山本七平学のすすめ

ブログ・竹林の国から
ホーム はじめに 年譜 戦歴 語録 著作一覧 リンク集 profile
  
山本七平

最新記事
28ページに及ぶいわゆKK論文を宮内庁が弁護士を雇って書いたということについて(2021.5.31掲載)
 「4月8日に行われた宮内庁の定例会見で、西村泰彦長官は今回の新しく出された文書を“非常に丁寧に書かれている”と絶賛しました。小室圭さんの母親と元婚約者との間にある金銭トラブルに関する事実関係、トラブル発覚後に行われた話し合いなどの経緯についても“理解ができた”と発言したのです」(宮内庁関係者)
 という報道を聞いて、KK氏や真子さまと連携してやっているという印象だったが、あの文章構成の中身まで宮内庁が関わっていたことになると、ただ事ではないという感じがする。
 なにしろあの文章はまあ、400万円も資金援助を受けながら婚約解消の原因を元婚約者にお仕着せ、あたかも慰謝料請求の権限もあるかのように元婚約者を脅しつけ、400万円はあくまで贈与であり返済の必要はない、それを返せというのは、私の家族が”借りたものを返さなかった家族”と言われることで、返せばそれを認めたことになる。だから返さない。いつまでも返せというなら名誉毀損で訴えるぞ!という内容の文書です。その証拠として、隠し撮りの録音の一部を提出した。 (つづく
 

最近の記事

語録一覧はこちら
                
テーマ カテゴリー 掲載日付
日本最初のキリシタン司祭不干斎ハビアンを棄教させた「殉教」と「懺悔告解」 日本人論 2021.5.26
「目的は手段を正当化する」のではなくて、「手段のみが目的を正当化する」というのが日本の商業道徳である 経営論 2021.5.21
いわゆる「KK問題」が期せずして浮かび上がらせた日本の伝統的思想「恩の哲学」 時事問題 2021.4.18
なぜ一向宗は信長や家康と対立したか 日本史 2021.4.23

山本七平プロフィール

大正10年生れ。親戚筋に「大逆事件」で刑死(冤罪)した大石誠之介がいる。自ら三代目キリスト教徒と称する。昭和17年応召、幹部候補生から見習士官となり昭和19年5月フィリピンマニラ上陸、少尉に任官し苛烈な野戦を体験。昭和20年9月フィリピンサンホセ盆地東北部ジャングルで降伏。その後、昭和21年12月に帰還するまでカンルーバン捕虜収容所に収監。帰国後も悪性マラリヤ等の後遺症に苦しむ。

昭和31年聖書学の専門図書を出版する山本書店を創立。昭和38年失火で書店を全焼するも再建。昭和45年岩隈直著「希和対訳新約聖書」の出版費用に充てるため『日本人とユダヤ人』を山本書店より発刊ベストセラーとなる。同書は、昭和46年度第2回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。その後著者に目さるるも否認しつづけた。昭和47年グアム島で横井庄一氏が発見されたことを契機に、日本軍隊論(『私の中の日本軍』他四部作)を書く。その迫真・冷徹な描写力が注目を集めた。「ある異常体験者の偏見」で第35回文藝春秋読者賞受賞。昭和56年日本人の思想と行動を捉えた「山本学」により第29回菊池寛賞受賞。本業を出版業とし肩書きは終生山本書店主であった。

平成3年12月10日膵臓ガンのため死去69歳。死後PHP研究所が「山本七平賞」を創設。生前「聖書学」の専門図書230冊余を出版。山本七平名の著書は、50歳以降死去するまでの20年間に、共著、対談、翻訳等を合わせ200冊に及ぶ。

山本七平学を極める郷土史宮崎照雄氏の日本古代史研究日本近現代史をどう教えるか時事問題教育改革教育改革