置を確認、9月実施設計の起工と、盛り土をせずに地下空間プランが一気に動いた時期と一致する。

いかに、豊洲市場のコスト削減を図り、工期を短縮するか。盛り土をせずに「地下空間」を設置することは合理的な解答だ。ただし、「盛り土」は土壌汚染対策の中核をなすものとなっており(説明をしており)、これを議会に報告していたらどうなっていたか?

これ幸いと、豊洲移転反対派は息を吹き返し、専門家会議のやり直しを要請。議論は紛糾し、決着まで、さらに長い年月を要することになっただろうことは想像に難くない。場合によっては、豊洲移転がひっくり返ることになったかもしれない。

当時、市場の技術系職員も事務系職員も、議会での議論での矢面に立っていたから、「盛り土」の重要性に対する認識は十二分にあったはずだ。誰かが「これは議会に報告はしない」と決断したのかどうかはわからない。ただ、盛り土しないことを報告すれば、議会での議論が振出しに戻ることもよく理解していただろう。

当時、都庁と都議会を覆っていた張り詰めた空気が、地下空間の隠蔽を生み出した。と私は思う。」

つまり、当時、野党が多数派を形成していた都議会では、豊洲の「ゼロリスク」の土壌汚染対策を求める「空気」が蔓延していた。そのため、専門家会議の全面盛り土の提言とは異なる「地下空間設置」によるの土壌汚染対策の有効性について、都が議会の承認を取り付けることは困難だった。こうした状況の中で、なし崩し的に取られた方策が、「地下空間設置」の事実を建築関係部門に封じ込めることだった・・・。

これが事実だとすれば、真に引き受けるべき課題は何か。一言で言えば、政治的意思決定におけるこのような「空気支配」をいかに脱却するかと言うこと。小池都知事が目指す「根回しなし」フルオープンの政治姿勢は、本来こうした「空気支配」からの脱却を目指していたはずです。であれば、以上指摘したような事実認識の誤りは早急に訂正し、第二次自己検証報告書を出し直すべきと考えます。