吉本隆明「発達してしまった科学を後戻りさせるという選択はあり得ない」発言について

2011年8月29日 (月)

「一知半解」ブログ

補給低能の『日本列島改造論』的作戦要綱&「長沼判決式民衆蜂起・竹槍戦術」的発想が日本によみがえる

への私コメントの再掲です。

一知半解さんへ

 日本はエネルギー源である石油を東南アジアに確保しようとして大東亜戦争をはじめました。原発の問題は、今後、日本が生存していくためにはこれをどう確保するかという視点で考える必要があります。

 そこでおもしろいのが次の吉本隆明氏の言葉です。

――事故によって原発廃絶論が出ているが。

「原発をやめる、という選択は考えられない。原子力の問題は、原理的には人間の皮膚や硬いものを透過する放射線を産業利用するまでに科学が発達を遂げてしまった、という点にある。燃料としては桁違いに安いが、そのかわり、使い方を間違えると大変な危険を伴う。しかし、発達してしまった科学を後戻りさせるという選択はあり得ない。それは、人類をやめろ、というのと同じです。

 だから危険な場所まで科学を発達させたことを人類の知恵が生み出した原罪と考えて、科学者と現場スタッフの知恵を集め、お金をかけて完璧な防禦装置をつくる以外に方法はない。今回のように危険性を知らせない、とか安全面で不注意があるというのは論外です」

 これに対して、吉本は”耄碌した”という意見が大半です。「原発は危険な技術だからやめるべきだ。従って、”原発をやめるという選択は考えられない”と言う吉本の言は”耄碌じじいのたわごとだ”と言うのです。

 しかし、原発が危険なことは福島以前にも分かっていたことであって、だから安全確保のための万全の防御装置が施されてきたのであり、今回の事故は、その当然採用されるべき防御策が採られていなかったために起こったことなのです。

 つまり、吉本氏の言は、その当然採らるべき防御策を採っていなかったという設置者の不注意と、事故後の、放射能物質のスポット拡散の危険性を住民に知らせなかった(speediの情報隠蔽)政府の対応を、論外だと非難しているのです。

 この指摘は何処も間違っていません。ではなぜ、これが「耄碌じじいのたわごと」になるのか。おそらくこれは”発達してしまった科学を後戻りさせるという選択はあり得ない。それは人間をやめろ、と言うのと同じ”という冷厳なる事実を事実と認識できないためです。

 日本人は、自分達が原発をやめさえすれば、それで問題が解決すると思っている。ところが、核技術は危険を伴うが魅力的な先端技術です。だから日本がやめても誰かが使う。そのことは、核爆弾のような大量破壊を目的としたものでも容易に廃棄できない事を見れば判ります。だから、その管理が必要になるのです。核抑止力もその管理法の一つです。

 では原発の場合はどうか。日本がやめても誰かが使う。お隣の中国は絶対にやめない(だろう)。それは大変危険である。だからその管理法をIAEAに監視してもらう。また、その管理技術を日本が提供する。福島の経験を生かす。それが日本の国際社会に対する責任です。

 おそらく、日本の原子力発電は、今後、旧式の廃炉、新式原子炉のさらなる安全性の確保などに努めつつ、その技術を国際社会に提供し、さらにコスト面の配慮をしながら代替エネルギーや自然エネルギーの技術開発・導入を進めていくことになると思います。

 その間、新しいより安全な核技術(核融合など、これは放射性廃棄物が出ないらしい――)の研究開発を進め、化石燃料が枯渇する未来に備える。また、既存の原発についても、万一の事故の際も最小限の被害でくい止め得るよう、その小型化、免震、地下埋設、さらには放射能廃棄物の処理技術の開発を進める。

 結局、そういったところに落ち着くのではないでしょうか。核技術は原発を含め今後も使われるし発展を続ける。それは有用ではあるが危険も伴う。だから人間がそれを管理する必要があるのです。それができなければ人間は滅びる。それは知恵の実を食べた人間の宿命なのです。

 吉本氏はこの冷厳な事実を指摘しているに過ぎません。とりわけ核技術はそうした人間の宿命を象徴しているのです。そのことは今日の国際社会における核の管理法を見てみれば直ぐに分かります。核抑止力もその一環だしIAEAもその一つです。

 おそらく戦後の日本人は、そうした国際社会における安全管理の責任をアメリカに負わしてきたために、「水と安全はタダ」という鎖国時代の意識に先祖返りしてしまったのですね。でも鎖国時代には戻れない。不思議なことに、この情報公開の時代に、この単純な事実さえ認識できない。

 そんな、人間(=自分)の宿命さえ見ることのできない、そのための知恵も勇気も持たない、それどころかその事実を指摘した人間を”耄碌じじい”呼ばわりする国民の面倒を、一体世界の誰が見てくれるでしょうか。