昭和20年代の店先には何もなく、あるのは電球のスタンドと真空管のラジオ数台が置いてあるだけのお店でした。主人はお兄さんと共同経営をはじめ、ラジオなどを、組立てたりなどしているうちに、次々と新商品が出始めて、手絞りのローラー付きの洗濯機、4本足のついた、なんとも不安定の白黒テレビなどが並ぶようになりました。その頃になると、兄さんは新潟の問屋に、店長にと引き抜かれました。雪国の為、雪の積もった屋根でのテレビのアンテナ立ては、これ又大変な作業のようでした。滑って落ちそうになったり、雪で屋根のひさしが見えないので、転落する人も出たりで、危険な作業になります。そんな当時から主人は、ひたすら働きづくめで、気がついた時には心身ともに疲れ果て、何度か病院へ入退院を繰り返すようになってしまいました。それでも、神に立ち帰ろうとしませんでした。私達は神からのメッセージに答えようともしないで、明けても暮れても仕事のことしか頭にないとは、何と情けない者であったろうかと思はされます。いくら、仕事が大事だからと言っても、神を第一としない時に祝福はないことを気づかされました。

              「しかし私が手がけたあらゆる事業と、
          そのために私が骨折った苦労とを振り返ってみると、
                  すべてがむなしいことよ、
                   風を追うようなものだ。
             日の下には何一つ益になるものはない。」
                   伝道者の書2章11節


 そんななか、家族に一大事件が起こってしまいました。もう誰にもどうする事も出来ない事件で、主人はただ頭を抱えて、幾日も苦しみの中にとどめられ、そばで見ているのがかえって辛くて、一緒に祈りましょうと声をかけてみました。それまでは、俺に信仰の話はするなと、何時も、つっぱねられてきました。お前するのはかまわないが、俺には関係ないなどと言われると、つい仕事で疲れて帰ってきた人には何も話せなくなってしまって年月が過ぎてしまいました。しかし、主の時はなんと完全でしょう。苦しみを益に変えてくださり、長かったとりなしの祈りが答えられ、ようやく心を開いて救いを受け入れ、一緒にお祈りすることができました。ハレルヤー
 実に主の時は完全であることを教えられます。苦しみの中にあっても逃げ場がある事は、何と幸いなことでしょう。その事件の故にもう一人の者も救われ、二人とも洗礼の恵みに預からせて頂き、感謝の日々を送らせて頂いております。救われた当時は教会にも行っていましたが、その後、病気も進行して今は行けなくなりましたけど、家では賛美したり、お祈りもでき、感謝しています。なんと言っても、あまりにもガンコな人であったので諦めていましたが、イエス様は困難を通して、救いに導いて下さり、本当に感謝しています。主をほめたたえます。
                神にとって不可能な事は一つもありません。
                    ルカの福音書1章37節



    
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・・・ 私は救われた!! ・・・

「苦しみを益に変えて下さった」

                                                      
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