日本の安全保障問題としての普天間基地移設問題を理解するために――フザール様への返書

2010年5月10日 (月)

*エントリー「自虐」でも「美談」でもない「独立自尊」の歴史観を持つこと――鳩山首相の「善意」が生んだ「悪意」に対するフザールさんのコメントに対する応答ですが、少々長いので本文掲載とさせていただきます。

プザールさんへ

 コメントありがとうございます。以下、あくまで一般的な常識のレベルでの私見として申し述べさせていただきます。(『アメリカでさえ恐れる中国の脅威』古森義久、『オバマ大統領と日本沈没』古森義久 参照)

 沖縄の海兵隊配置が台湾有事に即応する体勢を取っていることはおっしゃる通りだと思います。ただし、それは、中国の台湾に対する軍事行動が、日米安保条約第4条にいう「我が国の安全または極東の平和と安全に対する脅威」と見なされた場合のことで、それは自由主義体制を守る(同第二条)ための、あくまで防衛的な措置(同第一条)だということです。

 つまり、それは、中国が軍事力を用いて台湾を「武力開放」をしようとすることを抑止し、両者が平和的に統一に向かうよう誘導する事を目的としている、と見ることができると思います。もちろん、中国が資本主義の導入から、政治的な自由主義・民主主義を採用する国へと移行していくことが期待されているわけですが・・・。

 しかし、残念ながら、2008年度のアメリカ議会常設諮問機関「米中経済安保諮問委員会」報告書にあるように、中国は、その経済自由化を、むしろ「中国共産党の永続支配正当化」に利用しようとしているかに見えます。

 確かに、中国は、6ヵ国協議への参加や、インドやロシアとの国境紛争の平和的解決、WTOへの積極参加、核兵器の先制不使用宣言、非核国に対する核兵器使用の禁止など、国際社会の安定化に向けた取り組みもしています。

 しかし、その一方で、イランや北朝鮮の核武装を防ぐための国連中心の国際努力に背を向けるなど、中東やアジアにおける影響力を強めることで、石油や天然ガス等経済資源を確保しようとするかのような「自国主権拡大の行動」も見られます。

 その典型的な例が、中国の「海洋法」解釈の異様さです。

 海洋法では領海とは、その当事国の沿岸の基線から海洋に向け12海里までの水域とし、この上空を領空とすること。また、「排他的経済水域」(EEZ)とは、海洋での経済的主権(水産資源、鉱物資源など海洋の資源の探査や開発についての当事国の独占的な権利)が認められる範囲を、当事国の沿岸から200海里の水域としています。また、海洋法では、海洋の領土紛争に関して国際海洋法裁判所などへの提訴や、その決定や裁定に従うことを定めています。

 しかし、中国はEEZ内部の航行や、上空での航空機の飛行については、海事法による「無害通航」や「国際的空域」という考え方を認めず、中国の国内法が適用されるとしています。また、「排他的経済水域」を無視して大陸棚説を主張し200海里を超え350海里を中国の資源への主権行使が出来る範囲としています。さらに、国際海洋裁判所の決定や裁定を一切受け入れないと宣言しています。それに止まらず、こうした領空の概念を宇宙にまで拡大しようとしています。

*現在の「宇宙条約」では、「月その他天体を含む宇宙空間の探査及び利用は、全ての国の利益のために、その経済的または科学的発展の程度に関わりなく行われるものであり、全人類に求められる活動分野である」としている。

 このことは、中国との間で領有権紛争や主権紛争があった場合、空からの偵察や潜水艦・水上艦艇の巡航において、先の領海、領空、排他的経済水域概念を適用し、軍の存在を顕示することにより、相手側を心理的に威圧し紛争解決する姿勢を示していると言えます。

 また、この外に、相手国に対する「法規戦」や「心理戦争」「世論戦」を駆使した「非軍事的な主権保護の主張」も平気で行っています。そうした戦略の一環としてPKOにも積極的に参加しているのです。

 では、こうした中国の姿勢に対して、日本はどのように対処すべきでしょうか。冒頭申し上げたような、日米安保条約に基づく日米同盟を堅持して「我が国の安全または極東の平和と安全に対する脅威」に対処することは当然ですが、忘れてはならないことは、日米同盟は、日本の安全だけではなく「極東の平和と安全に対する脅威」に対処するものでもあるということです。

 先に紹介した「米中経済安保諮問委員会」報告書には、そのためには日米同盟をもっと「普通の同盟」にするために、次のような諸策が提案されています。

①アメリカの対日防衛の再誓約
日米両国が中国と北朝鮮の軍事力の大幅増強を客観的に認め一体となってアジア地域での戦略的な優位を保つための新たな措置をとること。そのために日米同盟の重要性を再確認すること。

②日本の防衛関連の制度改革
日本側の安全保障や防衛に関する政策の形成や決定の制度を改革すること。防衛に関する権限の首相官邸の強化や、防衛関連の人事面での統合など。

③自衛隊海外派遣の高級法の制定
日米両国は国連の要請や国際テロ対策、人道支援の必要などに応じてのグローバルな安全保障への競争の貢献を増す必要がある。そのための恒久的な自衛隊派遣法の制定。

④集団的自衛権禁止の解除
日米両国の今後の防衛協力で最重要とされるミサイル防衛をする場合の自衛権行使における制約を解除すること。ただし、ミサイル防衛についてはオバマ氏自身は反対を表明してきており、これに対するオバマ政権の対応は予測がつかないと古森義久氏は見ています。

 要するに、日本は自国の安全のことだけではなく、「極東の平和と安全」に日米同盟による国力に応じた応分の責任を果たすこと。国連の要請に基づくグローバルな安全保障に積極的に貢献することが求められている訳です。この点、民主党の小沢一郎氏は、特に後者について、国連に「御親兵」を送ることを提言しています。これは、旧社会党対策の詭弁に過ぎませんが、そのねらいは同じと見て良いと思います。

 願わくば、中国が民主国家に変身し、極東においても国際法に基づいた平和的な領土、領海問題の解決がなされるようになることを期待したいものです。そして、そのためには、日本という国が、そうした国際秩序を形成しそれを維持・発展させるべく、経済的負担だけでなく人的貢献も積極的に担う国であることを、国際社会に示していく必要があります。日米同盟はその実現性を担保するものなのです。

 戦前の日本の歴史を見てみると、その最大の失敗は、日本が、当時の国際社会における自由主義経済体制に対する不信から、ワシントン会議以降の国際法に基づく領土問題の解決という方向から離脱したことにあります。つまり、東洋文明を道徳文明といい、西洋文明を覇権文明と決めつけ、そうした観念のもとに、大東亜共栄圏の構築のためには武力の行使も正義である、としたことにあるのです。

 中国が、同様の誤りに陥り暴発しないよう、日本こそ、そうした歴史的経験を生かして、中国に適切な助言とともに、実効あるシグナルを送っていく必要がありますね。