東電の「全面撤退」問題に関する野村修也氏の見解について――問題の本質は菅前首相の「人望のなさ」

2012年7月23日 (月)

 国会事故調の元委員、野村修也さんが、東電の「全面撤退」問題について、7月28日次のような連続ツイートを行っています。どうも論理が一貫していないように感じられましたので、以下私見を申し述べます。私は今回の事故についての東電の責任は免れないと思いますが、このやりとりに関する限り、ここから得られる教訓は、東電の無責任体制と言うより、政府の人間とりわけ菅前首相の「人望のなさ」ということに尽きる、つまり、政治家にも最低限の「人望」が必要だ、ということではないかと思います。

以下、①~⑨は野村氏のツイート、*のパラグラフはそれに対する私のコメントです。

①東電の撤退問題を解く鍵は、誰が残留人数の決定権を持っていたかという点にある。残留人数は炉の状況によって決まるため、決めるのは発電所長となっていた。本店はその決定を待っていたが、現場は事故対応に追われ、結局14日中には決定されなかった。SR弁が作動し一息つくことができたからだ。続

②その間、清水社長は海江田大臣らに電話で連絡しているが、退避のシナリオは決まっていなかったので、まるで官邸の意向を探るかのような曖昧な内容だった。東電に不信感を持っていた海江田大臣に全員撤退の申し出と聞こえたのも仕方がない面があるが、その時点ではまだ退避人数は決まっていなかった。続

*退避のシナリオは決まっていなかったのだから、政治主導でそれについての最終決定権を持つはずの官邸への報告が曖昧になったのは当然では?それを野村氏は”海江田大臣が全面撤退の申し出と聞こえたのも仕方ない”と言うが、なぜ「仕方ない」と言えるか。海江田氏は東電の意向を確かめるべきではなかったか。また、”その時点では(福島第一からの)退避人数は決まっていなかった”のであるから、海江田大臣から菅首相への報告は”この時点では退避人数は決まっていない”であるべきではなかったか。

③深夜に再び2号機の状態が深刻になったため、午前2時ごろ清水社長と武藤副社長が吉田所長に電話をし、緊急対応チームを残して退避することを決めた。東電が残留人数を決めたのはこの時が最初だった。その後官邸に呼ばれた清水社長が菅総理に対して全員撤退を否定したのは、この決定を踏まえたもの。続

*15日午前2時、武藤副社長が吉田所長と話して緊急対応チームを残して退避することが決定された。その後、清水社長は官邸に呼ばれた際、③の決定を踏まえて「全員撤退しない」と菅首相に伝えた。

④全員撤退と理解した海江田大臣は、枝野官房長官や福山官房副長官らにそれを伝えたため、東電が全員撤退を考えているとの理解が広がった。しかし、その一方で、枝野官房長官の証言によれば、仮眠中の菅総理を起こす少し前に、吉田所長の意向を確認し、残留して頑張る意向であることを確認している。続

*これは、②の段階で海江田大臣が、東電は「全員撤退」するという誤った情報を枝野官房長官や福山官房副長官らに伝えたということです。これは、明らかに海江田大臣のミスですね。さらに、枝野官房長官は、仮眠中の菅総理を起こす前に、吉田所長に電話して、東電は③で「緊急対応チームを残す」と決定をした事実を確認しているのです。

⑤官邸にいた伊藤危機管理官は、官邸にいた東電の者から東電が全員撤退を考えていることを知らされたと証言しているが、我々の調査では、管理官に伝えたのは東電の者ではなかった(当時官邸には顔を知らない者がたくさんいたので役人を東電社員と勘違いした)ものと考えられる。続

⑥官邸が、残留人数は発電所長が炉の状況を見ながら決めることになっていたことを知っていたならば、吉田所長が残留を決めていることを確認した時点で、全員撤退問題が誤解であり杞憂にすぎなかったことに気づいたはずである。それを理解できなかった背景には、不信感を招く東電側の経営体質があった。続

*ここがおかしい。第一の情報判断のミスは、上述した通り、海江田大臣が東電の②の段階での「撤退シナリオ未決」の状態を、「完全撤退」と誤認したこと。しかし、④の段階で、枝野官房長官は東電の③の決定を確認しているのだから、官邸は、この情報に基づき、海江田大臣の誤認を修正できたはず。しかし、官邸はそれができず、東電「完全撤退」という誤情報を維持した。これ、あくまで官邸の情報判断のミスなのでは?なのに、そうした官邸の判断の誤りを招いた原因は、「東電側の経営体質が官邸に不信感を持たせていたため」などというのは、いかにもおかしい!

⑦東電は、規制当局を虜にすることができるほどのパワーを持ちながらも、自らは矢面に立たず、責任を回避しようとする黒幕のような経営を続けてきた。清水社長の官邸に対する連絡の取り方は、事故後においてもなお、官邸に責任を負わせようとする姿勢の現れだったとみることができる。続

*ここで野村氏は、”清水社長の官邸に対する連絡の取り方は、事故後においてもなお、官邸に責任を負わせようとする姿勢の現れ”などというが、以上のやりとりを見る限り、②の段階では、東電の「撤退のシナリオが未決」だったからそうなったのであって、しかし、③で「緊急対応チームを残す」ことが決まった段階で、清水社長はそのことを菅総理に伝えているのであるから、それが、”事故後の責任を官邸に負わせようとする態度の現れ”などとは、到底言えないと思う。

⑧その意味で、東京電力は、官邸側の誤解を責め立てることができるような立場にはなく、むしろそうした事態を招いた張本人ということができる。続

*おそらく、この野村氏のツイートの説明が中途半端なのでしょうね。というのは、このツイートの文脈による限り、私の結論は、海江田大臣の「早とちりに基づく情報誤認」、枝野官房長官は、自ら「緊急対応チーム残留」を確認したにもかかわらず、海江田大臣の誤情報を訂正できなかったこと。さらに菅首相は、清水社長から「全員撤退はない」と直接聞きながら、なお、「全員撤退」と決めつけたこと、この三つが「そうした事態を招いた張本人」のような気がします。

 なお③の「その後官邸に呼ばれた清水社長が菅総理に対して全員撤退を否定した」というのがどの時点なのか、ということですが、これは、菅首相が15日目明、東電本店に乗り込んで「撤退などあり得ない」と怒鳴り散らす前の「未明」ということです。この時、菅首相は、清水社長が「全員撤退を否定」したにもかかわらず、なお、それを「全面撤退」と決めつけ、あまつさえ、東電本店に乗り込んで、「撤退はあり得ない」と東電社員を怒鳴りつけたのです。

⑨先ほどプライムニュースを見ていたら、福山元官房副長官が、私が公開質疑の場で示した資料を読み上げて、高橋フェローが「全員の撤退」と発言していることを全員撤退の証拠として強調していた。これを見ていて、やはり誰が残留人数を決めることになっていたのかを知らないことが良く分かった。了

*この番組は私も見ていましたが、福山氏は、東電の「全員の撤退」の証拠として「高橋フェローの14日19:55分の発言『全員のサイトからの退避は何時頃になるんですかね』という会話をあげていました。しかし、このやりとりの中で清水社長は、20:20の発言で「現時点でまだ最終避難を決定しているわけではないということを、まず確認して下さい。それで、今、然るべき処と確認作業を進めています」と明快に高橋フェローの言葉の誤りを指摘しています。

 野村氏は、この福山氏の発言を聞いて、東電の「残留人数の決定権を持っていたのは発電所長の吉田で、残留人数は炉の状況によって決まるが、現場は事故対応に追われ、結局14日中には決定されなかった。本店はその決定を待っていた」。つまり、高橋フェローの「全員のサイトからの退避は何時頃になるんですかね」の発言は、高橋フェローの誤認であって、これでもって、東電が「全員撤退」を決めていた証拠とする福山氏の指摘は誤りだと言っているのです。あたりまえですね。この高橋氏の発言の後で、清水社長は、その発言を「最終退避を決定しているわけではない」と訂正しているのですから。

 もちろん、この「最終避難」がどういうことを意味するのか「全員撤退」か「残留人数をいくらにするか」という判断に関わるものかはっきりしませんが、いずれにしても、残留するものの人数は、いわば「特攻」であって、”死を覚悟しなければ決められない数"であったことは間違いありません。であれば、その決定に際して、「然るべき処と確認作業」をするのは当然で、官邸が、その最終確認をする権限を持っているとするなら、当然、官邸は東電と一体となり、この「特攻作戦」の責任を負う覚悟が必要でした。

 しかし、事実は、官邸は、海江田大臣が東電の意向を誤認しただけでなく、枝野官房長官は事実を確認しながらそれを訂正することもできず、さらに、菅首相は、清水社長から「全員撤退しない」ことを直接聞きながら、あくまで「全員撤退」と決めつけ、東電本店に乗り込んで事故対応に追われている社員を「全員撤退はない」と怒鳴りつけたのです。”これが、「特攻」を指揮する最高指揮官のやることだろうか・・・"。これが、当時の私が感じた率直な疑問でした。

 そして今、国会事故調査報告の取りまとめに当たった野村氏の見解を聞いたわけですが、私は、以上の通り、⑧の野村氏の「東京電力は、官邸側の誤解を責め立てることができるような立場にはなく、むしろそうした事態を招いた張本人」という結論には到底納得することができません。といっても、あくまで、上記のツイートの文脈に沿った判断ですが・・・。

 そんなわけで、この事件についての私の感想は、事故後の6月1日に書いた私ブログ記事「人望の条件――菅首相の場合」http://sitiheigakususume.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-b6a4.htmlと同じということになります。参考にしていただければ幸いです。